ムードリーさんと話そう
◆ ユクリッド国 王都 ホテル"スイートクイーン" ◆
後片付けも終わり、誰もいなくなった広い会場でムードリーさんとたった三人。私とアスセーナちゃんと話がしたいというから残ってやった。
帰ろうかと思ったけど、謎に満ちた七法守と話す機会なんてあまりない。だから、いいネタになるかもしれないとポジティブに考える。
「君は夢がない。だからこそいい」
「ありますよ。自由に寝て食べてまた寝るという夢が」
「それは現時点の願望であって夢じゃない。それにやろうと思えばすぐにでも実現できるからね」
「そうですよね」
言動もそうだけど、長身をくねらせたポーズがなんか腹立つ。バカにしてるのか褒めるのかハッキリしてほしい。実入りがないなら即帰る。
「夢を持って生きてる人間は強いよ。何かを成して人々に貢献することもある。だけどね、そうじゃないのも多い」
「そうですよね」
「中には自滅したり誰かを食い物にする連中もいる。私はね、ダンサーになるのが夢だったんだ。3日で挫折したけどね」
「3日で挫折とか、それこそただの願望じゃないですか」
「いやいや、たとえ一瞬でも遠い目標を持った時点で夢さ。寝て起きたかのごとく、覚めたけどね。ハハハハ! ヒヒヒ、ヒヒャッヒャ!」
「それで話が見えないんですが」
腹を抱えた笑いを何とか抑えたムードリーさんが、ようやく落ち着く。涙が出るほど面白いのか。もうこの辺りは突っ込まない。
「だからね、そんな堪え性のない私だからこそ夢を持つ者は応援したい。歴代の七法守は放任主義がほとんどだったみたいだけどね、私は違う。
有能な冒険者を悪い連中から少しでも守ってやりたいんだ。今回の授与式も率先して出てきたほどにね」
「それで私は夢もない分際で合格と?」
「悪い夢を持つよりいいさ。誰にも必要以上に干渉せず、させず。これほど夢のない人間は見たことがないよ」
「バカにされたから帰ります」
「いやいやいや! 待ってほしい!」
帰る振りをしたら、回転しながら回り込んできた。ダンサー志望が活かされた華麗な動きだ。3日にしては上出来すぎる。
「矛盾してませんか。夢がないと弱いから何もしなくなる可能性もあるし」
「こんなに夢のない珍しい人間がアイアンの称号まで取ったんだからね。分不相応な夢を持たず、人々に貢献する。ある意味、理想じゃないかな?」
「自分でも怖い」
「要するにあなたにとって、モノネさんは観察対象でもあるんですね」
「アスセーナさんは手厳しいなぁ。まぁ否定しないけどね」
私は貴重な動物か。だったらもっと手厚く保護してほしい。衣食住付きで何の不自由もない環境がベストだ。
「私にとって興味深いのは君もだよ、アスセーナさん。なんたって君の夢は……」
「もーう! 人の夢を簡単に話しちゃダメなんですよっ!」
「ぐふぉあっ!」
アスセーナちゃんの力であの細いムードリーさんの背中を叩くもんじゃない。ちょっとなんか吐き出してた。この人、戦闘は苦手なのかな。七法守全員が強いわけじゃないのかな。
「げほげほっ! あぁ痛い……死ぬかと思った……」
「すみません……」
「とにかく、夢を持たない者と持つ者。君達の行く末が楽しみだと言いたいのさ。ところでアスセーナさん、君はなんでゴールド授与を辞退したのかな?」
「え? アスセーナちゃん、本当?」
さっきとは打って変わって黙っちゃった。悪さをした子どもみたいに俯いてる。さすがにこれは理解できない。私ならともかくアスセーナちゃんだもの。
「……それも秘密です。でもいらないわけじゃないんですよ。いつかその気になったらありがたく受け取ります」
「ふーん……まぁ君の夢を考えれば何となくわかったけどさ」
「すみません。そろそろ夜も遅いので……」
「あぁ、もうこんな時間か。すまないね、ではいい夢を!」
これ以上の追及は無駄だと判断したのか、あっさり引き下がった。ムードリーさんに言いにくいことだったら、私には話してくれるはず。
私も気になって夜も眠れない、ことはないか。
◆ ホテル"スイートクイーン" 客室 ◆
「ムードリーさんって変な人だったね。七法守って例外なく変人だらけなのかな」
「さぁ……」
なんだなんだ、いつもなら真面目に返答してくるのに。私の布団じゃなくて部屋のベッドに腰かけたままだ。これは異常事態極まりない。まさかアスセーナちゃんに限って体調不良なんてことは。
「この私がお隣のすごい騎士団とか暗殺集団みたいなのにスカウトされるとはね。お願いだからそっとしておいてほしい」
「はい……」
「熱ある?」
「ひゃんっ!?」
おでこを触ったら大袈裟に反応された。ビクリと震えて固まった姿勢のままベッドに倒れる。さっきまで元気だったから病気としか考えられない。
だけど熱はなさそうだ。赤ん坊みたいに縮こまってて、なんかちょっとかわいい。
「アスセーナちゃん、どうしたのさ。夢の話から様子がおかしくなったよね。今なら話してくれる?」
「秘密ですー!」
「変すぎて話にならない。ゴールド辞退も謎すぎるし、なんでさ」
「それはですね……」
布団を人差し指で何度もさすりながらも話を始めない。あまり追求しすぎてもかわいそうだから、この辺にしておこうか。ごろんと寝返ってあっち向いちゃった。
「私、モノネさんと一緒がいいんです」
「と言いますと」
「モノネさんがゴールド授与された時に私も受け取ります」
「私に合わせるの? 意味がわからない」
「今までずっと一人でお仕事をしていて、どこかつまらなかったんです。でも今はすごく楽しくて……」
そんな理由で辞退されると私もちょっと責任を感じる。ましてやあのアスセーナちゃんだ。誰もが期待してるはずだ。ポッと出のウサギファイターなんかとは訳が違う。
「私は気にしなくていいよ。そもそもゴールドなんか授与されるわけないから」
「されます! モノネさんなら絶対に! そもそも帝王イカと幽霊船討伐の時点でその資格は十分にあるんですよ!」
「困っちゃうなぁ」
「モノネさんと一緒に冒険がしたいんです! 一緒に! 対等の称号を持って!」
泣きはらしたかのようなアスセーナちゃんの顔にハッとする。やばい、なんかすごい思い詰めてた。今まで茶化してごめんなさい。
「……我がままですよね。すみません」
「いや、ごめん。アスセーナちゃんとストレスなく付き合って、のびのびと戦ってほしいって前に自分で言ったもの。そんなところで悩んでたのも知らなかった」
「だからシルバーとアイアン、ようやく差が縮まりました。称号がすべてとは言いませんが、報酬面で差があるのは気が引けますから……」
「わぉ」
アスセーナちゃんのほうがたっぷり貰ってたのは知らなかった。確かに同じ事をしてるのに、差がつくってのは嫌かも。だけどこれが社会なんじゃないかなと、不適合者ながら私は思う。
「気持ちはわかったよ。自分で言い出したことだからね、ゴールドくらいにはならないとアスセーナちゃんに悪いもの」
「やったぁ!」
一歩引けばこれだ。バネみたいに跳ねて飛びついてきた。そのまま押し倒されて、さらにぎゅっと力強く抱かれてる。
この私が冒険者を率先してやるハメになるとは。アスセーナちゃんのためにそこまでする必要はないんだけど、なんでだろう。どっちかというと、そこまでしたいとすら思えてくる。これが友情というやつなのかな。命がけの友情だけど。
「モノネさんとゴールドになって冒険できると考えるだけで、胸が高まります!」
「そう、よかったね」
「ほらっ!」
腕を取られて手がアスセーナちゃんの胸に当たる。心音はわかる。わかるけど、そこまでするか。わかるのはかなり柔らかいことくらい。
「あっ……すみません。こういうのは早いですよね」
「意味わからん」
慌てて私の手を離して、顔をそむける。なんでいじらしいのか。ゴールドを目指すことを約束させられるわ、どうもこの子の前じゃペースを乱される。元気になってくれてよかったけど、まだ謎が一つあった。
「ねぇ、アスセーナちゃんの夢ってなに?」
「それは秘密です」
「えー! そんなに話せないこと?」
「話せませんよ……だって……」
まーた布団を人差し指でグリグリしてる。照れ隠しなのはわかったけど、そんなに恥ずかしい夢なのか。分不相応な夢を見て人を食い物にするわけじゃあるまいし、このままじゃ気になりすぎる。この私がここまでかき乱されるとは。恐るべし、アスセーナちゃん。
「寝ましょうか。一緒に」
「う、うん」
布団をめくって誘う時の表情といい、どこか熱が入ってた。寝るのはいいんだけど途中から抱きついてくるから、割と寝苦しい。しょうがないから今宵も抱かれてやるか。
◆ ティカ 記録 ◆
夢 それは 果てのない先にある 目標
イルシャさんのような方ならば 相応の夢を 持っていそうだが
マスターには 確かに 無縁ダ
何故なら マスターに 夢などといえるほど 遠いものなど なイ
すべてが 実現できてしまうから 夢ではないのダ
誇張ではなく マスターの力には それだけのものが 秘めていル
あの連中が 勧誘したがるのも 無理はなイ
あの程度の連中ならば まだいいが 上手の邪心を持った連中が
寄ってくる可能性が 今後 あル
根拠はないが 何故か 胸騒ぎがして ならなイ
願わくば この二人に 祝福ヲ
引き続き 記録を 継続
「蒼龍騎士団ってそんなにすごいの?」
「毎年、入団試験に数百人が臨みますが合格者0もあるほどです」
「数百人も騎士になりたがってるのか」
「蒼龍騎士団の一員になることが、子どもの頃からの夢という人も多いです」
「私なんぞよりも、その人達の夢を叶えてほしい」
「人生や世の中、ままなりませんねぇ」




