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帝王イカを討伐しよう

◆ 幽霊船 甲板 ◆


 逃げまどう乗客達と落ち着かせようとする船員達の攻防が繰り広げられていた。これは生前から何度もやってるんだろうな。船内に逃げ込もうとする人や船員に当たり散らす人、頭がおかしくなって海に飛び込もうとする人。誰一人として冷静じゃない。そんな中、船長だけが笑いながら大声で皆をなだめている。


「ご安心を! この船の安全性は出航前に説明した通りです! もう魔物に船を沈められる時代は終わりましたからねぇ!」

「あれはクラーケンだ!」

「知ってるぞ! あれに狙われた船は絶対沈むって聞いたんだ!」


 クラーケンとかいう耳慣れない名称を皆が口々に叫んでる。私が知る帝王イカじゃないのか。


「帝王イカ……地域や時代によってはクラーケンと呼ばれていたそうですね」

「誰だ帝王イカで定着させたの」

「こういう歴史に残るような魔物のネームドは七法守が決めてる事が多いです」

「絶対シャンナ様じゃん」


 マヌケな名前からは想像もつかない化け物が深海から迫っている。ティカの生体感知がブレるほどの相手だ。どうすれば討伐できるのかなんて考えられない。どうすれば逃げられるのか。まともな神経してたら、こっちが優先されて当然。


「大丈夫! 大丈夫です! この船は私が責任を持って毎日、点検を行っていますから!」


――ほとんど彼が一人で毎日だ、他の船員が終わったと判断しても……



「おい! まずは乗客の方々を船内に避難させろ!」


――最後の瞬間まで乗客の安全ばかり考えていた


 幽霊船君の思い出話が段々と刺さる。こんな状況だもの、いくら船長でも怖くてしょうがないはずだ。

笑顔が崩れかけても声だけは張り上げてる。プロの立場だからって、命すらかけられるのか。

 いや、船員達の中には腰を抜かしたままの人もいる。こうなると、船長がプロだからってだけじゃ説明がつかない。


「この船の耐久力をもってすれば、クラーケンといえど……」


 海面からするりと艶めかしいものが出てきた。それがクラーケンの触手だと判断するのが遅れた理由。それは単純に大きすぎるから。そんなものがこの船に振り下ろされる。


「イヤーギロチンッ!」


 布団と一緒に飛んで、それにギロチンを刺し込む。すっぱりと斬れず、弾力性がある触手に少しの間だけ食い込んだままだ。ティカのファイアバルカンの応戦もあってようやく切断して、触手の片割れが海に落ちていく。


「戦闘Lv64……」

「意外と低い?」


「その答えがすぐに出てきましたね」


 64で低いとか、私もだいぶ冒険者に染まったものだ。いつかの侵略蛇よりも強いはずなんだけど。そしてアスセーナちゃんの言葉の意味は知りたくなかった。でもそれは嫌でも目の前にあるわけで。


「戦闘Lv40、53、35、59……」

「ねぇ、まさかあのイカの足一本分の戦闘Lvがそれなの?」

「ハイ……」


 海面から突き出してウネウネさせている触手達は大小様々だ。一番細いのでも30ちょっと。それが幽霊船を取り囲んでいるものだから、乗客もいよいよ大騒ぎだ。誘導なんかしなくてもそれぞれが船長を押しのけて、船内になだれ込もうとする。


「う、この船は……沈むのか……」


「船長」


 乗客達に倒されて踏まれまくった船長に声をかける。ついに心が折れてしまったか。よろめくながら立ち上がるも、さっきまでの元気がない。


「この船は絶対に沈まないんでしょ?」

「沈む……ダメだ、あれは……悪魔だ……」

「沈まないって信じてるよ。自慢の船でしょ?」

「クラーケンだけは無理だ……」

「この船はあなた達が死んでも、ずっと航海してるんだよ! 思い出せ!」


 船長の呻くような呟きが止まったと同時に、私は甲板に手をつく。このオンボロ船が霊的な力で浮いてるわけじゃないなら、私の出番だ。


「幽霊船……いや、セイントフェザーシップ号! クラーケンにだけは捕まるなッ!」


 突如、船体の色合いが変化する。先端から甲板、マストが新品同様の木材特有の匂いを感じさせてくれた。帆はピンと張って風を受け止めながら、海面にしっかりと浮いている。おろおろする船長が膝をつきながらも、その変化に見とれていた。


「立派な船だね」

「これは……。そう、だ……。これが本来の姿……絶対に沈まない、セイントフェザーシップ号だ!」


――思い出した……そうだ、私は


 グン、と船体が急速に前進した。その直後、背後の海面から触手が突き出す。後方から来る高波に船体を任せながらも、かろやかにスルー。


――わかる。奴がどういう方向から襲ってくるのか……


「そりゃ200年も襲われ続けたからね。まずは絶対に捕まらないでね」

「そう、だ。今のが決定打になって船体が割れて……乗客共々、海に投げ出されて……」


 今まではこのまま心が折れて船と一緒に海の藻屑になっていたんだろうな。自分でも逃げ出したくてしょうがない。それなのに奮起できたのはこの幽霊船君の声のおかげだ。


――絶対に、絶対に陸地に送り届ける


「あんたはそうやってずっと、ずっと航海を続けてたんだね」


 労働とは無縁な私にはない根性を見せてくれた船長。どれだけ経っても目的を成し遂げようとする幽霊船。なんでかな、特に物霊だけは放っておけない。


「痛みは引いた?」

「うん……」


 子どもの亡霊相手に手当てをするレリィちゃん。そのまま浄化されるどころか、子どもは落ち着いてる。その周囲に集まる亡霊達。

 どういう理屈かはさっぱりわからないけど、レリィちゃんもやる事はやっているわけだ。イルシャちゃんも料理で亡霊達を救った。仕方ないけど残るは冒険者の健闘を見せるしかない。


「やーやー! なんかすっげーことになったな!」

「ナナーミちゃん、ひとまずはイカの足を退け続けたいんだけどさ」

「いいけどよ。あれ、見てみろよ」


 嫌な予感を感じながらも、ナナーミちゃんが指したところを見る。さっき私がイヤーギロチンで斬った触手がもたげているものの、切断面から少しずつ何かが突き出る。冗談でしょ。


「再生してやがるぞ。それも速度がやばい」

「化け物すぎるでしょ」

「そりゃずっと討伐されてなかったからな」

「絶望するにはまだ早いですよ。どんな生物でも弱点はあるはずです」

「本当に?」


 襲ってくる触手をさばきながらも、アスセーナちゃんは冷静だ。大小合わせると何本あるのかわからない触手に加えて、あの再生力。

 幽霊船君が何とか回避してくれるけど、いつまで持つかわからない。この船が沈んだら私達の足場は布団君だけだ。それとナナーミちゃんの船だけは何故か無事だった。


「お、何か仕掛けてくるぞ?」

「なんか船の周りを回って……あ、これやばい」


 触手が船の周囲をぐるりと移動する。それを繰り返せば何が起こるのかは私でもわかった。大渦が出来るまで大して時間はかからない。捕まえられないとわかったら、今度はこういう手か。


「船君! 渦から逃げて!」


――間に合わない、流れに乗ってしまった


「じゃあ、あえて流されて飛べっ!」

「モノネさん、さすがにそれは無茶では」


――やってみよう


 渦の回転に巻き込まれながらも、船体がグッと浮く。勢いですっぽ抜けたかのように、船が空中に投げ出された。


「す、すごいです! なんですか、これ!」

「私のアビリティなら、本来その物が持ってるポテンシャル以上の力を引き出せる。ティカや布団君、矢で実証済みだったからね」

「すっげー! トビウオならぬ飛び船ってかぁ!」


 渦の外に着水した船だけど、安心できない。すかさず近くにいた触手がぐにゃりと曲がる。私とアスセーナちゃんが構えた時、ナナーミちゃんがモリを持って跳び、触手に突き刺す。

 ずぶりと刺さったものの、それでどうにか出来るとは思えない。だけど触手は動きを止めて、ナナーミちゃんがモリを引き抜いたと同時に海に落ちていった。


「え? なんで?」

「なんとなくあそこが痛そうだなってね」

「ナナーミちゃんってそういう戦い方するの?」

「急所っていうのかな? そんなのが何となくわかるんだ。つまりな、いくらでかくてもあいつには本体があるわけだろ?」

「本体の急所をつけば倒せます! それですよ!」


 だけど相変わらず足だけ伸ばして、本体は深海だ。おまけにこんな巨大生物の急所をついたところで、致命傷になるのかな。


「私達がそれをやるには、本体に出てきてもらわないとね」

「ナナーミさんなら、本体が姿を見せたらどこが急所かわかります?」

「さぁなー。勘だからなー」

「それでも頼りにさせてもらうよ。問題はどうやって本体を引きずりだすか……」


――海流が激しくなってきた


 私にはわからないけど、海が更に荒れるのか。だけどあのイカには関係ないんだろうな。相変わらずスイスイと触手を移動させてくる。このままだと私達が消耗して終わりだ。


――奴は海流を利用して更に狡猾に攻めてくる!


「イカも水の力を利用するんだね。でかすぎるから物ともしないと思ってた……ん、待てよ?」


 水の力を利用するなら、少なくとも水の影響は受けるわけだ。当たり前か。あ、なんか閃いたかも。だけど出来るかどうかわからないし、アレが失敗したら実行不可能だ。


「二人とも、ちょっと考えがある」

「はい!」

「だから近すぎる。あのね、これにはナナーミちゃんにも協力してもらうんだけどさ」


 もうキスでもするのかってくらい近い。こんな時ですら、これだもの。


「どんな考えですか?」

「帝王イカを溺れさせる」


 素っ頓狂な発言すぎて、アスセーナちゃんにおでこに手を当てられた。ナナーミちゃんなんか噴き出すし、だったらやめようかな。


◆ ティカ 記録 ◆


マスターの力 ポテンシャル以上の力を引き出すとは 言いますが

以前は 自らが所有するものだけだったはズ

あとは 矢のように せいぜい飛ばすくらいダ

やはり マスターの力は 進化していル

アビリティの進化 これは 誰にでも 起こるものカ?

何にせよ マスターの考え これは 名案ダ

度を越した相手には 度を越した作戦でなければ 倒せなイ

ただ 僕の勘では チャンスは そう何度も なイ

一瞬の 勝負になるかも しれなイ


引き続き 記録を 継続

「例えばさ、私がゴールドクラスでも倒せない魔物を倒せばゴールドの称号を貰えるの?」

「それはないですねー。それ一つはすごい功績でも、彼らには数々の実績がありますから」

「なーんだ」

「でもそれから頑張れば、ほぼ確実にゴールドには手が届きますよ」

「そうなんだ」

「素っ気ないですね。まぁモノネさんが頑張ってゴールドを目指すわけないですからね」

「わかってるじゃん。興味本位で聞いただけ」

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