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工場に乗り込もう

◆ マハラカ国 森の奥地 製造工場 ◆


 レオポンド地方の領主をやっていた時からは考えられないほど痩せていた。手を握り、その温もりを確かめる。あの日、幼い弟と妹を連れて屋敷から逃げ出した時の光景は今でも網膜に焼き付いていた。

 グリディに陥れられ、領主の地位から失脚させられたあの悪夢のような出来事。今までお父様を慕っていた民衆が手の平を返して、大挙として屋敷に押し寄せた。弟や妹、そして父のあの言葉がなかったら、今頃どうなっていたか。


「ジェシリカ……よく無事でッ!」

「『どんな時でも、お前はシュファール家の娘だ』、覚えてますわね」

「あぁ、見ればわかる……お前はいつだって気高い」

「身なりだけでも、ね」


 ほとんど使用人を雇わず、死んだお母様に代わって男手一つで私達を育ててくれた父が好きだった。退廃的なネオヴァンダール帝国内の中でも、オアシスと呼ばれていたレオポンド地方の領主ダグラスが好きだった。そんなお父様は今もここにいる。

 身を挺して、労働者を庇った勇気と優しさ。ないのは地位だけだ。ましてやあの醜悪なインチキ貴族グリディにすべてを奪われたなんて、あっていいはずがない。


「あぁぁ! 死んだと思うてた感動の親子の対面やなぁ……。こっちまでもらい泣きしそうやわぁ! うおーんうおーん!」

「お黙りなさい」

「アレやろ? 街でワイの噂を聞いて、敵討ちっちゅうわけやな?」

「どうかしら」

「どのみち、ワイが逃がすと思うか?」


「グリディ様!」


 駆けつけてきた黒服の男達。30人近くはいるだろうか。それぞれが得意の得物を持ち、奥でグリディが汚らしく笑ってる。

 昔は逃げる事しか出来なかったけど、今は違う。戦う力だって手に入れた。グリディがあんなにも余裕なのは、こちらを舐めているからだ。


「かかれぇっ!」


グリディの一声を皮切りに、黒服達が一斉に襲ってくる。こんな日を想定してなかったとでも思ってるのか。あの醜顔のことだから、どうせ数に物を言わせてくるに決まってる。


「甘いですわ」


 室内の上に障害物がある以上は2、3人ずつ襲ってくるしかない。体を回転させるようにして、鞭を一振り。見た目に反して鞭という武器は威力がある。黒服を引き裂き、肌ごと削り取ってそれぞれが床に転げ落ちた。一度でも受ければもう逃れられない。


「あ、あふぅっ!」

「もっと……!」


「な、なんや! お前達、どないしたん!」


 だらしなく快楽に悶えてる手下に何が起こったのか、わかっていない。ボウガンを装着した黒服を先手で潰し、鞭をバウンドさせて背後から迫った敵にも当てる。

 動きに無駄がなく、戦闘の心得があるのはわかる。グリディにとってこれが自慢の私兵だったんだろう。次々と倒れて悶える手下達を前に、ただオロオロと立ち尽くすだけだ。


「あっという間に、ほとんどが倒れましたわね。あら、まだ動けましたの」

「うぁんっ!」


 起き上がりそうなのから、片っ端と当てていく。駆けつけてきた残りの黒服も、戦意喪失しているようだ。武器を握りしめながらも、挑んでくる気配がない。


「これはアビリティやな?」

「さぁ?」

「ブハハハハ! いやいや、わかるで! なるほどなぁ! こんな事やったら、あの時に無理にでも捕まえるべきやったわ!

芽が出んうちなら楽やったのに……」

「相変わらずのアビリティ至上主義ですこと」

「今の連中も、そこそこの腕利きやったがなぁ。せやけど、こいつらは一味も二味も違いまっせ」


 にじり寄ってきたのは、グリディの護衛をしている3人の黒服だ。戦えば最初から感じていた違和感の正体がわかる。強いのは当然として、グリディのことだから何か仕込んでいるに違いない。


「成金趣味なら、もっとマシな装備を与えておくことよ。その3人に至っては丸腰ですわね」

「気になるか?」

「別にッ!」


 先手必勝だ。動き出される前にまとめて一撃を浴びせる。こんな奇襲が成功した時点で、戦闘能力自体は今の連中と変わらないのかもしれない。

 ところが3人とも、鞭を受けたまま何の反応も示さない。黒服自体も破れなかったところで察した。まず一つ、見た目こそ同じだけど装備が段違いだ。成金がどこで仕入れたのかはわからないけど、あのスーツは恐ろしく防御力が高い。


「ゲハハハ! さぁやってくれるか、お前ら!」

「グリディ様の為ならば」

「あんな女」

「障害ですらない」


 無機質。抑揚のない喋り方からして、まるで生物感がない。最悪、人間以外の何かである可能性が大だ。3人の攻撃が開始されて、また一つわかった。黒服の拳をかわした拍子に床をぶち抜き、蹴りの風圧で壁に亀裂が入る。尋常じゃないパワーだ。このままだと、お父様や作業員が危ない。


「そない庇いながら戦えまっか?」

「お黙り!」

「かわいそうやから、タネ明かしや。そいつらはパサライトに侵されとる」

「パ、パサライト?! あなたまさかッ!」


 浸食鉱石パサライト。人に寄生し、日数と共に全身が鉱石になってしまう。そして生まれるのはパサライトゴーレム。とある鉱山の作業員達が失踪して、現場には大量のパサライトゴーレムが徘徊していた事件は有名だ。自我はなく、とてつもない怪力を有したその戦闘Lvは60を超えるとも言われている。

 以後、パサライトへの対策と研究が進められたけど目立った成果はない。一度浸食された人間が元に戻ったという事例もない。生物とも鉱石とも、学会で未だに割れている難物。それがあのグリディの手に渡っているとは。


「パサライトゴーレムは強いが誰にも制御できん。でもワイのアビリティならどうや? 人間のうちにアビリティで従わせれば、ゴーレム化してもワイの手駒や」

「あなたは見た目以上に醜悪な性根ですわね!」

「まだ実験段階や。万が一、制御できんならそのまま処分やな」

「人間を何だと思ってますのッ!」

「ワイは人間なんぞ信用しとらんわ! ホンマに有効利用できるモンのために、使い捨てるだけやで!」


 このまま3人の猛攻を防ぎながら、他の人達を庇い続けるのは無理だ。かといって下手に逃がしたところで、見逃されるはずもない。

 一人や二人ならともかく、この人数。一か所にまとめて、壁を背に立たせてはいるけど突破されるのも時間の問題だ。


「ジェシリカ、もういい! お前だけでも逃げるんだ!」

「聞きませんわ! わたくしが我がままで、どれだけ手を焼かせたかわかるでしょう!」


「そいつの足技は要注意やでぇ!」


 グリディが丁寧に忠告してくれたのにも関わらず、鞭で防御するのがやっとだった。風圧だけでドレスが破れ、スカートは太ももの所まで裂けている。せっかくセットした髪もすっかり乱れていた。この髪とドレスだけは、わたくしである最後の証なのに。シュファール家の娘である証なのに。


「えぇ恰好やなぁ。年頃の娘が、あられもない姿になっとるんや。父親としては遺憾やろ?」

「グリディさん、娘には私から」

「お止めなさい! それ以上は誇りまで売り渡しますわよッ!」


 呼応するかのように、グリディが下卑た笑いを響かせる。悔しくて涙が滲みそうだ。涙腺の緩みを抑えながら、黒服の攻撃を防ぐうちにドレスが千切れていく。アビリティも通じず、決定打も与えられない。下卑た笑いを止めないグリディにすら届かない。強くなったと思ったのに。

 もしかしたらそれは勘違いで、単に強がっていただけかもしれない。あの日と同じで、大切なものすら守れない。自分が未だにブロンズの称号すら貰えない理由が何となくわかった気がする。何もかもが中途半端だから。

 アスセーナさんのような素質もなく、モノネさんのような特異すぎるアビリティもない。自分は外面だけ整えて虚勢を張っていただけなのかもしれない。だからこんな連中にも勝てない。


「このわたくしが……!」

「お、泣くか? 泣くんかぁ? 商売の世界なら泣いたら負けやでぇ?! 泣ぁくぅかぁぶっっぼふぉがぁッ!」


 手拍子を叩いて踊り始めたグリディが、突然の乱入者に殴り飛ばされた。丸い体が転がって積まれていた箱に突っ込んで散らかす。最後には壁に頭を打ちつけて。


「ぎゃひんっ!」


 落ちてきた箱に追撃される。


「な、なん、やぁ……?」


「もう見た目からしてクソ野郎だろ。お前ら、あんなのに騙されてたのかよ?」

「ナナーミちゃんをお友達と思い込んでるから言うけど、その手癖は直したほうがいい」


 来てしまった。せっかく振り切ったのが台無しだ。とはいえ、あの程度の脅しで萎縮するような子達でもないとはわかっていた。

 ただ一番見られたくない瞬間なのは間違いない。急いで腕で涙を拭き、体裁だけでも整える。


「ジェシリカさん、無茶をしないで下さい。あなたほどの方ならば、わかっていたでしょう」

「だ、誰が来てほしいと頼みまして……」

「アスセーナちゃん、もうほとんど終わりかけてるから無用な心配だよ」

「え? でも」

「ジェシリカちゃん一人だけで、ここまで追いつめてるじゃん」


 確かにそこら辺に倒れている大量の黒服は自分が倒した。だけどあの3人とグリディが主戦力であって、自分は何も出来ていない。

 わかっている。どうせあの子のことだから、気づかっているだけ。普段はいい加減なくせに。


「ね、ジェシリカちゃん。お手伝いさせて?」

「……好きになさい」


 本当に言わなければいけない言葉がなかなか出てこない。こんな時にまでプライドが邪魔をする。だけど今回ばかりは別の意味で、また涙が出そうだった。だからこそ、意を決して言う必要がある。


「ありがと……」

「よし、じゃあ仕上げといきますか」


 絶対に聴こえてたはずなのに、振り向きもしなかった。それが気づかいなのか、無神経なのかはわからない。ただ今は少しだけ甘えよう。


◆ ティカ 記録 ◆


どうやら 間に合ったようダ

マスターの言う通り この工場の警備は ジェシリカさんが

あらかた 片付けていル

これほどの実力が ありながら 未だ称号がないとは

冒険者ギルド その眼は 節穴なのカ

マスターの 友達であるならば 僕にとっても 大切な人ダ

だからこそ その気丈な振る舞いを 尊重したイ

マスターも 同じ想いだからか 彼女のプライドを 守っタ


あのグリディ そして男達

男達は妙ダ 戦闘Lvが 正しく測定できなイ

グリディも このまま 終わらないだろウ

今 のっそりと 立ち上がっタ


引き続き 記録を 継続

「何が"ネオ"ヴァンダール帝国なのさ」

「旧ヴァンダールについては謎が多いらしいですね。私もあの国についてはそこまで詳しくないので……」

「なんで帝国って悪いんだろう」

「そうなんですか?」

「物語でも大体、帝国が悪者なんだよね。字面が悪いのかな?」

「不思議ですね……」

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