久しぶりに冒険者ギルドに行こう
◆ ランフィルド 冒険者ギルド ◆
久しぶりの冒険者ギルドは相変わらずだ。報酬の分配や冒険の計画を練るパーティで大賑わい。そんな冒険者達を私は布団の上から眺めている。少し位置を高くして見下ろすような形になってるのには訳があった。
「我こそは万物を制する者なり」
「久しぶりに顔を出したと思ったら、なんだアレ」
「布団の位置が高いな」
「今更だけど、あれどうやって浮いてるんだ」
散々な反応だけど気にしない。今の私は全能感に包まれている。あの物霊使いの女の人のおかげだ。自分の力があんなにすごいものだとは思わなかった。この手記を渡してきたらしい両手がない人に感謝したい。
どうやったらあそこまですごい事が出来るようになるのかという、唯一にして最大の問題はひとまず置いておく。
「諸君、何か困ったことがあったら私に言いなさい。ブロンズの称号を持つ万物を制する者の私にね」
「じゃあ、久しぶりに武器を見てくれないか?」
「そういえば、過去にそんな事をやっていたか。はぁぁ!」
「いや、何してるんだ?」
触れずに声を聴こうと頑張った。だけど気合を入れようが、どうやっても聴こえない。一度触れたなら、聞き放題なのに。万物を制する者としては遺憾だ。しょうがない。やっぱり触りますか。
――扱いが雑だ。スキルも合ってない。
「扱いも雑、スキルも合ってない」
「なんだって?! 戦闘Lv8にまでなったんだぞ!」
――斬るよりも重さを活かして叩きつけろ、それが大剣の持ち味だ
「斬るより重さを活かして叩きつけなさい。大剣なんだからね」
「そうか……一度、見直してみる」
なるほど、大剣の持ち味ね。生まれて初めて知った。こうすれば冒険者達の強さに磨きがかかるかもしれない。あの女の人も、こんな地味な作業を繰り返していたのかな。いやいや、あれは別格だ。どこのどなたなのか知りたいくらい。ダメ元でさりげなく聞いてみますか。
「ねぇねぇ、物霊使いって知ってる?」
「ぶつりょうつかい? なんだそれ?」
「ゴーレムを操ったり出来るすごい女の人の話を本で読んだからさ。有名なのかなって」
「知らないなぁ」
ダメでした。どの冒険者もピンときていない。となると、あの手記はどこから出たのか。両手がない人は私の前には現れてくれないし、調べようがない。お手上げか。
「ういーっす! 流しのゲールとご一行が来てやったぞぉ!」
「おぉ! 期待の新人が来た!」
「今日はどこへ行くんだ?」
数体のスケルトンが普通に冒険者ギルドに入ってきた。事前に知らなかったら、魔物の襲撃としか思えない。ごく自然に馴染んてるのがもうすごい。
「未踏破地帯の散策、といきてぇところだがな。まだこの時代の周辺地理を把握したいんだ」
「そうか。こっちも負けてられないな」
「この街の人達の適応力どうなってるのさ」
「よぅ、モノネ。お前、ブロンズとかいう称号を持ってるんだってな。そりゃ俺も負けるわけだぜ」
「ゲールさんの強さなら、すぐ貰えるんじゃないの」
「だといいがな! この街にゃどうもべっぴんが多くてよ、つい別の活動を張り切っちまうんだ! ヒャッハッハッ!」
まさかナンパしてるのか。そのうち討伐依頼が出されてもおかしくない。愉快に頭蓋骨を回して笑ってるけど、普通に怖いからね。
「そうだ。ゲールさん、物霊使いって知ってる?」
「あん? ぶつりょーつかい? 知らね……いや、待てよ」
「さすが昔の人。知ってる?」
「聞いたことがあるような……ないような」
「頑張って思い出して!」
「生前、聞いたかなぁ。なーんかなんとかっつうモノを作ってて……ここら辺じゃねぇ国だったかなー?」
「それでそれで?!」
「酒の席だったしなぁ! 記憶がぶっ飛んだわぁ! ヒャッヒャッヒャ!」
「ありがと」
思ったよりダメだった。この人じゃなくてもっと上の人なら知ってるかな。冒険者ギルドに何の用があって来たのか自分でもわからない。よってここを出よう。と思った矢先、ギルドのドアが外側から開けられた。
「失礼する」
「おい、誰だ? 見かけない子だな」
「新人か?」
「それにしては風格が違うような……」
あの褐色肌に銀短髪、固そうなオーラをまとった女の子。銀色の胸当てに背負った長剣。間違いない、クルティラちゃんだ。王都の学園に通っているはずの彼女がこんな辺境に訪れるとは。
「モノネ? モノネじゃないか!」
「真っ先に私か」
「久しぶりだな! 会いたかった!」
「そう、まさかそのためにここに?」
「ほぼそうだ!」
「おいおい、誰だよこの子は? ちょっとションベンくせぇが、おじさんにも紹介しとけよ」
よりによってこのタイミングで来るとは。案の定、変なスケルトンが絡んできた。その刹那だ。クルティラちゃんが長剣を抜いて、ゲールを牽制する。
「スケルトン! まさか魔物の襲撃か?!」
「真っ当な反応だけど落ち着いて聞いて」
「わかった!」
「なんでそんなに物分かりがいいの」
一通り説明してあげても、クルティラちゃんがスケルトンどもに向ける目つきは変わらない。ここで信じる人なんて、ほぼいないんじゃないかな。
「そうか。モノネの話なら信用しよう」
「どういうこと」
「固くならないでよぉ、おじさんにも紹介してくれや」
「ちょっとホントに黙ってろ、スケルトン」
ヘラヘラしてるけど、クルティラちゃんの敵意は消えてない。一定の距離を保ちながら、私にくっついてくる。
「これがあのナンチ開拓隊だなんてな……」
「知ってるの?」
「講義で習った程度の知識しかないがな。彼らの開拓なくしてこの国はなかったらしい」
「そうだろぉ? もっと敬って今度は酒をついでくれよぉ」
「いい加減にしないと、この街にあんた達の居場所はなくなる」
「すまねぇ、すまねぇ」
「モノネ、そこのスケルトンじゃないけど、その子は誰なんだ?」
私が説明するまでもなく、クルティラちゃんは丁寧に皆に挨拶をした。その反応といったら――
「ま、まさかあのハイルトン家の?! ご令嬢がこんな汚らしい場所に来るなんて!」
「ご令嬢なんだ」
「王家に代々使える騎士爵の名家だぞ! むしろなんで知らないんだよ!」
「浅学なもので」
「そんなにかしこまらなくてもいい。私が何かを成したわけではないからな」
「この謙虚さ!」
ギルド内が大盛り上がりだ。そんなにすごい家の子だったのか。あっという間にちやほやされ放題だ。そんなクルティラちゃんは鼻にかける様子もなく、少し居心地が悪そう。
「騎士爵といってもそんじょそこらの雇われじゃない。王家からの絶対な信頼を代々に渡って獲得してきたんだ」
「モノネ、今日は頼みがあって来たんだ」
「ほう、この私に」
講釈たれている冒険者達は勝手によろしくやっていてもらいたい。それはそうと、どうも私はこの子に過大評価されている節がある。悪い気はしないけど、あまり深入りされるとアスセーナちゃんみたいになりそう。いや、こんな真面目そうな子に限ってそれはないか。
「先日、騎士学部の卒業試験を課せられた。内容は『己の命を預けるに値する武器を見つける』というものだ」
「それは無理難題だね」
「かなり苦労はしたが、何とか私の中で納得がいく武器を見つけられたよ。これもモノネという存在の影響が大きい」
「唐突な持ち上げ」
「だが、私もまだまだ未熟だ。この武器では足りない可能性もある。そこで……その。見て、もらえないか?」
「武器を? いいけど私にそんな特技があるってどこで知ったのさ」
「アスセーナさんから、いろいろと聞いた」
「油断も隙もない」
いつの間にそういうコンタクトをとっていたんだ。どうして私の話をする必要がある。とはいえ、大変な学業に励んでいる子の頼みだ。聞かないわけにはいかない。
「この剣を手にした時、運命を感じた。ただならぬものを持っているはずだ」
「どれ、それがその運命剣だね。綺麗な剣だ」
「へぇぇ、今時は学校のお勉強でそんなもんやるんだなぁ。それにいいとこのご令嬢なら、男にゃ苦労しないだろうなぁ」
「黙ってろ」
クルティラちゃんの剣は、白銀というより白に近い刃だ。真っすぐ伸びた刃には刃こぼれがほとんどない。実は素人の私にもわかる。これはいいものだ。確かにただならぬ気配がある。
「まったく、あの店主も見る目がない。捨て値でこれを私に売ったのだからな」
「ちょっと触ってみるね」
どんな武器なんだろう。この物霊使いに知り得ない事はないし、何か問題があるならすぐにわかる。我こそは万物を制する者なり。いざ――
――今回もマヌケな持ち主だぜ。クックックッ、俺に命を吸われるとも知らずによぉ
「はて」
「どうした?」
――どうやって殺してやろうか。クックックッ!
「クルティラちゃん」
「なんだ?」
これ魔剣だよ。そりゃ捨て値で売るよ。そう告げる勇気を持ちたい。
◆ ティカ 記録 ◆
冒険者達には 今一つ マスターの 偉大さが 伝わってないのカ
いつかは マスターが言っている 物霊使いの女性のように なれると信じていル
そうなった時 物だけでなく すべての人間も 気づくはずダ
マスターこそが 偉大だト
クルティラさん 遥々と マスターに会いに ここまでやってきたのカ
やはり わかる者には わかル
しかも マスター向けの話を持ってくるとは 素晴らしイ
なんてことはなイ
どんな武器だろうと マスターにかかれば ん
こいつ 嫌な感じがする 何なんダ
引き続き 記録を 継続
「私も小説を書いてみようかな」
「イルシャちゃんが料理以外に興味を持つなんて、これは何の前触れだろう」
「失礼ね。たまには息抜きに別のことをしてみたくなるのよ」
「どんな小説を書きたいの?」
「料理に一生を捧げた女の話よ。深い知識を読者に与えるという娯楽に留まらない作品、どう?」
「まさかいきなり料理の作り方とか意気込みとかレシピを詰め込むの?」
「そうよ。やるからには本気だもの」
(ライバルがいなくなる分には問題ない)




