ブーデ・ソックを討伐しよう
◆ マハラカ国 森の奥地 製造工場 ◆
一早く行動したのはアスセーナちゃんだった。瞬間移動のアビリティで斬りかかるも、ギリギリで間に合わない。だから、倒れているグリディの体が光ったと同時に後退した。秘宝はこっちの手にあるけど、もっとやばい手段を用意していたか。
「アスセーナちゃん。この秘宝、使ってみれば?」
「分担したほうがいいでしょう。ホワイトガーデンはジェシリカさん、暴力のガントレットとエンジェルブーツはナナーミさんですね」
「わたくしが?」
「えぇ、私よりもきっと効率よく使いこなせるはずです」
「へへ、このブレスレットならあの豚をぶっ飛ばせるなー」
蛇が出るか魔物が出るか、魔王が出るか。寝ている姿勢から片足を上げて、床をぶち抜かんばかりに下ろす。
大袈裟に起き上がったグリディの姿は何とも形容しがたかった。無数の牙が生え、ドクロみたいな頭上部。大きな骨を装着したかのような鎧。それでいてあの体型だ。魔物のような人工物のような、よくわからない進化を遂げてしまったか。
「ふーむ、よう動くわ。体が軽くなったようや。あ、解説いるか?」
「に、逃げろ! そいつは危険だ!」
逃げたはずのジーロさんが後ろから警告してくる。なるほど、ということは人工物ですか。
普段の肉体労働に加えてあんなものを作らせてたんだから、つくづく呆れる。それなのにあの化け物みたいな姿で、堂々としてた。
「ジーロ、ようやったで。お前らのおかげで強化装甲型ゴーレム"ブーデ・ソック"が完成したわ」
「皆、許してくれ……。ここに拉致された俺達、技術者はあいつのアレを作らされていたんだ……」
「ゴッドハンドが密かに研究していた新時代の魔導具……あんな奴の為にな」
ジーロさん以外の技術者達が口を揃えて教えてくれるのはいい。それはいいんだけど、早く逃げてほしい。
「せや。素材はオリハルコンやら秘宝やら、ワイが世界中からかき集めた最高級品やで。それにゴッドハンドの技術となれば魔王に魔剣や」
「オリハルコン……世界最高強度の金属ですか。その分だと純度も高いようですね」
「当たり前や。ワイの資産をほぼ使い切ってでも集めたんや」
「どうせ使い切ったのは資産だけじゃないでしょ」
「ブハハハハ! 人間なんぞ、数えきれんほど利用したわな!」
どうして金持ちはこうなのか。人間、持つべきものを持ってしまうとわけのわからない欲を持つのかもしれない。何にしても、しんどそう。あの様子だと、さっきの秘宝よりも強力だろうし。
「皆さん、よく聞いて下さい。あれの素材が純正オリハルコンなら、この中に決定打を与えられる人はいません」
「コソコソと相談しても無駄やでぇッ!」
さすがにいつまでも黙ってはいてくれない。グリディの飛び込みパンチをもろに受けてしまったのはアスセーナちゃんだ。パリィングでもいなせなかったのか、後方までぶっ飛ばされてしまった。
「アスセーナちゃん!」
「次はお前や、クソウサギ娘が」
あら、これはやばい。拳からエメラルド色の迸る爪を3本ずつ生やし、今度は斬撃モードだ。ウサギスウェットでも反応が難しいのか、イヤーギロチンをクロスしてなんとかその刃を防ぐ。
「これは強い……」
「ええとこの娘やな。初めて会った時からわかっとったで」
「そうですか」
背後からジェシリカちゃんの鞭、ナナーミちゃんのブレスレットナックルは私すらも巻き込みそうだった。
飛びのいて離脱したけど、グリディは避けようともしてない。その自信の裏付けは、見ただけでもわかる。ノーダメージだ。
ホワイトガーデンやコルセトがあった時みたいな超反応はないけど、攻撃力と防御力は大幅に上がったわけか。
そして何が一番やばいかって、イヤーギロチンが食い込みすらしないことだ。
「イヤーギロチンでも切断できないとかもうね」
「変わった魔導具やな。いや、秘宝か? 何にしてもこのブーデ・ソックには傷一つつけられへんなぁ!」
「おっと」
爪での振り払いをかわし、次の手を達人剣君に託す。復活したアスセーナちゃんが寄ってきて、耳打ちをしてくる。
「さっきみたいにモノネさんが触れて解除させるしかないですね。さすがはゴッドハンドの最高傑作です……ゴールドの冒険者を彷彿とさせる強さですよ」
「生身であれと互角とかやめてほしい」
「同じ手が通用するとも思えませんわ」
「ジェシリカちゃん……」
果敢に鞭を握りしめ、下品に笑うグリディに怯まない。どんな逆境でも、気丈でいられる子だ。それはジェシリカちゃんだけじゃなくて、他の2人もそうか。
「硬けりゃぶっ壊れるまで殴り続けるまでだぜッ!」
「無駄やと言うてるやろ!」
先陣を切ったナナーミちゃんの衝撃パンチを頭に受けるも、怯みもしない。もうオリハルコンって何なの。ティカのサンダーブラストも、雷が装甲にまとわりついただけでかき消えてしまった。
ジェシリカちゃんは止まらず鞭を振るって当てていく。アスセーナちゃんの魔法剣を片手で受けつつ、もう片方の爪でイヤーギロチンを防ぐ。帝王イカの時ですら思わなかったセリフを言いそうになる。この化け物め。
「気持ちええなぁ! 大金をはたいた結果がコレや! これなら国内でも、相当でかい顔が出来るで! 王位なんていらなかったんや! 力があればそれが牽制になるんや!」
「そんなの気にしてたんだ。図体と態度の割に小さいね」
「温室育ちの生娘に何がわかる! 謀略や裏切り……人なんぞにあるのはせいぜい利用価値やで!」
「だからマハラカ国に目をつけて、本国に資金を提供して顔色を伺っていたんですね」
それが図星なのは、雑な振り払いで明らかだ。ナナーミちゃんがそれを拳で受けて、衝撃で返す。グリディがよろめいた隙にジェシリカちゃんが鞭の応酬。
こいつはイヤーギロチンで初めて斬れなかった相手だ。バニーちゃん、もっと頑張れないかな。
――頑張れるけど今は限界だぴょん
今は、ということはやっぱり私に原因があるのか。努力だの根性だの無縁の生き方をしてきたけど、こういう時のために必要になってくるんだ。少しでも大切なものを傷つけないために。
「しぶといやっちゃなぁ! そろそろくたばってもええんやで!」
「痺れを切らしましたね。ご自分でも薄々気づいているのですか?」
「はぁん?! なんや、訳知り顔で……うふぉん」
グリディの姿勢が、がくっと下がる。一瞬だけ足腰の力が抜けたみたいだ。その直前にはジェシリカちゃんの鞭が当たってる。
まさかあの装甲を貫通して効いているのかな。よく見ればアスセーナちゃんをぶっ飛ばした速度とは思えない。最初よりも動きが鈍く見えた。
「なんや、いかれたかいな!」
「右肩、左足の関節部分が疎かのようですわね」
「なに言うて……んあぁん!」
体をくねらせて、段々と攻撃の手が緩んできてる。今がチャンスかなと思った矢先、ナナーミちゃんの衝撃パンチが右肩にヒット。あれだけ硬かった強化型装甲のわずかな破片が飛んだ。
「ゲェッ! なんやてぇ!」
「お、やっと効いたかー」
「なんやなんや! おかしいでぇ!」
「それ、まだ未完成ですよね。開発期間や環境を考えれば当然でしょう」
アスセーナちゃんの言葉でさすがに気づいたようだ。肩をさすり、足を確かめている。そこへジーロさんが余裕たっぷりで近づいてきた。まだ勝負はついてないからやめてほしい。
「やはりまだ調整不足だったか。関節の可動部分に大きな問題を抱えている」
「ジ、ジーロ!」
「ほぼ不眠不休で働けばこうもなる。それにまだまだ未完成だと予め言ったはずだ」
「ホワイトガーデンをかぶったジェシリカさんなら弱点を分析できますし、ナナーミさんの勘ならば正解に辿り着くのです」
「アスセーナちゃんじゃダメなの?」
「私よりもジェシリカさんの鞭のほうが、ヒット範囲が広いですから」
「アホがぁ……クソがぁッ!」
悪あがきの攻撃だ。振り上げた爪をイヤーギロチンで抑え、片手でグリディに触れた。
「ブーデ・ソック君、少し休んでね」
「ほあぁっ?!」
またも体から装備が剥がれてしまったグリディ。未完成の状態で駆り出されたのが気に入らなかったみたいだ。ましてや使用者がこのグリディ、いくらお金をかけて何を手に入れても無駄だった。もう観念したのか、膝をついて愕然としている。
「アホな……このグリディ様が、七魔天が……こないアホなことあるかいな……」
「人からも物からも見放されたね。私にとやかく言う資格はないけど、誰も信用しないからこうなったんだろうね」
「偉そうに! ほんならお前は誰を信用したんや! そこのガキどもか?!」
「それもあるけど」
「ネオヴァンダール帝国のグリディとその一派よ! この工場はマハラカ軍が包囲した!」
どうやら間に合ったようで何より。どかどかと入ってきたマハラカ兵にすっかりと囲まれてしまった。あのやばそうな銃口のゴーレム二体と共に、マハラカの王様が颯爽と指揮している。
「この国も、かな」
遠い昔から物霊使いを信じて待ち続けた国だ。だったらこっちも信用してみてもいい。その答えが出たようだ。
「これがエルフィンVの工場か。よもやこの私がこんなものに現を抜かすと本気で思ったか? すべては芝居よ!」
「いや、本気でハマってましたよね。箱買いしてましたよね」
「王たるもの、常に民の模範であり続けたのが私だ。グリディ……己との差を噛みしめよ」
「初対面とは思えないセリフですね」
「あひん! も、もっとぉ!」
しかもジェシリカちゃんがひたすら鞭でいたぶり続けてるから、聞いてるはずもない。涎を垂らして身をくねらせて、ひどい醜態だ。あまり見続けるものじゃない。
「だらしない様ですわね。まるでおねだりする豚ですわ」
「ぁん! ぶひぃん!」
さすがのナナーミちゃんも空気を読んで譲ったか。今はブレスレットを外して、指に乗せてくるくる回してる。器用だ。王様はドヤ顔で仁王立ちしてるし、ひとまずこの場を収めてほしい。
◆ ティカ 記録 ◆
ようやく 終わりが 見えたカ
しかし マスターの イヤーギロチンが 通じないとは
世界は 広イ
だが ギロチンバニーが あの強化型装甲で どうにかできるなら
とっくに 攻略されているはズ
やはり マスターの アビリティには まだ先があル
僕自身も まだまだ 高まると 確信があル
引き続き 記録を 継続
「私一人じゃ勝てない相手が出てきたし、引退かな」
「私一人でも勝てませんでしたから引退ですね」
「誰かなぐさめてやれよー、こいつらよ」
「どうせポーズだけですわ。放っておきなさい、ナナーミさん」
「だよなー」
「いつの間にか、あの二人の扱いにこなれてる人が増えたのね……」
「私はイルシャちゃんだけが頼りだよ」




