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出航しよう

◆ カクティス国 港街シーサイド 船着き場 ◆


「快く出航許可を出していただいて感謝しますわ」

「……おぅ」


 一夜明けただけで、ひどい惨状だった。商船ギルド長のおじさんや船乗り達がどこかやつれている。適当に返事をしたというよりは、余計な事を言わないようにしているだけ。言葉一つとっても、その疲弊っぷりがよくわかる。


「商船ギルドも、冒険者に護衛をしてもらったり、船の積み荷を運んでもらったり……。数えきれないほどお世話になっていますよね」

「そーだな……」


 げんなりした船乗り達が猫背で棒立ちしてる。あれだけ引き締まった体格が小さく見えた。それもこれもアスセーナちゃんがギルド支部長達を連れて、商船ギルドに乗り込んだから。

 最初こそ、海は俺達のものと言わんばかりに威勢よく言い返してたっけ。それが導火線になるとも知らずに。


「冒険者ギルドってものすごい組織なんですよ。普通ならこんな組織が放置されるわけないんですけどね。七法守という強力なバックが、各国を牽制している側面もあるんです。冒険者達の恩恵が大きいから、ほとんどの国は黙認してますけど」

「その一人がシャンナ様じゃ、説得力にややかける」

「そーいうこと言うー?」

「どうして来てしまった」


 ダメ押しに七法守を呼ぶとかいいながら、連れて乗り込んでるのが容赦ない。シルバー以上の冒険者となれば、七法守に打診出来る権利があるらしい。

 だけどあくまで権利というだけで、大概は突っぱねられて終わる。シャンナ様みたいな暇なのが来ることもあるらしいけど。そして来たところでアスセーナちゃんの横で、袖をヒラヒラさせているだけ。完全に単なる威圧要員だった。


「この国のやり方とかさー、そんなのどうでもいいんだけどねー。冒険者には自由にさせてやってほしいなー」

「そ、そりゃもう!」


「ささっ! 出航準備ができました! とっととお乗り下さい!」


 言葉の節々から漏れる本音。ナナーミちゃんが船乗りを顎で使って出航準備までさせていた。シャンナ様は暇なのか、商船ギルド長のおじさんに延々と絡んでる。本当、七法守って必要なの。


「あの船で本当に海を渡るの?」

「当たり前ですよ。どうしたんですか?」

「いや、別に」


 あれが浮いて、果てしない海を進むのが信じられない。やっぱり布団君で行ったほうがいいんじゃないか。などと怖気づいているとアスセーナちゃんが察したのか、布団君ごとグイグイと船のほうへ押しやる。


「ちょっとちょっと!」

「大丈夫ですよ。ましてや船長の船です」

「別にびびってないし?」

「海といえば魚介類ね! 楽しみだわ!」

「ほら、イルシャさんなんかもう食材のことしか考えてませんよ」

「たくましすぎる。この子こそ冒険者になるべきだ」


 鼻歌とスキップの組み合わせは確かに楽しみ度が高い。真っ先に船に乗り込むイルシャちゃんに続いて、レリィちゃんも着いていく。ナナーミちゃんとは打ち解けたみたいで、今じゃナナーミおねえちゃん呼ばわりだ。そんな私達を船乗り達はやっぱり訝しんでいる。


「あのメンバーで化け物イカを討伐出来るのか? だいぶ昔に、国をあげて編成した討伐隊が全滅したんだぞ?」

「海の上だからねー。単純に強いだけじゃねー、多分むりー。そこへモノネちゃんなんか可能性あるかもねー」

「アスセーナさんはともかく、あのふざけた格好の子が?」

「実力はすでにブロンズ以上だからねー」

「ウソだろ……?」


 私への過大評価は聴こえなかったことにして、いそいそと船に乗り込む。布団君がなかったら、この桟橋を渡るしかないわけだ。

 少しだけ甲板の上に足を降ろしたけど、すごい揺れたから布団君の上に退避した。この上で魔物と戦うとか冗談でしょ。そりゃ全滅する。


◆ 血鮫(ブラッディジョーズ)号 甲板 ◆


 血生臭い名前のこの船は元々、船長のものだったらしい。離れ行く港を見ると、シャンナ様が袖を振っている。船乗り達にも見送られながら、大海原へと出た。

 この鼻を突く潮の香り、波の音。漠然とした感想だけど、どこか寂しい。当たり前だけど、ここは人間が住む場所じゃない。だからこそ、場違い感が相まって不安にもなる。


「モノネさん、甲板に降りないんですか?」

「布団君が心地いい」

「船に乗ってるのに更に布団に乗るのね……」

「アハハハ! それ便利だよなぁ! 乗っていいか?」

「いいよ」


 言い終える前にどっかりとナナーミちゃんが腰を下ろしてきた。改めて見ると、スタイルがいい。特に胸なんか、自分と同じ性別とは思えない質量だ。


「ナナーミちゃんはこの船で何をしてるの?」

「魚とか獲ったり、気晴らしに遠くへ行くぞ」

「それだけ?」

「それだけ」

「お仕事は?」

「適当!」


 これはもしやシンパシーを感じてもいいのではないか。冒険者にもならず、船乗りとしても仕事もせず適当に生きる。船長、あなたの教育方針は正しかった。


「食事とかは? 魚だけ?」

「食い物は街の奴らが分けてくれるから困らないぞ」

「そういえば皆に好かれていたね」

「笑えねーことは嫌いだからな。しけたツラしてる奴がいたら、我慢ならねー。それだけだ」

「直情的なナナーミさんは時に手荒なことをしますが、結果的に皆が助けられてるんですよね」

「こいつ、調べやがったな?」


 私の隣に腰を下ろしたアスセーナちゃん。たった一晩でどこまでやった。今回のことは私へのアドバイスだとも言っていたっけ。称号と知識はいつか役に立つから、面倒なことになったら容赦なく行使しろと。それが実績の力だと。それ以前に面倒なことにはなりたくないんだけど。


「自分の思うところを信じて突き進む。モノネさんと似ていますね」

「いやー……なんとなくだけど、こいつとは違う気がするな」

「いい意味でか、悪い意味でか」

「おれはとにかくスッキリしたいだけさ。モノネはどうだか知らないけど、善悪だとか余計なことまで考えてねぇな」

「私もだ。ついでに先のことも考えてない」

「お、それわかるな! ごちゃごちゃ考えてストレスになるのが嫌なんだよな!」

「そうそう」


「変な方向で意気投合しちゃったのね……」


 イルシャちゃん、えぇーみたいな顔をするんじゃない。ケラケラと笑うナナーミちゃんの顔は、私達と変わらない年齢の子相応だ。あの暴力性を見せつけた現場からは想像も出来ない。意気投合とはいっても、相手の振り向き様に拳までは入れないかな。


「モノネは怖いみたいだけどさ、海って好きなんだ。壁も何もない、行きたけりゃどこまでも行けって感じがするからな。かといって甘くねーのもいい。なかなか気合い入ってる奴だよ、海は」

「その感覚はわからない」

「その布団で浮くのも、船で海に漕ぎ出すのも同じさ。それが怖くないのは、乗ってるものを信じてるからだろ? でも船は信じてない……違うか?」

「それはそうだ」

「この船は絶対に沈まない……おれが保証するっ!」

「ふぉわっ!」


 いきなり抱かれて甲板に降ろされた。直後にくる船の揺れ、四つん這いになったままの私。少しずつ立ち上がり、初めて船の上というものを体感する。

 波に揺らされてる船がどこか頼りないと思っていたけど、ナナーミちゃんの言葉のおかげかな。今は不思議と力強く感じた。


「これは……なかなか」

「いいもんだろ?」

「良くはない」

「そのうち慣れるさ」


「あ! 跳ねた! あの魚が気になる!」


 ナナーミちゃんがイルシャちゃんを指して「あんな風にな」とはにかむ。そして何が気に入らないのか、私の両手をがっしりと掴んでくる子がいた。ちょっと痛いんだけど。


「ナナーミさん、モノネさんは私が預かります!」

「どうぞどうぞ、熱いねー」

「熱すぎてちょっと怖い」

「イルシャも魚が気になることだし、ここはいっちょ獲ってみるか」

「モノネさん! 私が本物の漁を見せますよ!」


 なぜか異様に張り切ってるアスセーナちゃんは、勝手に備え付けられている網をいじり出す。対してナナーミちゃんは異様に長いモリ一本のみ。


「見ていて下さいよ……海を知る者の知恵を!」

「アスセーナちゃんってそんなに海に情熱あったっけ」


「とりゃ!」


 アスセーナちゃんが網を持ち出した時、ナナーミちゃんのモリには数匹の魚が連なって刺さっていた。


「まずまずってところかな」

「いや、あのさ。泳いでる魚をそのモリだけで仕留めたの? 何かのアビリティ?」

「アビリティかどうかは知らねーけど、なんとなく勘でわかる。おれはいつもこの方法で獲ってるぞ。たまに潜ることもあるかな」

「いや絶対アビリティだし」


「すごい! あっという間に魚を獲っちゃった!」


 おおはしゃぎのイルシャちゃんは、すでに包丁を始めとした調理道具一式を用意していた。レリィちゃんに至ってはナイフとフォークを用意している。その用意周到っぷりは何なのか。


「これはなんていう魚なの?」

「ダークスピアウオだな。槍みたいに細いだろ? これがまたうまいんだ」

「そんな邪悪な名前の魚を食べて大丈夫かな」


「く、悔しい、です……!」


 網を前にして、へたり込んで座って悔しがってる子がいた。放置すれば勝手に立ち直るから、ここはイルシャちゃんの魚料理を楽しもう。

 初めて見た魚のはずなのに見事にさばく手腕は、ナナーミちゃんですら唸る。最初は一歩くらい引いていたイルシャちゃんも、ナナーミちゃんの漁ですっかり魅了されたようだ。


「それで他の魚も獲れるの?」

「イルシャの調理が見られるなら、いくらでも獲ってやるぞ」

「どんどんお願いしたいわ!」


 これをきっかけに、すっかり打ち解けたみたいでよかった。一方、まだ立ち直ってないアスセーナちゃんは、ずっと私の傍らでスウェットの裾を引っ張っていた。何がしたいのかハッキリ言いなさい。


◆ ティカ 記録 ◆


今回の件は アスセーナさんが いなかったら

ナナーミさんが 手荒な手段を 用いていたのかも しれなイ

今後 冒険者としての参考になるなら アスセーナさん以上の

見本は いなイ

マスターにとっても 彼女の存在は 大きいはズ

願わくば 永遠に いい関係で いてほしイ


ナナーミさん マスターが静ならば 彼女は動 つまり根は似ていル

何にも 縛られたくないというのは 決して 甘くなイ

しかし 彼女は 自分の腕一つで 周囲を 納得させていル

そして あの異常なまでの 勘

アビリティと いっても差し支えがなイ

これは 戦闘でも 大きな力となるはズ

来るべき 帝王イカ戦で 助けとなって くれるカ


引き続き 記録を 継続

「ギルドマスター七法守ってさ、結局何なの?」

「かつて冒険王グレンに、返しても返し切れない恩を受けた一族の末裔ですね」

「へー、あのシャンナ様もそうなんだ」

「グレンの死後も冒険者を支える組織を代々維持するほどです。とてつもない絆の力ですよ」

「さぞかし冒険者よりも君達が戦えよってくらい強いんでしょ」

「ひとたび戦えば、国がひっくり返るとまで言われてますね」

「未踏破地帯もその7人が切り開くべきだ」

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