ジャックの街を出よう
◆ ソリテア国 南部 ジャックの街 ◆
「まさか君達に助けられるとはな」
解放されたジェラルドさんには生気さえないように思えた。シルバーの称号まで上り詰めたのに、まさかギャングに捕らえられる。何をどう考えても自信喪失ものの屈辱だから当たり前だ。私からかける言葉はない。
アスセーナちゃんも何も言わずに、怪我の応急処置だけをしていた。
「すまない。もう結構だ」
「どうするんですか?」
「南部を出る」
「一人で……?」
「結構だ」
言葉の少なさがショックの大きさを物語っている。多少なりとも心配だけど、ここまで拒否してるなら付き合わせられない。
服を着ている間、ずっと俯いて誰とも目を合わせようとしなかった。こうなるとますます何も言えない。応急処置だけでも問題なく歩けている。その後ろ姿を見送る中、アスセーナちゃんが大きく息を吸う。
「ジェラルドさん! ゴールドクラスの"雷爆"と呼ばれた冒険者は酒に酔った勢いで、自分のスキルで爆死しました!」
「……ッ! いきなり何を……」
「酒癖の悪さは有名だったみたいです! そしてあなたと同じシルバークラスだった"烈斧"デッグムは、戦闘Lv20程度のヤドクレオンの擬態に騙されて殺されました!」
「……何が言いたいんだ」
アスセーナちゃんが実績ある方々の死因を赤裸々に大声で叫んでいる。励ますためとはいえ、私がデッグムさんだったら枕元に立つと思う。
でもアスセーナちゃんとしても本意じゃないのかな。顔を火照らせて、恥ずかしそうだ。同業者に対する敬意に欠けているとわかっていても、あの人を優先したのか。
ジェラルドさんは背中を向けたまま、何も言わない。
「現在、活躍されてる方々の中には運よく生き残った場面があったり誰かに助けられてる方も多いはずです! 称号持ちでも盗賊に殺されるケースもあるみたいですからー! あの、どうか気を落とさずにー!」
「……ありがとう」
片手を上げて答えてから、ジェラルドさんが街から出ていった。効果があったかはわからないけど、後悔を引きずっても何もならない。私も過去を振り返らずに、前だけを見て生きてる。あの人には立ち直った後、今日の事なんか笑い飛ばせるくらいになってほしい。
嫌味な奴だったけど傷ついて反省できる分、きちんと人間をやってる。などとギャングの死体を見ながら、比較してしまった。
「さてと、それで次はあなた達ですね」
「……礼は言わんよ。頼んでないからの」
ぶっきらぼうな腰曲がりのおじいさんは、私達を歓迎していない。他の住人達も、感情がこもってないような目を向けてくる。こうも反発される理由が何かあるはず。
「そうですか。それは失礼しました」
「ワシはここに50年以上住んでおるが、ギャングの勢力図なんて何度塗り替わったか。サタンヘッドなんぞ、つい2年前に出て来たばかりでな」
「はぁ……そうなんですか」
「同じだ。ギャングが壊滅しても、また別の組織が立ち上がる。奪われたものが奪うようになる。これから先もずっとな」
なるほど、雑草を刈っても根が残っていたら意味がない。いや、ちょっと違うかな。真面目に考えてないから、どうでもいい。クドクドと語り出すおじいさんだけど、日頃から鬱憤が溜まっていたのがわかる。何だかんだ言ったところで、誰かに聞いてほしいのかもしれない。
「あのサタンヘッドはろくでもない連中だったが、その前に仕切っていた組織よりはマシだ。金さえ払えば命までは取られんからな」
「いや、30人くらい強姦して殺したのがいたけど」
「え、モノネさん?」
また悪い癖が出て、つい突っ込んでしまった。思ったことは何でも言うと宣言した手前、見本にもなると思う。不安そうに成り行きを見守ってるあのおばあさんの前だ。少し張りきっちゃった。私も言われっぱなしは癪だから。
「だが現状でワシらは問題なかったのだよ……」
「なるほど、自分さえよければいいという点においてはギャングと同じだね。そりゃいつまでも変わらない」
「知った風な口を……今更、何がどう変わるというのだ! 皆、自分の生活だけで精一杯なんだ! 他人がどうされたかなど気にする余裕などない!」
「怒れるくらいには現状が不満なんでしょ?」
図星だったのか、声を荒げたおじいさんが押し黙る。それともギャングと同類にされたところか。どっちにしろ、こんな態度じゃ誰も助けてくれないと思う。負の感情が負の結果を呼び寄せる。負の連鎖だ。
「降りかかる火の粉を払っただけだから、批難される筋合いはないよ。なにが『我々をどうしたいのだ』さ。別にどうもしたくないからね。南部の事情なんて元々、知ったことじゃないし」
「……ではお前さん達は何が目的で来たのだ」
「あぁ、そうそう。アスセーナちゃん、何だっけ?」
「マッハキングにスズメちゃんの情報を聞きにいくんです。でもそのマッハキングがどこにいるのかを知りたいんです」
「そうだそうだ。同業者なら知ってると思ったけど、皆殺しにしちゃったわけか」
「マッハキングだと……!」
おじいさんの顔が強張る。またなんか余計なワードを踏んだ気がしてならない。この人を初めとした面倒な人間に聞くよりは、物に聞いたほうがいいかも。そうだ、物霊使い。なんでそうしなかった。
「マッハキングの居場所くらいなら、このバトゥスの私物が知ってるかもね」
「あ、いいですね! さすがモノネさんです! 私、引退ですね!」
「そう」
「わ、わたし、引退していいんですか……?」
「ごめん」
口を滑らしていい加減に対応したら、面倒な事になる。本気で涙目になってすがりついてくるアスセーナちゃんの頭を撫でながら、バトゥスの服に触れた。
――マッハキングだけは! マッハキングだけはぁ!
「何があった。いいから教えなさい」
――ジョーカーの街……城下町みたいだよねー
「うるさい。皆、マッハキングはジョーカーの街にいるらしいよ」
「お、お前達! マッハキングにまで手を出すのか!」
右肩にアスセーナちゃんが、左肩におじいさんがすがる形になってしまった。他の人達も青ざめて、より一層痛い視線を突き刺してくる。ボソボソと囁き合い、その内容はきっちり批難と怯えだ。ここらが潮時か。こんなところに長くいるものじゃない。
「ちょっと離してよ」
「南部でも掃きだめ中の掃きだめと言われたジョーカーの街で、ギャング王と呼ばれるくらいにまで上り詰めた奴だぞ!」
「だからこそ聞きたいの」
「刺激してこの街にまで手を出されたらどうする! お前達だけの問題では」
「うるさいッ!」
「ひぃん!」
おじいさんだけを振り払ったつもりなんだけど、もう片方まで同じ仕打ちをしてしまった。頼むから邪魔しないでほしい。
仕方ないから手を繋いでフォローしたら、寄りかかってきた。頼むから空気を読んで。バトゥスの私物から街の場所と方角を聞き出している間、住人がすごい注目してくる。何も知らない人から見たら、何やってんだこいつって感じだろう。
「皆、ジョーカーの街の場所はわかったよ。スズメちゃんの居場所がわかるといいね。ちなみにこれはわからないってさ」
「待つのだ……ギャング王率いるバッドガイズは、サタンヘッドなど比べ物にならん規模と実力者の集まりなのだ。特に年若いお前達など、無事でいられるはずが……」
「……やめんか。その子達は恩人じゃ」
食い下がるおじいさんを、あのおばあさんが制止する。おじいさんが沈黙して目を伏せたところで、おばあさんが私達に静かに頭を下げる。
「この先はどうなるかわからん。しかし、あんたらがいなかったらサタンヘッドに苦しめられる人々が大勢おっただろう。
何よりあんたらのおかげで、久しぶりに感情を出せた気がするわい。清々したぞ」
「……ね、本当は安全な場所があるんだけどさ。来る?」
「ええんじゃ。生まれ育ったこの土地は離れられん。どんなに危なかろうとな……。それにワシは信じとるよ。あのじいさんも口ではあんな事を言っておったが、本当はわかっとる」
「サタンヘッドが持っていた武器さ。オレ達に譲ってくれないか?」
とんでもない提案をしてきたのは、若い男の人だ。後ろにも何人かがいて、同じ意志だと主張したいのか。答えは悩むまでもない。
「落ちているものをどうしようが、私は知りません」
「そうか、ありがとう。これで自分の身を守ることにするよ。ここも俺が子どもの頃は、まだマシな街だったからな……。あの子達のおかげで、何か吹っ切れた気がしたよ」
「そうだな、俺達が奮い立てば懐柔された警備兵も思い直すかもしれん。じいさんもばあさんも、これからは安心させてやるからな」
「あんたら……」
全員じゃないけど、一部の人達が手を取り合いつつある。これが正解かはわからないけど、私から何か言うこともない。
お邪魔な私達はすごすごと退散することにしよう。元々の治安が悪いし、あの人達も染まらない事を祈るしかない。
◆ ティカ 記録 ◆
冒険者も 南部も 多くの問題を抱えていル
実績を積んで 自信をつけるほど 失敗したときに
立ち上がれなくなル
そんな中で 立ち上がった者達だけが 栄光を 手にするのだろウ
マスターには 栄光を掴んでほしいが 落ち込む姿は 見たくなイ
だったら 今のままで 僕は十分ダ
南部の問題も 根深イ
原因が一つではなく それが複雑に絡み合ってるとなれば
解決の糸口は 見えないも 同然
だが そんな状況でも マスター達の姿を見て 希望を見出した者達がいル
あのような者達ばかりなら 僕も安心できるのだガ
上空に 強大な反応を 確認
偉大なる空王と 推測
接触を避ける為 マスターに 報告を促ス
この戦闘Lvは 危険極まりなイ
なぜ こんなものガ
引き続き 記録を 継続
「スルーしてたけど、魔導銃ってどんな仕組みなのさ。小難しい説明はなしね」
「それは僕が説明」
「極小の風魔石が内臓されたものが大半ですね。これを利用すれば、誰でも簡易的な風魔法を放てます」
「僕に備わっているのは」
「水魔石が内臓されたものは水鉄砲などと呼ばれて親しまれてますね。名前とは裏腹に強力で人気も高いです」
「へぇ、私でも魔法が使える気分になるのか」
「よろしければ僕が」
「今度、射撃場に行ってみましょう。私が手取り足取り教えますよ!」
「いいけどティカが落ち込み始めたから、少しは遠慮してね」




