幽霊船を討伐しよう
◆ 幽霊船 甲板 ◆
木製タラップを越えた先、広い甲板の上にたくさんの人がいた。たくさんの丸くて白いテーブルを囲んで、グラスを片手に品が良さそうな大人達が談笑してる。子どもは退屈なのか、大人の横でつまらなそうにへの字の口を作ってた。喧噪の中、私達はひたすらにこの状況を理解しようと努める。
「幽霊船だよね?」
「えぇ、そのはずです」
「この甲板もあのマストも真新しいし、あの人達も幽霊には見えない」
「騙されちゃダメです。私の幽霊船の話を思い出して下さい」
「あぁ……」
救助された船員達も最初は幽霊船だとわからなかったというやつ。つまりこれは私達を騙すために、在りし日の光景を幻として見せていると解釈していいのか。そう考えると、この幽霊船というものについて考えさせられる。
これが現実にあった場面だとすれば、幽霊船になる前は確かにこの人達は人間だったわけだ。死人の事情はわからないけど、死んだ途端に人を襲う仕組みがわからない。アンデッドという魔物になるから? それとも。
「モノネさん。この手の怪異に気を許してはいけません。生前の善人が死後も善人とは限らないんですよ」
「どうして?」
アスセーナちゃんが私の心を見透かしたようだ。そんなに感傷にふけっているように見えたか。
「怪異そのものの謎は解き明かされてませんが、一般的には『生きてる人間が羨ましい』『恨めしい』『助けてほしい』というケースがあるとされてます」
「助けてほしいなら、助けてあげればいいよね」
「エクソシストでも頭を悩ませるくらいですよ。それに怪異の力は未知ですから。行き過ぎて生きてる人間には抱えきれない負荷をかけられるのです」
「やぁ、君達! 無事だったか!」
そうこうしてるうちに優しそうなおじさんが声をかけてきた。立派な船員帽子からして、船長かな。人好きのしそうな雰囲気はある。でも亡霊だ。
「この嵐の中、大変だっただろう。もうすぐでかいのがくるからな。この船で陸まで送ってあげよう」
「ありがとうございます。この船はどこに向かってるのですか?」
「マハラカ国だよ。今日はお偉いさんが乗船されてらっしゃるから緊張するかもしれないな」
「マハラカ国って、あなたが生きていた時代からあったんですか」
「なんだって?」
亡霊のくせに、すっとぼけてる。私達を拘束してるくせに、一体何がしたいのか。今のところ、危害を加えてきそうにもない。
でも襲ってきたとしてもアスセーナちゃんのセイントセイバーならともかく、私がまともに戦えるとは思えない。ここは慎重に事を進めるべきか。
「これも何かの縁だ。せっかくだから私が主催したパーティに参加しなさい。長い船旅だが退屈させんよ」
「船長は常に乗客を意識されているのですね」
「当然だろう。船を預かる身として、お客様を無碍には扱えんよ。安全、安心、快適! それが私のモットーだ! ハッハッハッ!」
「突っ込まない」
危うく「でも沈みましたよね」と突っ込むところだった。つっついて本性を現されても面倒だ。ここは穏便に何とかしたい。したいけど、見当もつかない。このまま甘んじていると私達が怪談と同じ末路を辿る。だけどこの亡霊どもに攻撃性が見当たらない以上、少なくとも"恨めしい"可能性は排除できそう。
「さぁさぁ、そろそろ料理が運ばれてくるぞ! このセイントフェザーシップには一流のシェフがいる! 彼らの料理を堪能するといい!」
「それは興味深いわ!」
「おい、イルシャちゃん」
「イルシャさん、こっちに」
アスセーナちゃんが冷静に手招きして呼び寄せる。すいっと私も混ざると、神妙な顔をしたアスセーナちゃんがすごい顔を近づけてきた。内緒なのはわかるけど、近すぎる。
「死者の料理を口にすると帰ってこれなくなります」
「どうしてそういう差別するの!」
「彼らは死の世界にいるんですよ。つまり本来は生者が触れられるはずがない存在なのです。それに触れるということは……」
「あちらの住人になるってこと?」
「はい。過去に行方不明になった方々も恐らく口にしたのでしょう。彼らに悪意がなくても、注意が必要ですよ」
「どうした?」
背後に急接近してたけど驚かない。こういうのは物霊で学習済みだ。でもちょっとびびった。取り乱さずにアスセーナちゃんが愛想笑いで答えたのが満足したのか、船長も微笑む。
「料理が来たな! さぁ遠慮なく食べてくれ!」
次々とシェフらしき人がテーブルに料理を乗せていく。昔の料理だけど、おいしそうだ。あれを食べちゃダメだなんて酷すぎる。アスセーナちゃんがいなかったら、普通に食べていたかもしれない。
「アスセーナさん。あれは何で出来てるの?」
「さぁ……そこまでは。おいしそうな料理に見えても実はドロや草だったという話もありまして」
「むー! これは看過できないわね」
「まさかイルシャちゃん」
「やっぱりこんなの見てられないわ!」
イルシャちゃんが幽霊船の奥に駆けだした。多分、向かった先は厨房だ。それみたことか、暴走しやがった。
気がつけばレリィちゃんが、その辺の亡霊の体を観察してる。訝しがる亡霊はレリィちゃんから少しずつ離れていってた。やっぱり薬が苦手なのか。
「アスセーナちゃん、こっちはイルシャちゃんを追うね。ここで黙っていても何もわからないだろうし」
「任せます。私はここで成り行きを見てますから」
「成り行き?」
「これが生前の彼らの行動だとすれば、この後に何かが起こるはずですから」
「船が沈んだ原因ね。何となくだけど、それはわかってきたかな」
「多くのエクソシストが浄化できなかったのであれば、それ以外の方法を模索しましょう」
何も正面から争う必要はない。未だに彷徨う原因を特定して、あわよくばそれを解決してやればいい。私達はエクソシストじゃないから、そんな方法しかない。
◆ 幽霊船 船内 ◆
かなり大きな船だったとはいえ、船内の広さは異常だった。長い通路が真っすぐに伸びて、左右に部屋の扉がある。途中が十字路になっていて、その先は多分だけど同じような構造だと思う。ここは幽霊船だ。私達の常識なんか通用しない。それでもイルシャちゃんはつかつかと勇ましく進む。
「イルシャちゃん、不用意な行動は慎んでほしい」
「死んだのは確かに気の毒よ。でもね、それでも私がやる事は変わらないわ」
「それは理解してるけど、相手は未知の存在だからね」
「モノネさんは何か算段がついてるの?」
「これといって特に」
「じゃあ決まりね」
何かが決まってしまった。つまり厨房を探すということらしい。この迷路みたいな船内で探せるのか。そもそもこの状況がすでに怪異であって、私達を拒んでるんじゃないのかな。
「生体反応、ありませン」
「亡霊だからね」
「亡霊……死して尚、安らぎがないのですネ」
「そう考えると、生きてるうちに少しでも休んでおきたいね」
「モノネさんみたいなのは亡霊になっても休んでるわよ」
「そうかね」
などとしょうもない会話をしながら移動したところで、辿り着くはずもない。下手したら元の場所に戻れない可能性だってある。
何度目かの角を曲がったところで、いきなり目の前に船員が立っていた。どうして彼らはびびらせる方向でしか動けないのか。
「お客さん、どちらへ?」
「厨房はどこにあるの? 私の料理をあなた達に味わってもらいたいのだけど」
「勝手な真似をされては困りますね。それに嵐が近づいているという話もあります。よって部屋にお戻り下さい」
「あなた達、死者でも私の料理を味わえるかどうか試したいのよ」
「死、しゃ?」
廊下の天井に連なったランプがバチバチと音を立てて消えかかる。部屋のドアが古臭い音を立てて奥から順に開き始めた。そしてそこから青白い腕が伸びて、壁に手を這わせる。これは本格的にきたな。
「きけんですから」
船員がしゃがれた声を発したと同時に、明かりが完全に消えた。
◆ ティカ 記録 ◆
現在の状況を 把握中
照明が消えたものの マスターとイリシャさんの 存在は有リ
アスセーナさんが話した怪談から 推測するに 人を拉致する可能性を考慮
イルシャさんの発言への 反応を見るに 彼らは 自分達が死者であることに
気づいていなイ もしくは 認めたくなイ
つまりは 何らかの強い未練がある可能性が 濃厚
アスセーナさんの 導きを 無駄にしてはいけなイ
彼女のおかげで まだ立ち回れていル
何としてでも 突破口を 見つけたイ
引き続き 記録を 継続
「モノネってさー、ついこの前まで戦った経験なんかなかったんだよな?」
「そうだよ、ナナーミちゃん」
「それなのに怖くないのか?」
「んー、なんていうかこのスウェットが全部何とかしてくれるみたいな安心感がある」
「そうなのか。戦いに対する恐怖心も和らげてくれるとしたらすげぇな」
「おかげでどこでも快眠できる」
「それは元からじゃねーのか?」




