またマハラカ国に行こう
◆ ランフィルド郊外 駅建設予定地 ◆
警備兵が連れてきたツクモちゃんが、ここで皆様の邪魔をしている。そんなお子様の引き取り先として、私に白羽の矢が立ったわけだ。仕方ないから一応、仁王立ちしている作業員達からその惨状を聞くしかない。
「朝からずーっとね、うるさいんだよ」
「何度説明しても聞かないしな」
「いきなり後ろに現れて大声出されちゃ、こっちとしても心臓に悪いってもんでさぁ」
たっぷりと実害が出ていた。このままじゃ工期に影響しかねないらしい。もう日も沈んでるし、とっとと寝たい。
と言いたいところだけど、ツクモちゃんを野放しにしすぎたのは失敗だった。言ってみれば世間知らずの子どもが瞬間移動やら何やら、力を持っている状態だ。むしろこの程度で済んでよかったと考えたほうが健全かもしれない。
「はい。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「まぁ君も心外だとは思うだろうけどね。こっちこそすまんね」
「駅……駅がはやく見たいぞよ……」
「ツクモちゃんも謝って」
不服そうに見上げてきた。そんなにむくれても、世の中の道理というものがある。私が語るべきものじゃないとは思うけど、意を決して教えるしかない。
「ツクモちゃんの気持ちはわかるけど、皆の邪魔をして迷惑をかけたでしょ」
「工事が遅いぞよ……」
「これからいろんな人がツクモの街にきて、何か仕事の依頼をするよね。依頼をした人がさ、早くしろってうるさくしたら嫌でしょ?」
「それはもちろん嫌ぞよ」
「だから、同じことしちゃダメなの。そしてこんな事してたら、誰もツクモの街に来てくれなくなるよ」
「ぞよぁっ!」
だいぶ効いて重大性を理解したのか、わけのわからん悲鳴を上げた。打ちのめされたように放心してる。不肖ながら、それっぽいことを言えてよかった。
「早く完成させたいのは俺達も同じだよ。だけどこればっかりはなぁ」
「ツクモちゃんの街の人達に手伝ってもらうとか出来ないの?」
「街から出られないぞよ」
「そういう制限があるのか」
無敵だと思ってたけど、万能じゃないか。すると一緒にいたジェシリカちゃんが、見かねたように腕組みを解いた。
「現状、目立った問題は物資の運搬、組み立て作業ですわね。あのアンデッド達はどうですの?」
「ヴァハールさんには時々手伝ってもらってるけどね。力仕事となると、体が脆い連中には向かないみたいだ」
「骨ごと砕けられちゃ、こっちとしても頼めんわなぁ」
「思ったより役立たないゾンビども」
すっかり忘れてたのは黙っておこう。街に貢献しようとしてるみたいだし、それはよかった。元英雄の人の良さよ。
「はぁ……それじゃゴーレムを使うしかありませんわね。辺境伯に予算の相談はしましたの?」
「さすがにこれ以上は厳しいみたいでね……。ただでさえ貴重だから、派遣にしてもとんでもない額がかかる」
「ゴーレム普及率の低さは、この国の課題の一つですわね」
「ゴーレム技師の少なさもな」
なんだか深い話になってきた。ツクモちゃんの件も終わったし、引き際かもしれない。だけどゴーレムなんて聞いてるうちに、一つ思い当たってしまった。
「マハラカ国なら、ゴーレムたくさんいたっけ」
「えぇ、あの国のゴーレム産業は世界各国も舌を巻くレベルですの」
「遠い海の向こうにある国じゃなぁ。バリアウォールと違って、運搬コストもかかるだろう」
「いやいや。私達がどうやって帰ってきたか忘れたんですか」
その途端、沈黙が訪れた。いきなり解決の糸口が見えたショックが大きいようで。本当は面倒だから黙ってるところだけど、ツクモちゃんの件もあるからしょうがない。こうなると誰が動かなきゃいけないかなんて明白なわけで。
「そうだ! その手があったじゃないか!」
「しかも君なら、帝王イカ討伐の功績もあるから事もうまく運びやすい!」
「今度はわたくしも行きますわよ!」
「まずジェシリカちゃんは落ち着いて」
「ぞよぉぉ!」
「あんたもね」
話がすごい飛躍した気がするけど、私以外にどうにもできないのは事実。といっても何のコネもない私が、どうにかできるものか。手を叩いて小躍りしてる子には悪いけど、まだ解決したわけじゃない。
「マスター、まずは王様に会ってみてハ?」
「あっちの王様に? あ、そういえばなんか話をしたいとか何とか」
「それなら話が早いッ!」
「皆様方も落ち着いて」
王様がどんな人間かもわからない以上、リスクも考えられる。でも本当に私に感謝したいなら、ゴーレムくらい提供してくれるはずだ。
つまりここは私一人じゃ心元ない。振り切ってもついてきそうなアスセーナちゃんは確定として、後は。
「ジェシリカちゃん。不安だからついてきてほしい」
「はぁ、仕方ありませんわね。料理といい、わたくしがいないと何も出来ないんだから……」
「いや料理はほぼ互角だったよね」
あくまで頼まれたから、という形にしたほうがこの子のプライドも保てる。戦力としても申し分ない。あとはナナーミちゃんか。あれから姿を見せないしどこにいるのかも――
「ほら、ナナーミ。あそこに駅が出来るんだぞ。すごいだろう?」
「わかった、わかったからもう少し離れろって……」
妙にいちゃいちゃした親子が、こちらにいらっしゃった。海賊面のおじさんが、若い娘を抱き寄せている。親子という事前情報がなかったら、完全に案件にしか見えない。
「仲がよろしいようで」
「いやー、たまには顔を見せてやるかと思ったらこれだよ」
「モノネよ、これが親孝行というものだ。見習うのだな」
「はい」
あのナナーミちゃんが殴り飛ばさずに、嫌々しながらも接している。これは貴重だ。父親も、自然に私へ警笛を鳴らしたか。相手との距離を考えた方がいいと思うけど、腐れすねかじり風情だから黙ってよう。今や有名冒険者だけど、過去はどうあっても消せない。
「ナナーミちゃん、またマハラカ国へ行くんだけど一緒にどう?」
「いいぜー」
「この即答よ」
「ナナーミ! また遠くへ行くのか!」
「いいじゃねえかよー。一緒にメシ食ったしよー」
「まだお風呂が済んでない!」
「さすがにきもいなー」
実の娘にきもいと言われたショックは大きかったらしい。あの船長が膝をつく姿なんて、ヴァハールさんと戦った時以来じゃないか。ていうか本気で入るつもりだったのか。私でもさすがに断ると思う。
「モノネさん、この子は誰ですの?」
「あそこのギルド支部長の娘だよ。私達を船に乗せてくれた子で、思ったことは何でも言うからね」
「お前の髪さ、台風にでも吹かれたのか?」
「なんですって?」
「それ見たことか」
この二人を引き合わせたのが果たして正しかったのか。それは私にもわからない。ジェシリカちゃんの冷酷とすら思える視線も、ナナーミちゃんには通じなかった。悪気がないのか、本気でケラケラと笑ってる。
「違うのか?! そんなもんわざわざセットしてるのかー」
「あなた、口の利き方というものをわかってませんのね。これでは親の教育も知れてますわ」
「すまないな」
「あ、こちらこそ言葉が過ぎましたわ」
親がいる前で言うセリフじゃない。船長も本気で怒ったわけじゃないだろうけど、さすがにジェシリカちゃんも恐縮してる。てっきり親にも噛みつくかと思ったけど、意外に弁えてた。
「あとはアスセーナちゃんだけど……家にいるかな」
「モノネさぁぁん!」
遠くから走って来たと思ったら、次の瞬間には目の前にいた。そのまま抱きつかれるわけで、布団に押し倒されるわけで。アビリティを使ってまでこうしたかったのか。
「いや、用はあったんだけどタイミングがよすぎる」
「モノネさんに必要とされる気がして、来てみたんです」
「冗談でもさすがに怖いからやめて」
「お前ら、仲いいよなー。まさかできてるんじゃないよなー?」
何が出来てるのか。スルーしようと思ったけど、アスセーナちゃんが唐突に離れて、両手で顔を覆う。なんか耳まで赤くなってる。
「ま、まさか……そんなことあるわけ……」
「そうかー? まぁどうでもいいけどさ」
「ウフフフ」
笑いながら謎のテンションを維持してる子は放っておいて、ひとまず安心できるメンバーは揃った。後は明日、出発すればいいけど一つ忘れてる気がする。そうそう。
「あ、その前に工事関係者の皆さん」
「なんだ?」
「依頼、通して下さいね。一応、こっちも冒険者なんで」
「あ、はい……」
思い出せてよかった。これで私も一人前の冒険者かな。いや、まだ辺境伯に予算をせしめる作業があったか。こっちのほうがアスセーナちゃんに任せよう。
◆ ティカ 記録 ◆
ゴーレムが どれだけ 工期短縮に 貢献するのカ
僕が 大きいゴーレムなら どれだけ よかったカ
マスターは 僕に 笑いかけて くれただろうに
今回ばかりは この身を 恨ム
故に ゴーレムについて もっと知りたイ
差し出がましい真似をしたが 万が一 マスターが
マハラカ国に 行きつかない可能性も あル
そうなる前に 伝えられて よかっタ
しかし ツクモ
マスターに 迷惑をかけている自覚は 本当にあるのカ
あるぞよ
怪しいナ?
引き続き 記録を 継続
「この世にはどんな物理攻撃も効かない上に不定形な魔物がいるんですよ」
「スライムだよね。知ってる」
「中には服だけ溶かしてしまうのもいます」
「スライムに何の利があってそんなことを」
「さぁ……?」




