スズメちゃんを追いかけよう
◆ ソリテア国 スペイドの街 宿屋 ◆
カクティス国の南に隣接してるソリテア国を経由して、更に南へ目指す。バルバニースはその先のノーム国を通らなきゃいけない。
迂回ルートを提案したものの、スズメちゃんは恐らく正規のルートを通ってるだろうから却下された。道中、危険な目にあってるとも限らない。それにしてもたった1、2日遅れなら追いつけそうなものだけど甘かったか。
「あの子、すばしっこいんだよねぇ」
「そうなんですよ! 速さだけなら私達より上ですよ!」
「そこを見込んで斬り込み隊長候補として育てようとしたのにねぇ」
「ヒヨクちゃんにコルリちゃん。物事には段階というものがあるんだよ」
逃げるきっかけの決定打がこの二人なんだから、もっと真剣に構えてほしい。この国に入ってからは特に役に立ってないもの。何せこの国は少し変わっていて、ついムキになってしまう要素がある。
部屋のベルが鳴り、宿屋の主人が入って来たところでまたやるのかと察した。
「ちゃんちゃんちゃーん! 夕食をお持ちしましたぁ! はい、ここでゲェーム! 私に勝てたら、夕食代は無料! どうします?」
「やります、やりますよ」
「そうこなくっちゃ!」
そう、ここソリテア国では国民が大のゲーム好きだ。しかも国を挙げて推奨するほどで、何かにつけてゲーム勝負を仕掛けてくる。負けてもなんてことはないけど、無料という言葉に惹かれてつい受けて立ってしまう。
「はい、では私と神経衰弱で勝負してもらいます! そちらの代表を選んでください!」
「私がやります」
「お、見た目からして遊び好きの匂いがするね!」
「間違ってはいない」
なんてことないゲームに思えるけど、私はすべてお見通しだ。このカードからして主人にしかわからない極小の目印をつけていて、組み合わせもバッチリわかるようになってる。
つまり何も知らずに挑んだ客が大敗する仕組みだ。こんなイカサマを仕掛けてくる人も珍しくないから油断できない。まぁ私の前では無力なんだけど。
「私が先手でいいですか?」
「え? いいけど、先手は不利だよ?」
「いいんです。じゃあ、めくりますね。はい、これとこれ。当たった」
「……え、えぇ?」
「これとこれ。あれとそれもそうだね」
ずっと私のターンだ。主人がめくることなく、ゲームは終了。露骨すぎるけど、料理が冷めるからこんなものは手早く終わらせたい。
「なんで、なんでだ?! 君、一体どんな手を使ったんだ?」
「偶然ですよ。なんかわかりやすいものが見えた気がしましたけどね」
「まさか……!」
カードを手にとって、何度も目印が目立ってないか確かめてる。私に見抜かれたと思ったのか。観念した宿屋の主人は、意気消沈して部屋から出ていった。
コーンスープにカシラム鳥のオーブン焼き、サラダにライスか。まぁまぁのボリュームだ。
「あ、二人とも大丈夫?」
「何が?」
「鶏肉なんだけど」
「まさか共食いがどうとか言うんじゃないでしょうね」
「余計な心配だったらごめん」
「おいしければ何でもいいわよ」
「え?」
意味深なセリフが飛び出てきて、ちょっといろいろと想像してしまった。この話題を続けるのは危険だ。考えてみたら苛烈なる空長討伐の時点で、それはクリアしてるか。
「モノネさん、この国なら好き放題できますね。私なんか、あのカードの目印に気づくのに数秒かかっちゃいましたもん」
「確かに数秒もかかるなんて、アスセーナちゃんにしては遅いね」
「ひぐっ!」
なんで泣きそうになる。自虐風自慢への対抗策を見出してしまった。これ、アスセーナちゃん以外にも有効なんじゃないか。
「目印?! 先輩、気づきましたか?」
「も、もちろんよ」
「すごいですね……私なんか、透視能力でもあるのかと思っちゃいましたよ」
「その線もあり得なくはない」
何でもありのアビリティなら、それもあるかもしれない。私もゲームごときでこんな手を使いたくないけど、無料だの割引だの餌をちらつかされたら本気も出す。アスセーナちゃん達とのゲームは緩く楽しむのがモットーだ。遊びと勝負は別腹。
「この国は愉快ですが、南部は治安が悪くて近づくのは危険ですよ」
「そうなんだ。じゃあ、迂回しよう」
「ところが、最短で獣の国に行くには避けて通れないんですよねぇ」
「スズメちゃんめ」
南部はお金以上のやばいブツが取引されるわ、人が行方不明になるわで大変な地帯らしい。いくつかの無法者集団、いわゆるギャングが幅を利かせているから強い冒険者以外はまず近寄らないとか。か弱いウサギファイターが近づいていい場所じゃない。
「明日、冒険者ギルドや酒場で情報を集めましょう」
「ねぇ、布団君で飛んでいけば安全じゃないの?」
「"偉大なる空王"の勢力圏内なんですよねぇ。手下の魔物もかなり手強いみたいです」
「空も無法地帯か」
空でわけのわからん魔物と戦うか、地上でわけのわからん人間と戦うか。こうして考えると、ユクリット国は平和だった。
隣のカクティス国もなんとか騎士団のおかげで治安はいいみたいだし、国境を一つ隔てただけでこうも変わるのか。引きこもりには新境地だけど、無法地帯で知らなくていい現実も知ってしまいそう。
◆ スペイドの街 冒険者ギルド ◆
「情報も何もねぇ。二ヵ月ほど前に南部入りした冒険者パーティが未だ帰ってこない時点でねぇ」
いきなり冒険者が行方不明になってた。こんなのは馴れているのか、ギルド職員も大して気にしてない様子だ。
話によるとブロンズやアイアンの称号持ちの冒険者が行方不明になってる事例があるらしく、かなりやばい場所だとわかった。か弱いウサギファイターなんか数秒で蒸発すること間違いなし。
「あの、この辺りにハーピィを見ませんでしたか? スズメのような翼を持った小さい子なんですけど……」
「ハーピィなんて珍しくないからね。ただ南部に立ち入ったなら今頃は……」
「コルリ、覚悟を決めるわよ」
「はい、先輩! 南部のギャング達を壊滅させましょう!」
「そんな飛躍した発想はよろしくない」
こういう好戦的な子達を抑制するのも一苦労だ。私達の目的はスズメちゃんであって、ギャング壊滅じゃない。アスセーナちゃんが南部の情勢について詳しく聞き入ってる。さりげなく近づこう。
「南部なぁ。最大勢力だった"ナイトクルセイダーズ"が壊滅した時点で、何の情報も当てにならんよ」
「混沌としているようですね。今の最大勢力はどんな名前ですか?」
「さぁ? 南部なんて近付きたくもないから知らんな」
「アイアンの称号を持つあなたにそう言わせますか……」
「俺より強いアイアンクラスが行方不明になってるんだよ。あそこじゃ俺達の実力の指標なんざ当てにならんだろうな」
「フ……称号を持ちながら、情けない限りだ」
立ち聞きしていたのはカウボーイハットを被った長身の男だ。腰に二本の細い剣みたいなものを携えている。雰囲気からして強そうだけど、第一声の時点でいいイメージがない。
「あ、あんたは"三突き"のジェラルド!」
「お前は確か"総払い"のダッチェフだったな。腰が抜けているから、その辺のザコ狩りに徹しているわけだ」
「おい、いくらシルバーの称号を持つからといって随分な言い草だな」
「安全地帯の散歩にかまけている人間をどうして冒険者などと呼べる? お前のような奴はいつまでもゴブリン退治でもやってればいい」
「この野郎ッ!」
場外の乱闘が始まる予感だ。何気にアスセーナちゃんと同格か。でもアスセーナちゃんの様子を見る限りでは、顔見知りでもなさそう。呆けて成り行きを見守ってる時点で、ほとんど興味を持ってない。
「アスセーナちゃん、あの人ってシルバーみたいだけど知ってる?」
「三突きのジェラルドはなんとなく聞いたことがあります。三回以内の突きで決着をつける凄腕の剣士だとか……」
「アスセーナ? 君がそうなのか、噂は聞いてる。これは張り合いがあるな」
「ひっ、こっちに矛先が来ました」
露骨に嫌がるんじゃない。わかるけどさ。同格という事で親近感でも感じてるのかな。あのダッチェフという人への態度とは雲泥の差だ。
「君もギャング討伐に名乗りを上げたんだろう? それとも行方不明者の捜索かな?」
「違います」
「そうか。では手柄はいただこう。何せ最大勢力"バッドガイズ"のトップはあの"マッハキング"という情報すらあるからな」
「それ……本当なんですか?」
「さぁな。もし事実だとすれば問題だ。だからこそやりがいがある」
マッハキング、アスセーナちゃんの表情が強張るほどの人物か。となると最低でもゴールドクラスの実力はあるのかもしれない。ますます行きたくない。そんなのと鉢合わせして生きてられる保証もないし、ここは空のルートを選択するべきか。
「じゃあな。準備は済ませてるんで、先に行かせてもらう」
意気揚々と去っていったジェラルドを見送り、未だ緊張が解けないでいるアスセーナちゃん。
聞くのが怖いけど聞こう。
「マッハキングって何なの?」
「……ゴールドの称号を持つ冒険者です。小さな依頼から大きな依頼まで、彼の達成数を超えるものはいません。その速度を自認して"マッハキング"と名乗ってます」
「自称かい。それゴールドの冒険者を騙った偽物だからね。本物は自分でそういうの名乗らないからね」
「だといいんですけどね」
ダバルさんことブオウの偽物から舌の根も乾かぬうちに、また出てしまったか。しかも今回はわかりやすい。そんな偉大な人間が、ギャングのボスだなんて自分は偽物ですと言ってるようなもの。経験を経て成長した私が今更、びびるわけがない。アスセーナちゃんはこういう経験がないのかな。
「これ以上、ここにいても南部の情報はわかりませんね。実際に行くしかありません」
「ちょっと待って。本当に南部に行くの? メリットないでしょ。空は?」
「……モノネさん。お願いです、南部に行きましょう。私の目で本当に確認したいんです」
「そのマッハキングとかいうのを?」
「はい。それにもしスズメさんが何らかの事件に巻き込まれてるとしたら、南部でそれを知っているのは恐らくマッハキングです」
「悪の親玉が素直に教えるかねぇ」
「シュッシュッシュッ!」
なんか変な音が聴こえると思ったら、ハーピィ二人が翼で素振りをしていた。つまりやる気ってことだ。
これだから討伐課に回されたんじゃないかと邪推してしまう。
「あの、ダメですか?」
「アスセーナちゃんの言う事はもっともだからね。いいよ」
「ありがとうございますッ!」
「抱きつくの禁止」
「ひぃん!」
危ないところだ。今まさに助走をつけているところだった。私も反応できるようになったものだ。安請け合いしたけど、どうせ今回も偽物だとわかってるから安心できる。あの偽拳帝は強かったけど、あんなのは早々いないはず。それに今回は私だけじゃない。何が待ち受けてようと、乗り越えられる。
◆ ソリテア国 南部の関所前 ◆
「現在、南部への通行は禁止されているッ! ただし私達とゲームをして、お前達が勝てたらならば素通りを許そう!」
関所の兵士がなんか言い出した。この国、大丈夫か。
◆ ティカ 記録 ◆
ゲームの国 なかなか愉快ではあル
マスターが 定住するのに これほど相応しい国も なイ
ここにいれば マスターは 未来永劫 平和に暮らせル
しかし それだけ 平和な証拠だと思ったが 光あれば影もあるカ
その影に住まう ゴールドの冒険者 マッハキング
何を 気取っているのかは 知らないが ろくでもない存在であれば
許しておくことは 出来なイ
災禍を 加速させる 存在であれば
引き続き 記録を 継続
「ジェシリカちゃん、何を編んでるの?」
「お父様にプレゼントするセーターですわ。もうすぐ誕生日ですの」
「お、親の誕生日にプレゼント……」
「あなたもたまには親孝行してあげなさい」
「親から、私に、プレゼントは普通、だよね」
「モノネさん?」
「ダメです、あまりの非常事態にモノネさんの理解が追いついてません」
「どんな人生を送ったらそうなるんですの!」




