ゴーレムマッサージを体感しよう
◆ マハラカ王都ラハルジャ ホテル"グランドクロス" ◆
神々しい名前のホテルの4人部屋を取った。かなりお高いホテルだけどアイアンとシルバーの冒険者たるもの、恐れるものはない。
ゴーレムマッサージなる謎のサービスが気になったから、後で試してこよう。お風呂も気持ちよかったし、料理もイルシャちゃん以上だ。しかもベッドが魔導具なのか、布団に液体が入っていて寝返りも楽々だ。
「仰向けやうつ伏せ、横向きでも体に負担がかからないように変形しますね」
「これは布団君にも頑張ってほしい」
「遊戯場にいこーぜ!」
「どうせナナーミちゃんの圧勝だから嫌だ」
勝負事は勝っても負けても疲れる。ましてや勘が優れたお方となっては、サンドバックになりにいくようなもの。平穏を愛する私はここで液体ベッドの感触を楽しむのだ。
「あぁー、これは秒で寝れる。そうそう、ジェシリカちゃんもラフな格好に着替えたら?」
「グリディ……」
「ジェシリカちゃん?」
「な、なんですの」
こんなにも至れり尽くせりの高級ホテルなのに、ジェシリカちゃんがずっと浮かない顔をしてる。
あまりに反応が薄いから、耳を引っ張ってみたけど普通のリアクションだ。いつもなら烈火のごとく怒るのにこれは一大事だ。
「なんか悩んでる? ジーロさんの部屋から帰ってきた辺りから元気ないよね」
「妙なところで鋭いですわね……」
「私を何だと」
「……あの時、あなたは確かにグリディさんと言いましたわね。それはまさかデ……恰幅のいい中年の男性では?」
「デブって言いかけたね。そうだよ、商人のグリディさん」
私がそう言うと、ジェシリカちゃんが沈痛な面持ちを見せる。まさかジェシリカちゃんがグリディさんを知ってるとは。
黙ったままだから、こっちからグリディさんについて話してあげた。話の途中から下唇を噛んだりと、落ち着きがなくなっていく。そしてついには突然、テーブルを叩いた。
「あの男がそんな事を!」
「ねぇねぇ、知り合いなの?」
「わたくしからの警告ですわ。今すぐ帰りなさい。あの男と関わってはいけませんわ」
「と言われて、はいそうですかとなるわけでもない」
いや、前までの私なら帰ってた。私の即答に対してジェシリカちゃんが、テーブルに視線を落とす。
「グリディ侯爵。ネオヴァンダール帝国の現皇帝の叔父にして、最高戦力"七魔天"の一角ですわ」
さすがの私もすぐには言葉を返せなかった。アスセーナちゃんも息を呑み、ナナーミちゃんは大あくび。部屋の中の空気が張りつめる。
「あの、同じ名前で人違いという線は?」
「名前や身体的特徴、そしてやり口まで一致してますの。あんなものがこの世に二人もいてほしくありませんわ」
「その侯爵様がこの国であこぎな商売をしていると。侯爵ってかなり偉いよね」
「継承権はとっくに放棄してるから、やりたい放題ですの」
「自由な王族って無敵だよね」
ネオヴァンダール帝国といえば、パパとママが出稼ぎに行ってる国だ。なんだかより接点を持ってしまったみたいで気持ち悪い。偶然だとは思うけど、妙な予感がする。
「ネオヴァンダールってここから近いの?」
「ここからだと、かなり距離がありますわ。だけどあの国は周囲の国を実質、支配下に置いてますの。だから恐らくマハラカも狙われてると考えていいですわね」
「ジェシリカちゃん、詳しいね」
「この程度の知識、淑女の嗜みですわ。いいこと? あの男と対峙するということは、ネオヴァンダールを敵に回すようなもの」
そう一区切りして、ジェシリカちゃんは私達の顔を見渡す。素直じゃない性格だけど、冗談の類をいうようなイメージはない。つまりこれはジェシリカちゃんの本気の警告だ。
「そうなればあなた達だけの問題じゃなくなりますわ。それを踏まえた上で、身の振り方を考えなさい」
「だったら尚更、マハラカの王様に相談するよ。私の言う事なら多分だけど聞いてくれるはず」
「しかしマスター、あの王の様子を考えれば危うい可能性がありまス」
「あ、そういえばエルフィンVを箱で買うくらいハマってたっけ」
「王……国のトップがどのような人物か、下調べしていますのよ。つまり王の篭絡もあの男の想定した通りですわ」
あの王様が魔法に陶酔していると考えた上で、エルフィンVを流行らせたのか。ヘラヘラ笑って、人当たりよく見せていたのは全部カモフラージュだった。
自分をいい人間に見せれば誰も怪しまない。私ですら不覚にも、少しいい印象を持ってしまったほどだ。その本性は国をも陥落せんとする大詐欺師にして、ネオヴァンダール帝国の刺客。それも最高戦力とか意味わからない。
「七魔天は国一つをも落とせるほどの実力を持ってますの。それが何も力だけとも限りませんわ」
「ジェシリカさん。ネオヴァンダール帝国の七魔天はアビリティ持ちと聞きました。グリディのアビリティはご存知ですか?」
「……確証はありませんの」
「それでもいいのでお願いします」
「私の話を聞いてませんの? 関わるなと言ったはずですわ」
「わかったわかった。関わらないからさ、興味本位で知りたい」
じとーっと見られて明らかに疑われてる。危険な相手なのはわかったけど、ジェシリカちゃんがこんなにも必死になるのが、腑に落ちない。やけに詳しいし、ひょっとしたら。
「あの男が提示した金額に魅力を感じてしまったが最後……」
「それで即売会の時、女の人が二つ返事しちゃったんだね」
「あなた達は運がよかったですのよ。下手をすれば、死ぬまであの男の手足となるところでしたの」
「でもそれなら、会場の人達全員に仕事の話をして『この金額でどや!』ってやれば一網打尽だよね」
「……あなたも大概ですわね」
ジェシリカちゃんに褒めてもらえて満足だ。それはそれとして、そんなに狡猾なグリディが私程度に思いつく手段を使わないとは。あえてやらなかったのか、出来なかったのか。割と重要だと思う。
「ゴーレムの件は別の会社に頼めばいい話ですわ。それで十分、関わらないでいられますわ」
「そうだね、わかった。ジェシリカちゃんが私達を心配しれくれてるし、応えるよ」
「面倒なことになったら後味が悪いだけですわ」
「辛気臭い話ばっかりじゃつまらないからさ。ゴーレムマッサージに行こう」
「わたくしは遠慮……ちょ、何をしますの!」
緊張の糸が切れた。面倒なことは考えないで、ジェシリカちゃんの背中を押してマッサージに行く。口ばっかりで案外、抵抗しないのはやる気がある証拠だ。
他にもなんとかサロンみたいな、美容によさげなサービスもある。私はどうでもいいけど、ジェシリカちゃんにはうってつけだ。
「マッサージかー。痛くしたら即ぶん殴る」
「そういう人はやらないほうがいい」
「ゴーレムの的確な指さばきは人間には真似できませんからね。この国に来たら一度は体感すべきです」
「最近、疲れてるからね。どうも体が凝っちゃってねぇ」
「あなたは寝すぎですわ」
的確な突っ込みだし、さっきまでのムードは消えた。全員でぞろぞろとマッサージに向かい、期待に胸を膨らます。
見えてきたのは人間と同じくらいの大きさのゴーレムが数体。人間が一人。時間やコースによって料金が変わるようだから、一番安いのでいいや。
◆ マッサージサロン ◆
ユクリット王都でもやったけど、こっちは段違いに気持ちいい。気になるのはゴーレムの指が触手っぽくなってるところ。うねうねと動いて、想像とだいぶ違う。
「ひゃぁん! うっ、ふぅっ! はぁっ……んっ」
「ジェシリカ、うるせーなー」
「あ、あなたはひゃ! へ、平気ですのぁんっ!」
「お前、面白いなー。気に入ったぜ」
過剰反応気味のジェシリカちゃんがやや心配だ。顔を赤くして涙目だし、つらいならやめたほうがいいかも。だけど本当に嫌なら、すぐにでも逃げるはずだけど受け入れてる。これがわからない。
「モノネさんも、あんな風になってほしいですね」
「意味不明な供述はやめてね」
「あんひゃんひゃふーだってよー。ジェシリカってホントおもしろいなー」
「ナナーミちゃん、あまりからかうと話かけてもツンツンされるよ」
「へ、平気なあなた達がおかしゃぁん!」
ゴーレムの動きが度々止まってる。ジェシリカちゃんがいちいち跳ねるからだ。サロンの人も当惑した様子で、早く終われみたいな顔してた。
私としては至高のマッサージすぎて、瞼が重くなってくる。一番安いコースにした過去の私をぶっ叩きたい。
「あー……これいい……いや、ティカ。何してるのさ」
「同じゴーレムであれば、僕も負けてられませン」
「気持ちはありがたいけどさ。邪魔になってるよ」
ティカに阻まれたゴーレムの動きが停止しかけてる。喋らないけど、邪魔だって思ってそう。大きさが違いすぎて、ティカのマッサージはなんかグニグニやられてる感触しかない。
ジェシリカちゃんの変な声も聴こえなくなってきた頃、こっちの意識が落ちる。寝落ちしても部屋に運んでくれるらしく、手取り足取りのサービスに大満足だ。
◆ ティカ 記録 ◆
ネオヴァンダール帝国 その名の由来は暗黒時代の王
またしても 僕の中に こんな情報が あるとハ
現代において かなり手広く 勢力を 広げているようダ
グリディですら 刺客の一人に 過ぎなイ
これは ジェシリカさんの言うように 相手が大きすぎル
僕としては マスターには 無事でいて ほしイ
いや ここは僕が 奴らを殲滅してしまえバ
おや ジェシリカさんが いなイ?
引き続き 記録を 継続
「はい、負けた。寝よー」
「モノネは少しは考えろよなー。これじゃ勝負しても面白くないぜー」
「めんどくさい」
「モノネさんの仇は私が討つからいいんですよ」
「お前もお前で強すぎて面白くないんだよなー」
「勘が絡みにくいゲームなら、アスセーナちゃんの独壇場だよね」
「よし! 次は大富豪やろうぜっ!」
「アスセーナちゃんは相手の手札を全部予測して記憶するから手強いよ?」




