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船長の娘に会おう

◆ カクティス国 港街シーサイド 船着き場 ◆


 私達が住んでるユクリット国は内陸部にあるから、海に出るにはお隣の国に行く必要がある。ユクリット国と同盟を結んでいるらしく、カクティス国への国境越えも難なく出来た。お隣の国と仲がよろしくないとその辺もこじれて最悪の場合、連行されることがあるらしい。世の中って怖い。


「もしカクティス国の機嫌を損ねたら、ユクリット国やばいよね」

「やばいですね」

「海からの物資はカクティス国を経由するわけでしょ。そこを封鎖されたら……」

「このカクティスもユクリットからの資源を輸入していますからね。こじれたら痛手になるのはお互い様ですよ」

「なるほど、大人の世界のにらみ合いなわけか」


「お船たくさん!」


 はしゃいでるのはレリィちゃんだ。危ない目に遭わせてしまうかもしれないから、声をかけるか迷った。

でも外の世界への見聞を広げれば、もっと薬の知識を手に入れるかもしれない。レリィちゃんは間違いなく天才だ。

 この子が上達すれば、救われる命が増えるとアスセーナちゃんに至極真っ当に説かれた。そういう事なら、学園の薬学部にもう少しいてもらうべきだったと思う。


「ね、マハラカ国って料理はどうなの?」

「魔導具による調理が発達しているので、ここら辺の国じゃあまり見られないようなものがありますよ」

「例えば?」

「アイスという冷たい菓子が有名ですね」

「なにそれー! 早く船!」


 イルシャちゃんはなんか勝手についてきた。この子も見聞を広めれば以下略。ただスイートクイーンや学園の時みたいに、強引なところがあるから少し心配だ。料理が絡むと平然とトラブルを起こしかねない。ストルフその2みたいなのがいなきゃいいけど。


「遅い。船長の娘が船を出してくれるって言ってたよね」

「はい。ナナーミさんといって、自分に似て容姿端麗でおしとやかだとか」

「なんで自分でそういうこと言えるんだろうね」

「人の親ですからね」

「そんなもんか」


 船員や商人、冒険者でごった返してる港の風景も飽きてくる。だけどさっきからどの船もさっぱり出航しない。何か揉めてさえいる。


「出航は一週間後!? 冗談じゃないぞ!」

「事前に告知していたはずだが?」

「積み荷はどうする! 先方だって待ちくたびれる!」

「知らんよ。あんたこの辺りの人間じゃないな? そうじゃなかったら船が出せんことくらいわかるだろう」


 商人っぽい人を中心にたくさんの人達が船員らしきゴツい人に詰め寄ってる。なるほど、あっちの船は出航できないのか。こういうことでこじれたら面倒だから、仕事って嫌なんだ。


「知ってるぞ! "帝王イカ"だろう? 奴がいる海域を避ければいい!」

「この時期は奴の活動範囲も広がるんだ。それに伴ってアレも出るからな」

「アレ? イカだか知らんが、とっとと討伐出来ないのか!」

「出来ればとっくにやっているだろう」


「あぁ、帝王イカですか。すっかり忘れてました」


 マヌケな字面とは裏腹にとんでもない魔物なのはわかる。どうせネームドモンスターだ。こんなの船長なら知らないはずはないのに、どうして教えてくれないのか。


「アスセーナさん、帝王イカって何なの? おいしい?」

「大海原を領海としている巨大なイカの魔物です。ゴールドの称号を持つ冒険者すらも手に余るほどで、味はわかりません」

「やばい魔物の名前を聞いて真っ先に味を気にするか」

「私でも帝王イカは避けますね。何せ海の上で挑む時点でこちらに分がないわけですから」

「その化け物はともかくとして、アレってなんだろう」


「何が幽霊船だよ! 下らない! そんなもの噂じゃないのか?!」


 また物騒極まりない単語が聴こえてきた。これはもうキャンセルするしかない。船長の娘には悪いけど、来たらその旨を伝えよう。


「噂なものか。やれやれ、本当に何も知らないんだな……この辺の船乗りなら、まずこの時期に船は出さない」

「魔術協会のエクソシストはどうなんだ?」

「あれは手に負えない、時期をずらせば被害はないと言い残して帰っていったらしい」

「おいおい、国は本腰を入れるべきだろ……」

「どうにもならんものはならん」


「幽霊船については色々な話がありますね……」


 とある船が遭難して途方に暮れていた時。彼方から一隻の船がやってくる。快く救助してくれたその船で船員達は疲れを癒やす。

 ところが一人の船員が目を覚ますと周囲には誰もいない。暗い船内には磯の匂いが充満して、壁も朽ちている。

 どこからかボソボソと話声が聴こえてくるが、やはり人がいない。歩き回ると廊下の先で黒い影が蠢いていた。ただならぬ雰囲気を感じ取ると黒い影が迫ってくる。

 死に物狂いで逃げて甲板まで上がるとその光景に愕然とした。帆が擦り切れていくつかのマストは折れて、まるで廃船の様相だ。と、いきなりアスセーナちゃんが語り始めやがった。


「これは生きている船じゃない! 船員がそう気づいた時には黒い影が眼前に迫り……笑ったんです」

「影なのにどうして笑ったのがわかるの?」

「口元だけが……二チャッと開いたんです。船員は海に飛び込んで、次に意識を取り戻した時には海岸だったんです」

「助かったんならいいじゃん」

「仲間が行方不明な上に助かった経緯もわからないんですよ?!」

「そんなもんか」


「それ実話だからな……そうやって何人か生き残った奴はいるが例外なく、数日以内に気が狂って命を絶ったそうだ」


 船乗りの一人が割って入ってきやがった。とにかくそんな幽霊船が度々、行方不明者を続出させていると。目撃例も度々あって噂が広まったおかげで、被害を受ける前に逃げた人達が多くいるらしい。これはもういよいよ海に出る理由がなくなった。


「ねぇ皆、これはさすがに時期をずらしたほうがいいと思うよ。アスセーナちゃんだってそう思うでしょ?」

「そうですね。帝王イカと幽霊船は冒険者の間でもアンタッチャブル的な扱いですから……」

「仕方ないわ。それに何も今じゃなくてもいいもんね」

「……痛かったのかな」

「レリィちゃん、どうしたの?」

「幽霊船になる前は生きてたよね? 死んで痛くて……どうして人を襲うのかな」


「さぁな。何百年も前に沈んだ船だとか、いろいろな噂は聞くがな」


 腕を組んだ船乗りと一緒に考えても答えは出ない。死人の事情を考えても仕方ないし、大人しく今日は宿に戻ろう。

 諦めムードで移動しようとした時、怒号が響いてくる。人だかりが出来てるな。大柄の筋肉ムキムキな冒険者風の男が、商人風の男の胸ぐらを掴んでいる。


「誰が『冒険者は本当に危険なところには冒険しようともしない』だぁ? オイッ!」

「だ、だって本当のことじゃないか!」

「てめぇに何がわかんだぁッ!」

「ぎゃぁッ!」


 大男が細身の商人を殴り飛ばした。あの体格の一撃だ、殴られた衝撃で商人の体が盛大に吹っ飛ぶ。そして頬を腫らして立ち上がれないまま、商人が弱々しく呻いていた。


「う、うひっ……助けて……」

「まだ終わってねえよ。てめぇじゃ守ってもらうしかねぇザコのくせによ? もういっぺん言ってみろや? なぁ?」


「おい」


 大男に後ろから声をかけたのは小麦色の肌が綺麗な女の子だ。紫のバンダナが特徴的で目力がすごい。タンクトップに太ももギリギリまで切った短パンと、異様に肌が露出した格好。

 そんな女の子が、大男の振り向き様にワンパンを入れた。大男の首がひん曲がり、体を何回転もさせながら血を吐き散らす。


「グハッ! う、う……な、なん……」

「まだ終わってねえよ。お前があの人にやろうとしたことだからな?」

「だ、だれ、助け……うぶぅっ!」


 大男の腹に容赦なく足を降ろす。それから間髪入れずに女の子は大男に蹴りを放ち始めた。


「あ、あの! 私はもういいですから!」

「よくねえよ。こいつが謝ってないからな」

「す、すまねぇ……おれ、が、悪か゛っだぁ……」

「よし。もう二度と笑えねぇことするんじゃねえぞ」


 涙で顔をぐしゃぐしゃにした大男への猛攻が止む。あまりの事態にアスセーナちゃんですら、息を呑んだ。

 いくら助けるためとはいえ、こんな暴力を見せつけられて何も言われないはずがない。すぐにあの子への非難が殺到――


「よくやってくれた!」

「いいぞぉ! ナナーミちゃん!」


「お? おぉ。へへ……」


 とはならず。どうしたことだ。女の子は、さっきまでの暴力性が消えて今度は照れ笑い。はにかむ顔がどこか人懐っこく見える。ナナーミさんか。つまり、あれこそが私達が待っていた人物だと。


「あれが船長の娘ね。容姿端麗はともかくとして、おしとやかねぇ」

「船長も人の親ですから」


「お、そこにいるのはもしかして……」


 ナナーミさんがずかずかと近づいてくる。射殺すのって聞きたくなるくらいの眼力でこっちまで萎縮しそうだ。そして、さも面白そうに口元だけで笑う。


「お前らか。パパが言ってた奴らってのは。へぇ……」

「お手柔らかに」


 船長、娘さんグレてますよ。教育方針に手違いがあったとしか思えません。


◆ ティカ 記録 ◆


帝王イカも 幽霊船も 知らないマスターはともかく

アスセーナさんが 忘れていたとは 失態ダ

ゴールドの称号を持つ 冒険者すらも退ける 化け物に 幽霊船

これは やはり 時期を ずらすのが 正解カ

だが 全員 忘れていル

すでに 工期は 決まっていて 駅開通の 日程も

ほぼ決まりつつあル

バリアウォールの 搬入が 遅れると それだけ

日程が 間延びすル

何か いい手は ないものカ

あのナナーミという少女が 起死回生の手と なればいいガ


引き続き 記録を 継続

「海ってなんか怖いよね。綺麗だけどさ、これまで何人の人間を飲み込んできたんだろ」

「モノネさん、あの海は若いんですよ。波が穏やかになるには」

「ストップ。そういうのはやめて」

「モノネさん、どうしてですか?」

「わからないけど、そのセリフはやばい」

「そうですかね?」

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