ゴーレム制作を依頼しよう
◆ マハラカ国 地下牢 ◆
気絶させた3人の黒服達をここに運び込んだのには理由がある。一応、この人達もグリディに加担した人達だから投獄という形だ。一番の理由は、私がパサライト剥がしに失敗した時のデメリットを減らす為。嫌すぎる。
「これ、やらなきゃダメですか」
「無理だと思うなら、強制はしない」
「見過ごして悪夢を見ると嫌なのでやります」
兵士達が付き添いにいるものの、この拘束魔導具すら破られたら終わりだ。今も座らせているイスごと揺らしてる。
すでに理性がほとんどないから、そっとパサライトに触れる。途端にものすごい勢いで私に侵食してきてちびりそうになった。
「こらぁッ! 浸食するんじゃない!」
やけくそに怒鳴った途端にピタリとパサライトが止まる。そしてスルスルと剥がれていって、床に一塊の鉱石として落ちた。なんで私がこんなリスクを背負わなきゃいけない。本当に怖かった。
「おおぉ! パサライトを剥がした!」
「快挙だ!」
「信じられない……!」
地下室だから余計に響く。そりゃ世界で初めてパサライトを剥がしたわけだから、喜ぶのも無理はないか。
だけど3人の黒服はまだ意識がハッキリしていない。グリディのアビリティが効いているのかも。
「う……ここは……」
「気づいたっぽい」
兵士が事情を説明するにつれて、暗澹とした表情が濃くなる。グリディのところにいた時は記憶が曖昧らしい。
一人はブロンズの称号を持つ冒険者。称号を貰って有頂天になった際に優良な依頼主ともめて仕事が減る。途方に暮れたところでグリディの誘いに乗ってしまったと。残った二人も少しずつ話し始めた。
「俺は不倫がバレて」
「あ、無理に思い出さなくていいです」
「オレは確か会社資金に」
「だからいいです」
余罪が溢れて面倒なことになりそうだから中止です。こういう人達の足元を見て手下にしたのか。使いようによっては恐ろしいアビリティだ。
「ここはマハラカ国の地下牢か。どう裁かれるのかわからんが、どうでもいい……」
「俺もすべてを失った身だ。あのグリディを恨む気にもなれん」
「オレも死刑にでも何でもしてくれ……」
こういう辛気臭い空気は苦手だから、そろそろ退散かな。その前にあの床にあるパサライトが気になる。あれを放置するのも物霊使いとして気が引けてしまう。
このままだと処分されるんだろうな。触れてみると、今度は浸食してこなかった。
――お前、オレを役立テロ
――おれたちを使いこなすやつ初めテダ
――気に入ッタ
「あんた達も物だからね。大切にしてあげるよ」
わさわさと私の腕にからみついて、今度は腕の形に合わせてピッタリとくっついた。暴力のガントレットみたいに、ちょっとした武器みたいだ。打撃だけじゃなくて、いろいろと活躍してくれそう。
「今後次第だが、お前達の意志次第では社会復帰もあり得る。腐らずに罪を償うんだな」
「本当か? 俺がいた国では間違いなく死罪だったのに……」
「我が国ではよほどでない限り、そのような事はあり得ん。凶悪犯は大抵、ゴーレムに射殺されてしまうからな」
「捕まっておいてよかったのか……」
あなた達は運がいい。あの王様の護衛をしているゴーレムにハチの巣にされずに済んだんだから。この地下牢エリアにも似たようなのが何体も巡回しているから、今まで一度も脱獄した人がいないらしい。やっぱり人間、真面目が一番だね。
◆ マハラカ城 客室 ◆
工場を初めとしてマハラカ軍がグリディについて調査をしている間、ここで暇を持て余す。本人は拘束した上にアビリティでやられないよう、厳戒態勢だ。
とはいえ、あいつのアビリティは資産がないと発動しないとわかった。工場も取り上げられて、ここは異国の地。今や太ったおじさんに成り下がってる。いや、素の戦闘Lvが80以上だった。
「ジェシリカちゃんは?」
「入院しているお父さんのお見舞いに行ってますよ。他の方々も、だいぶ衰弱してましたね」
「ほとんど寝ないで働かされてたらしいね。人を消耗品くらいにしか思ってないんだろうね」
「取り調べが進むにつれて、帝位争いで負けた時の恨みが原因だとわかったみたいです」
「ふーん、未練あったんだ」
お気楽そうに見えて、虎視眈々と反逆の機会を狙っていたのは発言からわかっていた。そんなに王様になりたいのなら、自分で国を作ればいいのに。あのアビリティなら向いてると思うんだけど、教えてやらない。
「それとモノネさんにすごく興味を持っていたようです」
「やだ気持ち悪い」
「『ワイとしたことが、先にあの娘を手に入れるんやったわ』とか未練がすごかったですね」
「アスセーナちゃん、実はその場にいたよね」
「はい」
私なんか爆睡を堪能していたというのに、精力的なことだ。ナナーミちゃんなんか、今も寝てる。グリディの私への執着がとても嫌な予感バリバリだ。そういえばジェシリカちゃんも、なんか言ってた気がする。
「マハラカ国内にはあの工場以外にも、グリディの隠れ家があったようですね」
「根が深すぎる」
「グリディもそれで余裕たっぷりでしたね。コユリさんを始めとする隠密部隊に全部発見されてからは、口数が少なくなりましたけど」
「この国強すぎる」
とはいっても、あいつ一人にここまで好き放題されたのは痛いと思う。実際に戦ってもかなり手強かったし、一人じゃ無理だった。七魔天がこのくらいの水準なら、ネオヴァンダール帝国は確かに敵に回さないほうがいい。ジェシリカちゃんの言う通りだ。となると、このままグリディを拘束していていいものか。
「ゴッドハンドにゴーレムを作ってもらいたいけど、難しいかな」
「本気でエルフィンVにはまっていた人も目が覚めたみたいですけどね」
「ジーロさん達が復帰してないし、予約もいっぱいだろうなぁ。ゴーレムは当分、お預けか」
「一応、行ってみましょうか」
ダラダラしていても当初の目的は果たせない。重い腰を上げずに布団で部屋を出よう。ナナーミちゃんのために一応、書置きを残しておいたけど多分いらない。
◆ ゴーレム制作会社"ゴッドハンド" ◆
前に来た時よりも人が多い。ジーロさんを含めた数人がいないだけで、もう工場は動いている。エルフィンVにはまっていた人達も目が覚めたか。初めて行った時に対応してくれたカルーナさんが、とことこと歩いてくる。
「あ、皆さん。おかげさまで工場に人が戻ってきましたよ」
「もうエルフィンVにはまってない?」
「はい、エルフィンVというよりも勤務体制への不満が大きかったみたいで。社長も反省したのか、納期を伸ばしてでも改善すると約束してくれました」
「それはよかった。それでよかったら発注したいんだけどね」
「あいにく予約がいっぱいで……」
「いいよ。恩人さんなら多少の優遇はするさ」
階段から降りて来たのはキャップを被り、ポケットに手を突っ込んでるおじさんだった。この人が社長かな。なんだかぶっきらぼうな印象だ。
「いろいろ説明はされてるよ。俺も今回の件で反省してさ。働く奴あっての工場だって当たり前の事実に気づいたんだ」
「でも、社長。納期が遅れると、お客様が怒ります……」
「きちんと説明して、それでもダメならうちとの取引は諦めてもらうさ」
「社長……」
「しっかり仕事をしていれば、わかってくれる人はいる。今までが利益を優先しすぎたんだよ」
さすがは労働者の長。私とは思考の幅が違いすぎる。黒ずんだ作業服から漂う歴戦の風格。どこかのグリディに聞かせてやりたい。これが人を使う人間の器だ。
「叩かれませんかね……」
「ぶちキレる奴もいるだろうな。ぶん殴られても文句はいえねぇ。安心しろ、俺が頭を下げに行くからよ。お前らは余計な心配しないで、とっとと仕上げろ」
「は、はい!」
作業に戻ったカルーナさんを見送り、社長が私にジロジロと視線を這わせてくる。
「お前が例の物霊使いか。ジーロから聞いたよ」
「そうみたいですね」
「俺はよ、時々心配になるんだ。納品したゴーレムは幸せかってな。お前はそういうのわかるんだろ?」
「そうですね。前に暴走したゴーレムは雑な扱いをされて怒ってました」
「やっぱりか……。ゴーレム暴走事件は度々起こってるが、ハッキリとした原因はわかっちゃいない。そして最後には俺達、技術者が責任を負うんだ」
「きついですね」
淡泊な反応しか出来なくて申し訳ないけど、私に労働者の苦労はわからない。アスセーナちゃんのほうがまともな受け答えを出来ると思うけど、あっちはゴーレム発注の作業で忙しい。
「相手を見極めて、ゴーレムを送り出していいかどうか判断する。それも俺達の仕事だ」
「深いですね」
「冒険者だって同じだろ。依頼主との信頼関係があって初めて成立するんだからな」
「そうです!」
「アスセーナちゃん、発注は?」
「終わりました。後は現地に視察してもらうだけですね」
さらっと、とんでもないことを言ってるけどツクモの街経由なら一瞬だ。これで一安心か。いやぁ、長かった。ツクモちゃんも、これなら文句あるまい。話がまとまったところで早速、工場を出ると皆が空を見上げている。
道行く人達の視線の先にあったものは、空に浮かぶ巨大な物体だった。そんなものが少しずつ迫ってきてた。
◆ マハラカ国 王都 ◆
「なんだ、あれ……」
「こっちに来るぞ」
「まさか……」
皆の不安が的中しつつある。巨大な物体は円盤みたいな形をしていて、近づくにつれてその大きさがわかった。ざっと見た限り、この王都を覆いつくさんばかりのサイズだ。このまま王都の上まで来るのかなと思ったら、直前で停止した。
「なにアレ」
「チッ、もう来やがったのか。早すぎるぞ……」
「社長さん、知ってるんですか」
額の汗を腕で拭い、社長さんがなかなか答えない。ここからじゃよく見えないけど、小さな窓らしきものがあるから人工物か。
「ネオヴァンダール帝国の空中要塞"アトラス"だ……。かつて国を踏み潰して回ったと言われてる伝説の大巨人から取った名前だなんて、シャレてるよなぁ……」
「シャレてますね」
この段階で、何の用事かわかってしまう。帝国を敵に回すことの意味を、こんな形で見せつけられるとは。
◆ ティカ 記録 ◆
パサライトすらも 従えてしまうとは さすがマスター
これで 戦いの幅も 広がるはズ
あの黒服も これをきっかけに マスターのような
真面目な人生を 送るべきダ
それが 恩返しにも なるのダ
ゴーレムの気持ち 確かに物霊は 持ち主を 選べなイ
だからこそ 持ち主に 責任があル
僕は マスターに 出会えて 幸せダ
あの空中要塞 ここからだと 生体感知が 届かなイ
人の英知が ここまで 来たカ
あんなものを 宙に浮かせるとハ
引き続き 記録を 継続
「ナナーミさんは恋をしたことがありますか?」
「ないなー」
「そうですか。人を好きになるって、辛いこともあるんですよ……」
「だったら、やめりゃいいじゃねえかー」
「想いを伝えたい、でも嫌われたらと思うと」
「あぁもうイライラするなぁ! ただ言うだけじゃねえかよー!」
「ですから、それが難しいんですよ!」
「アスセーナちゃん、話を振る相手を間違えてるよ」




