スズメちゃんを助けよう
◆ モノネの部屋 ◆
遅い。昼食も済ませて本を読み、そろそろ三度寝の時間だというのにアレが届かない。午前には届くはずなのに、これはハルピュイア運送の怠慢か。一体、どこをほっつき歩いてるんだ。いや、ほっつき飛んでるんだ。
「……ちゅん! ちゅん!」
何かが窓を叩いてる。アスセーナちゃんなら普通に開けてくるだろうし、このちゅんちゅんは違う。聞き覚えがあるちゅんちゅんの正体は、王都で一緒に仕事をしたハルピュイア運送のスズメちゃんだ。確か王都で働いていたはずだけど、いつの間にランフィルドに来たんだろう。
「スズメちゃん、どうしたのさ」
「モノネさん?!」
「うん。知らないで尋ねたの?」
「届け物……ここで会ってるちゅん?」
「それは"瞬撃少女・冥界編"だね。うん、私宛てで合ってるよ」
それを告げると力が抜けたように、部屋の中に滑り込んできて倒れた。なるほど、遅くなったのはこの子が原因か。王都の時から、どん臭いと思ってた。なんかピクピクしてるけど大丈夫かな。
「大遅刻でちゅん……また怒られるちゅん……」
「今はこっちで働いてるの?」
「王都支部から出張命令でこっちに来たちゅん……でもこっちでも失敗して怒られてばかりでちゅん」
「それはそれは」
確かに私じゃなかったら大激怒されてる。こんな事が立て続けに起こればクレームだらけになって、評判も落ちかねない。さすがにクレームは入れないでおこう。だけどこの子が配達員である以上、私にも影響があるのは確かだ。
「ねぇ、うちの場所ってそんなにわかりにくい?」
「住所をよく読んで飛んだのに、わからなくなったちゅん……お空を飛んでると目がぐるぐる回って緊張するちゅん……」
「ハーピィとして致命的すぎる」
「これで怒られてスズメはクビでちゅん……うっ、うっ」
泣かれても困る。これは俗に言われる向いてないというやつだ。かわいそうだけど、この子は別の道を探したほうがいい。そっと頭に手を置いて、優しく言ってあげよう。
「スズメちゃん、世の中は広いんだよ。スズメちゃんが出来る事は他にも」
「やっぱりスズメはダメでちゅん?」
「いや、ダメとかじゃなくて」
「スズメ……ひとまず帰るちゅん」
私が労働者に説教する資格などない。それを直に伝えられては仕方ないか。送料も何も受け取らずに飛んでいったし、これは本当に辞めたほうがいいかな。
いや、このままだと私も巻き込まれる。つまり送料だけは受け取ってほしい。
◆ ハルピュイア運送 ランフィルド支部 ◆
「遅いッ! いつになったらまともに配達できるの!」
「ごめんなさいでちゅん!」
先輩ハーピィからめっちゃくちゃ怒られてた。翼で頭をガードするほどに、スズメちゃんが恐怖してる。私もちょっと怖い。あの怒涛の説経をかいくぐって、送料を渡さないといけないわけか。
「あの、送料」
「お得意様の住所くらい把握しておきなさい! 真面目な心がないから、いつまでも覚えられないのよ!」
「ちゅん……」
「特にあなたが配達したところなんて、超お得意様なのよ! どれだけ暇なのってくらいご利用されてるの!」
「暇でごめんね。送料を払うから許して」
「え? あ、あれぇ? お客様、いらしたんならお声をかけていただければ……」
翼で頬をかくというレアな仕草だ。そして何のフォローもなく、暇人認定された。ひとまず送料を渡したところで気づく。火に油を注いでしまったことに。
「送料も貰わず帰ってくるなんて、どういう神経してるの!」
「ちゅうん……」
「ちゅうんじゃない! せめて戦闘でも出来れば、討伐課にでも回せるのに……」
「あ、討伐課がいいんじゃない?」
「ダメですよ。この子、戦えませんから……。王都からここまで来るのに冒険者を雇ったんですよ」
「いやいや、やってみなきゃわからないでしょ」
討伐課のあの二人なら、ある程度は優しくしてくれるはず。向いてるかどうかは二の次だ。このままだとスズメちゃんのメンタルが終わる。すでにプルプル震えて泣きそうだし、あの先輩に怒られ続けるよりはマシな環境にいたほうがいい。
「スズメ、討伐なんて出来ないでちゅん……」
「それとも街の中の配達員がいい? 別に戦闘をやらなくても、他に出来ることがあるかもよ」
「そうかもしれないでちゅん」
「ヒヨクちゃんとコルリちゃん……の前に課長のメジロさんに相談するか」
「あら、そういう事でしたらどうぞ」
都合よく通りかかったメジロさんが快諾してくれた。黄色い翼がなんとも強そう。戦闘時にはあれが雷に変化するというのだから怖くもある。雷拳とかいってた自称元傭兵は世界を知るべき。
「スズメちゃんね。どう? コルリも後輩ができて喜ぶと思うわ」
「スズメ、弱いちゅん……」
「平気平気、討伐課なんて名ばかりの窓際よ。先輩達についていくだけで仕事なんて成立しちゃうもの」
「課長の言葉とは思えない」
「……じゃあ、やってみるちゅん」
「それじゃメジロさん、そちらでよろしくお願いします」
さっきまで怒り狂ってた先輩が厄介払いできてスッキリしたのか、笑顔でスズメちゃんを送り出した。
こういう環境で働けなければ冒険者をやるか、野たれ死ぬか。私みたいに環境に恵まれてのうのうと生きながら腐っていくか。世の中の厳しさを肌で感じてしまう。
◆ モノネの部屋 ◆
冒険者ギルドに顔を出したら信じられない依頼の数が溜まってて、そっと帰ってきた。アスセーナちゃんもしばらく顔を見せないし、今日も引きこもりかな。
そういえばスズメちゃんはうまくやってるのか、ふと気になった。労働に関して私が首を突っ込むのは気が引けるけど、見に行ってみるか。そう決意して布団で飛び立とうとした時、窓の外を見て心臓が飛び出そうになる。
「モノネっさぁぁぁん!」
「ぎゃぁぁぁぁ!」
こっちが絶叫しているというのに空中に突然、現れたアスセーナちゃんが窓を開けて入ってくる。それからダイブしてきて、成す術もなく完封された。胸に顔を押し付けて頬ずりしまくってきて、こっちのリアクションすらも許さない。
「モノネさん、私ですね……寂しくて帰ってきました」
「そう。よかったね」
「今の見ましたよね。私、強くなったんですよ」
「割と真剣に心臓が止まりかけたからもう絶対やらないでね」
「モノネさん!」
開けっ放しの窓からヒヨクちゃんとコルリちゃんが滑り込むようにして入ってきた。私の心臓がもたない。どいつもこいつも気軽に窓から出入りしやがって。
「なんですか、二人とも! 勝手に入ってきて!」
「自分の行為に何の疑問も持ってない証拠が、この発言よ」
「ごめんね……でも、スズメちゃんがね。いなくなっちゃったの」
「逃げちゃったのか」
この二人をもってしても、あの子には耐え難い環境だったか。かわいそうだけど仕方ない。逃げっぱなしで心配になるのはわかるけど、私のところに来られても困る。
いや、討伐課を勧めた私にも責任の一端はあるか。責任、これほど重くて嫌な言葉もない。
「手始めに"熾烈なる空将"討伐に同行させたのがまずかったのかしら……」
「いや、まったく手始めじゃない感があるんだけど」
「わたし、きちんとサポートしたんですよ! 初めての後輩ですし、羽取り足取り……でも、ちゅんちゅん泣いて逃げ回ってばかりで……」
「少し前の私でも逃げ回ってたね」
ダメだ、完全に人選ミスだった。この二人のやる気が仇になるとは。メジロさんが適当に雑用でもやらせてくれるだろうと、勝手に楽観してた。今後一生、労働には関わらないと決断しよう。
「それでどうするの? 探しに行くの?」
「モノネさんにお願いがあるの。私達も有休を取ったから、一緒にあの子のところに行ってくれない?」
「行先はわかってるの?」
「これを……」
"今までお世話になりましたでちゅん"
"これ以上、ご迷惑はかけられないので故郷に帰りますでちゅん スズメ"
置手紙にちゅんとか書いてる時点で、悲壮感があまりない。そして意外と達筆だ。
「でも辞めて故郷に帰ったんなら、引き留めようがなくない?」
「正式に辞めたならね。これだけ残していなくなるなんて、逃げたのと同じよ」
「あぁ、あの子だからね……。でも私が同行して何が変わるのか」
「依頼よ。モノネさんって全然依頼を引き受けてないみたいだし、直接行かないと気づかないと思ってね」
「私じゃなくてもいいような」
「スズメと面識があって、あの子が怯えない相手となるとモノネさんしかいないの」
これはどうあっても私が行かざるを得ないのか。今回は私にも関係がないとはいえないし、やるしかないのか。金銭事情もあるし、わけのわからん討伐依頼よりはマシかな。熾烈なる空将とかありえない。
「いいけどさ。あの子の故郷なんて知らないよ」
「それなら大丈夫よ。事前に聞きだしておいたから」
「どこなの?」
「獣の国バルバニースよ」
獣の国、聞いたことはある。獣人達が暮らす国で、人間とも深く交流している国だ。結構、遠かったはず。
「バルバニースですか。遠出になりますし、それなりに準備が必要ですね」
「王都からここまで冒険者を雇って来たような子が行ける場所なの?」
「故郷ですからね。ただ最近は最短ルートの上空を"偉大なる空王"というネームドが、制空権を主張しているらしいです」
「うん、迂回ルートをはじき出そうか」
あのスズメちゃんが餌食になってなければいいけど。早速、地図を開いてアスセーナちゃんにルートを決めてもらおう。偉大なら手を出しちゃいけない。偉大じゃない私はコソコソと迂回する。絶対。
◆ ティカ 記録 ◆
またも マスターの平穏が 破られたカ
しかし アスセーナさんが 戻ってきて マスターも
機嫌がいいから よしとしよウ
スズメというハーピィ 故郷を出て 仕事をしようと
決断しただろうに 不憫ダ
だが 飛べるというのは 人間にはない利点であるから
他にも やりようはあるはズ
誰もでも やれることはあル
僕もそうであるようニ
引き続き 記録を 継続
「あー、これ書いた奴は死んでるな。こっちは生きてる……これも生きてる」
「何してるの、ナナーミちゃん」
「この部屋、本がたくさんあるからさー。書いた奴が生きてるかなーって思ってな」
「なんでそうする必要が」
「暇だからな」
「帰って」
「こっちなんか殺されてるぞ。怨恨の類かー?」
「帰れ」




