姿なき追跡者と対決しよう
◆ マハラカ国 港町タハラージャ 路地裏 ◆
前髪をパッツンした黒髪、紫の頭巾に忍び装束、背丈は私より低い。意外なのが出てきてコメントに困る。年齢はレリィちゃんよりも少し上かな。まさかこんな子が私達を尾行してたなんて、といいたいところだけどこの風体からして普通じゃない。これはまさか忍者というやつか。
「これは可愛らしい追跡者ですね。目的を言っ……」
「忍法"煙雲"ッ!」
また消えやがった。しかも忍法とか言ってるけど、明らかにあの羽織ったマントのおかげだ。あれを翻した途端、姿が消えたもの。魔導具の類かな。
「もう無駄ですから。目的と正体を言いましょうよ」
「こちらは正々堂々、姿を現したでござるです! これでイーブンでござるです!」
「はぁ……子ども相手に手荒な真似はしたくないのですよ」
「私はマハラカ国特別隠密部隊所属! 子どもと侮ってると痛い目にあうでござりますよ!」
「結局吐いてるじゃん」
ということは国の差し金か。この国に監視される心当たりがまったくないし、強いていえば帝王イカと幽霊船かな。有能な冒険者だから目をつけられてしまったか。やれやれ。
「マハラカ国にそのようなものがあったのですか。知りませんでした」
「近年、組織されたから知らぬのも無理はないでござるです。高い隠密性と機動性を活かした特別隠密部隊は今やマハラカ国の要でござるですよ」
「その素晴らしい特別隠密部隊が私達に何か用でも?」
「それはもちろん……おっと、少々喋りすぎたでござるです」
「だいぶ喋ったよね」
アスセーナちゃんにまんまと誘導されやがってからに。この時点で向いてないように思える。消えたままベラベラと喋る様は異様にシュールだ。
吐かせなくても、私がタッチすれば終わる話。問題はあの子を捕まえられるかどうかだ。
「それであなたはどうしたいんですか?」
「見つかった以上は逃げるでござるです!」
「移動しましタ!」
消えたまま逃げられちゃどうしようもない。あの子はともかく、背後にいるマハラカ国が私達にとって害にならないとも言い切れない。
理由がわからないまま逃がしてたまるか。ティカの生体感知を頼りに、路地裏を駆け始める。土地勘があるのか、迷いのない逃げだ。しかも布団君でも距離が縮まらないくらい速い。
「アスセーナちゃんのアビリティで一気に距離を詰められない?」
「リスクを考えると微妙ですね。あの子、恐らく魔導具で武装してます」
「でも普通に追いついても同じでしょ」
「ですから少しずつ手の内を晒してもらうのです」
「忍法"火竜雨"!」
目の前から数々の火のクナイらしきものが飛んでくる。これも魔導具か。地面に着弾した途端、軽く爆破するくらいにはやばい威力。人通りがないとはいえ、過激すぎる。当然のように回避したアスセーナちゃんが少しだけ追いついた。わざと距離を縮めて、更に手の内を晒してもらうつもりだ。
「忍法"風時雨"!」
「パリィング」
近接用の魔道具かな。風の刃が見えないところから、四方八方に放たれる。切れ味すごそうだけど、アスセーナちゃんに当たるはずがない。剣で受け流したところで更に加速。見えない女の子の正面にまわった。
「……ッ! に、忍法」
「大体わかりました。もういいです」
「ぎゃっ!」
「先程も言いましたが、子ども相手に手荒な真似はしたくありません。観念して下さい」
アスセーナちゃんに両腕を抑えられて、地面に張り付けられる。これで魔導具は使えないはずだし、マントを引き剥がしてようやく御用だ。だけど女の子はまだ観念してないっぽい。その証拠に何かを噛んだ。
「忍法"晴光"ッ!」
「あぅッ!」
アスセーナちゃんも私も油断した。これは光による目くらましか。目を開けられないくらい痛くて、追うどころじゃない。もがいてる間にあの子はどこかへ姿を消すはず。私達の負けだ――普通なら。
「えっ! えぇっ! どうなってるでござるですかぁ!」
普通なら動けないはずだから、驚くのも無理はない。だけど私の目を潰しても意味がないなんて、この子が知るわけない。
私は目が痛くてしょうがないけど、体は勝手にあの子を追うわけだ。ウサギスウェットの機動力なら、隠密部隊だろうと負けない。路地裏の壁を蹴って、あっという間に先回り。したと思う。がっしりと抱きつくようにして密着し、一緒に倒れ込んだ。ちゃっかり布団君をクッションにしてるから安心。ここまでされたら逆に何も出来ないはず。
「ぎゅっ!」
「今度こそ捕まえたね。どれどれ……もう他に手はないみたいだ」
「なんで、わかるでござるです……」
「プロだからね」
今度こそ諦めてくれたかと思ったら、目元に涙を溜めていた。これ今にも泣くやつだ。
「う、うぅあぁぁぁぁん! せっかく隠密部隊向きの任務なのに何一つ果たせないどころか、調査対象に捕まる始末!」
「うんうん。あの警備隊長に依頼されたんだね。私が物霊使いかどうか、見極めろと」
「全部バレてるでござるですぅぅ! ふぁぁぁぁぁん!」
「ちょ、モノネさん? さらっとすごい事実を口にしましたね」
私だって驚いている。あの港で私を訝しんだ警備隊長が、この子に依頼したんだ。詳しい内容まではこの子の忍者装束も知らなかったみたいだけど、あの警備隊長は物霊使いの存在を知ってる。それで布団に乗って調子に乗ってる奴を見て、ピンときたんだ。それでしばらく私をつけまわして見極めろと。だけど晴れて尾行がバレて、この様だ。
「私は物霊使いだと思う?」
「大体そうだと思うでござるです……」
「そう。それじゃ警備隊長さんに真意を聞かないとね。もちろん案内してくれるよね?」
「そこまでするでござるです?」
「するよ。物霊使いという単語をピンポイントに知っていたこと。その上で腹の内を明かしてほしいからね」
「……観念したでござるです。あなたはとてつもない人でござるです」
「コホン! そろそろ離れてもいいのでは?」
確かに密着したままするような会話じゃない。そんなに不機嫌になる意味がわからないけど離れよう。離れても女の子は枕に頭をつけたまま大人しくしている。強引に乗ってきたアスセーナちゃんを軽くあしらいながら、移動を開始。あの警備隊長がいる詰め所まで案内してもらおう。
「このマントで姿を消していたんだよね?」
「ハイディングマントという魔導具でござるです。忍術は……使えないでござるです」
声のトーンが落ちたし、どことなく深い事情がありそう。会ったばかりで詮索しまくるのも野暮だ。あくまで目的はあの警備隊長だし、この子のことは程々にしておこう。
「モノネさん! 相手の手の内を詮索するのはやめましょう!」
「ちょっとした会話じゃん。なにカリカリしてるのさ。まさかコユリちゃんに目くらましされたのが屈辱?」
「悔しいです!」
なんか最近、この子がわからない。いや、元々わかった試しがないか。
◆ 港街タハラージャ 警備隊 詰め所 ◆
「コ、コユリ! 見つかってしまったのか!」
「申し訳ないでござるです……」
うろたえる隊長に遠慮なく詰め寄る。一瞬たじろいだ様子を見せつつも、隊長は怖気づかない。それどころか、どこか安心しているようにさえ見える。
「……この度の非礼を詫びよう。こちらのコユリにあなたの尾行を依頼したのは私だ」
「港の時も私を気にしてたよね。物霊使いも知っていたし、あんた達って何者?」
「そこまで知られているなら隠してもしょうがない」
落ち着き払った隊長が、私を見据える。そしてティカにも視線を配ってから背筋を伸ばした。
「私達……いや、マハラカ国は長い間、あなたを待っていました。我が国へようこそ、物霊使い。あなたにはぜひ国王に会ってもらいたい」
「え、嫌ですけど」
反射的に断ってしまったけど、何の突っ込みもない。こちとら情報を受け入れるのに準備というものが必要なんだ。もう私の頭じゃ処理しきれない。肝心のアスセーナちゃんはというと、布団に入ってふて寝してやがった。どういう神経してるの。
◆ ティカ 記録 ◆
アズマでは 王に当たる人物に 仕える 影の部隊があったそうで
あのコユリも その一人なのカ?
その割には 僕が知っている情報と 食い違ウ
しかし まだ幼いながらも 魔導具を駆使した 戦いは
素質を 感じさせル
忍術を見せぬ理由は わからないが あれが忍というものカ
だが マスターの敵では なかっタ
物霊使いを知るという この国 合点がいっタ
この国は 恐らく
引き続き 記録を 継続
「フレッドさんとシーラさん、元気にやってるかな」
「それはもう念願の結婚ですからね。幸せに決まってます」
「そういえば新婚旅行に行くとか言ってたっけ。あの二人ならどこへ行っても冒険者やってそう」
「それが生涯、忘れられない思い出となって……愛の語らいの一節として刻まれるのです」
「なんか二人の温度差が違う気がするわ……」
「主にアスセーナちゃんが熱いよね、イルシャちゃん」




