ゴブリンを討伐しよう
◆ 冒険者ギルド 受付 ◆
早くも引きこもり資金が底を尽きかけているから、依頼をこなす事にした。不本意極まりないけど、背に腹は変えられない。
この前やったおこづかい稼ぎだけだときついし、何より支部長に言われた手続きが面倒すぎる。だから辺境伯のところにはいったから税金問題は解決したけど、商会にはいってない。
噂によると新しい商売を始めるのは大変らしくて、横の繋がりを大切にしないとすぐ孤立して活動できなくなるという魔境らしい。しかも所属自体は自由なんだけど、しないといろいろ不利な目にあうとか。パパってすごい。
「モノネさんに引き受けてほしいという依頼がきてますよ」
「そういえば引き受ける冒険者を指名できるんだっけ。どれどれ」
・エアルミナの花の採取
・ブラッディレオ討伐 戦闘Lv20
・オオサラマンダー討伐 戦闘Lv6
・グリーンゴブリン討伐 戦闘Lv2
「なんで全部討伐依頼なんですかね。しかもやばいのあるんですけど」
「モノネさんの実力を高く評価しているんですよ、きっと」
私、10なんだけど。20って倍あるんだけど、依頼した人は数値の換算もできないの。ブラッディレオって何。字面からしてやばいし。
「無理にすべて引き受ける必要はないですよ。別の人にも依頼しているパターンもあるので、こちらで更新しますから」
「報酬がかなり多いし、このエアルミナの花の採取が楽そう」
「採取場所の近くに討伐戦闘Lv20超えの魔物が徘徊してるんですよねぇ」
「書いとけぇ!」
入手難易度が高い事で有名だから、書かれてないとか言い訳されまくった。
私に来ている依頼が討伐依頼ばかりなのは戦闘Lv10な上に、コメントが「がんばります」のみだからか。もっとマシな内容を書こうと思うけど、道具の性能を考えても「料理できます」くらいしか思い浮かばない。
鍛冶師の道具さえ手に入れば鍛冶師になれるし、その道の職人の道具があればいい。それさえあれば私は職人になれるんだ。あ、鍵開けもいいかな。金庫も開けられたし。
「しっかし、戦闘Lv20の魔物なんているんだね。アスセーナちゃんの話だと10もあればこの辺は安心だったはず」
「ブラッディレオは確かにこの周辺では見かけませんでしたね。だから依頼主の警備隊も浮足立ってるんですよ」
「エアルミナの近くにいるとかいう魔物は?」
「そちらは縄張りにさえ入らなければ無害なんです。たまたまその縄張りにエアルミナが群生してるんですよね」
ブラッディレオなんて、私がやらなくても優秀な冒険者がそのうち倒してくれるはず。勝てる保証なんかないし、報酬に目がくらんでこれを引き受けるほどバカじゃない。アスセーナちゃん、頼んだ。
「このグリーンゴブリン討伐を引き受けるよ。でもこれなら私じゃなくてもいいような」
「以前、二人の冒険者が討伐に向かったのですけど全部倒し切れずに戻ってきたんですよね……」
それもしかしてジャンとチャックじゃ。ゴブリン討伐も不完全だったとルーカさんに言われてたっけ。ゴブリンか。自分のフィギュアのせいなんだけど、なんか因縁めいたものがある。
「かしこまりました。目視で確認できた数だけでも40匹以上らしいので気をつけて下さい」
「多いね……」
「グリーンゴブリンといえども油断禁物ですよ。レッドゴブリンじゃないだけマシです」
住処はここからそれほど遠くない。簡単な準備だけ済ませて明るいうちに向かおう。ゴブリン退治を選んだのは楽そうだからという理由だけじゃない。
そう、ゴブリンは金目のものを収集する癖がある。これ重要。
◆ ゴブリンの住処 手前 ◆
岩陰から住処である洞穴を見る。一応、見張りを立てる知能はあるらしい。二匹のゴブリンが猫背でボケッと突っ立ってる。あいつらは何も持ってないけど、個体によってはいい武器を持ってたりするから危険だ。
「ゴブリン、魔力登録完了。洞穴の中は広いですネ。数は92匹。一つ、大きな反応がありまス」
「ボス的なのがいるんだね」
「ゴブリンロード、もしくはゴブリンキングかもしれませン」
「バニーと剣で勝てる相手ならいいけど……」
考えてもしょうがない。まずは岩陰から飛び出して、ゴブリン二匹に飛びかかって斬りつける。
「ギギッ?!」
「ゴブァッ!」
回転しながら刃を振るって二匹の急所をさっくり。ひどい血の匂いを漂わせながら、ゴブリン達は絶命した。戦闘Lv2の魔物相手でも油断なんていらない。
「洞穴の奥から大量に出てきまス!」
「よし、離れるよ。ティカ、手筈通りにアレを」
「かしこまりましタ」
洞穴から大量のゴブリンが駆け出してきた。武器を持ってるのもいるし、あれがいた。シールドゴブリン。本物だ。ちょっと実力が知りたい衝動に駆られたけど、付き合ってやる必要もない。予め溜めておいたティカのアレがついに発動。
「魔導砲発射!」
――カッ!
「まぶしっ!」
とっさに目を閉じた途端、強風で吹っ飛ぶ。受け身をとりつつ、体を空中で捻ってうまく障害物をかわして地面に転がった。これが爆風だとわかったのはその直後。
今は轟音と煙がゴブリン達を包んでる。洞穴もまったく見えない。
「ちょ、ちょっと。この威力は聞いてない!」
「すみませン……」
「試し撃ちしてみようかなとは思ってたけど、やらなくて正解だった……」
何せあれだけいたゴブリン達がほぼ跡形もない。焼き切れたような体や身に着けていた武具がかろうじて残っている。
なんて凄惨な現場なんだ。自分で指示しておいて何だけど、引く。
「生体反応……残り一体!」
「えっ!」
倒壊しかけた洞穴から勢いよく走り出してきたのは、両手に剣を持った大きい個体のゴブリンだ。ネックレスやら指輪を身につけてる。なんだかゴージャス。
「ゴブリンチーフ、生体登録完了」
「キングとかロードじゃないの?」
「見た目や行動の特徴からしてチーフですネ」
「それってどういう……いや、まず倒そう」
話している暇なんかない。双剣を存分に振るって、なんか涎垂らしてる。身軽そうで結構素早い。猿みたいに飛び跳ねながら、翻弄してくる。
「何匹もの仲間を盾にして、難を逃れた形跡がありまス。キングやロードはこんな卑劣な戦法をとりませン」
「うだうだ綺麗事を語る資格も多分ないけど、胸糞悪いからすっきり勝たせてもらおうかね」
「ウギャギャギャゴブァ!」
なんだその鳴き方。もしかして私が翻弄されて何もできないと思ってるのかな。あんたの攻撃、さっきから全然当たってないじゃん。こういうところがキングやロードと違うのかも。
「ウギャウギャ……ゴブァッ!」
「はい、お終い」
剣を縦に振り下ろしてきたところを、一歩踏み込んで胴体ごと斬る。血がかかると嫌だから、即その場を離れた。
「ゴフッ……」
「生体反応0、討伐完了デスネ」
「これ、普通のゴブリンよりは強いんだよね」
「ゴブリンチーフはキングやリーダー候補という位置づけですが、それ故に調子に乗った個体が多いのデス」
「ちょっと偉くなったからって勘違いしてるタイプってところ?」
「そうですネ。ロードやキングはもっと冷静で怖い相手デス」
ティカの魔物知識はどこからきているのかな。聞いたところで思い出せないだろうけど。死体になったゴブリンチーフが身につけているネックレスや指輪は多分、人間から奪ったものだ。臭くて近寄りたくないけど、仕方がない。鼻をつまみながら、ネックレスと指輪を回収した。
「あとは洞穴か。全壊しなくてよかった」
「倒壊の恐れがありまス」
「怖いなぁ」
連れてきた荷台車は、お宝を乗せる為だ。一度触ってしまえば、後はこれに移動してもらうだけ。労働力も必要ない。
無駄に枝分かれしてる洞穴の中は、ゴブリン達の生活臭がきつくてクラクラした。あったのは大量のお金や宝石類、光物がメインで後はよくわからない骨董品やアイテムなど。武器や防具も忘れず回収しよう。ゴブリン臭いけど。
「思ったよりたくさんありましたネ。それだけ被害が大きかったのでショウ」
「使えそうなものは私のものにして、後は売り飛ばそう。フッフッフ、どれだけの値で売れるかな」
「しかし、このパターンは果たして……」
「なに?」
「いえ、帰りましょウ」
3台の荷台を引き連れて、街へと凱旋した。途中、眠くなったので布団に潜り込んで眠る。子守歌がてらに聞いたゴブリンチーフの推定戦闘Lvは4くらい。確かにジャンとチャックよりは強かったと思う。
◆ 冒険者ギルド 受付 ◆
「討伐完了を確認……しました」
山のような盗品を見れば、そりゃ固まる。ギルドの入口は大きな物を搬入できるように、大きく開かれていた。荷台車に乗せた宝の数々に皆がすっかり目を奪われている。
「こりゃすごい……ゴブリンども、よく溜めたなぁ」
「これなんか、値打ちものっぽいぞ」
冒険者達が物色し始めた。ざっと見たけど、自分で使えそうなものはなかった。武器は剣で間に合ってるし、強いてほしいなら遠距離用の攻撃手段かな。
いちいちナイフを買って飛ばすのもコストに優しくないし、弓矢も同じ。本棚アタックもさすがに長期採用は無理だ。本棚がボロボロになる。
「ゴブリンが90匹以上もいたのか」
「それだけいたら、盗賊団討伐以上の規模が必要になってたな」
「あの兎の耳フード少女は何者なんだ」
「だから只者じゃないんだって」
「ちょっとかわいいかも」
ゴブリンは単体だと大した事がないけど、大量に徒党を組んでいるとわかっていたから皆は迂闊に手を出せなかったらしい。そんなもんを私に依頼するとは。
「おねえさん、これ換金したいんだけど――」
「ちょっと! 私のネックレスはまだ見つからないの?!」
「婚約者への結婚指輪を取り返してくれ! いつまで待たせるんだ!」
「大事な商売の活動資金なんだが、そろそろ取り返してくれたか?」
ガヤガヤと押し寄せてきた無数の人達。老若男女が我先にとギルドの受け付けに集った。なんかこれ、嫌な予感しかしない。
「衛兵も役に立たないし、冒険者に頼むしか……あっ! これ、私のネックレスよ!」
「彼女へ渡す婚約指輪だ!」
「金もたくさんあるぞ! もしかして取り返してくれたのか?!」
「はい、こちらの小さな冒険者がやってくれました」
こうなったら無言でお辞儀をするしかない。こんな風貌の小さな冒険者を信用してくれるかどうか。
「あなたが取り返してくれたのね!」
「冒険者も低年齢化が進んでるとは聞いたが、こんな子がやってくれるなんてな!」
「ありがとう! ありがとう! これで生きていける!」
「ま、まぁ当然の事をしたまでですよ」
手を握られるわ頭を撫でられるわ肩をバンバン叩かれるわ、もみくちゃだ。でもこれだけの人達に喜んでもらえて、だいぶ気持ちがいい。私がこの人達を救ったんだ。うん、それでいいじゃないか。
「マスター、偉イ!」
野郎、どさくさに紛れて何を。私が売り飛ばす気満々だったのを知っての発言か。
「ギルド内でも、モノネさんの評判は上々ですよ。このまま堅実に実績を積めばブロンズの称号もあり得ますね」
「私がブロンズですと?」
「そうです。多くの方は実績を積む前に亡くなられたり、怪我で引退されますからね。誇れますよ」
「私が、ねぇ」
一番嫌っていた冒険者で、そこまで言われるようになるとは思わなかった。称号を獲得すれば報酬に上乗せされたボーナスまでつくらしいし、確かに魅力的ではある。
でもあくまで一定期間の活動だったはずだ。それなのに魅力を感じているとは一体。
「何なら私が冒険者ギルドへ直接、推薦してもいい」
「あなたは?」
「この街の商人ギルドの支部長をやっている者だ。妻のネックレスを取り返してくれたそうだな」
「そうです、正義感に駆られましたね」
小太りのいかにもなおじさんが、蝶ネクタイで決めて登場した。ネックレスがどうとかいってたおばさんの旦那さんか。そのネックレス、ゴブリンチーフが身につけてたよ。
「大した礼は出来んが、もし君が何か商売を始めたいと思ったら遠慮なく商人ギルドに来なさい」
「私に親切にすれば主人も勝手に上機嫌になるのよ。これ覚えておいてね」
「はぁ、しっかりと刻んでおきます」
商人ギルドの偉い人なら、パパの事も知ってるだろうな。でもシャウールの娘というのは黙っておこう。
ばらすと面倒な事になりそうだから。
さて。この人に頼めばこの前の商売を続けられそうだけど、どうしたものか。ハッキリ言って税金が痛い。辺境伯に泣きついたら減らしてもらえないかな。
「すごいな。あのパラップさんに気に入られるなんて……」
「あの子は何者なんだ?」
「気になるよな。ギンビラ盗賊団を倒すほどの強さなのに、今まで無名だったのが解せん」
「でもな、あのふざけた……いや、あんな軽装だぞ。過大評価もいいところだ」
「一つハッキリしているのは、布団を浮かせるほどの魔力を保持しているところか」
「なんで布団」
「なぜ兎耳フード」
なんだかんだで目立ってきた。面倒な事にならなければいいけど。皆様の疑問に答える気はないので、ここは退散しよう。
「パラップさん、何かあったらぜひお願いします。では」
「おう、待ってるぞ」
礼儀正しく挨拶をした後は、そそくさと報酬だけ受け取って出る。持ち主不明のアイテムは冒険者ギルドが預かってくれるし、私がやれる事はもうない。
商売か。この前、パッと思いついたのが物の修理だけどもう一つ何か考えてみよう。
◆ ティカ 記録 ◆
順調に マスターが 認められつつある模様
あそこで 持ち主達が あらわれて よかったデス
それによって お金よりも 大切なものを 得られタ
あの場にきた方々に 感謝を 申し上げたイ
マスター 働いた後は 十分に 引きこもって下さイ
そして また 働いて 感謝を されるのデス
このサイクルが どれだけ 素晴らしいか そのうち わかっていただけるハズ
しかし 不穏な 発言を している者が いるのは いただけませン
ふざけているのは あなたデス 見ない顔なので
トウム 魔力登録完了
性別は男 年齢は推定25前後 武器は大剣 魔力は平均以下
戦闘Lvは6程度
マスターの 脅威には なりえませんが 一応 警戒を 強めまス
引き続き 記録を 継続
「商人ギルド。商人同士で不利益が起こらぬよう、価格や土地を取り決める組織のようデス」
「ふーん」
「不当に価格を吊り上げたり下げたりする輩がいると、独占商売が成り立ちかねないからですネ」
「ほぉー」
「上納金によって仕入れルートなどを確保してもらえたりなど、恩恵もあるようデス」
「へぇー」
「希少品などを仕入れたなら、高価な値で売る事も出来るようデス。汎用的な品では決められた売値は超えられませン」
「ふぁぁぁ……」
「すみません、もうすぐ就寝の時間ですネ……いえ、まだこんな時間」




