ジャロ豆を採取しよう
◆ フィータル大森林 ◆
フィータル大森林、前にアイアンタートル討伐合戦の時に来た森だ。あの時もフレッドさんが、ここは未踏破地帯に隣接してるとか言ってたっけ。
徒歩だと丸3日はかかるほど遠いけど、布団君なら数時間で着く。そして天然の迷宮といわれた森も、上空をひとっ飛び。冒険者なのに、まったく冒険してない。今、この布団に乗ってるのはアスセーナちゃんとレリィちゃんだ。
「ジャロ豆、もっと進んだところにあるよ」
「当然のように群生地まで知ってるとかすごいね」
「毎日、本を読んで勉強してるから」
「私が寝ている間にも、子どもは育つ」
ジャロ豆。フィータル大森林に群生する豆だけど似たようなものがたくさんあって素人じゃ見わけにくい。中には毒を持った実もあるから、間違って食べて命を落とす人もいるらしい。土地と引き換えにするだけあって、難易度が高すぎる。
ブロンズの称号以上と指定されていたし、おかげで誰も手をつけてなかった。あんな平凡そうなおじさんなのに、よくここまで的確に指定できたな。
「ところでお弁当を食べる場所ですが、あそこの崖にしません? ちょうど未踏破地帯との境なんですよ」
「どういう生活環境で育ったら、そんな危険な場所でお弁当を食べようって思えるの」
「モノネお姉ちゃんとアスセーナお姉ちゃんがいるから平気だよね?」
「そこまでしてあそこで食べたいか」
確かにあそこから断崖絶壁になってる。その眼下に広がるのは、広大な森。一見、フィータル大森林と同じだけど魔物の強さが桁違いらしい。何度か探索隊が向かったらしいけど、唯一帰ってきた一人が「あそこでまともに死ねるなら運がいい」と言い残して息を引き取った。
などと、知りたくもない情報をアスセーナちゃんが聞かせてくるもんだから無駄に詳しくもなる。あの暇そうなアンデッド開拓隊を送り込めばいいんじゃないかな。
「さっきの話の続きですが、ある人は食人花の魔物に捕らわれて生きながらにして養分にされたらしいですよ」
「話の続きやめろ」
「その魔物って薬になるかな?」
「そうなんですよ! もし有益なものであれば大発見なんです! だから人は未踏破地帯に魅せられるんですよ!」
「今の資源でも人は十分に生きられる」
そう、分不相応な場所に踏み入るとそうなるという大自然からの警告なんだ。少なくとも命を賭けるなんてバカげてる。
「今の資源も、元は誰かが見つけたものなんですよ。それこそナンチ開拓隊のような方々とか」
「あそこでお弁当を食べよう」
バカとか言ってすみません。私のような不埒者は、開拓隊の方々に感謝しながら生きる。
◆ フィータル大森林 フェイタルの崖 ◆
フェイタルの崖、別名命取りの崖。ここから先は命取りだぞという意味らしい。そんな場所で食べるお弁当はアスセーナちゃんお手製だ。ご機嫌で、5段くらいある弁当箱を一つずつ展開している。3人で食べることを想定してるとは思えない。
「まずは蒸しウキュール貝です。はい、あーん」
「はいはい」
「あーん」
「レリィちゃんもやるんだ」
左右からあーん合戦が始まる。拒否してもしつこく迫ってくるから、受け入れるしかない。でもすごくおいしい。イルシャちゃんに迫るくらいおいしい。
「おいしいですか?」
「すこぶるおいしい」
「うー」
「いや、なんで不満なの」
「イルシャさんの料理なら、もっとすごい反応してたと思うんですよね」
「そ、そんなことないよ」
「ハイパーペッパーかけたらもっとおいしくなるよ」
「妙なものを勝手にかけないように」
強そうなネーミングの粉だ。混沌としてきたし、このままあーんされ続けるのもきつい。こうなったら、こっちから攻めるしかない。
「アスセーナちゃん、あーん」
「……ッ!」
「いや、絶句するならやめるけど」
「あーーーーんッ!」
「ちょ、迫りすぎ」
すごい大口を開けて眼前まで近づいてきた。あーんというより、魚に餌をやってる気分だ。ゆっくりと咀嚼した後、アスセーナちゃんの目元が潤んでる。
「こんなに……幸せなことがあっていいんでしょうか」
「そんな大袈裟な」
「一生このままがいいです」
「それはまずい」
「魔物が接近中! 警戒ヲ!」
ティカの鬼気迫った報告に、アスセーナちゃんも我に返ったみたいだ。近づくにつれ、旋回しながら滑空してくる魔物の姿が少しずつ判別できる。
頭が異様に大きくて、血走った丸い目をこちらに向けて飛んでくるのはアンバランスな魔物だった。頭でっかちのコウモリみたいな魔物が、私達を前にして停止。羽ばたかせたまま、ぎょろついた目を動かしている。
「……すごいスピードで来たね。位置からして、未踏破地帯の魔物かな」
「そうですね。私も初めて見る魔物です……はぁ」
マヌケな見た目とは裏腹にバニースウェットを通して、あの魔物の危険性をなんとなく肌で感じられる。肌がチクチクとするこの感覚、つまりあいつはやばいって事だ。アスセーナちゃんが覚悟を決めて剣を抜いたものの、気落ちしている様子が見て取れる。
魔物は空で羽ばたいてはいるけど、襲ってこない。あんなに勢いよく登場したのに、まだ私達を観察していた。
「アスセーナちゃんも落胆するほどの魔物か。でも襲ってくる気配がない」
「本当に……せっかくいい時だったのに……」
コウモリ悪魔がわずかに震えた気がした。これ、襲ってこないんじゃない。襲えないんだ。さっきまではしゃいでいたアスセーナちゃんが、コウモリ悪魔を見据えて立ち上がる。シリアスな表情で睨みつけるその姿は完全に冒険者アスセーナであり、戦闘モードだ。
「名称不明、推定戦闘Lv90以上……マスター、未知の魔物な上に最大レベルの警戒を」
「ちょっ! マグナムドラゴンより強いの?!」
「データがなさすぎて断定は出来ませんが、少なく見積もっても同等かそれ以上かと思いまス」
「どうしてこんなところに来てしまったのか」
後悔しても遅い。私一人ならともかく、今はアスセーナちゃんがいるんだ。そもそもこんな魔物の住処で、マットを広げてお弁当を食べてるマヌケが悪い。そして、その言い出しっぺのアスセーナちゃんの目に殺気が宿っている気がした。
「邪魔するんですか? それなら殺しますけど」
「ッ!!」
上空に飛んだと思ったら、そのまま何度も宙返りしながらコウモリ悪魔が逃げていった。一瞬で見えなくなったところからして、相当速い。そしてそんなもんを威圧して追い返したシルバー子ちゃん。
「はぁ……無駄な戦いをせずにすみましたね。意外と臆病で助かりました……」
「いや、どう見てもアスセーナちゃんの勝ちだよね」
「そんな! いくら私でも、あのレベルの魔物を追い返すほどの実力はありませんよ!」
「そういうことにしておくか」
一瞬でシリアスに、一瞬でとぼける。何も言うまい。
「あの魔物、どちらかというとモノネさんを見てましたよ?」
「またそういういい加減なことを」
「本当です!」
「はいはい。またあんなのが来ても困るから、ここでのお弁当はなしね」
ふてくされるアスセーナちゃんを無視して、マットとお弁当を片付ける。名残惜しそうにウサギさんウィンナーをつついていたレリィちゃんを布団に乗せて、本来の目的を果たしに行こう。
「モノネお姉ちゃん、お耳」
「え? うわっ! 刃状になって曲がりくねってる!」
警戒はしていたけど、ここまでなるとは思わなかった。まるで草でも刈るかのような形状だ。相手がやばいほど、変な形になりやすいのかな。
「ほらー! モノネさんのそれを見て怖気づいたんですよ!」
「確かにすごい形だけど、あのレベルの魔物がこれで怯えるなんてあり得るのかな」
――ぶっはねたかったぴょん
あり得てしまうのか。いやいや、絶対アスセーナちゃんがびびらせていた。絶対。
◆ フィータル大森林 ◆
気を取り直して目的のジャロ豆の採取に取りかかる。群生地に着いたわけだけど、様々な植物が生い茂っていて何がなんだかわからない。実らしきものをつけた植物がいくつもある。
「レリィちゃん、どれがジャロ豆なの?」
「これ。隣のは猛毒のドドリギの実だから気をつけてね」
「今日ほどレリィちゃんに感謝する日もないと思う」
手際よく採取するレリィちゃんに見とれている場合じゃない。魔物からこの子を守るのがせめてもの役目。ティカの生体感知があれば、何が来てもすぐわかる。あの頭でっかちコウモリくらい速くなければ。
「お弁当、どこで食べましょうか」
「普通にランフィルドに帰ってからにしようよ」
「フィータル草原なら大人しい魔物も多いですし、危険はないですよ」
「魔物がいない場所という選択はないのか」
「これはバーストボア……? いや、もっと大きな反応デス」
「レリィちゃん早くぅ!」
遠くからバキバキと枝やら何やら踏み潰す音が聴こえる。それが早い段階で目視できたのは単純に大きいからだ。バーストボアの3倍か4倍は大きくて、巨木の葉が頭に当たっている。象みたいなひしゃげた牙に、別の魔物が串刺しになっていた。
「あれはキングボア……」
「戦闘Lv47、皆さん警戒ヲ」
「グウェッ!」
だけどキングボアの接近が止まる。そのまま動かなくなったと思ったら、なんか苦しみ始めた。よく見ると体に何かが巻き付いている。黒と青の斑模様の何かが。その何かが締め付けを強めた途端、キングボアの巨体が横倒しになる。
「……を殺せるほどのネームドモンスター"侵略する斑頭"、未踏破地帯からやってきた魔物です」
「フッ、戦闘Lv90をも退かせたアスセーナちゃんに挑むとはね」
「シャアアアァァァァァッッ!」
するするとキングボアから離れた斑頭さんが、二股に分かれた舌をチロチロさせている。あらやだ、この子ったら実力差がわからないのかしら。
「未踏破地帯での生存競争に敗れて、プライドもボロボロなんでしょう。私達に舐められまいとやる気ですよ」
「プライドごときで命を粗末にするものじゃない」
「すみませン、あのキングボアに巻き付いたのが一瞬すぎて確認が遅れましタ……」
「つまりそれだけの速度で、あのキングボアに接近して瞬殺できるほどの魔物ですね」
「アスセーナちゃんに挑むとは命知らずな……」
戦闘Lv90以上を退かせたシルバー子ちゃんに向かってシャアアじゃないよ、なんて態度だ。それにしても、元の場所で負けたからってぬるい場所に逃げてくるなんてどことなくシンパシーを感じてしまう。
◆ ティカ 記録 ◆
あのコウモリの魔物は 未踏破地帯の氷山の一角であると 推測
あの蛇もまた 強敵ダ
だが いずれ 未踏破地帯を散策するのであれば 超えなくてはいけない相手
あの蛇に勝てないようであれば 散策など 夢のまた夢ということカ
未知の土地 未知の生物に 果敢に挑む冒険者
改めて 彼らに 敬意を表したイ
だが これからは マスターの 時代ダ
あの蛇には悪いが マスターの 踏み台になってもらウ
引き続き 記録を 継続
「レリィちゃんって世界最強の薬師じゃない?」
「そんなことないよ」
「灰死病を治す薬も作れちゃうし、天才だよ」
「大人の薬師がたくさんお勉強して知識を分けてくれたからだよ。わたし一人じゃ何も出来ないもん」
「子どもにして、私より遥か先の思考に行きついてる」




