即売会に参加しよう
◆ マハラカ国 即売会 テント会場 ◆
席が埋まっていて立ち見の人が出てくるほどの盛況っぷりだ。私の布団を広げていると申し訳ないくらい混んでいる。
だから空きスペースといったら上しかない。頭の上に布団が浮いていて落ち着かないだろうけど、我慢してほしい。チラチラ見ないで。
「さぁさぁ! 今日もぎょーさんお集りいただいて感謝ですわ! これで売れたら感謝どころか、感激なんですがなぁ!」
グリディさんのトークで会場がドッと沸く。あの人の他に黒いスーツを着た男が何人か立っていて、どことなく強そうだ。護衛かな。
そして露出が高い服装の女の人が二人、もしやあれが水着というやつか。しかもバニーヘアバンドとか、私と被ってる。まぁわかる人にはわかるセンスだね。
「ところで皆さん、魔力値はどないでっか? ワイなんぞたったの20ですわ! いやー、子どもの頃に魔術師の夢なんぞ見んで助かりましたわ! 皆さんも憧れた経験、ありますやろ? あ、察しのいいあなた! すでに魔力をお持ちのあなたに言うてるんです! 席を立ち上がるにはまだ早いでっせ! 何せ今回はそんなあなたにもご満足いただける品や!」
よくあんなにペラペラと舌が回るな。さすがは商売人か。親が商人のはずなのに、今更そんなところに感心してしまった。しかし、どうしてどいつもこいつも魔力値8を下回らないのか。
「ほな、見て下さいなぁ。はぁぁぁぁ……てりゃっ!」
グリディさんが片手から出したのは火の塊だ。すごい踏ん張ったのに拳ほどのサイズな上にすぐに消えてしまった。すごい魔力だ、桁が違う。
「ま、こんくらいあれば暖炉に火はつけられますわな? ところがそんなしょっぱい魔力がですな、これ一つで爆上がりするんですわ! その名も"エルフの秘薬"や! ででん!」
ででん、と出したのは手の平に収まるくらい小さいビンだ。中にはわずかにエメラルド色に染まった液体が入ってる。あれを飲めば魔力が爆上がりするってわけね。
「エルフというのは聞いたことある人もおると思いますわ。膨大な魔力と知識を活かして、誰でも数百年を生きられる秘薬を作ったとか……。そんな眉唾な話まであるエルフやけど、この度はワイがな……長年かけてついに突き止めたんですわ! エルフの! 秘薬の一端を!」
エルフ、確か瞬撃少女にも出てきたっけ。頭の中で想像した魔法を使えるとか、別の世界の入口まで開けるだの。もしそんな種族がいるなら、人間なんてとっくに淘汰されてそう。
「エルフが高い魔力を維持していたのは、この秘薬を毎日飲んでいたってのが最近わかったんですわ! あ! そこのあなた、あくびをかいてらっしゃる! えぇ確かに講釈、垂れすぎましたな! ワイが飲んでやりますね!」
グリディさんがビンに口をつけて飲み干す。空になったビンを投げて、それを黒服がキャッチする。そんな間にも、グリディさんに何の変化もない。
「……そいやぁっ!」
唐突にグリディさんが手の平から爆炎を放った。火柱が上がるものだから、もちろん会場から悲鳴が上がる。だけど、天井に向かって一瞬だけ上がっただけだから被害はない。これにはさすがに会場の人達もどよめく。
「マジかよ……」
「いやいや、さすがに仕込みだろ?」
「と、疑われるのは当然やな! それじゃそこのゴツい鎧を着たナイスガイ! そうや、あなたや!」
のっそりと立ち上がったのは、筋肉モリモリの典型的な前衛戦士だ。いかにも魔力なんてなさそう。そんな先入観で選ばれたナイスガイはどんな気分かな。
「俺の魔力は18……しかし言っておくが、あんたと違って魔法の撃ち方すら知らん。販促に使うなら、他を当たるんだな」
「なんもなんもぉ! むしろそういう人にこそ、試してもらいたいんや!」
「大した自信だな。これで何もなかったら、信用を失くすぞ」
「さ! ほな、飲んで下さいな!」
体躯に似合わず、気難しそうな戦士が壇上まで歩いてエルフの秘薬を受け取る。まじまじと見つめた後、だるそうに飲んだ。
そしてグリディさんがやっていたように、見よう見真似で手の平を天井に突き出すけど何も出ない。
「……やっぱりダメじゃないか」
「適当でええんで魔法をイメージして下さいな。後はこう、体の内からひねり出すようにな?」
「はぁ……どれどれ」
腕に力を入れて踏ん張り、しばらくすると掲げた手の平の先から破裂音がした。テントの天井の一部が焦げて空が見えている。その反動で戦士が体勢を崩して倒れていた。とっさに腰を守ったのかな。体をくの字にしている。
「う、今のは……」
「魔力でっせ! 魔法の撃ち方を知らなくても、魔力そのものが撃ち出されたんですわ!」
「あんたは撃ち方を知っていたから炎が出たわけか……」
「すげぇ! 本物かよ! やっぱりさすがはグリディさんだ!」
会場が大盛り上がりで、すでに即売ムードだ。自分勝手な金額を口々に叫んで、我先にと主張する。
「アスセーナちゃん、あれってどうなの?」
「何とも言えませんね。モノネさん、試してみては?」
「あれは飲まないけど、触ってみたいね。でも買いたくないなぁ」
「私が支払いますから」
「えぇー? さすがにそれは悪いかな」
「さーて、皆さん! 今日はええ買い物が出来まっせ! これ一本で1万ゼルや!」
すごい金額を提示してきたけど、すでに盛り上がった会場には関係ない。すでにお金を握り締めて熱狂してる人もいる。
これは皆の内なる魔法への憧れが爆発したって感じかな。かくいう私も、本当は魔法を使えたらなって考えたこともある。あのアンガスのせいで少しイメージは低下したけど、すごいことには変わりない。
「まとめて10本買うぞ!」
「こっちは15本だ!」
「箱買い待ったなし!」
「お、落ち着いて下さいな。これな、非常に製法が難しくて量産がきついんですわ。だからお一人様一本限りや」
「お買い求めの方はこちらへどうぞ。順番にお並び下さい」
黒服がテーブルを用意して、その上にあの秘薬が並んでる。ワッと押し寄せた人達を、テーブルの手前にいた別の黒服達が抑える。あれだけの人数を軽々と抑えてる時点で、かなり強いな。
「一列にお並び下さい。尚、ご購入できなかった方も含めてグリディさんから品物が提供されます」
「エルフの秘薬の代わりにもならんけど、会場に来てもらった皆さんへの感謝の品や!」
「これは濃厚100%世界樹液ジュース! これ買うと結構な値段になるぞ!」
「こっちはドラゴンオレンジの詰め合わせだ!」
「二種類とも持っていってなー!」
100%とはなかなかすごい。魔晶板の通販でも滅多に見ないやつだ。ここまで羽振りがいいと怪しく思える。いよいよ私達の番だ、あの秘薬が本物かどうか確認してやる。
――エルフの製法を元にしたのは本当だ。しかし完全な再現とは程遠い
――副作用はない。しかし継続して飲まねば効果はたちまち薄れてしまう
「なるほどね」
「お嬢ちゃん、どないしはりました?」
ここで事実を言うのは簡単だけど、面倒な事になる。こんなもの買う必要はない。だけどアスセーナちゃんの希望通り、買おう。ここで断って引き返しても、さすがにバツが悪い。
これはこれでレリィちゃんに成分解析でもしてもらえば、もっと埃が出てくるかもしれない。そうなれば、あのグリディさんには二度と関わらなければいいだけだ。
「買うよ。これで私も大魔術師だね」
「大器やなぁ! 期待してまっせ!」
あの人の懐にお金が入ってしまうのが悔しい。キナ臭さが一気に増しただけに、余計にそう思う。上機嫌に大笑いするグリディさんと、かすかにほほ笑む黒服。皆は甘い蜜に群がる虫ってわけか。本当に甘い蜜なら幸せになれるだろうけど、これはいい予感しない。
あっちではイケメンの黒服が、奥様達を口説いてる。向こうでは美人の二人が男達を集めていた。買わない選択をした人もいたようで、必死に宣伝しているのがわかる。
「さぁ、お美しいマダム。魔力の高さが美容に影響するのはご存知ですか?」
「お美しいだなんて……。そうなの?」
「女性の魔術師は数多くいらっしゃいますが、例外なく美人です。あ……でも、すでに美貌を手に入れていらっしゃるマダム達には……」
「買います!」
「わたしも!」
押して引いたか。ちょろすぎる。在庫が少ないとか言いながら、ちゃっかり全員分用意してるんじゃないの。あっちの男達も次々と買ってる。投げキッスでヘロヘロになるとか、何らかのスキルか。
「今度、わたし達でお店をやるの。いいお酒を用意してるから、ぜひ来てね」
「行く! 絶対行く!」
「ワシもじゃ!」
ちょろすぎる。あれがハニートラップというやつか。おじいさんですら、鼻の下を伸ばして大興奮だ。ようやくお開きかなと思いきや、グリディさんが一人のマダムに近づく。
「奥さん、えらいべっぴんやなぁ。その美貌ならどこでも通用しまっせ」
「どこでもというと?」
「うちでちょうど、女性を雇いたいと思っとるんや。なに、そんな難しいことはあらへん。どや、一ヶ月で百万は稼げまっせ」
「まぁ! 喜んで働かせていただくわ!」
マダムがあっさり快諾してしまった。結婚もしてるだろうし、警戒心なさすぎる。何だかおかしい。フラフラとマダムがグリディさんの後ろをついていく。
「アスセーナちゃん。変だよ」
「わ、私がですか? そんな……」
「ごめん、言葉足らずだった。あの女の人さ、様子がおかしくない?」
「はい。グリディという人、確実に何かを仕掛けましたね」
「わかってるならボケないで」
「今日はお開きや! また近いうちにやらせてもらいますわ!」
撤収準備となった途端、異様に手早い。備品の回収から何まで、黒服達の無駄のない動きでものの数分で終わってしまった。
お客さんは満足したのか、ゆったりとした足取りでテントを出ていく。
◆ マハラカ国 港町タハラージャ 路地裏 ◆
「怪しさ全開だったね」
「見過ごせません。あのまま善良な人達が食い物にされるとしたら、阻止したいです」
「そうだ。アスセーナちゃんってそういう子だった」
市場から外れたところに、入り組んだ路地裏があった。こんなところに用はないけど、片付けておきたい件がある。あの3人と合流してからも、正体不明の相手に尾行されるのは面倒だ。こんなところにノコノコと誘い出されるなんて、よほどのバカかな。
「そこにいるのはわかってるんですよ」
アスセーナちゃんのマジモードだ。声のトーンが落ちるし、私もちょっぴり怖い。そこにはティカが言った通り、誰もいない。だけど生体感知はしてる。つまり見えてないだけだ。何かのスキルかアビリティかはわからないけど。
「……当てますよ?」
「う……!」
剣先を向けたアスセーナちゃんの殺気に気圧されたのか、見えない相手が押し殺したような声をあげる。そしてついに姿なき追跡者が何もない空間をめくるようにして現れた。
◆ ティカ 記録 ◆
グリディという男 僕の分析でもよろしくない商人だという 結論が出タ
あの黒服の連中 特にマダムを勧誘していた男 あれもかなりの手練れダ
グリディと違って 戦闘Lvを抑えていル
どういった連中なのか 情報を集める必要があるカ
そして マスターに 仇なすかどうか それが最重要ダ
引き続き 記録を 継続
「毎朝、決まった時間に起きて働きに出てさ。夜遅くに帰ってくる。尋常じゃないよね」
「それをこなせるのが当たり前というのも厳しいですね」
「働かないと怠け者だのレッテルを張られるわけだ」
「人に迷惑をかけてないのに、ひどいですよね」
「モノネさんに話を合わせなくていいから突っ込んでよ、アスセーナさん……」
「私とイルシャちゃんはいわゆる平行線……永遠に交わることがない」




