マハラカ国に上陸しよう
◆ 血鮫号 甲板 ◆
「おっ! ようやく見えたぞー!」
ナナーミちゃんが張り上げた声で目が覚めた。確かに陸地が見える。長い航海もようやく終わりを迎えたわけだ。思えば本当にひどい航海だった。何が楽しくて幽霊船の怪奇に見舞われ、化け物イカに襲われなきゃいけないのか。それを討伐すると言い出さなければ海にも出られないとか、振り返るほど本当にひどかった。
「セイントフェザー号は着いてきてるね」
「はい、無事に港に着かせてあげましょう」
あのオンボロ船が今や雄大な帆船となって海を渡っている。それもこれも私のおかげだ。最初は戦力外かと思ったけど、物霊使いなしでは勝ち目のない戦いだった。それにイルシャちゃんやレリィちゃん、アスセーナちゃん。ナナーミちゃんも含めて、誰か一人でも欠けていたら勝てない戦いだった。
「ふぁ~……眠すぎる」
「甲板での日向ぼっこは癖になりますねー」
「当然のように潜り込んできたよね」
「そりゃもう」
当然のような返事だった。日差しで暑いから布団をかぶらなかったのに、抱きついてきやがって。
「陸地に着くまで少し時間がかかるね。もうひと眠り……」
「着くぞー!」
早すぎる。さすがの血鮫号。今まで意識してなかったけどこの船、かなり早い。海を滑走してるんじゃないかってほどに早い。さすがは船長の船。なるほど、これで商船を追い回していたのか。いや、さすがにないだろうけど。
◆ マハラカ国 港街 ◆
港に着くなり、騒ぎになる。何せ時代遅れの巨大帆船が当然のように入港しているんだもの。警戒している人達を抑えるのはアスセーナちゃんの役目だ。知名度がある子の言葉なら、説得力も増す。
「……というわけで、あれが元幽霊船です」
「そうか。それはご苦労だったな」
いや、あっさり信じすぎ。港を警備している隊長らしきおじさんは、感慨深そうに元幽霊船を見上げていた。他の人達も何やらヒソヒソと囁き合っているものの、騒ぎはすっかり収まっている。国が変わるとこうも違うのか。それだけじゃ説明がつかない冷静さだ。
「隊長、タラップから人が降りてきます」
「迎えてやれ」
亡霊達こと船員が先に降りてきて、案内するように列になって並ぶ。それから乗客が一人、二人と姿を現した。
「あぁ……やっと陸だ……」
「長かった……本当に……」
港に降りて歩き始めたものの、最初の一人が半透明になる。後ろに続く人もそれに倣って透け始めた。乗客の列の先頭から順に完全に消える光景は、幽霊船の悲劇から解放される瞬間だ。
「あれが幽霊船……」
「大昔から悲劇をもたらした船が今、ここで浄化されるのか」
「セイントフェザー号は今、航海を終えた! 敬礼ッ!」
隊長のかけ声で皆が一斉に敬礼をする。船員も一般と思える人達も驚くほどしっかり対応していた。中には涙を流している人もいる。亡霊達が一人ずつ消えていき、最後に残ったのは船員達と船長だった。
「……乗客の荷物は持ったな。最後まで粗相のないよう、しっかりとな」
「はいっ!」
船長が船員達に指示を出した後、こちらに向かってきた。帽子を脱いで私達に、深々と頭を下げる。
「これまでの航海の中で救えたのは君達だけだ。二度と我々のような犠牲はあってはならない。そう誓っていたが所詮は海を彷徨うだけの亡霊、生きていた頃の記憶など少しずつ薄れていってしまった」
「海に飛び込んで逃げようとした人もいたよね?」
「生きている者にとっては我々などただの亡者。相容れなかった……そんな彼らの後を追うよ」
「月並みな事しか言えないけど、さようなら」
「あぁ、せめて我々が君達と出会えた奇跡は……後世に残るといい、な……」
船員達の魂も空中にかき消えるようにして完全になくなる。消えかかった船長がまた口を開いた。
「船長は……いつも最後……乗客、船員……全員、ぶ、じ……」
姿と共に消え入る声がか細く、寂しさを感じさせた。これが長年にわたって航海する人達を恐怖のどん底に陥れた幽霊船の最後。死んでまでやりたい事があるという、私には到達できない境地。亡霊といえども素直に認めたい。私も静かに敬礼しよう。
「なんか悲しいわね……元凶の帝王イカを倒しても、あの人達は生き返らないもの」
「最後に気持ちよく冥界に逝けただけ幸せですよ。それにこれ以上罪を重ねることもありません」
「わざとじゃないにしろ、ね」
帝王イカとの死闘を終えた私の睡眠にも構う事なく、パーティの料理作りを優先したイルシャちゃんでも同情したか。後で我に返って謝ってきたけど、また料理に夢中になったら同じ事を繰り返しそう。困った子です。
などと呆れていると、警備隊長がすごい私を凝視してくる。やだ、目立っちゃった。
「さて、次は帝王イカ討伐完了の件ですね」
「ここの人達、幽霊船にも驚かなかいほど強靭な精神だからね。スムーズに事が進むね」
「てっ、帝王イカ討伐だとぉ?!」
あら、すっごいビックリしてる。港中に聴こえたんじゃないかってくらいだ。それに呼応して周囲の人達がわらわらと集まってくる。幽霊船には動じなかったのに、どうしてしまったのか。冷静に淡々と、運んできた帝王イカの死体を見せつけた。
「こ、これがだとぉ! でかすぎるっ!」
「本当に帝王イカなのか?」
「よく見ろ、海面から見える部分なんて極一部だ」
「信じられねぇよ……」
「今、冒険者ギルドの支部長を呼ぶ! 君達はここで待機してくれ! いいな!」
すごい早口で言ってる。悲鳴にも似た声とか、港が阿鼻叫喚の様相へと変貌してしまった。
「それとそこの君……いや、今はいいか」
「言いかけてやめないでって言ってるでしょ」
「うん? すまない……」
警備隊長さん、私が気になるようだ。ウサギスウェットを着て浮いてる布団に乗ってる冒険者がそんなに珍しいのか。
ドタバタとしたこの状況で、ぼんやりと布団の上で座して待つ。ナナーミちゃんなんか退屈そうに大あくびをしている。私も眠い。眠いけど大変大急ぎで走って来た人達がいた。
一人は、この街の冒険者ギルド支部長かな。筋骨隆々の風体で背負った大きな斧が印象的だ。大男といえば盗賊の親玉ゴボウを思い出すけど、あっちよりも大きい。そんなのが、いかつい顔つきで帝王イカよりも私達にがん飛ばしてくるから怖い。
「ふぅむ。まさかの女子とはなぁ」
「初めまして、アスセーナといいます。こちらがモノネさん、ブロンズの称号を持つ将来有望な冒険者です」
「私の紹介だけ装飾するなシルバー」
「シルバー……そうか、アスセーナ。なるほど、君がいるおかげで何とか頭の整理がつきそうだ」
それはつまりウサギファイターだけだったら、何一つ整理できない状況ってことか。わかる。
「あれが帝王イカの死体だな。言わなくてもわかる……死して尚、圧倒的だ。こいつに何人、いや何百何千何万の人間が殺されたか」
「アスセーナ? やったのは"絶対英雄"じゃないのか?」
「"閃光の瞬き"あたりかと思ったんだが……」
「なんか変なのもいるぞ」
ついてきた冒険者どもが好き勝手に強者の名を口にしている。アスセーナちゃんの名すら霞むメンツか。ゴールドクラスかな。変なのについては触れないでほしい。
何にせよ大勢の注目の的になってしまった。帝王イカの死体を見ようとして、たくさんの人が海のほうに殺到している。避けろ押すなの勢いで、海に落ちそう。そんな中で唯一、斧支部長が目を潤ませていた。
「そうか……悪魔のイカが……。それにあっちがセイントフェザー号……。最後に討伐に向かったのは……そう。確か2年前の」
「あの、話を進めてほしい」
「パーティのリーダーは冒険者ダーナ……シルバーの称号を持つ、いい冒険者だった……それなのに」
「いや、続けなくていいから」
「う、ふぐぅっ……ジェイラ、ロディオ……うおおぉぉ……」
「おい」
ダメだ、こりゃ。船長を初めとして奇人変人だらけの冒険者ギルド。七法守の一角からしてアレだもの。ていうか、まったく頭の整理ついてないじゃん。巨体を揺らして大泣きするおじさんを前に、私はひたすら時が過ぎるのを待った。
◆ ティカ 記録 ◆
ついに到着した マハラカ国
マスター達よりも先に 街を観察しておいタ
家の作りなどは ランフィルドと さして変わらないが
所々に 見た事がない道具が 置かれていル
それに 積み荷の運搬を担当するゴーレムなど この海の玄関だけでも
マハラカ国が 魔導具国だと よくわかっタ
早く この場の収拾を つけてほしイ
マハラカ国 ここで 何か大きなものを 掴みそウ
そんな予感が していル
引き続き 記録を 継続
「絶対英雄って前に調べたことあった。確かゴールドクラス最強の人だよね」
「さすが将来有望ですね。ライバルをチェックしてるなんて」
「いや、達人剣君の持ち主を図書館で調べてた時に引っかかっただけ」
「そうなんですか。そういえばモノネさんの力で持ち主を聞き出せないんですか?」
「それがダメなんだよね。というより言いたくないんだと思う」
「もったいない……あの絶対英雄に勝るとも劣らない人物かもしれませんのに」
「ねー」




