まずは落ち着こう
◆ マハラカ国 王都北口前 ◆
威風堂々という言葉が似合う。あの七魔天最強の提督は、爽やかな笑顔を崩さずにこちらの答えを待っている。その自信は、縛られてるミヤビからも見て取れた。剣の切っ先を喉元に当てられても、恍惚とした表情で提督ロプロスに魅入ってる。
アスセーナちゃんの震えや、グリディにも果敢に向かっていったジェシリカちゃんの沈黙。これらがすでに最適解に導いてくれている。うん、手打ちだね。
「ロプロスといったな。一体、何が目的なのだ?」
「いや、なに。我々が受けた任務は『交渉』であって戦闘ではない。つまりすでに目的は果たしたわけさ」
「絶対神ともいえる皇帝は、それを望んでないだろう?」
「私にも、あのお方のお心は知れんよ」
「……そうか。ならば答えは決まっている」
よかった、これにて一件落着だ。あの王様の事だから、これ以上は。
「手打ちなど認めん。我が国に対する攻撃が行われた以上、いかなる譲歩もない」
「マハラカの王よ。ご自分の発言がどのような結果を生むか、理解されているか」
「荒立てが足りぬというのならば、やるがいい。だがそちらこそ――ぬぉっ?!」
王様、アスセーナちゃん、ジェシリカちゃん。マハラカ軍やゴーレムが一斉に地に伏した。膝すらつけずに腹這いになり、立とうとしてまた地面に突っ伏して。武器を杖替わりにしようが、誰一人として起き上がれなかった。
何が起こったのか、私に理解できるわけない。一つだけ確実なのは、一瞬にして軍隊が機能しなくなったという事実だ。
「何が……起こった……!」
「すまない。ミヤビだけは失うわけにいかんのだ」
「これは、お前が……!」
「あぁ、私のアビリティは"力"を御する。今のは手っ取り早く"重力"を使わせてもらった」
「何だと……」
もはや何を言ってるのかわからない。いや、理解はできるけど出来ない。だけど不思議なことに私だけは無事だ。布団君の影響かな。物霊は重力の束縛からも逃れられるのかもしれない。そうだとしても、あの化け物に挑む道理はないのだけど。
そんな私に気づいてないのか、ロプロスはずっと王様を見下ろしている。
「手打ちだ、ミヤビは返してもらう。そうそう、グリディ侯爵とダグラス元男爵はそちらに預けておくよ。
そのほうがいろいろと楽しめそうだからね」
「バカな、マハラカ国が……たった一人に……」
「気に病むことはない。相手が悪すぎただけだ。ハッハッハッハッ! ん?」
やばい、気づかれた。ひとまずアスセーナちゃんとジェシリカちゃんを守りつつ、距離を取る。なるべく人畜無害感を装いたいけど、すでにアビリティは見られてるんだった。どうしよう、勝てる気がしない。そこへ大股で歩いてくるロプロスの進路をティカが遮る。
「マスターに近づくナ」
「マスター? その子が? お前はゴーレム、か。うぅむ……」
「マスターに近づけば攻撃を開始すル」
「はて、どこかで見たような……んー、思い出せん。まぁいいか」
こんなところでティカの正体に一歩でも近づくとは。でも今はそれすらどうでもいい事態だ。少し頭を捻っただけで、ロプロスの興味はまた私へと移る。
「ミヤビを拘束したのも君だな。アビリティ保有者か、それもかなり強力だ」
「そうでもないです」
「ネモノ君といったな。君ならばネオヴァンダール帝国ですぐに出世できる。我が国では民とて、アビリティ次第でどこまでも行けるのだ」
「それはすごいですね」
「私も昔はこのアビリティで苦労した身でね。だからこそ皇帝陛下には頭が上がらんのさ」
「そうですか」
皆が重力で苦しんでいるというのに、こんなのと雑談してる場合じゃない。だけど下手に動いたら何をされるかわからない。
ツクモちゃんに頼むべきか。いや、ここで手の内を見せてしまうのすら危険か。なんたって相手は最強だ。用心しすぎて何もできない。
「どうだ、我が国へ来る気はないか?」
「その気はないです」
「それは残念だ。だがその異能で苦労はしてないのか?」
「それなりに楽しんでます」
「……そうか」
少しだけ影のある表情を覗かせた後、背中を見せてミヤビの元へ行く。縛り上げている帯に触れると、するすると解けて落ちていった。物霊使い顔負けだ。
「帯の摩擦力を失くせばこんなものだよ。君のアビリティは強力だが、あまり過信しない事だ」
「肝に銘じるかもしれません」
「フ、大した胆力だよ……さて。そろそろ引き上げるとしよう。それと同時に彼らも自由にしておく」
「どうも」
「また会いたいものだな……さらばだっ!」
「あぁ! 待ってくださいー!」
見学の子達が置いていかれた。あの子達は重力の影響を受けてないのか。御する、といっていたからその辺は何でもありなんだろうな。
などと、ぼんやり眺めているとアトラスから長い階段が降りてきた。ミヤビの教え子達が静々と昇っていったのを確認すると、アトラスが再び飛び立つ。あれだけ大きい要塞なのに、何の音も立てていない。
まさかあれもロプロスのアビリティで浮いてるなんて、さすがにないか。まさかね。
「う……立てる、か」
「体中が痛い……」
「こっちは多分、折れてる……」
「いてぇよぉ……」
重力の影響で甚大な被害が出てる。ゴーレムは半壊して、兵隊も大半が大怪我を負ってる模様。こっちはアスセーナちゃん達を寝かせているから場所はないし、困った。そこへ角刈り魔術師がむくりと起き上がり、きょろきょろと見渡している。
「むむ! これは大変だ! 一人ずつ治療していたのでは日が暮れてしまう!」
「あなたはまさか治癒師か……? 我々よりも陛下を先に……」
「私にとっては誰であろうと命は平等だ!」
まさかの展開。地属性魔法とか使いそうないかつい顔をしておいて、治癒師とは。しかし、いつかのビルグのせいで治癒師にいいイメージがない。
そんな中、角刈り治癒師ゴンドーさんが何やら両手で印を結ぶみたいな事をしている。
「……術域展開! 聖属性中位魔法!」
そよ風のような心地いい感触が体全体を包む。体が浮きそうな錯覚さえ覚えた。寝せていたアスセーナちゃんが上体を起こして、ジェシリカちゃんも自分の体を確かめるようにペタペタと触ってる。
「ネモノさん……」
「偽名設定はもういいよ、アスセーナちゃん。あのゴンドーとかいう人が回復してくれたよ」
「術域展開からの治癒魔法……あの人、かなりの使い手みたいですね……」
「ネモノさん、なぜあなたは平気なのかしら」
「だから、偽名はいいから」
なぜと言われても、私にもわからない。物霊とはすなわち、理から外れたもの。という解釈じゃダメだろうか。そもそも力を操れるから重力も思いのままね、なんて理屈が誰に理解できるか。
「ゴンドー、おかげで負傷者もなんとかなりそうだ。後で報酬を支払おう」
「私が勝手にやってきて勝手にやった事ですからな。格安でいいですよ」
「うむ、邪魔者扱いしてすまなかった」
「しっかり報酬は貰うんだ」
何気なく突っ込んだら聴こえたのか、ゴンドーさんがギロリと一瞥してきた。なんだコラ、やるのか。
「報酬とは技術への対価だと私は考えている。つまり安ければそれだけ技術を安売りしているに他ならない」
「なるほど、すごく勉強になりました」
「自分の知恵や技術に誇りを持つのは悪い事ではない。それはとても重要な事なんだ、よく考えてみてくれ」
「考えます」
「特に術域展開からの治癒魔法は魔術協会内でも、私を含めると数人程度しか出来ないんだ。そしてとても疲れる」
なんか無限に続きそうだから、スルーしよう。魔導車の時もそうだったけど、くどい性格してる。顔の割に細かい。
それはさておき、負傷者が一命を取り留めたとはいってもこの場の空気はよろしくなかった。たった一人にここまで追いやられたんだから、楽観とはいかないか。
さすがの王様も沈痛な面持ちだ。だけどそれは国がどうとかというより、もっと違うところで葛藤しているようにも見えた。
◆ マハラカ城 王の間 ◆
「君達がいなければ、どうなっていたことか。報酬を出さねばな……」
「いや、無理にとは」
「君達は安くないだろう」
さっきのゴンドーさんが言ってたのを真に受けたのか。精神的に参ってるだろうに、王様とは大変な仕事だ。
アスセーナちゃんとジェシリカちゃんの口数の少なさからして、こっちもきてるな。私は自分が冒険者なのを、すっかり忘れていたというのに。ここは少し励ましておくか。
「でもあのネオヴァンダールのやばい部隊にひるまず啖呵を切ったのはすごいですよ」
「奴らが手を出せないのはわかっていたからな」
「そうなんですか?」
「我が国のゴーレムや魔道具産業は他国にも大きく貢献している。もし潰すような真似をすれば、ネオヴァンダールとて無事では済まないからな。だから調子に乗ってふっかけてみれば、この様よ……」
「なんかすみません」
結局、落ち込ませてしまった。とことん暗いムードだし、ひょっとしたら私が異常なんだろうか。この状況で報酬とか貰えるわけないし、少し時間を空けたほうがいいかもしれない。
「報酬については後日でいいですよ」
「そうか。ここにはいつまで滞在する予定だ?」
「アスセーナちゃん、いつまで滞在する?」
「え? あぁ、いつまででもいいんじゃないですか……」
「だそうです」
「そうか……」
頼りになる子だけど、落ち込んだらとことん上がってこないか。友達として励ましてやりたいけど、どうしてよいのやら。とりあえずアスセーナちゃんがいつもやってるように、二人の肩でも抱き寄せてみるか。
「な、なんですの?」
「モノネさん?!」
「二人は才能あるから、もっと強くなるよ」
「モノネさん……」
目を潤ませてた次の瞬間、凄まじい速度で抱き寄せ返された。感情が爆発してすすり泣くのはいいけど、ここは王様の前だ。でも王様も肘をついて、心ここにあらずみたいになってるからいいのかな。
ヴァハールさんの時も悔しくて修業をしたらしいし、なんでこんな子が私みたいなのを気に入ってしまったんだか。悪い気はしないけど、たまに申し訳なく思う。
◆ ティカ 記録 ◆
僕は一体 何なのだろうカ
あのロプロスも 僕を知っていタ
ゴーレムなのは 間違いないが なぜ マスターと出会う以前の
記憶が ないのカ
僕自身に 原因が あるのカ
もし僕に 力が眠っているとすれば うかうかしていられなイ
ミヤビにロプロス 世界には 敵に回すと
恐ろしい連中が いル
マスターを そのような輩から 守れるような力がほしイ
引き続き 記録を 継続
「魔法ってさ、なんとか属性とかいろいろあるよね」
「無数にありますよ。火や地、風や水が代表的なだけですね」
「他にはどんなのがあるの?」
「石、木、霧、泥……数えきれません。でも代表的な4属性の下位互換ですね。ですから4属性を扱えるだけでもすごいんですよ」
「それも生まれつき?」
「そうみたいです。体内に眠っている魔力の性質がどうとか……聞いた限りでは汁属性が悲惨ですね」
「確かになんか嫌だ」




