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幽霊船と向き合おう

◆ 幽霊船 内部 ◆


 暗闇の中、ドアから伸びた手が壁を叩きながら這うように向かってきてるイメージが沸く。何人かの息遣いも聴こえて、いよいよ怪異の本領を発揮してきた。普通ならこの時点で発狂して正気なんか保てない。

 さながらホラー小説みたいな展開がここにあるんだもの。でもスウェットだけのおかげじゃなくて、私自身がここまで図太いとは思わなかった。こんなシーンを目の当たりにしても、さほどの恐怖がない。


「イルシャちゃん、布団君から離れな……いないし」

「やられましたネ……まったく気配を感じさせずに拉致するとハ」


 あまりに一瞬すぎる。理屈も道理もなく実行できるのが怪異だ。宣言通り、どこかの客室に連れていったと考えるのが普通かな。

 イルシャちゃんに何かあってみろ。その時はもうこの幽霊船ごとバラバラにして海の藻屑にしてやる。事情なんて知るか。


「ティカ、生体感……ティカ? ウソでしょ」


 ものの数秒の間にイルシャちゃんとティカがいなくなった。ティカの生体感知を警戒したのか、いや。そんなのはどうでもいい。二人を拉致した、この事実だけで十分だ。こんなところにノコノコと入った自分達の非を棚にあげて、私の腹の内は沸々と煮えている。


「あんた達がこんな事ばっかりしてるから討伐依頼が出てるんだよね。そこのところ、わかってる?」


 段々と息遣いがハッキリと聴こえ始めて、近づいてきてる。ボソボソとした囁きも相変わらずだ。何を言ってるかまでは聞き取れない。

 そして暗闇に乗じて、私の体は動いた。これは何かをかわす動作だ。亡霊が私も拉致しようと、仕掛けてきてるのがわかる。


「無駄だよ。暗くて見えないけど無駄」


 多分、部屋から出てきた手だ。それらが私を捕まえようとしてる。私は見えないけど、スウェットや布団君には関係ない。ましてやギロチンバニーだ。怪異といえど、この魔物をどうにかできるくらいなら、亡霊はドラゴン以上の最強の存在だ。つまり簡単にどうにかされてたまるか。私は物霊使い。物の声や意思なら絶対に拾える。考えてみれば幽霊船の声は聴けたわけだ。


「幽霊船君、私の言う事を聞け」


――死死死死死死無念無念無念無念!


 床に手を当てた途端、頭の中に恨み言を叩き込まれる。そんなネガティブワードの波を私は淡々とスルー。最初こそ驚いたけど、明確に虐殺の意欲が感じられる船長のサーベルよりマシだ。

 私は物霊使い、などとそれなりに自覚を持っている。あの女の人くらい卓越した力なら、きっと今よりも生活が豊かになるはず。こんなものくらい、どうにかしてやる。


「200歳以上のくせに駄々こねるな! 子どもみたいにぐずってないで悩んでるなら言え! まず明かりをつけろッ!」


 途端、ランプが点滅する。真上のランプに明かりが灯り、それに便乗するかのように隣も明るくなる。明かりの連鎖は廊下の奥まで行き渡り、ようやく室内が見渡せるようになった。開いていた部屋のドアは閉まっていて、あの船員や腕達がどこにもいない。


「さて、幽霊船君。過去のエクソシストどもは君達を祓おうとしたようだけど、私は味方してあげるよ」


――味方?


「まずはイルシャちゃんとティカのところに案内しなさい」


――客の安全は彼らの意思……


「亡霊は本当に亡霊みたいだね。すると君は?」


――幾年もの間、海を彷徨った……乗客を陸へ運ぶため……だが


 乗客が死んだ後も、この船だけは動き続けた。乗客が亡霊になろうとも、船だけは陸を目指した。そんなところか。


◆ 幽霊船 客室 ◆


「イルシャちゃん、おーい」

「すみませン……僕ではどうすることも出来ませんでしタ……」


 指定された客室に2人はいた。いたのはいいけどイルシャちゃんの様子がおかしい。話しかけても反応がなくて、立ったままフラフラしてる。頬を叩こうが、無表情のままだ。やってくれたな。


――当てられた、彼らに悪気はない


「死者の影響ってやつ? これどうしてくれるの?」


――すまない


「何かあったら本気で怒るからね」


 こっちでも申し訳なさそうにしてるティカの頭を撫でながら、イルシャちゃんを腕を取る。だけど、ものすごい力でビクともしない。何がどうなってこうなった。仕方ないからイルシャちゃんが着てるアスセーナちゃん製の服に何とかしてもらおう。

 スウェットの要領で、服がイルシャちゃんの体を動かす。かなりぎこちない動きだけど無事に布団君に寝せる事に成功した。


「さーて、一度甲板に」


「おきゃくさま、どうされました」


 ドアをノックしやがってるのは亡霊だ。どうせスルッと入ってこられるくせに白々しい。なんでこう驚かせる方向性しか見いだせないのか。今は幽霊船君が味方だから、怪異で好き勝手は出来ないと思いたい。


――幾年もの間、彼らを送り届けようとした……亡霊となった彼らもまた……


「乗客が亡霊になろうとも、その役目を果たそうとしてるんだね」


――船長は本当にいい人間だった……出航前日の深夜まで至る所を確認してくれて……


「人好きの気配はあるからねー。でも亡霊になって暴走してるんだろうね」


「おきゃくさま、おきゃくさま」


 ドアノブが乱暴に揺れている。だから入ってこれるくせに。何とかしてやりたいけど、亡霊に本分を真っ当されたらどうしようもない。せめて黙らせたいんだけど、いい方法ないかな。


「マスター、亡霊は物や場所に執着するケースがあるようデス」

「この船で陸地に着くのを信じているんだろうね」

「はい、彼らが執着しているものはこの船デス。つまりマスターに支配権があると言ってもいいはずデス」

「なるほど、よし幽霊船君。亡霊どもに言って聞かせてやって。怪異で邪魔されたら敵わないもの」

 

――呼びかけよう


 返事はないけど、ドアノブのガチャガチャが次第に収まってきた。どことなく空気が軽くなった気もする。嫌な気配もしなくなって、今はただの古い船の中にいるという感覚しかない。


「ありがとう。よし、まずは甲板に戻ろう」

「料理よ……」

「イルシャちゃん、気がついたの?」

「お腹を空かせているのよ……幽霊でも……」

「またそんな……え、泣いてる?」


 イルシャちゃんが、こぼす涙を片手で拭ってる。子どもみたいに泣きじゃくる様子が異様だった。怪異の影響かな。


「お墓に花を添えるようにね……。アズマという国ではお墓の前に食べ物を添える風習があるの……」

「へー、でも幽霊相手だよね?」

「厨房に行きたい……食材はあるから……」

「マスター、やってみる価値はあるかと思いまス。正攻法での突破は困難かト」


 ここはそのアズマという国の流儀を信じてみよう。今は清潔な船内だけど、いつ怪異の気まぐれでオンボロ船になるかわからない。ヘソを曲げられる前にやる必要がある。


◆ 幽霊船 厨房 ◆


 嫌な気配も変な息遣いもボソボソ声もない。あの無限に続いてそうな廊下もない。無事、厨房に辿り着いた。亡霊達が静まっている間にやるしかない。


「何を作るの?」

「限られた食材で温かいもの」

「そんなアバウトな」


 厨房がまともに機能してるうちに、イルシャちゃんがせっせと支度を始める。相変わらず恐ろしい手際で調理工程を進めるうちに、卵のいい香りが漂ってくる。これはもしやオムライスかオムレツかな。次に作るのはパスタ、スープとあらゆる料理が並べられる。バターの香ばしい香りがこっちの食欲まで刺激してきた。


「イルシャちゃん、私も……」


 また空気が重苦しく変わった。見えないけど亡霊達が集まっているのがわかる。食器がわずかに動いたり、古い床を踏む音が聴こえた。霊感なんてものがあったら、阿鼻叫喚の光景が広がってるに違いない。いや、すでに目視してるけどさ。


「出来たわ。モノネさん、祈りましょう」

「そういうのもやるの?」

「魂に対する礼儀というものがあるの。非業の死を遂げた人達なら尚更ね」

「ふーん……」


「簡単なものしかありませんが、よかったら食べて下さい」


 言われるがままに目を閉じて両手を合わせ、祈るポーズをとる。並べられた料理に変化はない。亡霊が直接食べられるわけないし、果たしてどうなるかな。

 すると食器のぶつかる音や床を踏むミシミシとした音がより大きくなる。今、目を開けたらどうなってるんだろう。開けちゃえ。


「あ……! 料理がない!」


「おいしい……ありがとう……」

「あたたかい……」


 半透明の船員達が姿を現す。さっきまでの陰鬱な表情じゃない。顔色も生きてる人間と同じだ。目を細めて、口元は笑ってる。そうか、やっぱりこの人達は人間だったんだ。初めてそんな風に実感できた。


「私にはこんな事しか出来ないけど、どうか安らかにお眠り下さい」


 イルシャちゃんがデザートを差し出した頃には、生きていた人達が泣いていた。何も難しい事なんてなかったんだ。

 相手が亡霊だからって差別しちゃいけない。無理に浄化させる必要もない。ただ人として真摯に向き合えばいいだけ。今だけはどんなエクソシストよりも、イルシャちゃんがこの人達に安らぎを与えていた。


「甲板では船上パーティが行われていたのよ。皆、楽しそうにしてたもの……」


 イルシャちゃんの発言に合わせたかのように、船内が傾いた。食器もテーブルも流されるようにして、壁際に激突する。咄嗟に布団君に退避した時、ようやく事態を飲み込めた。


「マスター、どうやら来たようデス……」

「ここまできたら私でもわかるよ。この船が沈んだ原因がね。今まさにそれが繰り返されようとしてるってわけだ」


 騒然となった船内、これはきっとこの人達が生きていた頃にも起こったんだと思う。長年もの間、この船はずっとずっと航海していたわけだ。だけど陸地に辿り着く事は叶わない。何故なら、海の悪魔がいるから。


「死のうが何だろうが、そいつはこの船の航海を許さないわけだ。何度でも沈めて、その度にこの人達が恐怖と苦痛を味わう」

「モノネさん……私に戦う力はないけどお願い。この船を救ってあげて……」


「戦闘Lv……測定不能……63……50……測定不能……いえ、55、これは、一体?」


 文字通り、計り知れない相手の討伐を引き受けてしまったわけだ。帝王イカ、史上最大の魔物を相手にしなければいけない。今更すぎるけど、どうしよう。ホントにどうしよう。イカんともし難い。イカなる困難よ、これ。まぁイイカ。


◆ ティカ 記録 ◆


非常事態につき 現状を把握中

怪異 帝王イカ 何もかも 解析不能

引き続き 記録を 継続

「モノネさん、冒険者ギルドでは健康診断の費用も負担してくれるんですよ」

「めんどくさい」

「そんな事をいってるうちに危ない病気に気づかずに……なんて事態になったら私……うっ、うっ」

「なんで泣くのさ」

「モノネさんが心配なんですよ!」

「そこまで不健康な生活してるかなぁ。いや、してた」

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