プロッティンを解析してもらおう
◆ 喫茶店"ゴールドウィンド" ◆
眠気がくる午後のひと時、今日はここでレリィちゃんと待ち合わせだ。直接、家に行ってもよかったんだけど、たまにはこういう場所でまったりしたい。
偽拳帝が使っていたプロッティンの調査結果を持ってきてくれる。別にそれで何をどうしようってわけじゃないけど。要は暇つぶしだ。レリィちゃんも最近は退屈していたというからちょうどいい。
「あの拳帝を騙っていた男の名前はジラムル。私に憧れていた割には冒険者登録すらしてなかったみたいだね」
「なんでだろう」
「登録すれば偽物だとバレやすくなるからだろうね。冒険者ギルドに近づかなかったのもいい例だ」
「それであの人達は全部、しょっぴかれたと」
「大人しく連行されていったね」
偽称罪と無賃飲食、及び暴行の罪でがっつり量刑らしい。拳帝を目指していたはずが犯罪者とは。大体、いつかバレるに決まってるだろうに私から言わせればアホだ。
カンカン兄も無事に入院して命に別状はないようで、その点を踏まえれば殺人がないだけマシか。
「はぁ、偽物なんてやってて空しくならないもんかな」
「でも有名になればなるほど、多いんだよ。君もそろそろ気をつけたほうがいい」
「ウサギファイターの偽物が? まさか……」
「わからないもんだよ。だから目の前に大物を名乗る人物が出てきても、安易に信じてはいけない」
このセンスを理解した上で偽物をやるなら、それはそれでちょっと会ってみたい気もする。私の偽物をやるならまずティカを連れて、耳を刃に変えられること。それに布団に乗って移動も条件の一つだ。知名度を考えたら、なかなか割に合わない。他を当たったほうがいい。
「こんにちは」
「お、いらっしゃい」
「レリィちゃん、どうだった?」
浮かない顔で遅い足取りだ。よっぽどひどい薬だったんだろうか。椅子に座らせて、飲み物を聞いても答えてくれない。もしかすると、安易に頼んじゃいけなかったかも。
「どうしたのさ」
「これ、わかんない」
「え、わかんないって薬が?」
「作り方はわかったの。でもこれ、私じゃ絶対わかんなかった……」
「つまりとてつもない薬ってことか」
あのレリィちゃんが泣きそうになってる。まだ子どもだからしょうがないとは思うけど、それで当人が納得するかどうかとは別だ。筋肉がババーンってなる薬なんて、レリィちゃんなら作れそうなものだと思ってた。
「これ作った人、すごく頭いい人……すごくじゃない、もっとすごくて」
「うん、落ち着いてね」
「人間じゃない、かも」
「……まぁそうだったとしても、どうしようもないね。頼んでおいて何だけどさ」
途端、窓を強風が吹きつけた。天気の機嫌が悪くなる前に帰るとしよう。このままレリィちゃんを落ち込ませておくのもよくない。この子を家まで送ったら私も今日は引きこもろう。今日は。
◆ ??? ◆
ここにきてどのくらい経っただろうか。もう何年も日の光を浴びてない。衣食住が揃っているとはいえ、家族とも会えずに軟禁状態は堪える。適切なスケジュールであるにせよ、自由は一切ない。
かといって少しでも逸脱した行動を取ればベルイゼフ博士に殺されてしまう。
「おい、お前! さっきのサンプルはどうなったんじゃ! フヒッ!」
「は、はい! ただ今!」
「若いくせに言わんかったら動けんのか! フヒーッ!」
伸びきった白髪に白髭、腰曲がりの肢体。齢80は超えているはずの博士が一番元気なのだから恐ろしい。プライドが異常に高く、わずかにでも言葉を間違えれば機嫌次第で殺されかねない。
「フヒッ! あのガラクタの山をいつまで放置してる気じゃ! フヒッ!」
「し、しかしまだ捨てるなと指示したのは博士……」
「貴様、ワシに非があるとでも言うのか! フヒーッ!」
「すみません!」
「わかったらとっとと、"夢島"にでも捨ててこいッ! フヒーーッ!」
研究の失敗作が毎日、山のように出る。それを破棄する場所が"夢島"だ。だがその夢島も廃棄物で埋め尽くされ、限界がきてるという話もある。
あのベルイゼフは、様々な研究と開発を繰り返して作っては捨ててきた。初期の頃は筋力が増強される薬か何かを開発していた記憶がある。
「フヒッ! これはプロッティンのビンではないか! まーだこんなところに転がってたのか! フヒッ!」
「す、捨ててきます!」
「そういえば昔、これを外にバラまいた事があったな! フヒッ! どんな結果が出るかと待っていたものだが、すっかり忘れていた! フヒフヒッ!」
何より厄介なのは、博士はほぼ誰にも心を開かないところだ。唯一を除いては。その男がこの研究所に入って来た瞬間、博士の険しい表情が一変する。
「フヒッ! ロプロス! よく来たな! フヒフヒッ!」
「こんにちは、ベルイゼフ博士。お元気そうで何よりです」
「相変わらずじゃな! フヒッ! ここに無傷で辿り着けるのはお前くらいじゃて! フヒッ!」
「光栄です」
帝国第七部隊の隊長にしてアトラスの艦長、七魔天の一人。子どもから大人までの支持を一手に集めるシンボル。そんなステータスが尽きない帝国最強軍人が頭を垂れるのだから、博士が上機嫌になるのも必然だろう。
「研究は順調のようですね」
「もちろんじゃ! フヒヒッ!」
「さすがです。同じ七魔天といえども、こうまで差を見せつけられるとは」
「このワシの才能を見出してこんな施設まで用意してくれた皇帝陛下へのご恩もあるからのう! フヒッ!
なに、ロプロスよ! お前も優秀な軍人じゃろう! フヒッ!」
「ありがたきお言葉です」
最近になって察したのだが、ロプロス隊長は本当は我々の事を気にかけてくれている。大して用もないのにここに来る理由、それはあのベルイゼフ博士の機嫌を上向かせるためだろう。
私にかすかにウィンクしてくれたのは、つまりそういうことなのだ。これで数日は穏やかに過ごせる。
「フヒッ! 見ておれよ! このワシが見限ったメタリカ国に目に物を見せてやるからのう! フヒヒッ」
「ベルイゼフ博士ってそのメタリカ国から追い出されたんじゃ?」
気の緩みか、比較的新しい研究員が私に耳打ちをしてくる。私はすぐに人差し指を口に当ててジェスチャーで伝えた。
だが遅かったようだ。枯れ枝のような博士の腕がここまで伸びてきて、大人の頭部をも鷲掴みにできる大きさになっていた。それが新人の頭を掴んで宙づりのような形にしてしまう。
「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁッ! や、やめて下さいすみませんすびません!」
「貴様、何かはき違えをしておるようじゃな? フヒッ! ワシが見限ったんじゃ! あんな頭の固い連中をな! フヒーーーッ!」
「ベルイゼフ博士、落ち着いて下さい。所詮は浅学な若者の発言である故、博士の行動の意味を理解するのも困難なのでしょう」
「ふむ、それもあるか! フヒッ!」
巨大な手から頭が離されたと同時に、新人が落ちる。その体を優しく支えてくれたロプロス隊長。肩を二度ほど叩いた後、博士の注意を自分に向けるよう話をまくし立て始めた。
「話が逸れましたが、博士。今回はお耳に入れておきたい事があって来ました」
「フヒッ! 言ってみたまえ!」
「先日、我が第七部隊は面白いアビリティを持った少女と接触しましてね。物を自在に操るアビリティ……と私は予想しています」
「フヒフヒッ! それだけなら興味は……いや、それが当たってるなら……フヒッ! フヒフヒフヒッ!」
あの気味の悪い笑い方が加速した時は、良い事を思いついた時だ。何年もここにいるが、あれが不快でしょうがない。
あの博士はとにかく怖いのだ。さっきの力もアビリティだと思っていたが、もしかすると人間ですらないのかもしれない。
「えぇ、大いに役立つはずですよ。もちろん、彼女が協力を申し出てくれるのが前提ですがね」
「ぬるい事を! フヒッ! 従わせるに決まっておるだろう! フヒフヒッ! でかしたぞ、それでその少女はどこにいる? フヒッ!」
「これから調査するところなのですが、あいにく私の部隊は所用がありましてな。第三部隊に打診する予定です」
「フヒッ! 何でもいい! とにかく連れてくるのだ! フヒフヒヒッ!」
また侵略を始めてしまうのだろうか。妻子にも会えず、そんなものに加担している自分がふがいない。その少女も不幸の星の元に生まれたものだ。悲しいが私にはどうする事もできない。だが、この世に神というものがいるのならどうか。
「フヒッ! これでワシの"完全化計画"に一歩近づくかもしれん! フヒフヒッ!」
「では博士。私はこれにて失礼します」
願わくばあの罪深い老人に重い天罰を。
◆ ティカ 記録 ◆
プロッティン これを作った人物は 何が 目的だったのカ
人間の筋力を 増強する為だけとは どうしても 思えなイ
何か 裏があるように 思えるが どうだろウ
いずれにしても マスターが 深入りは しないだろうから
この件については お終いカ
レリィさんには 気の毒だが 世の中 上には 上がいル
どのような人物かは わからないが その人柄次第では
大変なことに なるはズ
引き続き 記録を 継続
「遥か遠くにあるメタリカという国は、カマハルカで全世界を監視しているといいます」
「カマハルカ?」
「私達がいつどこで何をしているのかがわかっちゃうんですよ。大きな魔導具のようなものと考えて差し支えはないです」
「そんな悪趣味なことをしてどうするのさ」
「情報は最大の武器ですからね。これ一つで覇権さえ取れてしまう可能性があるんですよ」
「じゃあ、もうとっくに世界征服でもしてるんじゃないの」
「神の国とも言われてますからね。この国が世界をコントロールしているという人もいるほどです」
「え、オチとかないの? 実話で終わるの? 冗談じゃなくて?」




