船旅を再開しよう
◆ セイントフェザー号 甲板 ◆
気がつくと布団君に包まれていた。助けに来てくれたのか、海水を吸って寝心地がひどい。だけどこれも私のアビリティで一発解決。いつもの感触に戻ってもらう。
「モノネさん! 気がついた!」
「イルシャちゃんも無事だったか」
「レリィちゃんもいるよ」
ちょこんとお座りしているレリィちゃんの周りには、たくさんの亡霊達がいた。いや、どちらかというと私達を取り囲んでいる。もう一波乱あるか、と心配したけど襲ってくる気配はない。
それどころか機嫌がよさそうに誰もがニコニコと笑っていた。その中の一人、船長がなんだか涙ぐんでいる。
「よかった……乗客は全員無事だ。我々はあの悪魔を越えたのだ」
「そうだ。クラーケンは?」
「ほらよ」
ぶっきらぼうに親指で刺したのはナナーミちゃんだ。見ると帝王イカが、大きい図体をひっくり返して浮いている。その何本かの足に鎖が取り付けられていた。
「血鮫号じゃ厳しいけどよ。この船なら、陸地まで持っていけるだろ」
「だいぶ大きかったよね。足も何本あるのってくらい」
「死体になってみると、小さく見えるよな」
「これどうするの?」
「バカ、お前は冒険者だろ。討伐した証拠が必要じゃねーのか?」
「大して自覚がないから忘れてた」
冒険者といえばアスセーナちゃんだ。こういう時は真っ先に抱きついてきそうなのに、どこにも見当たらない。まさか。
「ア、アスセーナちゃんは?!」
「そこにいるだろ」
「そこって……おっと」
腰に巻き付くようにして眠っている。全然気づかなかった。いつからこんな事になってたのか。
「その布団がお前を運んできた時からずっとそんな状態だったぞ」
「少しは自分の身を心配してほしい」
「ハッ?! モノネさんッ!」
「ぎぃあっ!」
目が覚めた途端に、変な声が出るくらい結構強い力で締め付けられた。一瞬で我に返ったのか、まじまじと見つめてくる。
「よかったぁ! 死んじゃってたら私……私……」
「心配してくれてどうも」
「すべてを捨てていたかもしれません……ひっく……」
「なんで」
泣きじゃくって嗚咽まで漏らすほど心配してくれたのか。普通に嬉しいけど、鼻水とかつけないでほしい。そしてひとまず離れてほしい。
「あの、皆さんも無事で何よりです」
「ついでにありがとう」
「ついでだなんてそんな!」
「はいはい。イカも倒したし、残るはこの幽霊船だけだね」
グダグダになる前に、目の前の問題を提示させてみる。さすがに敵意はないと思うけど囲まれてるこの状況、どうしたものか。
「俺達は助かったんだな?」
「あぁ、あの悪魔はこの少女達が討伐してくれた!」
「じゃあ、これでマハラカ国に行ける!」
亡霊達が歓喜に満ちた。互いに手を取って喜びを表現して、抱き合う。今まで止まっていた時が、ようやく動き出したって感じかな。
空を見上げると、晴天そのものだ。あれだけ荒れ狂っていた海も平穏を取り戻してる。亡霊達に束縛されていた時みたいな、あの嫌な雰囲気もない。この状況を飲み込んだ途端、力が抜けた。布団に倒れ込もう。
「モ、モノネさん?!」
「眠気がやばい」
「今、たっぷり寝たでしょ……」
「あんな化け物と戦ったんだから一週間くらい寝ても足りない」
「そうよね、それじゃ仕方ないわ。船上パーティで腕を振るった料理でも出そうかと思ったけど、おやすみ」
「情けも容赦もまったくない」
「よぉし! マハラカ国に向けて出港だ! 船上パーティもやるぞ!」
船長達があまりに元気すぎて、亡霊だという事実を忘れそうになる。セイントフェザー号の帆が張り、風を受けて進み始めた。魔石技術もない時代の船だけど、今は頼もしく思える。船の物霊のおかげでもあるけど。
――少女達よ、陸地までの付き合いになる
「……陸地に着いたらどうするの?」
――本来は200年も昔に終わった身、役目を果たせばそれで良い
「寂しい事を言うね」
身の振り方を決めている以上、私からどうこう言えない。だけどそれを本当に望んでいるのかどうかについては疑問だ。亡霊達はともかく、物であれば私の匙加減一つでどうとでもなるというのに。
「おれは血鮫号に戻るぜ。あっちを動かさないとな」
「私達も戻ったほうがいい気がしないでもない」
「もう少しだけ付き合ってやれよ。ほら」
「今日はこの英雄達を称えよう!」
拍手喝采だ。亡霊らしからぬ活気の中、イルシャちゃんがいつの間にか仕事を終えていた。亡霊をこき使って料理を運ばせている。その匂いに耐えられるわけがない。あんなおいしそうな料理を、亡霊の供物にするのはもったいない。今になって猛烈な空腹を自覚してしまった。
「モノネさん、まだ安静にしてたほうがいいですよ。食べさせてあげます」
「それがやりたいだけでしょ」
これに付き合ってたらキリがない。むしゃぶりつくようにして、料理を口に放り込む。肉の旨みがいつも以上に感じられ、止まらない。あのイカに殺されていたら、これも味わえなかった。これほどまでに生を実感できる瞬間もなかなかない。
そんな中、亡霊達の会話が聴こえてくる。
「あなたは大層な富豪と見受けられるが、どのような要件でマハラカ国へ?」
「あの国は貧困に喘いでいる。子ども達も満足に学べない環境だ……だから学校を作ろうかと思ってね」
「ほう、それは素晴らしい。隣国の脅威もあるだろうし、少しでも不安解消の糸口になるとよいな」
「あなたこそ、身なりからして裕福そうだ」
「ハハハ、私はとある国で料理店を経営していてね。貧困国ならば、さほど手をかけずに済むだろう」
いい話っぽいのに、段々と成金どもの自慢合戦になりつつある。要は貧しい国なら成功するだろうみたいな打算的な思惑か。
性根はともかく、結果的にそれで救われるなら問題ない。だけどこれは200年も前の話で、この人達は死んでる。上陸したところで、その願いは果たせない。
「おたくら、それはさすがに見通しが甘いよ。そちらの紳士が言った通り、あの国は隣国にいつ攻め込まれてもおかしくない」
「そうは言うが、あなたは?」
「あの国が必要としているのは武力だよ。それも私のような上質の魔術師をね」
「まさか傭兵紛いのことをやりにいくのか? 余計な戦火はあの国だって望んでない」
「根本的な解決にならない学校や、見込みのない料理屋よりは現実的だろう」
「失敬だな。戦争しか頭にないと、こうも無礼極まるのか」
やばい雰囲気すぎる。せっかく助けたのにこれじゃこっちが報われない。この船が沈まなかったら、こうなっていたのか。
そこへトコトコとレリィちゃんがやってくる。ポーチから取り出したお香を嗅がせると、3人の亡霊紳士達が静かになった。
「安らぐ……」
「このまま消えてしまいそうだ……」
「なんだかなつかしい……」
「アズマの線香を真似してみた」
効果抜群すぎて3人とも、消えかかってる。支障はないんだろうけど、せめて上陸させてあげて。
「隣国に攻め込まれるだの物騒な場所なんだね。今はどうなってるのかな」
「賑やかでいい場所です。それに隣国である今のグアスタイア国にその力はほとんどありませんよ」
「それはよかった」
今が平和なら安心だ。オムレツを頬張りながら、潮風を浴びてなんだかこっちも心地よくなってくる。食べたらやっぱり眠くなってきた。
「寝るならいつでもいいんですよ?」
「布団をめくってスタンバイして何を考えてる」
「いいじゃないですか。多分、これから大変ですから」
「これ以上のトラブルとか死ぬ」
「何せ帝王イカ討伐という前人未到の偉業を成し遂げたんですからね。モノネさんのアイアン昇格は確実でしょう」
「あー……そうなっちゃうのか」
また一つ、実績とやらを積んでしまったわけか。辞退も考えたけど、貰えるものは貰っておきたい。ブロンズよりも上となれば、お金の手当てなんかもたっぷりなはず。
「あ、この幽霊船もですね。あのセイントフェザー号が新品同様の姿で港につけば、大賑わいですよ」
「この船ってそんなに有名なの?」
「セイントフェザー号沈没事件は歴史の教科書にも載るくらいです。モノネさんったら、まーた目立っちゃってぇ」
「腹立つ」
肘をぐいぐいと押し付けられた。この皮肉たっぷり感は参考になる。今度はこの方向でいじってやろう。こんな下らないノリを楽しんでいるうちに、亡霊達に好奇の視線を向けられていた。
「しかし、こんな小さな女の子がクラーケンを……」
「スペッツァ国の"無双艦隊"ですら壊滅したんだぞ」
「オレ、見た! 船や水を自在に操ってたんだ! クラーケンも一溜りもなかった!」
「ど、どういう魔力だ?! この上質な魔術師である私を上回るのか!」
アスセーナちゃんもいるのに、なんで私が目立ってるの。本当にこんなつもりじゃなかった。やれやれ、あまり目立ちたくないんだけどな。
◆ ティカ 記録 ◆
幽霊船が かつての姿を取り戻したカ
マスターの 功績が 一気に上がってしまっタ
僕としては 大変 喜ばしいのだが こうなると
マスターの平穏を 乱そうとする輩が 続出する可能性があル
ただでさえ 容姿端麗なマスターに ましてや 男などが
群がる光景を 想像するだけで おぞましイ
そうなれば たとえ マスターの命令に背いても 対処せねばなるまイ
悪い虫が寄りつけば マスターにも悪影響が
いや 途端に その心配が ないような 気がしないでモ
ふむ 落ち着いタ
引き続き 記録を 継続
「アスセーナちゃんの魔力値ってどのくらいなの?」
「私はせいぜい100ちょっとですよ」
「すごいじゃん」
「一般的に凄腕とされる魔術師の方は大体500程度ですからね。魔術師換算だと私は低級もいいところです」
「アンガスの1000ってかなりすごかったのか」
「モノネさんの8もすごいですよ」
「そうだね」




