ギャング"サタンヘッド"を壊滅させよう
◆ ソリテア国 南部 ジャックの街 ◆
魔導銃持ちにさえ気をつければ、烏合の衆だ。武器を持っただけの戦闘Lv一桁軍団。やれる事といえば建物の影からの奇襲か、集団による暴力で押し切ろうとするだけ。
ヒヨクちゃんの炎の翼で一気に何人も焼かれて、コルリちゃんの翼の毒で悶え落ちる。
――ぶっはねぶっはねぶっはねぴょん
「楽しくはない」
刃になった耳をくるくると回転させるようにして、周囲のギャングの首を落とす。その近くにいたギャングは目の前の惨状がまるで理解できず、しばらく固まる。そして数秒の後、すべてを把握した後にありったけの悲鳴を上げた。
「うわぁ! うああぁぁぁぁぁぁ!」
「化け物、化け物ぉぉ!」
「ウサギの魔物! ウサギ、ウサギッ、うさぎいぃい!」
あの英雄ヴァハール一行でさえ恐怖のどん底に落ちたんだ。こんなギャングの自我くらい崩壊する。失禁して無抵抗になったギャングはさすがに放置だ。私だって好き好んで殺したくはない。武器だけ確実に確保すればいいだけだ。
「もう数も落ち着きましたね。ところで先程、なんと仰ってましたっけ」
「な、何の事だ!」
「ほら、強い奴が歴史を作るとか……。私、ここで歴史つくっちゃっていいんですか?」
「頼む! 命だけは! 心を入れ替えるから殺さないでくれ!」
散々好き放題した悪党の命に価値を見出せない。いい歳をしてお漏らしをしながら命乞いをするギャングの武器にそっと触る。
――女を30人以上強姦して殺した。みかじめ料取り立ての際に、対象に友人を殺させて金を奪わせた
「今更、あんたが何を入れ替えるのさ」
「ひッ……」
こんなのでも、ユクリッド国ならカロッシ鉱山送りだったのかな。いや、死刑か。放置しようと思ったけど、興味本位で触るんじゃなかった。それともその言葉が本心だと、わずかに信じたかったのかもしれない。
胴体から離れて転がる頭をぼんやりと眺めながら、どうでもいいことを考えてしまった。私の周囲から離れようと、這ってでもにげようとするギャング達が視界に入る。今の私はこいつらからしたら、ウサギの悪魔か。さっきからそんな批難ばかり聴こえるもの。
「コルリ、根絶やしにするわよ」
「はい、先輩!」
二人が逃げるギャング達を情け容赦なく追撃した。炎に飲まれて踊るように悶えるギャング達。悲惨な光景だというのに、今の私は割と無心だ。楽しくもないけど、心も痛まない。前にアスセーナちゃんに言われた通り、私は特殊なのかもしれない。殺せない人だって大勢いるし、そっちが正常なのもわかる。
だけどそれが今更なんだという話だ。普通になりたいとも思わないし、私は私でしかない。
「ギャングの数、残り203人デス」
「大きな反応が接近中デス。恐らくボスと側近だと思われまス」
これだけ騒げば向こうからくるか。大きな反応ということは、少なくとも今の有象無象よりは強い。残り203人とはいうけど、全員が襲いかかってくるかどうか。新たに集まってきたギャングが、この惨状を目の当たりにした。
「なんだ、なんだこれは……」
「おいおい、ジョーンまでやられてやがる! 散々、早撃ちを自慢してやがったくせによ!」
「こりゃいい! あいつが死んだとなれば、ライバルが減ったってことだ! オレが幹部になれる可能性が上がったぜ!」
「いや、もう一人減るぜ」
「は……? うぐっ!」
意気揚々としていたギャングが、後ろから仲間に刺された。血濡れたナイフを引き抜き、仲間殺しは機嫌がよさそうに口笛を吹いてる。呆れて言葉を見つけるのに苦労する。
「ヘッ、前々から気に入らなかったんだよ。てめぇが幹部なんざ、笑わせるぜ」
「ゴブリンも仲間を盾にしてたっけ。同類じゃん」
「挑発したいのか? 今時、ゴブリン呼ばわりはもう古いぜ」
「で、どうするの? おしっこ漏らして命乞いする?」
「こうするんだよッ!」
そのパターンはもうやりました。その魔導銃が発砲されず、その場で仲間殺しが、盛大に斬り傷を負って血が噴き出した。どしゃりと倒れたギャングの周囲には誰もいない。唯一、私の隣で剣を振るったと思われるアスセーナちゃんだけだ。
「早撃ちより早斬りのほうが強いですね」
「まさか斬撃を瞬間移動させたなんて言わないよね」
「ま、まさかですよ」
「隠すつもりなしか」
修業したとは言ってたけど、とんでもない大技を身につけて帰ってきてた。ロプロス対策かな。これなら確かにあのアビリティの影響を受けずに済みそう。それ以前に対策が必要な事態になるとも思えないけど。なんであの人と戦わなくちゃいけない。
「マスター、来ましタ」
「あの大きくて丸いのがバトゥスかな。この狭い道に総勢何人いるのさ」
残り203人がゾロゾロとやってくる。いや、今ので二人死んだから201人だ。私なら退いて対策を練るか諦めて寝るかするけど、あくまでゴリ押しか。
その中で一際目立つ丸い頭に丸い体型。手足が異様に小さく見える。眉なしで据わった目は確実に私達を捉えていた。その丸いのが、一息はく。
「あー、こりゃ随分と派手にやったねぇ。困るなぁ」
「あんたがボス?」
「サタンヘッドのボスをやってるバトゥスだよ」
体躯とは裏腹に、落ち着いた口調でどこかやる気がなさそう。黒いシャツにパンツというラフな格好だ。スキンヘッドをきらりと光らせて、私達を潰れた野暮ったい目で品定めをしてくる。
その近くにいた一人の男がしゃがんで、死体になった仲間を観察してた。あれが幹部の一人かな。金髪で黒いメガネをかけている。トゲがついた鎧を着込んで、凶悪さのアピールも欠かさない。
「ボス、見事な斬り口です。恐らく一人は中距離型で鋭利な武器によるスキルを駆使するでしょう。焼死体は炎によるものですが、魔法かどうかは不明です。
あの金髪の娘がそこそこの魔力を持ちますし、それかハーピィのどちらかによるものと考えて間違えなさそうです」
「そうかぁ。ま、どうでもいいんだけどね」
今、私を省いたな。魔力値8を見抜くとは、あのサングラスは只者じゃない。もう一人の幹部が持ってるのはいわゆる刀かな。確かアズマ発祥の武器だっけ。こうして見ると、本当にいろんなものを持ってる。いい流通ルートを確保しているだろうし、アスセーナちゃんの説が真実味を帯びてきた。
「警戒すべきはハーピィによる空からの奇襲……ではなく、あの金髪の娘です。笑いかけて油断を誘っていますが、騙されないで下さい」
「お前の分析はたまに当たるんだけどさー、大体どうでもいい展開になるんだよねぇ」
「すみません……」
かわいそう。
「君ら、冒険者でしょ? 見ればわかるよ。命をかけて戦ったのに冒険者ギルドってところからピンハネされて、はした金を渡されて満足してるんだっけ?」
「はぁ……あのですね」
「小さいよなぁ。これだけ強けりゃ何でも出来るでしょ。要は君達、社会の枠組みを出るのが怖いんだよね」
「あなた達のように生きろと?」
「いや、別に強制はしてないよ。人それぞれだからね。ただ無様だなーってさ」
なんだ、こいつ。私は別に冒険者に対するプライドなんかないからどうでもいい。だけど、どうしてここまで執拗に煽る必要があるのか。まさかこのグリディも真っ青な体型で元々冒険者をやっていたけど挫折したなんて過去は、ないか。どうも小説を書いてると、妄想が捗ってしょうがない。
「称号だの戦闘Lvにしてもさぁ。そんなのを拠り所にして戦ってる時点でナンセンスだよ」
「そうですか? 重要な指標にもなりますけど」
「他人が決めた指標がなければ、自分を信じられないんでしょ。オレ達ギャングはさ、常に自分を信じて戦ってるの。他人の基準なんかクソ食らえだよ」
「はぁ……それはご立派です」
「あ、バカにしたでしょ。それじゃいいものを見せてあげる。おーい」
奥から手下のギャングが持ってきたものに驚愕する。十字架に張り付けられたジェラルドさんがいた。
殴られまくって顔の原型がわからないほどになっていて、何よりパンツ一枚の状態だ。手足を縛られたジェラルドさんが、腫れた瞼をかすかに開く。
「あ……お前、達」
「喋んなっつってんだろ」
「ぐぇッ……」
ギャングの一人に腹を殴られて、たまらず何かを少し吐き出した。あの人、シルバーの称号持ちだったはずだ。それがここまでされる事態になってる。あのバトゥスが言わんとしてることは、説明されなくてもわかった。
「こいつはさ、オレが決闘してやるって言ったらさぁ。まんまと乗ってきたんだよね。まぁ開始と同時に手下に後ろから撃たせたんだけどね。なんで信じるかねぇと思ったんだけどさ。自分がシルバーで戦闘Lvが高いから負けるはずないと思ったんじゃないかな」
「ジェラルドさん……」
「過信したんだろうねぇ。他人が決めた基準にまんまと乗せられてさ。もっとも、魔導銃まで持ってるとは思ってなかったっぽいけどね」
「なるほど、それがあなた達の強さなのですね」
アスセーナちゃんがニッと笑い、妙に納得したかのように思えた。誰も気づいてないけど、あの笑顔は作りものだ。自分を冷静で優雅な冒険者と見せる為に、あの子が用意した仮面に過ぎない。そうすることで、とりあえずの自分を演じられるから。
本当の笑顔は私達の前でしか見せない。私の勘だけど、あいつらは冒険者アスセーナを完全に怒らせた。
「ヒヨクちゃん、コルリちゃん。私達の出番はもうないよ」
「でも、さすがにあの数よ?」
「私達はまだ冒険者アスセーナの本当の顔を知らない」
アスセーナちゃんがギャングの群れに笑いかけている。まるでお別れの挨拶みたいに思えた。
「一つ聞きたいんですが、これだけの戦力を集めるのに苦労しました?」
「まぁね。こいつらも元々は別の組織だったんだけどさー、オレが潰して一つにまとめ上げたんだよね」
「そうですか。それが一瞬で壊れるなんて……」
バトゥスと幹部以外のギャング達が全身を赤く染まらせる。数十人のギャングが崩れるようにして倒れた。
反応が早かったのは刀を持った幹部っぽいギャングだ。独特の構えで柄に手をかけて、アスセーナちゃんを迎え撃とうとするけどそれも叶わない。そいつが倒れると同時に、背中に斜めの斬り傷が見えた。
「アズマの"居合い"ですね。後ろにも気をつけないといけませんよ」
「おいおい……お前、やれよ。やれって……あれ?」
「隣のメガネの方はとっくにお倒れになってますよ?」
「ちょ、ちょっと待てって。な?」
それからはギャング達の養分で血の花が咲いた。アスセーナちゃんの斬撃に成す術もなく、総勢200人が絶命するのにものの数秒だ。
あのサングラスの奴も、少しは見せ場があるかと思いきやこれだもの。確かにあの考察がどうでもいい展開になった。アスセーナちゃんが楽しそうに剣先を振って、鼻歌を歌う。
「私流奥義、無刃。四方八方からの刃に対応するにはちょっと苦労するんですよね」
「わ、わかった。サタンヘッドは解散する。この街の人間も自由にする」
「自分を信じましょうよ! まだやれますって!」
「お願いします……」
土下座まで決め込んだバトゥス。手下もボスを見て育ったのかな。他人の命は粗末にするけど、自分の命の危機には恐ろしく敏感だ。アスセーナちゃんが小首を傾げて、バトゥスの前にしゃがみ込む。
「わかりました。許しましょう」
「ほ、本当か?」
「えぇ、その代わり心を入れ替えて真面目に働くんですよ?」
「は、はい!」
「皆さん、街を出ましょう! はい、出口へ向いて!」
手を叩いて、やたらと入口に向き直させようとしてる。確実に改心してないボスだけ残して出ていく意味とは。ハーピィ二人も納得してないものの、翼を動かして飛び立とうとする。
「バカな娘だなぁ! ブフゥウッゥゥッ!」
すぐに振り返ると、顔を上げたバトゥスの口から炎が発射されていた。やっぱり油断させてこうするつもりだったか。
だけどすでにアスセーナちゃんはそこにはいない。一生懸命、炎を吐いているバトゥスの後ろにいる。
「それがあなたのアビリティですか」
「……はい。サタンヘッドの由来でもあるんです」
「そうですか」
ギロチンバニーよろしく、バトゥスの頭が落ちる。あいつが築き上げてきたものは、ここにいるアスセーナちゃん一人によって消された。一仕事を終えたと言わんばかりに、アスセーナちゃんは剣を締まって背伸びをしている。
私の中で魔王が火を吐くというイメージはないとぼんやり考えながら、サタンヘッド壊滅をようやく実感した。
「ん~~! 久しぶりに動くと疲れますねぇ!」
「うん、もうアスセーナちゃんだけでいいよね」
「言うと思いましたぁ! 無刃だって弱点はあるんですー!」
「ね、終わったのはいいんだけどさ。あの人達、どうする?」
騒ぎが収まって出てきたジャックの街の住人達の視線が突き刺さる。怯えどころか、どこか憎しみさえ感じられるのは気のせいか。そこら中がギャングの死体だらけなのもマイナスだ。誰が片付けるって話でもある。あのジェラルドも助けないと。
「皆さん、ご安心下さい! ギャングは」
「あんたらは我々をどうしたいんだ?」
初老のおじさんの意味深な問いかけに、さすがのアスセーナちゃんも長考する。これはどうやら、一波乱も二波乱もあるかもしれない。
考えてみたら、まだ何も解決してない。ここにきて、おじさんの問いかけの意味に気づく。やっぱりやめておけばよかったと思えるくらい、この問題は根深かった。
◆ ティカ 記録 ◆
サタンヘッド 蓋を開ければ 無抵抗な住人しか
相手に出来ない 烏合の衆団だっタ
4大ギャングとはいうが 他の組織も 同レベルなのだろうカ
この程度の実力なら もっと早期に 片付けられても
よさそうだが はて どうしたことだろウ
いや ジェラルドが 不覚をとっている時点で 油断ならない相手と
捉えたほうが よいカ
アスセーナさんの 真の実力には 驚いたが 何より
敵に対しては あそこまで冷酷になれる 心の強さが すごイ
ジェラルドも 強いが アスセーナさんとの決定的な違いは
そこにあるように 思えル
引き続き 記録を 継続
「そう。冒険者にとって必要なのは、モチベーションを他に委ねないことです」
「な、なんですカ」
「人から感謝されるために、といった動機でやってる方がいますが必ずしも感謝されるわけではありません」
「マ、マスター。アスセーナさんが呼んでまス」
「時にはやった事が仇となって唾を吐きかけられることもあるんですよ。ですからどこまでストイックになれるかも重要です」
「マスター!」
「報酬さえ貰えればいい、そういう割り切りと敵に対する情けを」
(まさか僕の記録を覗かれたわけでハ……?)




