帝王イカに止めを刺そう
◆ 血鮫号 内部 ◆
セイントフェザー号があれだけ襲われてるのに、こっちはスルー。荒波に揉まれてはいるけど、たくましく浮いてた。こっちのほうが絶好の的なのに、なんでだろう。ともかく目的のものを調達しないと。
「ナナーミちゃん。洗濯機を借りるよ」
「それなー。高いんだよなー」
「命と天秤にかけるほど?」
「だよな。遠慮なく使ってくれ」
布団君に乗せて、いざ甲板に出たところで目の前にイカの足が伸びていた。こいつまさか。
「イヤーギロチンッ!」
「魔法が来るぞ!」
「ウッソォ!?」
切断されたイカ足の先っぽから放たれた氷柱が布団君をかすめる。避けたせいで血鮫号に突き刺さり、大打撃を受けてしまった。この船まで沈められたら本格的に終わりだ。何よりナナーミちゃんのお父上になます斬りにされる。いや、譲ってもらったらしいから平気か。
「クッソー! あの野郎!」
「まずいですね。船底を見て下さい。氷が張りついてます。恐らく帝王イカの氷魔法によるものでしょう」
「ファイアバルカンで溶かしますカ?」
「いえ、このまま船を離れて下さい」
「わかった」
理由を聞く時間が惜しい。アスセーナちゃんの指示なら間違いないと信じて、布団君に乗って船を離れた。
◆ 大海原 空 ◆
直後、氷柱の乱れ撃ちが私達に放たれる。手分けして迎撃しつつ、ひとまず空に逃げた。海面から出ている無数のイカ足が気持ち悪い。改めて眺めるとおぞましい光景だ。
「血鮫号が狙われなくなったね」
「恐らくあの魔物は人間が乗ってる船でなければ襲いません。正確には人間を沈めたいのでしょう」
「何の趣味だ」
「まさしく趣味でしょうね。最初の攻め方があまりに緩すぎるのが気になりました。捕食目的ならば手を抜く必要性がありませんから。いえ、足ですか」
「どっちでもいい」
魔法まで使うとは予想外だった。アスセーナちゃんの言う通り、段々と本気を出してきてるってことか。あんな巨大生物からしたら人間なんて、ない知恵を絞ってようやく船なんてものを作って海に漕ぎ出した程度の存在だ。玩具としてはちょうどいいのか。
「食う為じゃねーとしたらよ。こりゃいよいよもって見過ごせないぜ」
「えぇ、私達を甘く見るのもいい加減にしてほしいですね」
「微妙に見解の違いがある」
「私達、冒険者の存在意義に疑問を持ってまで論じる話題ではありませんね」
魔物の住処にノコノコと向かった人間が悪いという考えも出来る。だけど殺された人達の悔しさや悲しみを否定してまで、そう主張したくない。
そもそも何が良くて何が悪いのかなんて考えるだけ無駄だし、私は私の立場で押し通すまでだ。自分にウソをつくなんてストレスしかない。
「そう。どこまでいっても私達、人間様だよ」
「あちらは帝王イカ様ですね」
「イカ様ってなんか胡散臭い響き」
「よーし! 人間様に手を出したことを後悔させてやろうぜ! もう少し右に進め!」
上空から海面を眺めて、ナナーミの指示を頼りに進む。まずは深海にある本体を特定しないといけない。この作戦、ナナーミちゃんの勘次第だ。まずは勘で本体の位置を特定して、海面に引きずり出す。
「ナナーミちゃん、本体特定できた?」
「大体わかった。あの辺だな」
「信じるよ」
セイントフェザー号からやや離れた位置だ。あそこから無数の足を延ばしてるのか。本体を想像しただけで気持ち悪い。でもその本体の急所をつくしかないんだ。
「まずいですね。あちらも、こちらの動きを察知したようです。伊達に帝王やってませんね」
「こっちが勝手に名付けたネームドを誇りに思ってるとは思えない」
「モノネ、ちょうどこの真下だ」
「……よし。アスセーナちゃん、露払いをお願いね」
海面に出来るだけ近づきつつ、洗濯機を両手で抱くように持つ。
イカ足の抵抗が激しすぎるせいか、あのアスセーナちゃんがわずかに息切れし始めてた。アスセーナちゃんが、と絶望したくなるけど相手はゴールドクラスですら逃げ出す魔物だ。そんなもん相手に一人で立ち向かえる時点であの子が本当に強い。氷柱をさばきつつ、迫るイカ足も迎撃。
ここが竜巻の中心のごとく、この布団君の周囲だけアスセーナちゃん結界で守られてるみたいだ。
「洗濯機君! この真下に大渦を発生させなさい!」
イチかバチかだ。荒波がごった返す海面が揺らぎ、海流が出来て円を描き始める。流れが速くなり、やがて渦から水の咆哮が放たれた。巻き込まれたイカ足達が抵抗をするも、流れに逆らえずに飲まれる。大渦にもみくちゃにされるイカ足達、それはさながら洗濯の様相だった。
「さぁ、身動きが取れなくなったんじゃない?」
「セイントフェザー号も離れさせたほうがいいんじゃないか?」
「もうとっくに逃がしてるよ。あ……!」
イカ足の付け根がちらほらと見え始める。それが渦に飲まれて、本体らしき影が流れに逆らえずについにはひっくり返った。帝王イカといえども、水の力を甘くみてはいけない。長年、慣れ親しんだからこそ油断したのかもしれないけど。
「お、あいつ気絶してるな」
「今が攻撃のチャンス?」
「急所はあの眉間だ。だけど待て、今じゃない」
「気絶してるからチャンスじゃ?」
「イカの懐だぞ。少しでもずれたトコを攻撃して目を覚まされたら、助からねー」
ぐるぐると回るイカの巨体を見ていると、すぐにでも攻撃したくなる。だけどここはナナーミちゃんを信じよう。達人剣君もナナーミちゃんについては高く評価しているもの。
――彼女の言う通りだ。ここから急降下して最大の打撃を与えるタイミングは彼女に委ねよう
「いいか。もうすぐだぞ……お前らが持つ最大のスキルを叩き込め! ダイブした後の事は考えるな! 迷ったら死ぬからな!」
「はい。一点突破ならば、このスキルをおいて他はないでしょう」
「ア、アスセーナちゃん。それって」
アスセーナちゃんが布団君から身を乗り出し、剣を岩がまとっていた。大きな槍になったその形状は見覚えがある。見とれている場合じゃない。私が持つ最大ノスキルといえば、これしかない。
「あと少し……!」
海面を凝視しながら、ナナーミちゃんが汗まみれになっている。頬を伝った汗が顎にたまり、水滴になって落ちるくらいだ。ものすごい集中していて、そして緊張しているな。自分の合図一つが勝敗と命を左右するとなれば、そりゃそうか。
「……行けッ!」
「地神の槍ッ!」
「風車ッ!」
アスセーナちゃんが回転した岩槍を突き出し、私は縦回転イヤーギロチンだ。布団君の端を蹴って海面に突き進む。
黄色く丸い瞳、縦長の三角帽子みたいなイカ頭に黒い縦模様。それでいて紫を基調とした帝王イカはまさしく海の悪魔と呼ぶにふさわしい醜悪な見た目だった。そんなイカが海面に顔面を突き出した絶好のチャンス。私達の最大スキルがイカの眉間に突き刺さる。
「……ッ! イガァァァァ?!」
「そう鳴いてしまうか!」
「ゲソォォアアアアアッ!」
「バリエーション増やすな!」
「突っ込んでる場合じゃありません! 目を覚ましてしまいました!」
風車の刃が巨大イカの急所を斬り取り、地神の槍が少しでも体内へと突き進む。途端、ぐるりと私達の体の向きが変わった。イカが体の向きを変えたんだ。そうなると私達は深海へと引きずり込まれてしまう。
「モノネさんッ! 絶対に諦めないで下さい! 確実に致命傷になってます!」
「ギロチンバニーって泳げるのかな!」
イカ足が私達を引き剥がそうと、ぬるりと向かってくる。このままだと捕まってしまう。
「サンダーブラストッ!」
「イカァッ!?」
イカ足が電撃に撃たれて動きを止める。ティカだ、また何か新技を思いついたな。そして今度は少し強力だった。足だけに止まらず、イカの全身を電撃が走り、痙攣させる。
このおかげでかろうじて海中に引きずり込まれずに済んだ。私は海水をはねながらも回転して、ひたすらイカの急所狙い撃ちを諦めない。そしてアスセーナちゃんの地神の槍が奥深くに突き進んだ。
「イガァァァガアァァァッ!」
「ま、まずいです! 抵抗が激しくて……あと一歩……決め手が!」
急所を突かれても尚抵抗する化け物。大きすぎて小さい私達の攻撃じゃ、なかなか致命傷にまで届かないんだ。確かにあと一歩、あと一歩だ。
「今だッ!」
「ナナーミちゃん!」
急降下してきたナナーミちゃんのモリが同じくイカの眉間に刺さる。これがあと一歩になってくれるか。
「チッ! これでも最高のタイミングだったんだけどなー!」
「帝王イカ……やはり地上最強と呼ぶに相応しいのかもしれません」
それでも帝王イカの動きが途端に緩んだ。だけどまだまだイカ足がうねり、私達を排除しようと迫ってくる。
――調子に乗るなぴょん
「……!」
イカが抵抗の動きを止めて、瞳がぎょろりとこちらに向けられる。それと同時に風車も停止した。わかった。なるほど。
「二人とも、勝ったよ」
「え……モノネさん?」
二つのイヤーギロチンが重なり、それがずぶりと眉間に刺さっていた。それがすぐに引き抜かれても、帝王イカの動きは停止したままだ。高く上げていたイカ足のそれぞれが海面に着水して、大きな波を起こす。
「お、溺れる!」
それに巻き込まれまいとあがくも、布団君が間に合ってくれるかどうか。力失くしたイカの巨体、そして足が慣性の赴くまま大海原に飲まれていった。
◆ ティカ 記録 ◆
死闘 終了
しかし マスター達の安否が 不安定
状況の打開策を 検討中
引き続き 記録を 継続
「ナナーミちゃんってさ、スキルとかないの?」
「ない!」
「それでも強いんだね」
「攻撃も防御も勘だな。それで大体何とかなる」
「ナナーミさんは天才型ですよ。きちんと学べば更に強くなれます」
「アスセーナみたいに勤勉ならいいけどなー。そういうのめんどい」
「わかるー」




