話だけでも聞こう
◆ 港街タハラージャ 警備隊 詰め所 ◆
「あのね。こっちは尾行された上に攻撃までされてるんだよ」
「それについてはコユリの未熟の致すところ故、謝罪するでござるです……」
その上、あなたを待ってましたとか信用できるわけない。しかも物霊使いというフレーズまで出してきた。それはつまり、私のアビリティをある程度は把握してるという証拠にもなる。怖い。
「私からも誠心誠意、謝罪させてもらう。申し訳なかった」
「……一応、話だけは聞いてあげる」
「ありがとう。では我が国、マハラカ国について話させてもらう」
長くなるなら寝る。表面上は突っぱねたけど、私の中で一つの確信が生まれつつあった。だけど簡単に信用するわけにはいかない。話を聞きながら、そこは考えてみようと思う。このまま帰ってもモヤモヤが残るだけだから。
「遥か昔……我が国は貧困の危機に瀕していた。それと同時に当時、隣国グアスタイアの侵略に怯える時代だったのです」
「今は?」
「今のグアスタイアは良きパートナーです。かつての侵略国家の影は微塵もありません。その時代の王はとても冷酷で……こちらの使者の首を刎ねて突き返してきたという記録もあるくらいでしたけどね」
「んー……」
やっぱり手記が見せてくれたものと一致している。たぶんマハラカ国はあの侵略されていた国だ。間違いがないなら、そのうち物霊使いと名乗る女の人が話に出てくるはず。
「そんな中、ふらりと一人の女性が現れました。素性は一切明かしませんでしたが、彼女も同じく食べるものにさえ困っていたのです。やっかむ者もいましたが最終的には彼女を助けました」
「すごい器の大きさ。自分達の食い扶持さえないのに」
「えぇ、ですから彼女は自身が持つ不思議な力を使って我々を豊かにしたのでしょう。物を自在に操って声を聴き、その真価を発揮させる力……」
「私とは似ても似つかない」
ちょっと意地悪なことを言ってみたけど、警備隊長は意にも介さない。神妙な表情を保ったまま、淡々と語った。
「彼女は、一つの物を大切に使い続けた私達に感心しました。そのお礼も兼ねて、彼女は次々と国内の物に新品以上の力を持たせてくれたのです」
「私には無理かな」
「国内はあっという間に豊か……とまではいきませんが、人々の心は満たされました。それと同時に彼女の教え通り、物作りにも励むようになったのです。それが今のマハラカ国の繁栄につながったと聞いています」
「だから魔導具だらけなんだね」
「はい。ですが安心していられない事態が起こります。先程も言いましたが隣国は使者の首を送り返してきた後、宣戦布告をしてきました」
「野蛮すぎる」
そこから先の内容は私も知ってる通りだ。物霊使いのおかげでめでたしめでたし。こっちは正解を知ってるから、少しでも外れたらすぐわかる。だけど今のところほぼ一致してるし、これは確定かもしれない。
「国王を含めて頭を抱えたその時、女性が名乗り出たのです。私に任せて下さい、と」
「一人で戦って勝っちゃうの?」
「結果から言えばそうです。女性が敵のゴーレムを初めとした戦術兵器を封じ、同時に味方の兵達の使い古した武具に力を与えたのです。ある者は武器から風の刃を、ある者は炎を……グアスタイア国は降伏し、以後急速に弱体化。二度と往年の力を見せつける事はなくなりました」
「ちょっと待って。封じたってどうやって?」
「女性が兵器に停止しろと呼びかければ、その通りになったと言い伝えられています」
「信じられないなー。それが事実だったとして、私にそんな力はないよ」
あの貧乏な国がマハラカ国だったのが確定した。でもだからといって私が従うかどうかは別問題。相変わらずこの人達の真意が見えないからだ。それにその女の人と私は別人だし、なんで結び付けてるのかもわからない。
「モノネさんは、天性というものをご存知ですか?」
「天性? いや、知らな……あ、待って。確か小説で読んだことある。概念の力だっけ」
「はい。かつて暗黒時代を築いた破壊の王も持っていたといいます。実は近年、アビリティも同質の力ではないかという見解も出始めているのです」
「それはすごい」
「女性のその後は詳しく記されていませんが、最後に言い残した言葉があります。『もし自分と同じ力を持つ者が現れたら大切にしてほしい』と」
「同じアビリティってこと? あり得る?」
「天性も隔世遺伝するといいます。もしこれと同一ならば、あり得ない話ではないかと」
「えぇー、えー?」
こんな力を持っておいてあれだけど荒唐無稽だ。つまりこの人達はご先祖様が残した伝説に従っているわけか。健気というかバカ正直というか。でも代々、それを言い伝えるって並大抵じゃない。途中で私みたいなのが生まれたら、そこで途絶える。良くも悪くも一途な国だ。
「私にその人のアビリティが隔世遺伝したってこと? 血縁かどうかもわからないのに?」
「血縁であれば遺伝するのか……そこも現在に至っても不明です」
「それじゃわからないでしょ。聞いた限りだと私とその物霊使いの力は似てるよ。でも違う部分もある」
「ここ最近、アビリティの変化もありませんか? 出来ることが増えたなど……」
それを言われたら心当たりはある。少なくとも私よりもこの人達のほうが、アビリティについて何倍も詳しい。それを信じるなら、やっぱり私もいずれ女の人の域にまで達するかもしれないってことか。
思えば幽霊船に対してのあの敬礼。あの時点で、幽霊船が物霊の類だとわかっていたのかな。
「今の話ってさ。誰でも知ってるの?」
「はい。この国で生まれたものならば幼い頃から言い聞かされていますし、誰もが大切にしています」
「ふーん……皆、真面目なんだね」
「これほど良き国作りが出来るのも、伝説の物霊使いのおかげです。だからこそ感謝しているんです」
「でも私はその人じゃないし、この国に何もしてないからね。悪いけどいきなりお城へ招待といわれても、はいわかりましたとは言えない」
「……わかりました。無理強いはしません」
ちょっとかわいそうだけど、完全に信用したわけじゃない。それに王様に会うとか面倒でしかないし、他にもやることがたくさんある。また忘れかけたけど、何の為にこの国に来たのかって話だ。
「これ以上、今の私にあなたから信頼を得る術を持ちません。ですが王は……物霊使いに会いたがってます。もし気が向けばでよいのですが……」
「わかったわかった。少なくともコユリちゃんの襲撃は許したし、印象は良くなったよ」
「ほ、本当ですか!」
「といっても攻撃された張本人はこの有様だけど」
「私も許してあげます」
今まで寝てた子が、むっくりと布団をめくって起き上がった。実は起きてたのか。どっちにしても図太い。直接攻撃されたアスセーナちゃんが許すなら尚更、水に流そう。
「さてと、そろそろあの三人と合流しないと。警備隊長さん、もう行っていいでしょ?」
「構いませんよ。こちらこそ、お付き合い頂いてありがとうございました」
軽く防具に触って確かめたけど、この人はまともだ。それどころか善人といっていい。部下からの信頼も厚いし、武具の手入れも行き届いてる。今の行動が何を意味していたのか、この人には丸わかりだろうな。やや緊張した面持ちだったもの。
◆ 港町タハラージャ 宿屋"海鳥の巣" ◆
イルシャちゃん達は充実した一日を過ごしたのか、楽しい話題に花を咲かせていた。お土産も買ったみたいだし、これで心残りはなさそう。私はというと、いろんな事がありすぎて布団君の上でぐったりだ。そんな中、レリィちゃんにあのエルフの秘薬の成分解析をしてもらってる。
「どう?」
「副作用もないし、すごい薬だよ。でもお金かかりそう。1万ゼルでも安いくらい」
「継続して飲まないと効果が消えるらしいんだよね」
「すごいな……この成分はあれが使われてるし、お金持ちっていいな……」
レリィちゃんがお金の魅力に惹かれるところを見るのは、少々つらいものがある。薬自体はよくても、継続使用について黙っている点だけは解せない。
あれで荒稼ぎするのは見えてるけどレリィちゃんが言う通り、コストが安すぎるのも更に解せない。何がしたいの、グリディさん。
「魔法という人々の憧れに目をつけたのはさすがですね」
「あの気難しそうな戦士の人なんか、ウキウキして買っていったもんね」
「どいつもこいつも魔法ってよー。魔法みたいな力なんて言うけど、そんな便利なもんには見えないけどなー」
「フフフ、ナナーミさんは魔術協会の方々に絶対会わせてはいけないですね」
私からしたら、ナナーミちゃんの勘のほうがよっぽど魔法だ。魔法よりも便利だよ、それ。だけど、ベッドに寝っ転がって太ももをかいてる当人にその自覚は多分ない。
「それっておいしい?」
「まずくはないけどイルシャちゃんが求めるものじゃないよ」
「モノネさんは飲んでみたいと思わないの?」
「なんか飲んだらいけない気がしてさ」
「副作用もないのに? 一時的にでも、魔法を使ってみたいとは思わない?」
「んー、なんていうかさ。これを飲んだら終わりな気がする。うまく説明できないけどね」
「仮に魔法ってやつがでかすぎる力だったら、誰の手にも負えないだろうなー」
私とナナーミちゃんの見解は、根底の部分で一致してるのかもしれない。大きすぎるからこそ惹かれる。それってすごくやばいと思う。憧れはするけど、実際に手を出してみたいとはどうしても思えない。
「そのグリディってデブは要注意だな。おれなら殴る」
「連れていかなくて心底よかった」
「モノネさん、予定通り明日はランフィルドに帰るんですか?」
「うん」
「今でも帰れるぞよ!」
神出鬼没っぷりを余すところなく発揮したツクモちゃん。わかってる私でさえ、いきなり出てこられたらちょっと驚くのにナナーミちゃんは動じない。どいつもこいつも、どういうメンタルしてるの。
「なんだこれ?」
「あぁ、説明してなかったね。この子は……」
「かぁいいなー! お前、名前は?」
「ツ、ツクモぞよ」
「よーしよしよしよし!」
すごい愛でられてる。ツクモちゃんがまるで人形のごとく抱きしめられて、髪の毛がボザボザになっても撫でられてる。説明の余地がない。初対面の得体の知れない子に対してこれよ。どうせ勘でしょ。わかってる。
「帰るのは明日にして、今日はおれと寝ようなー!」
「こ、このわらわに対して不届きなりゅっ!」
「わらわとかおもしれー!」
唯我独尊、または自己中心的。私でも、ここまで自分に嘘偽りなく生きられる自信はない。わらわちゃんがベッドに連れ込まれる様子を、私はうとうとしながら見ている。もう突っ込みすら疲れたし、今日は寝よう。
◆ ティカ 記録 ◆
やはり マハラカ国は 物霊使いと繋がりが あっタ
ぜひとも 国王と謁見してほしいところだが マスターの意志に
従う他は なイ
僕の予想では この国は マスターにとって 大きなバックとなル
しかし そうなると 何か 運命のようなものを 感じてしまウ
この出会いが 必然とすれば 何かが 起こってしまうのカ
ところで ナナーミさんは 僕に対しては あまり反応しなかったが
なぜ ツクモには あれほどの 反応を 見せるのカ
僕に ツクモほどの 魅力がないとは 思えなイ
ナナーミさんに 好かれたいとは 思わないが こればかりは
解析不能な 問題ダ
た たすけてぞよ
引き続き 記録を 継続
うぎゅ
「モノネさんってすごくモテると思うんですよ」
「ありえないし興味ない」
「その媚びない性格がまたいいという男性もいるんですよ。背が小さい女の子というルックスも見過ごせません」
「難儀な趣向だね」
「そうですよ。モノネさんを好きになった人はとてつもなく大変な思いをしてるはずです」
「かわいそうだけど他を当たるしかないね」
「ひどすぎません?!」
「しょうがない」




