覚悟を決めよう
◆ マハラカ国 森の奥地 製造工場 ◆
「工場長。生産状況はどや?」
「需要に対して生産が追いつかなくなってきました。人員よりも設備が問題です」
「さよか……」
大量に積まれた箱の影から様子を伺う。そこにいるのは工場長と呼ばれた男と数十人の作業員。
そして、現れたのはあのグリディだ。肥え太った体に丸々とした頭は今でも変わらない。わたくしの仇敵、グリディ。今にも飛び出したい衝動を抑える。あの男だけならやれない事もないけど、護衛の黒服が厄介だ。
それに加えて、ここは敵地。工場の内部を完璧に把握して、然るべきタイミングで確実に潰す。仇討ちは二の次。
「設備なぁ。おい! 確かジーロとかいうたな。ちゃっちゃとゴーレムでも作らんかい」
「……日々の製造業務に加えて、ゴーレム製造は無理だ。寝る暇もない」
「高い給料やっとるんやぞ。給料分くらい働いてもらわな困るわ」
「体が限界だ。少し休ませてくれ……」
作業員の男にグリディが詰め寄る。ジーロという名前からして、あの男がゴッドハンドのゴーレム技師に違いない。顔はやつれて、目の下にクマも出来てる。痩せていてすでにフラフラだ。餌に食いついた結果がこれとは。
「ほな、他の技師どもはどや?! 少しは根性、見せたらんかい!」
「や、やってる。だけどジーロの言う通りだ。疲労が……」
「こんのボンダラがぁ! ゴーレムくらい片手間でちゃっちゃと作れるやろ!」
「いい加減に作られたのではゴーレムがかわいそうだ!」
「はぁん?」
グリディが護衛の黒服に向けて、同意を求めるように肩を竦める。次の瞬間、拳が技師の顔に放たれる。鼻血をまき散らしながら、技師は成す術もなく吹っ飛ばされた。周囲の人間はチラチラと様子を伺うも、作業の手を止めない。
「何を生ぬるいこと言うとんのや? まるでゴーレムが生きてるかのような言い草やな」
「じ、自分勝手に生み出すのは我々の責任だ……。だからこそ、生んだ以上は責任を持ちたい……。最高の体を与えて、動けるように……」
「ワレ、頭狂うとるんちゃうかぁ!」
「ぐあぁッ!」
倒れている技師の腹を容赦なく踏みつける。すでに抵抗すら出来ない技師を踏んだまま、グリディは太い唇を歪めた。
このままだとすぐにでも飛び出してしまいそうだ。だけどあの黒服、あいつはどうにも危ない。生きているかすら疑問に見える。微動だにしない生物感のなさが、返って強者であることを引き立たせているようにも見えた。
「ほんまにこの国の物霊信仰は呆れるわぁ! よくそれで国が維持できるもんやな」
「う、うげっ……」
「楽なもんやで。即売会でええもん出して、後は適当に紛いモン生産して売るだけや。後はたまーにええモン混ぜておけばえぇ」
「そんなの、いつか、バレ……」
「別にええんやで? 適当に荒稼ぎして、後は本国に持ち帰るだけや。ついでにこの国が落ちに落ちたところで手を差し伸べる……。これでネオヴァンダールの天下や。オラッ! とっとと立たんかい!」
グリディが技師の胸倉を掴んで起こそうとした時、作業員の一人が飛び出してくる。あの人も技師か。いや。
「彼は疲れてるんだ。後の作業は私がカバーするから、休ませてやってほしい」
「ほぉ、言うたな。ほんならお前の作業時間は延長や」
「ありがとう……」
「さすがは元貴族様やな。その品格だけは意地でも維持するってか? あ、ギャグやないで! ワハハハハッ!」
痩せて人相は変わってるけど、面影はある。幼い頃から、ずっと見てた顔だ。とっくに死んだと思っていたのに。体が勝手に動きそうだ。飛び出してしまいたい。
「それにしても、没落貴族様が惨めなもんやな。娘だけは逃がしとったみたいやし、まさか生きてると思うとるか?」
「生きてる……そう信じている」
「ほぉぉ? ほんで生きてたら、ワイに復讐できるんやと?」
「そんなことは考えてない……」
「ウソやな。お前の目が死んでないのはわかるで。心の底からワイに服従しとらんのも証拠や。気に入らんなぁ!」
「うぐっ……!」
「生きてますわ」
警備の位置関係も把握した上で慎重に侵入し、少しずつ見張りを倒したのにこれで水の泡だ。最初は工場を潰して、すぐにでも帰るつもりだった。あのお節介な人達が心配するから。ここにグリディさえいなければ。ましてや実の父親がいなければ。そうしていた。
「お、お前はぁ?」
「久しぶりですわね。没落貴族の娘ですわ」
「あー、あぁ! ほぉ! ほぅ! おい! 没落貴族、見とけや! あれ、本物ちゃうんか?」
「ジェシリカ……?」
領主の時の面影はまったくない。だけどすぐに私の名前を口にした時点で、今でも実の父親だ。零れそうになる涙を堪え、目の前にいる醜悪な豚を睨みつけた。
◆ マハラカ王都ラハルジャ ホテル"グランドクロス" ◆
ジェシリカちゃんのベッドがもぬけの殻だ。こっちは昨日のマッサージが気持ちよすぎて、目覚めることなく朝を迎えたというのに。ベッド君に聞いたら早朝、出ていったことがわかった。
「ティカ、気づかなかったの?」
「すみませン。マスターの傍らが心地よすぎて……」
「ティカさん。じっくりとお話を聞かせてもらいますね」
「生体感知には引っかからない?」
「すでに範囲外のようデス」
アスセーナちゃんがティカに別件を必死に問いつめてる。今はそんなことやってる場合じゃない。
昨日の様子からして、大体の予想はつく。やたらグリディについて詳しかったし、因縁浅からぬところは感じられた。まったく不憫な子だ。そんなところまでツンツンしちゃったか。
「行先は多分、エルフィンVの製造工場だ。もうホントにまぁ……」
「あの気丈な性格の裏に、私達の知らないものがありましたね。彼女の性格上、私達に相談するような柄ではないでしょう」
「なんか思いつめてた様子だったからなー。やるかなーどうかなーとか思ってたらやっちゃったな」
「そう思ってるなら相談してほしかった」
今すぐにでも攻め込むべきだとは思う。だけど今一つ不安がある。ここはイチかバチか、あの王様に相談しよう。ここにいるのはティカ含めて4人。私とアスセーナちゃんとナナーミちゃんに分かれるべきか。
「アスセーナちゃん、ナナーミちゃん。ジェシリカちゃんの助っ人は任せていい?」
「モノネさんは王様のところですか?」
「うん。さすがに今回は相手が大きすぎるからね。もう私達だけの問題じゃないよ」
「なんかおれも巻き込まれてるけどさ。誰も行くとは言ってないぜ?」
「ごめん。嫌なら待っていていいよ」
「誰が嫌とか言ったよー」
「本当に時間ないから、そういうのやめて」
本気で協力してくれたら、この子の勘は頼もしい。相手の戦力が未知数なら尚更だ。それにしても国を相手にするわけか。我ながらわけのわからないところまで来たな。一冒険者の分際で、ましてや引きこもり風情が。
「モノネさん……」
「なに?」
「ジェシリカさんをどう思います?」
「どうって……素直じゃないけど、あれでいてかわいいところあると思う」
「か、かわいいですか! だから助けに……いえ、そうじゃないですよね」
「うん。本当に急いでるからもう行くよ」
落ち着きがない様子で、アスセーナちゃんがいつも通り私の布団に乗る。別行動だから降りてねとは言えない。言えないけど、降りてもらおう。
「さてと王様。国の危機なんだからね、頼むよ」
念願の物霊使いが現れて、しかも頼み事をするんだ。筋違いだけど恩返しをするなら、絶好のチャンスなはず。虫がいいとは思うけど、やれることはやっておかないといけない。それほどの相手なんだから。
◆ マハラカ城 王の間 ◆
「一日30本だ! これで効果が出ると聞いた!」
「もうお止め下さい! 陛下ぁ!」
半狂乱の中、大変すみません。やっぱりダメかもしれない。
◆ ティカ 記録 ◆
ジェシリカさん 僕達に 何の相談もなしに 出て行ったということは
僕達を 信用してないということカ
しかし ネオヴァンダール帝国が 絡んでいるとなれば
彼女一人で どうにかなる相手では なイ
七魔天など ほんの一角に過ぎず その気になれば
中堅程度の国ならば 屈服させられるほどの 武力を持ツ
かつて 魔獣で 大陸制覇を目論んだ ノイブランツと同等と
言われていただけに 今や それ以上とも 考えられル
奴らの目的も不明 失われた神宝珠が 目的なのカ
それとも
引き続き 記録を 継続
「なーなー、ツクモはいつもどこにいるんだ?」
「ツクモの街にいるよ」
「戦ってくれないのか? かなり強いと思うんだけどなー」
「ツクモの街以外じゃ戦力にならないみたいだね」
「そうかなー? そうってことにしてるんじゃね?」
「なるほど。今度、問いつめてみる」
「ぞよっ?!」




