表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

169/201

拳帝と交渉しよう

◆ ランフィルド 居酒屋"大開拓時代" ◆


 命の大切をよく知ってるから、まずは話し合いをする事に決めた。話してわかるならそれで良し。何も無駄な争いをする必要がない。それでテーブル席を3つくらい占領している拳帝一味と対峙している。両手に花というのか、拳帝が両脇に女の子を従えてそれはもう幸せそうだ。


「……それで、我々に自重しろと?」

「このままだと、あなた達の評判も落ちるよ」

「フ、いらん世話だな。いいか、小娘。俺が拳帝と呼ばれるほど鍛錬に勤しんだ理由がわかるか?」

「わかるわけない」

「強者であれば誰の顔色を伺う必要もない。ストレスもなく、結果さえ出せば認められる」


 すでに序盤で噛み合わない雰囲気がだだ漏れてる。要するにでかい顔をしたいから強くなったというだけの話だ。

 この場にいるのはアンデッド代表のヴァハールさんと、拳を抑えてもらってるナナーミちゃん。すでに握り拳をぷるぷるいわせてる。連れてくるんじゃなかった。


「ストレスがない快適な人生は素晴らしいぞ。小娘も冒険者の端くれならば、一度はこういった生活も考えてみるといいだろう」

「若輩者の分際で恐縮だけど、弱者を守ろうという気持ちはないんですか」

「守ってやっているだろう。その代わり俺達の好きにさせてもらっている」

「余計なお世話なんで、そろそろ出ていってくれませんか」

「……ならば、方法は一つしかないだろう」


 実は私が一番、交渉に向いてない。目の前にいるのが遥か格上という事実があろうと、すでにイライラしてる。

 隣で女の子にちょっかいを出してるパイナップル頭ことブルナーグが目障りだ。カンカン兄弟はというと、弟がいない。兄が立ちっぱなしで、この前よりも怪我がひどくなっていた。


「俺を力ずくで追い出せばいい」

「冒険者ギルドの決闘ルールで戦えと?」

「下らん。そんなものに縛られる必要はない。俺も戦士の端くれだ、負ければ出ていく」

「信用できない」


「いいだろう。そちらが望む形で決着をつけよう」


 そう切り出したのはヴァハールさんだ。拳帝に負けない体躯で、ずいっと前に出れば弟子どもはびびる。拳帝が品定めでもしているのか、訝しみながら顎を撫でた。


「お前もアンデッドか?」

「そうだ。訳あってこの世に止まらせてもらっている」

「アンデッドが闊歩しているというのに、我々は容認されぬか。面白い街だ」

「迷惑はかけてないつもりだ」

「まぁいい。受けて立つとしようか。ただし、この街で私が本気で戦えば、被害が出かねない」

「では場所を指定するがいい」


 大怪獣対決が始まりそうな予感がする。これはもうウサギファイターの出番はありません。ヴァハールさんも勘を取り戻したのか、前より強くなってるらしい。

 ナナーミちゃんはというと、拳を手の平に当ててすでに臨戦態勢だ。どういう教育したらあんな子になるのか。


「3日後の夕刻、フィータル大草原の街道端にて待つ」

「わかった。モノネ達もそれでいいな」

「え、うん」

「そうと決まれば、今日のところは引き上げるとしよう。行くぞ!」


 拳帝が弟子達と共に店からぞろぞろと出ていく。それを皮切りに店内にホッとしたムードが漂った。


「やっといなくなった……拳帝だか知らないが、ホント迷惑だよ」

「商売あがったりさ。何せ初日以外、金を払わないんだからな」

「でも怖すぎて何も言えねぇ……自分が情けない」


 皆の不満がドッと漏れる。あの筋肉の張りがある後ろ姿を見送りながら、ふと思った。なんで3日後なんだろう。腕に自信があるなら、明日でもいいだろうに。なんか気になる。そういえばさっき、ヴァハールさんがアンデッドかどうか確認していたっけ。


「ヴァハールさん、ちょっと相談がある」

「何だ?」


 私の短い経験で得た勘が当たるかはわからない。何せ相手はゴールドクラスだ、知っておいて損がない事はたくさんある。


◆ ランフィルド上空 ◆


「ここからならよく見えるよ。ティカ、あとは生体感知で追ってほしい」

「かしこまりましタ」


 あの拳帝一味の動向を伺おう。店を出た後はホテルに戻らず、どこかへ向かっている。と思ったら、弟子達と別れた。弟子達はまた街に繰り出し、拳帝はしばらく歩いてから路地裏に入っていく。そしてなんと魔晶板(マナタブ)を取り出した。


「あれを持ってるってことは、相当金があるのは確かだね」

「しかしその程度でマスターと同等とは思えませン」


 よくわからない擁護を貰ったところで、また拳帝を見張る。ここからだと魔晶板(マナタブ)の内容までは見えない。

 どこかに何かを打診しているのかな。もう少しだけ近づこう。そしてかろうじて見えた魔術協会の文字。なるほど、大体わかった。


「多分、エクソシストか何かを派遣して貰ってるね。実力者のくせに……」

「このままだとヴァハールさんが危ないデス」

「あの人が並みのエクソシストにどうにか出来るとは思えないけどね。しっかし、みみっちいなぁ拳帝」


 今度はまた弟子と合流したっぽい。またもやホテルには戻らず、今度は街を出ていく。会話を始めたっぽいので、バニーイヤーで音を拾おう。


「修業ですか? 休暇中では?」

「あのヴァハールは相当の達人だ。用心に越した事はない」

「あなたにそこまで言わせますか」

「あぁ、稽古をつけてやるぞ。もちろん全員な」

「なるほど」


 ブルナーグとその他がカンカン兄を見てニヤリと笑う。たくさんの荷物を持ったカンカン兄の表情が強張った。


◆ フィータル大森林 ◆


 あいつらがそこに辿り着いた時には日が沈んでいた。カンカン兄に野営の準備をさせて、自分達は呑気に談笑している。汗だくになりながらも準備を終えたカンカン兄がブルナーグに報告をしていた。


「すべて終わりました!」

「……お前、舐めてるのか?」

「はい?」

「テントの位置がよぉ! あれでいいと思ってんのかぁ!」


 いきなりキレたと思ったら、腹に一発。うずくまって痛がる間もなく、上から蹴りつける。たまらず地面に転がったところへ脇腹を足で踏みつけた。


「すみま、せん、やり直し……ます……」

「当たり前だろうが! ったくよぉ!」


 フラフラになりながらも、テントを片付けてまた立て直すカンカン兄。口の端から血を流しながらも、報告しては殴られる。それを見てゲラゲラと笑う弟子達。私には戦士がどうとかよくわからないけど、あれで強くなれるんだろうか。


「お前、この焚火の位置よぉ! 風向き次第でテントに火がついちまうだろうがよぉ!」

「うげぇッ……!」

「あと食事の準備も急げよ!」

「は、はひ……」


 涙目で堪えてる姿が痛々しい。もう立つことすらやっとなくらい痛めつけられてる。やっとこさ終わったけど、当然のようにカンカン兄は食事から外されてる。鍋を囲むメンツの後ろから、生気のない目で見ていた。あれだけ痛めつけておいて食事もとらせないのか。強くなる前に死ぬでしょ。


「フー、食った食った! さて、食後の運動だな!」

「あの、今夜もあれをやるんですか……?」

「なんだ? お前、強くなりたくないのか?」

「なりたい、なりたいです」

「だったら、口答えするんじゃねぇ!」


 事あるごとに殴られ、カンカン兄はとうとう木に吊るされてしまった。それを囲む弟子達が次に始めたのは殴る蹴るの滅多打ち。無抵抗のカンカン兄はされるがままに揺れて、怪我もひどくなっていく。私にこれを黙って見ていろと。


「気絶してんのか?! だったら起こしてやるよッ!」

「う……!」

「武とは耐える事! 耐えられる体なくしては強者足り得ない!」

「承知して、いま、す……」


 気がつけば握り拳を作っていた。私には修業がどうとかわからないけど、これが単なる憂さ晴らしでしかないなら。


「拳帝、こいつどうです?」

「まるで才能がないな。大した志もなく、安易に強者にすがって強くなろうとする根性が浅ましい」

「兄弟二人、親もなく……武器も買えなかった……。だから、拳のみで、戦ってる拳帝が……心のよりどころ……」

「単なる甘えだな。それを夢とはき違えただけの話だ」

「そんな……」


「こ、こいつ泣いてますぜ!」


 ブルナーグの一声で弟子達が下品に笑い出す。痛めつけられ、侮辱され、これで強くなれるのかな。私としてはどんな思いだろうと、向上心を持って生きてる人はすごい。そしてそれをバカにする奴は例外なくクズだと思う。確信した。あいつらは、あいつは拳帝じゃない。少なくとも。


「カンカン兄弟が憧れるような人間じゃないね! ウサギキィィーーック!」


「ごぇッッ!」


 布団君からの飛び蹴り、ブルナーグの顔面にいいのが入った。でんぐり返しみたいに転がってテントに突っ込む。せっかく建てたのが台無しになったけど、テントの残骸があいつにかぶさってマヌケでちょっと面白い。


「ぶげっ……」

「もう夜も遅いんだから、子どもはそこで寝てなよ」


「お前は……!」


 拳帝もろとも驚いてくれて何より。距離を取って警戒してくれてウサギファイター冥利に尽きるよ。もちろん刃になった耳に驚いているんだろうけど。私の感情に十分、応えてくれてる。カンカン兄を降ろしてあげて、まずは布団に寝かせた。


「モノ、ネ……」

「弟はどうしたのさ」

「怪我で、入院、してる……」

「そんな状態の弟を放っておいて、あんたはここで修業していたわけ?」

「……しかし」

「あんたがブラッディレオ戦で大怪我した時にさ、弟は涙を流して心配してたんだよ。『兄を頼む』ってさ」

「……ッ!」


 防波堤が決壊したかのごとくカンカン兄がまたも静かに、そして大きくむせび泣いた。辛気臭いのは苦手だから、このまま何も言わずに泣かせてあげよう。早く手当てをするべきだろうけど、起き上がったブルナーグが拳に何かを装着してた。


「お前ェ……誰に何をしたかわかってんのかぁッ! この魔導具サンダーナックルの恐ろしさを知らんらしいな!」

「雷拳って、実はそれのおかげだったのか」


 両手に装着したナックル同士を打ち付け、バチバチと雷が光り鳴る。弟子達も私を囲み、リンチする気満々だ。

 拳帝は様子見か。弟子をけしかけて私の実力を見るつもりかもしれない。アイアンの称号相手によくやる。拳帝がどれだけすごいのか知らないけどこっちは格下なんだし、全力で挑んで殺しちゃっても仕方ないね。


「ギロチンバニーの真似事か? よせ、奴は竜も恐れる悪魔だ。弁えろ、小物が」


 ぶっはねるぴょん。


◆ ティカ 記録 ◆


ゴールドの冒険者とはいえ やりすぎたようダ

今のマスターは 強イ

街に 馴染んだ カンカン兄弟の道を 誤らせ

尊厳を踏みにじり 笑うという 愚行

人の醜悪さを よく感じられル

強ければ 何をしてもいいのなら

何をされても いいということダ

その言葉に どれほどの覚悟が あるのカ

今のマスターの前で 証明できるものならば してみるがいイ


引き続き 記録を 継続

「レリィちゃん、また本をたくさん買い込んだの?」

「うん。参考になると思うから」

「その飽くなき向上心よ」

「本を書いた人の間違いはすごく参考になるよ」

「どうかこの子がまともな大人に成長しますように」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ