アイアンの授与式に出よう
◆ ユクリッド国 王都 ホテル"スイートクイーン" ◆
この様相はフレッド夫妻の結婚式を思い出す。赤い絨毯、白い丸いテーブルの上に並べられた料理、そして檀上。アイアン以上の称号授与式は冒険者ギルドが、適当な場所を借り切ってやるらしい。
しかも、各界隈のお偉いさん達なんかも任意で参加できる。アイアンクラスとなれば引く手も数多だし、授与者も冒険者以外の道を選べるわけだ。参加者にも勧誘の機会を与えることで、冒険者ギルドは少しでも国に恩を売っている。この組織が各国に存在していられる理由の一つだと、アスセーナちゃんがいつも通り教えてくれた。
つまり、ご来賓の方々もこれまた様々だ。お金持ちそうな人達の他には、ごつい鎧を着用した人や覆面をした集団の怪しさが光る。そんなのがジロジロとこっちを舐め回すように見てくるものだから、ティカも警戒モードに入らざるを得ない。
「マスター、平均戦闘Lvが40を超えてまス」
「何なんだろうね。アイアンの称号なのに豪勢すぎるよ」
「今回は帝王イカと幽霊船討伐という異例の事態ですからね。各界隈からの注目度も段違いですよ。王様も来るそうです」
「とんでもない事態だ」
一国の王すらも動かしてしまったか。いや、前にも呼ばれたことがあったっけ。あの時は疲れと眠さから、かなり失礼な態度をとった気がする。おかげで護衛のライナスとかいうのに睨まれるし散々だった。王様が来るなら、あれもセットだろうな。
「あれが帝王イカを討伐した冒険者かな?」
「フォフォフォ、投資先としては申し分ない」
「いやいや、あの冒険者はこのテトール家の専属になってもらう」
「しかし、妙な恰好をしているな……年端もいかぬ娘とは」
欲望丸出しで清々しい。こんな年端もいかぬウサギファイターを見ても尚、あの感想だ。あいにく、おじさん達の毒牙にかかる気はない。貰うものをもらったら、すぐに帰らせてもらう。
「あの娘、我ら"紅夜衆"の一員になり得る資格を有するか……」
「フン、盗賊崩れのならず者集団の出る幕はない。私達"蒼龍騎士団"こそ、彼女を迎え入れるに相応しい」
「時代遅れの騎士道精神をあの娘が受け入れるものか」
「不意打ちの一辺倒では一騎打ちも辛かろう」
「……試すか?」
覆面集団と鎧集団が一触即発だ。幽霊船の船上の連中と同じようなやり取りをするんじゃない。まったく人間というものは、いつになっても変わらないね。今のところは覆面のほうが見る目あるかな。
「紅夜衆に蒼竜騎士団まで来ているんですね! モノネさん、さすがすぎます!」
「いや、どっちも知らないし」
「紅夜衆はお金次第で侵入、追跡、暗殺、解錠を請け負う闇の集団ですよ。表に出てくるのは珍しいです」
「王様の前に出てきたら一番ダメな連中でしょ」
「蒼龍騎士団はお隣のカクティス国の主力部隊です。蒼龍のレリーフをちらつかせるだけで、盗賊の一団が解散するほどですよ」
「お隣の国つよい」
そんな連中が睨み合ってるわけか。よく見ると、周囲の戦闘が出来なさそうな富裕層が固唾を飲んでる。そりゃその気になれば自分達を簡単に殺せる集団がいきり立ってるんだもの。まともな神経してたら、怯えるに決まってる。これは断ったら、武力行使があるかもしれない。
「あんなギラギラしてるくせに、こっちに声はかけてこないんだね」
「正式に称号が授与されるまでは、お手付きなしという暗黙のルールがあります」
「つまり授与が終わったら、いかに素早く逃げるかってところね」
「安心して下さい。モノネさんは誰にも渡しませんよ」
「それはよかった」
ウフフ、と笑いかけてくるアスセーナちゃんの頬が少し紅潮してる。珍しく熱でもあるのかな。あの武装集団がキレて襲いかかってきた時に頼りにしてるのに。
私のために争ってる連中がいる中、会場に一人の男が足を踏み入れてきた。その刹那、覆面と騎士団が静止する。
「……騒がしいな。これでは陛下も腰を据えられない」
金髪のイケメンに二刀流、忘れもしない。国王のロイヤルガード、ライナスだ。さっきまでうるさかった覆面達と騎士達が、何事もなかったかのようにカップに口をつけてる。
そんな誤魔化しを見抜いたのか、ライナスの視線はすでに固定されていた。更に威圧するかのように、わざとらしくゆっくりと近づいてくる。
「ユクリッド国の王フィリップスがこの場にいらっしゃる」
「しょ、承知している」
騎士の一人が、まるで喉元に刃を突きつけられたかのように声をうわずらせている。呼吸を荒くして、脂汗まですごい。ライナスの一言がどれだけ重いかは理解しているのか。騒いだら殺すぞってことだ。
「あの盗賊崩れとすごい騎士団が黙るなんてね。ティカ、戦闘Lvわかった?」
「105ですネ……」
「わーお」
「だから言ったじゃないですか。私でも、あの人には気を使いますよ」
「陛下が参られたぞ!」
先行したライナス以外のロイヤルガードに守られた王様が、悠々と入場してきた。こんな場所でも、王族の威厳はすごい。皆、一斉に跪いている。戦闘Lv105の二刀流にぶった斬られたら嫌だから、私も布団の上で真似した。
「本日の主役は私ではない。その辺で結構」
「そうさ!」
王様の言葉で皆が姿勢を正した途端に、失礼な相づちを打ったのは誰だ。私でもそこは黙るぞ。
気がつけば檀上には、王都の冒険者ギルド支部長とシャンナ様ともう一人。パーマがかった長い金髪に、はだけた立派な胸板。ピチピチの黒いタイツを履いた変態性が高そうな長身の男だ。
そんな奴にライナスが反応しないわけがない。やばい眼光で、完全に殺意を向けている。
「よせ。言い分は正しい」
「……ハッ!」
「それにあれは恐らく七法守だろう」
「七法守……!」
「王様も来たことだし、始めようか!」
七法守の一人、変態パーマが式の始まりを告げる。といっても、私にアイアンの称号を渡して終わるだけだから時間なんてかからなそう。
檀上で一歩前へ出て一礼をしたのは王都ギルド支部長だ。かしこまって何をするつもりだろう。
「本日はお忙しい中、冒険者ギルド称号授与式にご出席していただき誠にありがとうございます。皆様もご承知の通り、今回アイアンの称号を授与される者の名はモノネです。海の悪魔として名高い帝王イカ及び海の怪異である幽霊船の伝説を終わらせた功績を称え、アイアンの称号授与に至りました」
「冒険者としての活動期間は短いね! これだけの間でアイアンの称号を授与された者はほとんど知らないよ!」
「帝王イカを溺れさせるなどと誰が思いつくのでしょうか。実力だけでなく、奇想天外な発想も彼女の強さの一因だと我々は考えます」
「そうなんだよねー。モノネちゃんの力はねー」
「興味深いね! あの巨体を溺れさせるにも生半可な力では不可能だ! 私が推測するに」
「あの、お二人にも後でお話をする機会がありますので……」
七法守二人のせいで早くもグダグダだ。ていうかあの二人、いらないと思う。長話はいいから早く帰りたい。
支部長が本当に小さくため息をついた後、部下と何やら相談してる。七法守二人が邪魔だから、とっとと喋らせる方針に切り替えるみたいだ。
「えー、それでは七法守シャンナ様からお話があるそうです」
「うんー、あのねー。モノネちゃんの力はねー。世界を動かせると思うのー。だからねー、モノネちゃんに来てほしい人はそのつもりで誘うといいよー」
「ハハハ! それは楽しみだ!」
子どもの戯言と受け取られたのか、会場が笑いで包まれる。覆面や騎士達もさすがに苦笑いを隠せない。 シャンナ様は満足したのか、席に戻って足をパタパタさせてる。次はあの変態パーマだ。シャンナ様以外の七法守は初めて見るな。
「初めましての方々がほとんどだね! 私はムードリー! ユミメル家の当主にして七法守なんてのをやっている! あ、待って……ほとんどじゃなくて全員が初めましてだったよ! アッハッハッハッ! ヒッヒッヒッアハッアハッ!」
やだ、帰りたい。皆も私と同じような気持ちだろう。明らかに空気が寒々としているもの。だからってアスセーナちゃん、寝ようとするな。
「ア、アハハッ……あー、ツボに入っちゃったよ! それで何だっけ? そうそう、モノネちゃんね! 彼女のことはよく知らないんだけどさ、シャンナちゃんが言うようにとてつもない力を持ってると思うんだ! 私が察するに何らかのアビリティだろうね! なぜなら私もそうだからさ……あ、これ言っちゃダメなやつだ! アハハハハッ! い、言っちゃった! アヒヒッ!」
「ムードリー様、時間も迫ってますので」
「ウソォ!」
「終わりにしましょうか」
「待って待って! これだけは絶対に言わせてくれ!」
支部長が前に出ようとした時、大慌てでムードリーさんが制する。完全に時間の無駄だと誰もが思いかけた時、あの人の雰囲気が変わった気がした。さっきまで大笑いしてたのに今は口元を真横にして、どこか遠くを見ているかのようだ。
「君達がここに来た理由はわかってる。皆、きっと大きな夢を持っているんだろう。その夢を叶えたいから、彼女のような人に協力してほしいんだろうね。そこの老紳士。あなたは老いて尚、まだまだ富を築きたいと思っている」
「あっ、え? あぁ、いや……」
「彼女の底知れぬ力を、老練の眼力で感じ取ったんだろうね。富はいい……人生はお金じゃないなどというが綺麗事だ。お金がなければ何も潤わない。だけどね、そこに彼女の幸せはあるかい?」
「話が見えないのだが……」
「今まで多くの人を使い捨ててきたんだろうね。とくにあなたの足に絡みついてる一文字の傷がついた腕……ひどい夢の残滓だ」
「一文字の傷……? バ、バカなことを」
「あなたは長くもって2年だ。その有り余る富で余生を過ごしたほうがいい」
「おい! この私を誰だと……ウッ、ううぅ!」
老紳士が胸を抑えて苦しみ始めた。付き人っぽい人とギルドの人が支えて、会場から連れ出す。そんな様子を汚物でも見るような目でムードリーさんは眺めていた。
「とまぁ、追う夢によっては自らをも滅ぼす。諸君は大丈夫かい?」
今の現象だけで説得力があったんだと思う。老紳士を見送ったあと、ムードリーさんから目を離せない人達ばかりだ。今のがムードリーさんの力によるものなのか、覆面集団や騎士を初めとした強者達が思案顔だ。七法守、その力は誰も知らないんだっけ。だけどこうして出てきたことの意味は何なのか。
「ハッキリ言おうか。夢と呼ぶには程遠い汚い欲望を満たす為だけに、前途ある小さな冒険者の自由を奪うことは許さない。七法守ムードリーが、ここで宣言するよ」
気持ちはすごくありがたい。ありがいんだけど、私の授与式を物騒なものにしないでほしい。ほら、なぜか二刀流が中腰での応戦姿勢だ。汚い欲望を満たす為だけに来たのなら帰りなさい。
◆ ティカ 記録 ◆
マスターの称号授与式 この日を 楽しみにしていタ
予想を上回るほどの 人数
ここにいる 誰もが マスターを評価しているわけダ
国王が来た理由は 不明だが まさかマスターを 勧誘するわけでは
あるまイ
マスターが 愛するのは 自由ダ
あの老人のように 飼い殺そうなどと 考えないほうがいイ
マスターは お人柄だけでなく 能力も含めて あそこにいる全員の手には 余ル
そのことも理解しない者は マスター以前に あの七法守によって 弾かれル
あれは アビリティなのカ?
あの七法守だけではなイ
シャンナも 依然として 実力を見せていなイ
それに あいかわらず 戦闘Lvが わからなイ
引き続き 記録を 継続
「モノネさん! 私も小説を書いてみたんです! 読んで下さい!」
「ほー、どれどれ。ふんふん……」
「とある女の子二人が互いに惹かれ合うラブストーリーです!」
「まずプロローグが長い。ラブストーリーなのに街の設定とか描写に費やしすぎ。人口とか特産品なんてどうでもいいよ」
「あ、はい……」
「それと女の子二人のラブストーリーなのに、男が全然出てこないね。見せ場がいつまでもないと読者は読むのやめるよ?」
「それはぁ、そのぉ」




