アイアンの称号を貰おう
◆ ユクリッド国 王都 ホテル"スイートクイーン" ◆
ムードリーさんのおかげで会場全体がすっかり萎縮ムードだ。確かここは私の称号授与式の会場だったはず。変なのに勧誘されても困るけど、ここまで滅多打ちにする必要もない。やっぱり私が直々に断らないとダメだ。その前にこのムードを断ち切ろう。
「あの、私の称号は?」
「おっとぉ! 忘れてたわけじゃないよ! ごめんよ!」
「それならいいんですけど」
「まぁ授与といってもすぐ終わるんだけどね。本当にすぐだからね」
さっきまでキレてたムードリーさんがパッと明るくなった。そして仕切り直しと言わんばかりに、檀上に王都ギルド支部長がまた前に出る。ブロンズの時と違って、どことなく厳かな雰囲気だ。
「冒険者モノネ、こちらへ」
「はい」
「布団から降り……いや、いいか」
「はい」
どこか閉まらない雰囲気に会場に笑いが訪れた。ナイス支部長。布団なんて些末な問題を取り上げるような人じゃないのはわかってる。さっきまでの嫌な空気が少しは払拭されたかな。私は計算高い女。
「帝王イカと幽霊船討伐の功績を称え、アイアンの称号を授与する」
「さぁ! 冒険者カードを!」
「どういうこと……うわっ!」
冒険者カードを差し出した途端、何かに侵食されるかのように四隅から色合いが変化する。無機質な白いカードが、黒鉄色になった。鉄そのものっぽいけど、カードの重さは変わらない。文字の色が白く強調されて、読みやすさも配慮されてる。どういう仕組みだろう。
「おめでとー! これで上級冒険者の仲間入りだねー!」
「これってどういったアレですか」
「アイアン以上は七法守二人の権限で、冒険者カードをランクアップさせられるんだよー」
「そう! 私とシャンナちゃんの二人が君をアイアンに昇格させたってわけさ!」
「てっきり支部長がやったのかと思った」
「私は進行役のようなものだ」
王都ギルド支部長の鉄の女といえど、七法守と比べたらおまけみたいなものか。背後の歓声も気にせずに、ひたすら冒険者カードを撫でる。この一味違う感、いいかもしれない。
「おめでとう!」
「これからの活躍も期待してるよ!」
「ぜひスペッツァ国へ!」
歓声の中、早くも勧誘の声が。どこかで聞いたことがある国だ。どっちにしても全部断る。
「さぁさぁ! ここからはスイートクイーン自慢の料理に舌鼓でも打って、交流を深めてくれ!」
「とーってもおいしいんだよー。うまうま」
「すでに食べてるし」
「モノネさん! あなたの腕を買いたい!」
檀上から降りると早速、取り囲まれた。いいから料理に舌鼓を打ってなさい。紅夜団や蒼龍騎士団の人も同じテンションだ。
真っ先に躍り出たのは鱗の鎧が際立つ戦士っぽい人だった。触手を剣で斬ってるイメージなのか、そんなレリーフが肩当てに刻まれている。
「初めまして。私はスペッツァ国海軍第三師団所属のリキルド。我が国では君のような実力者を歓迎している」
「どこかで聞いたことが……あー、無双艦隊?」
「……かつてはそのように恐れられた時代もあった」
「我らこそはと出陣したはいいが帝王イカ討伐に失敗。それ以降は海軍そのものが急速に弱体化したんだよな」
苦虫を噛み潰したようなリキルドさんの顔が痛々しい。誰だ、いらん事を言ったのは。さすがにこれはフェアじゃない。さっきのムードリーさんの脅しを見たせいか、せめて私だけは誠実に対応してやろうと思った矢先にこれだ。
確かにろくでもない人もいたかもしれないけど、行き先を決めるのはやっぱり私しかいない。これこそ誰にも邪魔をさせないつもりだ。私のペースを乱すのは何人たりとも許さない。
「確かに先の失敗で軍縮があったのは事実だ。しかし過去の栄光にすがるつもりはない」
「モノネちゃん、やめておけ。軍隊なんてろくなもんじゃないぞ」
「うるさいな。決めるのは私だから本当か嘘かも判別できない情報はいらない」
「いやいや、本当だって」
「うるさい。二度は言わないよ」
イヤーギロチンを床に突き立てる真似をして、弓を背負ったチャラそうな男を黙らせる。この男だけじゃなくて、取り囲んできた全員がのけ反った。一歩も二歩も後ずさりして、中には腰を抜かしてる人もいる。戦闘しなさそうな人にはちょっと悪いことをしたかもしれない。
「な、なんだこれ……化け物!」
「ハハハ……こりゃ帝王イカも討伐するわな」
「さてと、リキルドさん。ちょっと目を見せて」
何言ってんだこいつみたいなリキルドさんの鎧に触れる。ずっと見つめられて首を傾げたところで手を離す。うん、ひとまず無双艦隊だけはない。
――あの怨敵、帝王イカを討伐した力があれば我ら海軍が覇権を取る好奇は易々と訪れる
――再び"無双艦隊"の名を世界へ!
「無双艦隊復活のために利用されたくないんでさようなら」
「は?! いや、そんなつもりは! そうだ、月収の話だが50万ゼルは出す!」
思いっきり過去の栄光に未練タラタラじゃないですか。まだ何か必死に言い訳してるけどもう終わり。50万ゼルとか、一番高いバリアウォールすら買えない。はい次。
――あの娘の奇異なる力、紅夜団にうってつけだ。あのトラップ要塞の攻略に役立つ
「トラップ要塞とか微塵も興味ないんで」
「ほう……」
「はい次」
さすが、みたいなしたり顔のところ悪いけど時間がもったいない。ポーカーフェイスを崩さない辺りはさすが闇に生きる者達だ。次、お隣さんの騎士団か。
――彼女の力をユクリッド国に置くのは危険だ。均衡が崩れかねない
――ユクリッド王がよからぬ企みを思いつく前にこちらで確保せねば
「王様がどう思ってるのか知らないけど、私としてはいつまでもお隣さんと仲良くやっていてほしいからね」
「んむ?! いや……」
この調子でさばいていこう。強い冒険者となれば、大体が戦力として欲しているのがわかった。
だけど中には悲惨な妄想を抱いてるのもいて、許されるなら滅多斬りにしてやりたい。気持ち悪すぎて気分が悪くなったから飲み物でも飲んで落ち着こう。
「ふー……というわけで全員さようなら。そもそも私は誰にも従うつもりはないんですけど、一応話だけは聞きました」
誰も不平不満を漏らさないどころか、何かに撃ち抜かれたように立ったままだ。そりゃ腹積もりが何故かバレてるんだもの。私ならこんな得体の知れない奴とは関わらない。すっかり静まり返った会場だけど、まだ一人だけ残ってた。
王様がロイヤルガードを引き連れたまま寄ってくる。そこの二刀流を私に近づけるな。すごい睨んでくるんですけど。
「まずはアイアンの称号、おめでとう」
「ありがとうございます」
「差異はあれど、どこも生涯が安泰どころか贅の限りを尽くせるところばかりなのだがな。私の前で見せた胆力は健在か」
「あの時は失礼しました。眠くてイライラして調子に乗りました」
暗殺集団みたいなのでも所属すれば将来安泰なのか。たとえそうでも、人には超えてはならない一線がある。確かに提示された金額自体は魅力的なところもあったけど、お金と自由は等価じゃない。
「王様も勧誘ですか?」
「いや、素直に君の称号授与を祝福するために足を運んだ次第だ」
「そうですか」
「君が冒険者として活動すれば、それが我が国の利となる場合が多い。わざわざ抱き込む必要もなかろう」
「それはそれでちょっと癪ですね」
「貴様ァ!」
「この人こわい!」
ちょっと口を滑らしたら二刀流がこれだ。こっちにはあんたよりも強いシルバー子ちゃんがいるんだから。なんかニコニコして事の成り行きを見守ってる。何がそんなに嬉しいのか。
王様も王様で、こんなウサギファイターを祝福するために来るなんて暇なのかな。この人、穏やかそうに見えるけど腹の内なんてわかったもんじゃない。触って確かめたいけど、あの二刀流が襲いかかってくるから無理だ。
「縁もたけなわだね! そろそろお開きにしたいけど、二次会みたいなのは各自でやってね!」
「おかたづけー」
時間が来たみたい。ようやく帰れると安心したところで、テーブルや皿がフワフワと浮いた。
「なんだ?!」
「ひえぇぇ!」
「こら、シャンナちゃん」
ムードリーさんの一喝で、浮いていたものが着地する。つまらなそうな顔をしたシャンナ様が、余った袖を振り回してた。
「ぶーぶー!」
「片付けはホテルの人達がやるからね。あ、皆さんは気にせず帰宅を! いや待てよ、ホテルに部屋をとってる人が多いか! うぷぷ、くひひ……ヒャヒャヒャヒャ!」
「七法守……底知れないな……」
誰かが言った通り、もはやスキルなのかアビリティなのかもわからない。シャンナ様に至っては物霊使いをも凌駕する力があったりして。
少なくとも今のは私には無理だ。やるならすべての物に手を触れないといけない。まさか七法守の力の一端を垣間見ることになるとは思わなかった。他の人達も同じようで、檀上の二人に畏怖の視線を送っている。よくわからない人達は放っておいて私達も帰ろう。
「あー、そこのモノネちゃん」
「なんですか、ムードリーさん」
「君は……うーん」
ジロジロと頭から足先まで見られてる。まさか私も謎能力の餌食にするのか。
「君は夢がないなぁ……まぁそこが逆に安心できるんだけどね。ゆ、夢がないって……ぷっひっひぃヒャヒヒ……いやいや、笑ってないよ?」
「はぁ」
もう帰っていいかな。
◆ ティカ 記録 ◆
やはり 面倒な連中が 寄ってきたカ
突出すれば こうなるのは 宿命
マスターでなければ 甘言に惑わされ 利用されていたに
違いなイ
今まで どれだけの冒険者が そうなったことだろウ
上に行くということは それだけ 行く末を決めるのに
自身の責任が 伴ウ
マスターは それがわかっているから 自由を選択しタ
そう考えると マスターという人物こそが 冒険者として
相応しいと 言えよウ
七法守 脅威となる事はないと 願いたいが
あの力は アビリティか それに近いものと予想
ムードリー あの男の 戦闘Lvは 悲惨そのものと
ようやく 計測できタ
シャンナも 同様
しかし だからこそ 怖イ
引き続き 記録を 継続
「この小説ね。特産品の説明ってさ、ここでやらないとダメなの?」
「これは後の展開で主人公の女の子が片思いしてる相手にプレゼントするので……」
「だったらその時にさらっと説明すればいいよね。序盤で必要ないよね」
「そうですかね……」
「さすがに言い過ぎですよー。じゃあ今度はモノネさんの新作の批評をしますねー」
「あ、テニーさん。お手柔らかに……」




