喫茶店でくつろごう
◆ 喫茶店"ゴールドウィンド" ◆
最近はここでくつろぐのがマイトレンドになってる。イルシャちゃんの店は食事をする場所で、こっちはリラックス用だ。
落ち着いたおじさん代表みたいなダバルさんの存在も相まって、いい雰囲気が出てる。サンドイッチを初めとした軽食メニューがあるのもいい。冒険者という過酷な環境に身を置いてる分、ここで何日でも心身を癒さないと。
「この街の名物が一つ増えるわけか」
「ダバルさんが土地を売ってくれたからですね」
「完成が楽しみで、毎日のように見に行ってるよ。ところで話は変わるけど知ってるかい? 今、拳帝とかいうのが来ているだろう」
「はい。割と貫禄がありましたね」
「あまり良くない噂が流れているらしいね」
「おい! 客が5人だぞ!」
ドアを乱暴に開けて入ってきたのは拳帝ご一行だ。もっと弟子がいた気がするけど、別行動かな。拳帝とパイナップル頭、いかつい弟子で3人。それにカンカン兄弟だ。
ぎょっとしたのはその風貌で、二人とも顔がはれ上がってる上に体中が痣だらけだった。しかも大量の荷物を持たされている。
人数が人数だし、この小さな喫茶店に入るにはちょっと無理がありそう。ご一行は店の一角にどっかりと腰を下ろして、メニューを眺め始めた。
「拳帝、何になさいますか」
「チーズパスタをいただこうか」
「はい! おい、店主! チーズパスタを3つ持ってこい!」
「かしこまりました。少々お待ちを」
拳帝が決めたメニューが絶対か。なんか横暴な態度だな。しかも数が足りてない。最初に会った時とはだいぶ印象が違う。極め付けにカンカン兄弟は立ちっぱなしだもの。そしてチーズパスタが人数分、運ばれて来たけど省かれたのは兄弟だ。
「お客様、席にお座りになってはいかがですか」
「こいつらはいいんだよ!」
「……かしこまりました」
ダバルさんの気遣いも空しく、パイナップル頭の一喝でカンカン兄弟は立ちっぱなしのままだ。何なの、この仕打ち。
「連日、飲みっぱなしだったからな。たまにはこういうのもいいだろう」
「そうですね。どれ……んん、まぁ味は悪く」
「まずいな。臭みが強すぎる」
「ま、まずいですね! これはひどすぎる! おい、店主!」
またもや拳帝に流された。あのチーズパスタは私も食べたことがあるけど、普通においしい。イルシャちゃんの店と張り合うには足りてないのは確かだけど、そこまでひどいかな。
呼びつけられたダバルさんが、そそくさと拳帝ご一行のテーブル席に向かった。
「こんなまずいものをよく客に出せるな! しかもお前ぇ……ここにおられるのが誰様だと思ってる?」
「拳帝ブオウ様でしょうか。ご高名は伺っております。お口に合わず、申し訳ありませんでした」
「謝るだけなら、子どもでも出来るんだがな?」
「お代はいただきません。お客様の貴重なご意見を今後に活かさせていただきます」
「んなこぁ聞いてねぇんだよ。まずいものを食わされて不快な思いをしたと言ってる」
なんだなんだ、この前とは打って変わって態度がおかしい。こうなるとあの拳帝も貫禄どころか、今やでかいおじさんにしか見えない。ゴールドの称号持ちともあろう方が、こんな小さなことでガタガタ騒ぐとは。
「おい、そこの荷物兄弟! お前も栄えある拳帝の弟子だろう! 何か言ってやれ!」
「お、おう! おい、おっさん! 拳帝はな、誠意ある対応をしろと仰っているのだ! なぁ弟よ!」
「そうだ、兄よ! お代はいただきませんなんて当然なんだよ!」
「ちょ、ちょっとどうしたのさ。二人とも……」
さすがに見かねて止めに入ってしまった。拳帝達の視線がギロリと向けられる。カンカン兄弟がたじろいで、口を噤む。そこへあのパイナップル頭が私の前に立ちふさがった。
「お前、確かアイアンの称号を持つとかいうガキだな。フン、今やこんなガキですら称号持ちとはな……拳帝、嘆かわしいでしょう?」
「そうだな……俺が若かりし頃からは考えられん」
「仮にもゴールドの称号を持つくらいの実力者なら、マナーくらい守ったらどうですか」
「布団や玩具を持ち込んでるお前が言えた立場か?」
なんということでしょう。まさかの論破だった。いやいや、そこじゃない。布団君は丸めて立ててあるし、ティカは玩具じゃない。誰にも迷惑はかけてないはずだ。
「カンカン兄弟も、明らかにおかしいでしょ。言いなりになってない?」
「そんな事はない。俺達は拳帝の弟子として、強くあれという教えに従っているのだ。なぁ弟よ」
「あぁ。強者たるもの、常に強気であれとな」
「拳帝さん、これが強者としての正しい姿なんですか」
「……貴様、格下の分際で口答えが過ぎるな」
おっと、ゴールド相手にいささか張り切りすぎたか。心なしか、空気が張りつめた気がする。強ければ何をしてもいいなんて、低俗な教えだ。これがカンカン兄弟が長年、憧れてた拳帝の姿か。特に思い入れがない私ですら失望したというのに、あの二人は。
「店内での揉め事はよしてくれ」
「黙れぇ!」
「うぐっ……!」
「ダバルさん!」
パイナップル頭がダバルさんを突き飛ばす。カウンター席に背中を打ち付けたダバルさんを抱えて起こしてあげた。思わずパイナップル頭を睨みつける。余裕のドヤ顔が腹立つ。何なの、こいつら。
「なんだ、その目は? お前、まさか俺相手なら勝てるとでも思ってるんじゃないだろうな?」
「そっちこそ、あまり調子に乗るなよ」
「俺も拳帝に弟子入りする前は、傭兵をやっていてな。名のある奴を何人も殺してきたよ」
「"雷拳"のブルナーグの異名を聞いただけで、逃げ出す奴もいますからねぇ」
「強いなら弟子になる必要ないじゃん」
弟子がパイナップル頭ことブルナーグを持ち上げる。得意になったブルナーグが鼻の下を指ですすり、依然としてドヤ顔だ。自分がいかに強いかをアピールして何になる。私がびびるとでも思ったか。そんなに強いなら、あのロプロスに勝ってみせてほしい。ぜひマッチングさせたい。
「い、いたた……腰が……」
「ダバルさん、座ってて」
「すまないね……」
「帰るぞ」
拳帝の一声で、一味がゾロゾロと店を出ていく。当然、金は払ってない。最後尾のカンカン兄弟も堂々と歩いてる。あの二人、本当にただ単に拳帝に憧れてただけかな。どんな人間だろうと、拳帝ならいいのか。
「ねぇ、本当にそれでいいの?」
「モノネ、お前の実力は認めるがこれ以上の口出しは無用だ。なぁ弟よ」
「そうだ。拳帝には逆らうなよ、お前が敵うわけないのはわかるだろ。それに俺達は今、修業中なのだ。なぁ兄よ」
「そう、それならいいけど」
まるで金魚のフンだなと思ったけど、飲み込んでおいた。ここでこれ以上、問題を起こしてもダメージを受けるのはこの店だ。ふとあいつらのテーブルを見ると、ほぼ完食してた。
「ふぅ……やっぱりろくでもない連中だった」
「よくない噂の意味がわかりました」
「連日、酒場でドンチャン騒ぎらしいね。女の子にも手を出してトラブルも絶えないし、かといって強すぎて警備兵も手を出しにくい」
「あの連中が悪いのは承知だけど、警備兵はもっとしっかりしたほうがいい」
この平和な街が乱されるような感覚だ。いつかのジャンとチャックの時みたいに、冒険者ギルドに何とかしてもらおうか。あの船長なら、サーベルでみじん切りにしてくれそう。
「あの兄弟……なんだか最初に会った時みたいなキャラになっちゃったな」
「……大変なものだね。本当に強いものを見極めるというのは」
「本当、そうですね」
マスターが静かに乱れた椅子を置き直している中、無視できないなと自分の中で確信してしまった。面倒事すぎてすごい関わりたくない。だけどあの兄弟は、せっかくこの街に馴染んだというのに歪んでしまった。何より私のまったりスペースにまで踏み込んで荒らしやがって。
「強さという偶像を理解できるほど人間は賢くない、か」
「そ、そうですね」
なんかダバルさんが達観しちゃった。私は私でさすがにゴールドの冒険者を相手取るつもりはない。
あの連中を垂れ込む場所といえば一つだ。
◆ 冒険者ギルド ◆
「船長いないんですか?」
「はい。先日から王都へ出張に行ってます」
アスセーナちゃんといい、どうしてこうなる。こうなったら七法守を頼るべきか。
でも知ってるのはシャンナ様とムードリーさんくらいだ。後者が頼りになりそうだけど、どこにいるのかもわからない。
シャンナ様に聞けばわかるかもしれないけど、時間がかかりそうだ。どいつもこいつも。
「シュワルト辺境伯の権限に頼るか」
「それが先週から」
「うん、知ってた」
この街、滅ぶぞ。本当に。もうどうでもよくなってきた時、外の騒がしさに気づく。次の瞬間、ギルドのドアが破壊されて何かがぶっ飛んできた。私の前で転がったそれは体格がいい男が二人、そして両方とも気絶してる。
「てめぇらよー、おれの前で下らねぇ事しやがってよぉ」
「うわ、ナナーミちゃん」
「お、モノネ。そいつらよ、おれの前で嫌がる女に手を出してたんだ。殴って当然だろ?」
「そうだね」
突っ込んでも無駄だ。まだ拳をポキポキと鳴らしてるし、気絶してるのに容赦がない。よく見ると、この二人は拳帝の弟子だ。別行動していたのか。まじまじと観察していると、更に誰かが入ってきた。
スケルトンのゲールさんを筆頭としたアンデッド軍団だ。でかいグーバン隊長が、拳帝の弟子と思われる人物を肩に抱えていた。この世の終わりのような光景だ。
「よー、こいつがなんとかっていう奴の弟子だとか威張り散らしてよ。ケンカ売ってきたからノシちまった。これ討伐の報酬あるか?」
「ないですね」
「はぁ?! こいつら、見ない顔だけどよ。こんなのにでかい顔されていいのか?」
「そう言われましても……」
ギルドの受け付けに言われても困ると思う。本気で報酬を貰おうとしてたのか。ていうか彼らの存在をすっかり忘れてた。アスセーナちゃんやジェシリカちゃんがいなくても、この街には恐ろしい連中がいるんだ。
「モノネじゃねえか。お前もなんとかっつう奴の弟子を討伐しに来たんだろ?」
「その飛躍は無理がある」
「じゃあ、黙ってるのか? オレは頭きたからよ、そのなんとかっつう奴をぶっ飛ばそうと決めたぜ。ヴァハールさんも乗り気だしな」
「私はあんた達みたいな直情派と違って感覚派だからね。ティカ、あいつらの戦闘Lvを教えて」
この人達がいるなら、なんとかなるか。か弱いウサギファイターだけでゴールドの冒険者にケンカを売るなんてあり得ない。やっぱり持つべきものは仲間だ。
「ブルナーグは40程度、弟子はバラつきはありますが25前後……。そして拳帝ですが、Lvは……」
「なに、言いよどむほどやばいの?」
「さっきマスターに対して、口答えしたと怒った時に一瞬だけ観測したのですガ……」
聞かないほうがいいか。よし、やめ――
「130……」
命を大事に。作戦名は決定した。
◆ ティカ 記録 ◆
名のある冒険者のはずが まるでチンピラのような 振る舞いダ
やはり 噂は しょせん噂なのかも しれなイ
カンカン兄弟は 愚直に信じているが 彼らを引き留める言葉を
僕も 持たなイ
あの拳帝のLv 確かに恐ろしい数値だっタ
この観測値とは 別に 何か別の 大きなものを感じたようナ
ほんの 一瞬だったから 僕が誤作動を 起こしたのカ?
あの拳帝が 数値だけには留まらず 底知れないものを
持っているのカ?
引き続き 記録を 継続
「クルティラちゃん、学園で使ってる教科書とかいうのを見せてくれない?」
「いいぞ。モノネも学園の勉学に興味が沸いたか?」
「クルティラさん、ダメよ。そうやって自分とは縁遠いものを見てニヤニヤするのがモノネさんなんだから」
「イルシャちゃんとはいえ、暴言が過ぎる」
「じゃあ、なんで教科書が必要なのよ」
「勉学の深さを知ることで、己の人生観を見つめ直すの」
「結局ニヤニヤするだけなら教科書じゃなくてもいいじゃない……」




