強さとは何かを知ろう
◆ フィータル大森林 ◆
あの大男は偽の拳帝で、本物はダバルさんだった。いろいろと謎は残るけど、今は本物に任せよう。
ティカのほうはというと、パーツがくっついて元通りになってる。頭を撫でてやると、うっすらと目を開いた。
「マスター……」
「辛気臭い謝罪とかいらないからね」
「でも、でも僕は」
「生体感知の時点で役立ちまくってるでしょ。私をマスターと呼ぶのなら命令は聞きなさい。気にするな」
「ハイ……」
とはいうけど、しばらく抱きかかえてやろう。ゴーレムだか知らないけど、こんなにも小さい存在なんだ。体は元に戻っても心はそうもいかない。ティカが希望するなら仕方ないけど、本当は戦闘に出させるのもよくない気はする。
「あなたが拳帝ならば、証拠を見せていただきたい!」
「証拠か。しばらく使ってないけど、これではいけないかな」
「冒険者カード……その金色の枠組みはまさに!」
名前:ブオウ
性別:男
年齢:53
クラス:格闘家
称号:ゴールド
戦闘Lv:188
コメント:現在は活動を休止しています。
「やだ、天井が見えない」
帝王イカも逃げ出す数値だ。この強さがあってなんで休止しているのか。いや私が言えたクチじゃないけど。どこに行ったらそんな化け物が存在するのか。バニーちゃんはどう感じてるんだろう。
――ぶっはねてみたいぴょん
ですよね。次いこう。
「ぬぅぅ……確かに本物と見た」
「これでいいかね」
「わかった! では勝負だ!」
互いに同じ構えを見せて、私は布団に退避する。カンカン兄を寝かせている横に腰をかけて、高みの見物だ。
先に仕掛けたのは偽拳帝で、パンチや蹴りで翻弄を狙うもダバルさんにはかすりもしない。まるで風にたゆたう葉のごとく、これほど当たる気がしないと思わせてくれたこともなかった。
「クソッ!」
「体は恐ろしく出来上がっているし、動きも雑味はあるがひどくはない。きっとこれまでに負けた経験はほとんどないだろう」
「そうだ! 他の奴らがオレを拳帝と勘違いするほどに強くなった!」
「それで名乗ってしまったのかい?」
「あなたの名声を使っているうちに引き返せなくなった……それは同時に、オレを惨めにさせたのだ……」
偽拳帝も薄々と勝てないとわかっているのか、苦悶の表情に変わってた。どうやら私には理解できない境地のやり取りになりつつあるようだ。ダバルさんは息を切らすどころか、呼吸してるのと聞きたくなるほどの余裕だ。
「人々の賞賛……弟子入り志願……オレではとても積み上げられない。若い頃は追いつけると思っていた……」
「そうか……」
「今もオレの技がまるでかすりもしない! 人生をかけて鍛え上げたというのにッ!」
「君は強さとは何なのか、わかっているのかい?」
「なんと?」
ダバルさんが渋く口を噤み、そして後退する。空気を読んだ偽拳帝も攻撃の手を止めた。自分の拳を見つめたダバルさんはそっと目を閉じる。
「いや、私にもわからないんだ。若い頃は君と同じように目指すべきものがあってね、死に物狂いで鍛えたさ。だけど同じだったよ。私にも超えられないものはあった」
「あなたが?! ウソだ!」
「私が人生において勝てなかったものが3つある。一つは獣魔の森のギロチンバニー……生まれて初めて恐怖というものを知った瞬間だった」
「やだ、照れる」
――ぶっはね済みだったぴょん?
あの人が生きてる時点でそれはないと思う。拳帝ですら勝てない魔物だったのか。となるとやっぱり今の私は、バニースウェットの100%を引き出せてないと考えるのが妥当かな。
「もう一人は……名前を名乗らなかったが、底知れない剣士だった。全盛期の私が今の君と似たような心情になったほどにね。
自分が一番強いと錯覚しかけていた時期でもあったから、尚のことショックだったよ」
「ウソだ、そんな人間がいるものか」
「そうだな。もしかしたら幻だったのかもしれない」
「最後! 最後の一人は誰だ?!」
身を乗り出す偽拳帝。私もそうしたいほどの情報だ。達人剣を握りしめて問いかけてみよう。
――世の中は広いな
「はぐらかすな」
なんでこうなのか。同一人物の可能性が高いと思うんだけど、よほど言いたくないらしい。名前を名乗らなかったところとか、そこはかとなく似通ってるもの。
「最後はぁ!」
「亡き妻さ」
「はぁぁ!?」
「己の強さの限界を知った頃に出会ってね……潰れるのも時間の問題というほど、寂れたコーヒー屋を一人で営んでいた。
だが不思議と惹きつけられて、私は何度も足を運んでしまったよ」
「そうか! その女が強者だったのか!」
落ち着け、偽拳帝。私ですら言わんとしてることがわかってきてるというのに。私のように腰を据えて聞きなさい。あのダバルさんの表情からして、つらい思い出なんだろうにわざわざ話してくれてるんだからね。
「いや、ごく普通の女性だったよ。未亡人で、亡き夫と共にやっていたコーヒー屋を一人でずっと守っていた。
私も当初はもっと他に生き方があるだろうと思い、問いかけた。しかし彼女は頑として譲らなかった」
「あなたほどの方が、未亡人で将来性のない店を営んでる女と結婚したのか? 女など履いて捨てるほどいる上に、あなたなら選び放題だろうに」
「生まれつき、味覚がない彼女はそれでも努力していたよ。どんなに相手にされなくても、生活が苦しかろうと。客がこない日でも、おいしいコーヒーを用意していた」
「なんだと……」
「おいしかったよ。味なんて感じられないだろうにね」
この時点で私と同じ人間とするのも憚れるほどの人だ。五体満足のくせに、さぼる事ばかり考えてる私とは違いすぎる。どうして人はこうも違うのか。
「彼女は亡き夫の意思を守り続けていたんだよ。私は自分の小ささを知った。誰それよりも強いだとか……そんなものに意味はなかった。
彼女のように、誰かの為に頑張り続けるのも立派な強さだったんだ。たとえ頼まれてなかったとしてもね」
「その女と結婚したのか……」
「なかなか苦労したよ。頑なに拒むほど自分に魅力がないのかと落ち込んでね。これ以上はのろけ話になるから、よそうか」
「あのコーヒー屋はつまり……」
「私も彼女と同じことをしようと思ってね。亡き妻の意思を守っているだけさ。そうなると冒険者をやってる暇もなくなる」
偽拳帝が黙り込んでしまった。倒れている弟子達や木にぶら下がってるブルナーグを見やり、またダバルさんに視線を戻す。
どこからかすすり泣き声が聴こえてきて、森で遭難死した人の亡霊かと思ったらカンカン兄だった。ちゃっかり聞いてたのか。
「拳帝と呼ばれるほどに実績を積み重ねてきたあなたが……」
「本音を言うと、もう疲れていた。どんなに強くなろうと世の中には上がいる。最強など幻想に過ぎない。結局、私も弱い人間の一人だったわけだな」
「オレは……うっ、ぶふっ!」
偽拳帝が突然、血を吐いて両膝をつく。口に当てた手を血で濡らし、数回ほどまた吐いた。あまりの事態にダバルさんが駆け寄り、何かを思いついたように偽拳帝の道具袋を漁る。そして取り出したのは、さっきあいつが飲んでいた薬だ。
「君はこんなものに手を出していたのか」
「どうしても強くなりたくて、あなたに追いつきたくて……」
「ダバルさん、それって何なの?」
「プロッティン……筋力を増強させるが、乱用するとこのような副作用が出る。正しい使用方法なら問題ないが、中には劣悪な品もあって問題になってるようだね」
エルフィンVに続いて、またもや怪しい薬か。レリィちゃんなら成分解析くらいやってくれそう。そして劣悪な品なのは、飲んだ瞬間にもりっと筋肉がついたところからして丸わかりだ。いきなり効くわけない。
「何より恐ろしいのは、その効果で味を占めて乱用してしまうという点だな。私の現役時代にこれがあったら、間違いなく手を出していただろう……」
「製造元とかは?」
「謎だ。どこから流れて来たのか、その効果の情報すらも流れものだからね。これだけに限らず、巷では出所不明の薬が多く出回っているから注意が必要だよ」
「私に限っては大丈夫ですね」
世の中には危険で溢れている。つまり家の中が一番の安全地帯か。こうやってさぼる理由を探している私と強さは相容れない。
自虐しているけどダバルさんがもっとも強さの本質に近づいてると思う。そんな人が、せき込む偽拳帝に手を差し伸べた。
「命より惜しいものなどないだろう。手を貸すよ」
「オレは、オレは何のために……」
「生きていれば見つかるさ。私にでさえ出来たんだからね」
「拳帝……」
「そこにいる君も手伝ってくれ。私とモノネ君だけじゃ、これだけの人数を運べない」
「ケッ、それもお見通しかよ」
木陰からナナーミちゃんが出てきた。勘で嗅ぎつけてやってきたのか。いつからいたんだろう。戦ってる最中なら間違いなく参戦してきそうだし。
ブツクサ文句を言いながらも、その辺に転がってる弟子達を投げ飛ばしたりして雑にまとめてる。痺れさせた私達がいえたもんじゃないけど、もう少し丁重に扱ってほしい。
「そこの偽物野郎を殴り飛ばそうと思ったけどよー、ぜんっぜん隙がねーんだもん」
「フ、当然だ。偽物といえど」
「おっさん、コーヒー屋より現役でやったほうがいいんじゃないかー?」
「……そっちか」
「当たりめーだ。モノネ一人で十分すぎる奴なんかどーでもいい」
ナナーミちゃんの問いにダバルさんは答えず、数人を山積みにして抱えてる。これで現役じゃないとか、きっと誰も信じない。ナナーミちゃんも負けじと抱えようとするけど、ダバルさんの半分にも届いてなかった。
「んぎーー! おっさん、化け物かよ!」
「無理をしないほうがいい。君はまだ若いのだから、伸びしろは十分ある」
「そうかー? へへ……」
「はぁ、どれどれ。私も積載量の限界まで積みますかっと。カンカン兄、ちょっと我慢してね」
「構わないが本当に載るのか……?」
不安になるのも仕方ない。一通り、積み終えたから出発だ。日も沈んでるけど、こんなところで野宿なんかしてられない。ランフィルドに着けば後はどうとでもなる。このメンバーならそんなに時間はかからないはず。
だけどランフィルド目前で悲劇が起きた。
「あ、ブルナーグ忘れてた」
「あの木にぶら下がってた奴かー? どうでもよくね?」
「知ってたなら教えてほしかった」
私としてもどうでもいいけどダバルさんが走って引き返した手前、同調するわけにもいかない。あんなのでも全力で助けに行くのか。その優しさも強さだと一つ学んだ。まぁあの人も忘れてたんだけど。
◆ ティカ 記録 ◆
マスターに 抱かれて 今は休息の時
こうされていると なんだか 怒りと失意で満たされていた
自分が 情けなく思えル
今の僕は 今の僕だと 最近は強く 思うようになっタ
ダバルさんが 本当の拳帝とも 見抜けなかったのは
屈辱だが 今はそれすら どうでもいイ
コーヒー屋でわずかに感知した 偽物とは違う 反応は
ダバルさんのものだったカ
マスターの言う通り この世には 天井がないのかも しれなイ
引き続き 記録を 継続
「はい勝ちー」
「また負けましたわ! あなた、何か不正してるんじゃないこと?!」
「ジェシリカさんは顔に出やすいんですよ。だからモノネさんにも負けるんです」
「何も考えてないように見えて、なかなかの洞察力ですわね……」
「いえ、本当に考えてませんよ。たまにそれが功をなして逆転されますからね」
「これもナチュラルな素質だね」
「ゲームくらい真面目にやったらどうですの……」




