ジェシリカちゃんを家に招こう
◆ モノネの部屋 ◆
ひと眠りすませてから、ようやくジェリシカちゃんを招いた。私の家に入るなり、ジェシリカちゃんがやたらと室内に視線を這わせている。今まで王都のひどい部屋に住んでいただけに、こういう普通の住まいが珍しいのかな。でも、ツクモポリスの家に移住してるから違うか。
「ふぅん……思ったよりいいところに住んでますのね」
「これも親が築き上げてきた財産だね」
「この辺りじゃ有名な商人のようですわね。尊敬に値しますわ」
「鼻が高い」
調子に乗った私の発言に対して、ジェシリカちゃんの無言の突っ込み。何か言ってくるかと思ったけど意外だ。そんなじっとり目をスルーして、いよいよ問題のブツを取り出す。
「はい。これが私の超大作ね」
「拝見しますわ」
私の原稿を受け取り、がっつくように読み始めた。テニーさんの速読を見ているから、他人の読むペースが遅く感じられてじれったい。暇だから魔晶板でもいじってようかな。
「……これが二次選考通過ですの?」
「見紛うことなき通過作品だね」
「ブックスターはランフィルド唯一の出版屋にして、その質は国内でも名高いですわ。それが……なぜ……」
「そんなにショックを受けなくても」
手の力が抜けたのか、持っていた原稿をカーペットの上にパサリと落とした。何かを払拭するように頭を左右に振ってから、また原稿を手に取る。
「あのテニーという方は比較的、新人ですわね。まぁこれも経験ですわ……」
「すでに失敗扱いかい」
「状況があっさりと表現されすぎですの! 斬っただの叩いただの! 小説というものは文字によって情景をより深く想像させるもの!
これでは何も思い浮かびませんわ!」
「あのおばあさんが言った絵本みたいな小説だからね」
「絵本をバカにしすぎですわ!」
そんな言い草だけど下唇を噛みながらも読み進めてる。今の私は二次選考通過者だ。高尚ぶった小説読みの講釈は効かない。次に何を言ってこようが、私は動じない。
「でも何故ですの。どうしてか、読み進めてしまいますわ。こんなにもひどい駄文なのに……」
「わぉストレート」
「この主人公、こんなにもかわいいヒロインがいながらどうしてアタックしませんの!」
「恋愛要素とかないから」
「生物としてあり得ませんわ!」
「じゃあ、ジェシリカちゃんは誰か好きな人がいるの?」
沈黙してしまった。また勝ってしまったか。敗北が知りたい。そう、誰しも恋に興味があるわけでもない。
ましてや恋愛を主軸にしないなら、いっそ排除したほうがわかりやすい。削ぎ落しこそがシンプルな面白さの答え。なんて、たった今思いついた。
「こ、これが通過するならネミル先生の作品だって!」
「そっちも素直に応援してるよ」
「えっ……?」
「あの人の作品は読んだことないけど、自分の作品をより多くの人に伝えたいってさ。この上ない純粋な動機じゃん。それにあんなアビリティがあるのに挫けないのもすごい」
「あなたって他人を褒めることがありますのね」
「そんな風に思われてたか」
ややすねた表情で、じっとりと見られてる。ひねくれ屋なのは、むしろジェシリカちゃんのほうでしょと言いたいけど黙ろう。
それにしても見れば見るほど奇抜な服装だ。貧乏なのに髪もきっちりセットしてるし、あの服も高そう。
「この部屋、少し汚いですわね」
「次は唐突に部屋の批評か」
「窓の付近、埃が溜まってますわ」
指でつつっと埃をすくい始めた。整理整頓はきっちりしているつもりだけど、そういう掃除はあまりしてない。今度は床のカーペットに落ちてる髪の毛までチェックしてやがる。もはや何しに来た。
「掃除用具一式、借りますわよ」
「ちょっと待って。何をしやがるのさ」
「こういう汚れた環境は我慢なりませんの。特に淑女をもてなすのであれば論外ですわ」
「自分で淑女って」
断っても面倒だから、適当に掃除用具を貸してやった。てきぱきと床や窓付近、壁や天井を掃除し始めてる。とてつもない手際だ。私が思いつかなかった手法で、あっちこっちが掃除されていく。
「見なさい。これが今まで落ちていた髪の毛ですわ」
「すごい」
「この雑巾の汚れも見なさい。普段の生活が容易に想像できますわね」
「しないで」
ジェシリカちゃんが一仕事を終えて、ナチュラルにベッドに腰を落ち着かせる。今の手際といい、ただの貧乏部屋暮らしじゃないように思えてきた。
あの白いロングスカートの裾にでも触れたら、いろいろとわかりそう。そっと手を伸ばして触れて――
「この分だと、あなたの食生活も乱れてそうですわね」
「いや待って。それに関してはこちとら達人だから」
「またそうやって出まかせを言いますの?」
「私がいつホラ拭いた」
「とにかく、夕食にはいい時間ですわね。遅くても19時には食事を取るのが正しい生活スタイルですの」
帰るかと思ったら、食事まで作ってくれることになった。図々しいとは思うけど、この押しは照れ隠しかもしれない。そう思えばかわいいものだ。
「キッチンを借りますわよ」
「その強引さはどこから」
「いらないならこのまま帰りますわ」
「ぜひ堪能したい」
張り切って一階に降りていくジェシリカちゃんの後ろ姿を眺めながら、私もついていく。よし、ここは久しぶりにイルシャパパセットを使いますか。
◆ キッチンルーム ◆
ママのエプロンを身に着けて、颯爽と調理器具を振るう姿が様になってる。何を作るつもりか知らないけど、こちとらプロだ。あのアスセーナちゃんとも互角に渡り合ったイルシャパパセットに敵うわけがない。 ジェシリカちゃんは鍋で煮込んでいる間、別の調理を進めてる。この動きは確実にイルシャちゃんが嫉妬するやつだ。
「出来ましたわ」
「そう、じゃあ次は私だね」
「あなたが?」
「プロだからね」
ジェシリカちゃんが作ったのはビーフシチューとサラダだ。意外に普通すぎて、これはもう勝ったとしか思えない。
私はイルシャパパ直伝のメンだ。煮込む時間は足りてないけど、食材がある程度揃っていれば問題なし。おすそ分けして貰ったボア骨メンの本領発揮だ。案の定、このひどい臭いでジェシリカちゃんが顔を歪めて鼻をつまむ。
「な、何を作ってますの?! お止めなさい!」
「止めに入るほどか。でも心配しないで」
「う……」
ついに耐えられずに壁にまで寄ってしまった。世にもおぞましいものを見るかのように、私がテーブルに乗せた器を眺めている。
「臭いはひどいけど、すごいおいしいんだよね」
「信じられませんわ!」
「怖気づいたかー」
「まぁー!」
手で口と鼻を多いながらも、ムキになって滑走してきてフォークを取る。それで食べるつもりか。
「こんなものがおいしいだなんて……んっ!」
「どう?」
フォークでメンを巻いて食べるとは斬新だ。口に入れた途端、また一声を上げてからなんとか飲み込む。まずいはずがない。だってあのボア骨メンだもの。
「これは……なんて暴力的な料理ですの」
「暴力って」
「スープも凄まじいラードの量……これがインパクトを生みますのね。こんな料理があったなんて……」
「おいしい?」
「悪くありませんわ。ただ、これを認めるわけにいきませんの」
おっと、ここでツンツンが本領を発揮したか。ここまで素直になれないとは本当に不憫だ。
「大量に使用されたラードの量、塩分……どれ一つとっても、体に良くありませんわね」
「そりゃそうだけど」
「味をひたすら濃くして中毒性もありますわ。それも一つの魅力ではあっても、これを食べ続ければ……」
わなわなと震えながらも、またスープを一口。要するにおいしいけど体に悪いからダメってことね。それはさすがに頭が固い。イルシャちゃんだってきっとそう言うはずだ。
「わたくしの料理をご覧なさい。肉、野菜がふんだんに煮込まれていて栄養も溶けだしてますわ。
主食のシチューに前菜のサラダ……何より食べ過ぎない点も配慮してますの。それでいて味も保証しますわ」
「……これは確かにおいしい」
淡泊に反応したけど、売っても通用する味だ。ボア骨メンみたいな濃さはないけど、酸いと香ばしさのバランスがちょうどいい。いい感じにとろけた肉や野菜もいいアクセントだ。サラダをつまみながら食べれば飽きにくいし、胃もがもたれない。
「あなたのそれは食べる側のことを考えてませんの。何より食べてる姿が下品ですわ」
「別に人が食べてる姿なんてどうでもいいし」
「……ま、ここでそれを論じても仕方ありませんわね」
なんだかんだ言いながらも、フォークで必死にメンを絡めとっている。何度もスプーンでスープをすくって飲んでるし、まさに中毒だ。そのがっつく様は確かに下品とも言える。
「あぁもう……なんて強引な料理ですの」
「ジェリシカちゃんみたいだね」
「わたくしがぁ?!」
「頼んでもいないのに、ここまでしてくれたじゃない」
「それは見てられないからであって……」
「ビーフシチューおいしいなー。また作ってほしいなー」
「まっ!」
たまに褒めてやれば口を噤んで赤くなる。照れ隠しにメンをぱくりと一口いくわけで。考えてみたら、メンとビーフシチューってひどい組み合わせだ。
「あなた、少しは落ち着いて食べてはどうかしら」
「普通に食べてるじゃん」
「音を立ててスープを飲んで、みっともないですわよ」
「音を立てずに飲むとか暗殺者か」
などと突っ込んだものの、ジェリシカちゃんはほとんど音を立てていない。たまに口元をハンカチでぬぐう仕草がどこか高貴だ。
「ご馳走様」
「さすがにスープは残したか」
「こんなものを飲み干すなんて自殺行為ですわ」
さすがに効いたのか、少し苦しそう。私もお腹がいっぱいで、このまま眠ってしまいたい。ジェシリカちゃんはすぐに立って、後片付けを始める。
すごい、私なんか明日まで放置するのに。まぁ手間なんて一声かければいいだけなんだけど、それすらめんどくさい時もある。
「まったく、手のかかる……」
「今日はありがとうね。泊まっていく?」
「お、お泊りですってぇ?!」
「アスセーナちゃんと同じような反応か」
「……あの子達が心配しますの。また今度」
そう言いかけたところで、入口のベルが鳴る。こんな時間に来客とは聞いてない。アスセーナちゃんの可能性もあるか。まさかいつかみたいに、警備兵が雁首揃えてたりはしないはず。
今の私に落ち度なんてない。むしろ称号を持つ優秀な冒険者なんだ。布団君でするっとドアまで移動して、手を触れた。こうすれば開けなくても、誰が来たかわかる。
――街の警備兵が二人
「そんなバカな」
――ツクモを連れている
「あぁ……」
大体わかった。うちの子がご迷惑をおかけしました。
◆ ティカ 記録 ◆
ジェシリカさんの 突然の 訪問
なかなか 出来た様子で 家事全般はおろか
作法も 理解していル
彼女のような人間が なぜ 冒険者をやっているのカ
いや それは冒険者である マスターを 侮蔑することになってしまウ
いずれにしても マスターを 高く評価しているのは 明らカ
ここまで マスターに尽くすとは まさか アスセーナさんに
何らかの 対抗心が あるのカ
何の 対抗心か?
僕は 何を
引き続き 記録を 継続
「モノネさんにぴったりなお仕事がありますよ」
「侮蔑の予感しかない」
「新薬実験です。被験者になって、3日ほど過ごすだけでお金が貰えるんですよ」
「絶対怖い」
「あ、でも昼寝は禁止らしいですね。これは無理でしょう」
「ほれ見ろ」




