散歩をしよう
◆ 住宅街 ◆
テニーさんに経験が大事と言われたから、街の中を布団に乗って散策してみる。魔物がいるようなところに冒険にいくのは勇気が必要だから、まずは軽い刺激を求めよう。何か創作のヒントに繋がる出来事があるかもしれない。
引きこもってばかりで、実は自分の街に何があるのかよく知らないから尚更冒険になるはず。シュワルト辺境伯の手腕を見せつけるかのように、この辺に貧相な家はほとんど見当たらない。税金の使い道に無駄がなくて、街の人に還元しているからあの人は人気が高いらしい。偉いな。私だったらお腹が空いた時に手をつけちゃいそう。前科があるからね。
「いい天気だね。このまま外で眠りたい」
「それでは経験を得られないのでは……」
「外で寝るのは初体験だから問題ないはず」
「そういうものですかネ……おや、あそこにいるのはもしやアスセーナさんでは?」
「え? 遠すぎて見えない」
「生体感知で確認できましタ。マスターの肉眼だと、かろうじて判別できる距離ですネ」
「誰かの家を訪ねてるのかな。見つかると面倒な事になり――」
「モノネさんじゃないですか!」
こっちを見つけてからの行動が早い。とてつもない速さで走ってきた。通行人をうまく避けているからすごい。肉眼でかろうじて判別できる距離で捉えてきやがったよ。
いや、布団に乗ってるからシルエットで目立つかな。
「こんなところで何をしているのですか?」
「ちょっと散歩をね」
「そうなんですか。今度、その布団に乗せて下さいね」
「アスセーナちゃんこそ、何してるの?」
「はい、あの家の方に聞きたい事があって訪ねたのですが誰も出てこないんです」
「単に留守なだけじゃないの?」
「そうですかね。留守だと確信できればいいんですけど」
そういえばこの子、私が居留守を使ったら窓から入ってきたっけ。まさか窓を全面、くまなく調べたのかな。完全に不審者だよ。シルバーの称号が泣くよ。
「そうだ。モノネさんも来ていただけませんか?」
「いや、私はこれから寝……いや散歩だからいいか」
「ドアには鍵がかかっていますし、まさか壊して入るわけにもいかないんですよね」
「協力してもいいけど、寝てたりするかもしれないよ。そうなったら、私達が警備隊に突き出されちゃうよ」
「どうも、気になるんですよね」
ここまでくると病気なんじゃないの。家主が出てこなかっただけで、何が彼女をそこまでさせるのかな。
散歩という設定で通してるから、ここは仕方なく付き合うしかない。
その家の前までいってドアに手をかけると確かに鍵がかかっている。呼び鈴にも反応がない。
「二階建てで結構、豪華な家だね」
「二階の窓も確認したのですが、家の人はいませんでしたね」
「やっぱり確認したのね」
「モノネさん、ドアを開けて下さい」
「もし家の人がいたらアスセーナちゃん、責任とってね。ドア君よ、開け」
鍵がかかってようが関係ない。私にかかれば金庫だって開けられるんだ。そう、窓を閉め切って開くなと命令すればそこから入ってくる不審者も怖くない。
「よかったです。モノネさんがいなかったら窓ガラスを割ってでも確認するところでした」
「シルバーの称号を剥奪されるよ」
「昔はご迷惑をおかけした事もありましたが、最近は外れません。モノネさんの居留守くらいですね」
「その勘でぜひ私の気持ちも察してほしかった」
実質、居留守が使えなくなりましたとさ。
「家の中に生体反応が二つあり」
「二つ? 家の人が二人いるって事?」
「この家には、おばあさんが一人で暮らしているはずです。やはり妙です」
なんだかアスセーナちゃんの勘が当たったのかな。来客中だったとか、その可能性を捨てたくない。
◆ 民家 ◆
ドアを開けるなり、アスセーナちゃんが先行する。壁を背にして、やばいくらい警戒しまくって少しずつ進む。ティカがいう生体反応は二階にあるらしいので、階段を慎重にのぼった。二つの反応は奥の部屋にある。
私は布団での移動だから足音は一切ない。アスセーナちゃんも足音も聞こえない。すごいよ、この人。ティカが問題の部屋の前に移動する。アスセーナちゃんがドアノブに手をかけて、思いっきり開いた。
「そこにいるのはわかってます。おばあさんを離して出てきて下さい」
アスセーナちゃんが寝室のクローゼットに呼びかけた。生体反応が二つあるにも関わらず、寝室は無人。となると最悪のパターンだ。
そしてその結果が、おばあさんを人質にとった男という形で表れる。クローゼットからのっそりと出てきた男はナイフを片手に握っていた。もちろんそのナイフは、クローゼットに押し込められているおばあさんに向けられている。二人で息をひそめて入っていたのか。
「なんで人が入ってくるんだよ。鍵をかけさせたのによ」
顔を黒い布で隠して、いかにもな強盗風の男だ。というか強盗以外の可能性があまりない。なんて事態に巻き込んでくれるんだ。
「ベッドには誰も寝てませんでしたし、窓から見えたカップや食器もついさっきまで使われてた形跡がありましたからね」
「マジかよ、何なんだよお前は……」
「この家に押し入ったのはお金目的ですか?」
「そうだ。動くなよ、このババアの命が惜しけりゃな」
「お金がほしければ、ご自分で働いて稼いでみては?」
「んなもんやってられっかよ。仕事なんぞで一生の大半の時間をとられるなんざまっぴらご免だ」
耳が痛いです。強盗のメンタルの根底が私と変わらないぞ。でも私は人に危害を加えてまで、そう過ごしたいとは思わない。思わないけど、こんな自己主張に意味はないから黙っておく。
「ここで捕まれば一生を棒に振るでしょう」
「捕まらねぇよ。近づいたら殺すっつってんだろ」
「殺したら私達に捕まって同じ結果になりますよ」
「だったら、やってやるよッ!」
「カーペット君、あいつを捕らえて」
「おわふぁぁっ!」
足元にあるカーペットが動いたせいで強盗がバランスを崩す。
そのままカーペットはくるくると強盗に巻きついた。
「ななな、なんだなんだぁ?!」
「そのカーペットが、汚い足で上がるなって怒ってるよ。そのまましめ殺しかねないくらいにね」
「冗談だろ?! これ、化け物なのか!」
「金ほしさで人に危害くわえるような強盗に言われたくないと思う」
ナイフも落としてくれたし、おばあちゃんはアスセーナちゃんが解放してくれた。冒険者の人達みたいに強そうにもみえなかったし、この強盗はただの民間の人間かな。治安がいいとは思ってたけど、こんなのもいるんだ。
「モノネさん、ありがとうございます。やはり誘って正解でした」
「アスセーナちゃん一人でも解決できたでしょ?」
「どうでしょうねぇ」
「あの、助かりました……」
おばあちゃんがクローゼットから出て、弱々しく床に座り込んでお礼を口にする。カーペットの挙動については驚かないのかな。驚かれても説明するのが面倒だけど。それにしても殺されてなくてよかった。
「おばあさんに外傷はないようですね。念のため、病院に行きましょう」
「私は大丈夫さ。それより、この男を警備隊に引き渡しておくれ」
「はい、もう呼んであります。さっき一般の方に通報をお願いしました。それと実はですね、おばあさんに聞きたい事がありまして……」
「ばあちゃんは無事か?!」
家の入口から、警備隊らしき人が叫んでる。しかしこの声、どこかで聞いたような。
◆ 民家の外 ◆
「ばあちゃん!」
「おや、あんたかい」
数人のうち、先頭の警備兵がおばあちゃんに駆け寄る。さっき、ばあちゃんって叫んだのはこの人かやっぱり見た事ある。それどころか暴行を加えた記憶さえある。はい、ゴブリンフィギュア事件の時に取り調べをしてきた警備兵です。
「怪我はないか、ばあちゃん」
「この人達が助けてくれたからね。何もないよ」
「その人達って……。アスセーナ様じゃないか!」
「こんにちは」
「ん、見覚えのあるその兎耳は……あぁぁぁ?!」
「お久しぶりですね」
「お、お前ぇぇぇぇ!」
アスセーナちゃんとのこの差よ。仇に出会ったかのように激昂された。あれから休職してたみたいだし、少しだけやりすぎたかなと思わなくもない。
でも正当防衛だよね。フィギュア壊された上に、うさ耳ひっぱられたし。いや、過剰防衛かな。さてさて。
「この前はよくもやってくれたな! お前のせいで散々なんだよ、こっちは!」
「よせ、その件については不問になったはずだ」
「しかしですね、隊長! あれは明らかな執行妨害ですよ!」
「実はだな、あれをきっかけにお前の素行をすべて洗い出してくれたお方がいてな」
「誰ですか、そのクソ野郎は!」
「シュワルト辺境伯だ」
「えっ」
目が点になるって、こういう場面で表現するのかな。小説の参考になる。微動だにしないで、ちょっと見開かれた目が面白い。
「その子の罪を問うなら、同時にお前も裁かなければいかんと判断されたようだ。現時点で最低でも街から追放という処罰だが、その覚悟があるのか?」
「グ、ググゥゥ!」
「ボボロル。その往生際の悪さからして、働き出してもちっとも変ってないね」
おばあちゃんが目を光らせた途端、ボボロルという名前が判明した警備兵が怯えだす。辺境伯の名前を出された時より怖がってる。
「い、いや。違うんだ。その子どもが俺の仕事中に暴力を振るってきてね」
「私が何も知らないと思ったかい。全部聞いてるんだよ」
「全部って……」
「その子の持ち物を壊したばかりか、兎の耳を掴んで暴力を振るおうとした事とかね」
「いや、あれは本物の耳じゃなくて」
「んな事わかっとるわ! そういう問題じゃないだろぉ!」
「ひっ!」
さっきまで人質に取られてた時からは想像もつかない。おばあちゃんの怒声に、関係ないはずの屈強な警備兵すら頭をすくませる。
大きな体格のボボロルにおばあちゃんが背筋を伸ばしてにじり寄った。
「あんたが一人暮らしして自立するっていうから、警備隊への入隊も喜んだんだよ!それが何さ! 悪ガキ時代の延長線上じゃないのかい!」
「ごめん、ごめんよ! ばあちゃん!」
「私から逃げる為の口実だったみたいだね! いい機会だ、もう隊舎での生活はしなくていい!あんたは私の元でみっちり生活してもらうよ!」
「それだけはぁぁ!」
「隊長さん、手続きをしてくれるかね」
「わかりました」
「俺の意思はぁぁぁ?!」
ボボロルも仕事とはいえ、ここに来たのが運の尽きか。あの怖いおばあちゃんを見てると、私がどれだけ恵まれていたかに気づく。もし私があのおばあちゃんの家族だったらと思うと。考えるのはやめよう。
「ところでアスセーナちゃん。おばあちゃんに聞きたい事があるっていうのは?」
「そうでした。おばあちゃん、実は先日ですね。そのボボロルさんが『ばあちゃんはもうろく気味でなぁ。強がってるけど俺がいてやらないと寂しいんだよ』と仲間の方に話されていました。もし本当なら一人にはしておけないと心配になりまして……」
「心配ないよ、アスセーナちゃん。これからは孫にたっぷりともうろくババアの世話をしてもらうからね」
振っておいて何だけど、火に油をたっぷりぶち込みやがった。ボボロルの身辺調査まで済ませてないと、この家には辿りつけない。この行動力がシルバーの称号へと導いたのか。うーん、真似できない。
「では強盗の引き渡し完了ですね」
「はい! ご協力ありがとうございました!」
警備隊が敬礼を済ませて、一人うなだれてるボボロルと一緒に帰っていった。これから隊舎を出て、おばあちゃんと二人で暮らすのか。幸せにね。
「二人とも、本当にありがとうね。そうだ、ティーとお菓子でも食べていくかい?」
「ぜひ!」
「遠慮がないあんたは不思議な力を使うんだね。本当に助かったよ」
「いえいえ、当然すぎる事をしたまでですよ」
「いいねぇ。うちのバカ孫とは大違いだ。孫にかわって私から謝るよ、ごめんなさいね」
「い、いや。もう報いは十分受けたと思うので……」
さっきとは打って変わって柔らかい物腰だ。カーペットも持ち主のおばあちゃんの事が好きだったし、厳しさあっての優しさなんだろうな。こんないいおばあちゃんがいるのに、ボケロルは。
でもこのおばあちゃんはきっと引きこもりなんて許さない。尻を叩いてでも働かせそう。やっぱりパパとママがいい。
◆ ティカ 記録 ◆
またしても アスセーナさんに 巻き込まれましたカ
マスターの 昼寝計画が 台無しになりましタ
でも なんだかんだで マスターの予定よりも いい結果が出ていると 思いまス
あの警備兵の逆恨みも 多少 心配の種でしたが これにて 決着
辺境伯にも 気を使っていただいている模様
今度 ご挨拶に 伺うべきだとは 思うのですが マスターが果たして
そうするかは わかりませン
いえ きっと
引き続き 記録を 継続
「マスターの能力で浮かせた布団は、どれだけの人が乗れるんですカ?」
「さぁ? 乗せる予定もないし、考えた事もないな」
「アスセーナさんを乗せる予定は?」
「あの子なら、いつかね……」
「一度は寝た仲ですからネ」
「もう少し言い方を考えてほしかった」




