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物霊使いについて知ろう

◆ 謎の手記 物霊使い ◆


「王よ。この国には十分、資源が溢れております。そんな国がどうして我々の国を滅ぼさねばならないのでしょう」


 侵略戦争を起こした我が国に、使者が来た。強欲で容赦がない国王が何の算段もなしに使者など招き入れるはずもない。自らの運命も悟れずに使者は王に懇願している。親書を持たせた使者がどうなるか、あちらの国王もとんだマヌケだ。


「……親書の内容も理解した。つまりそちらの停戦要求をのみ、互いに資源を提供し合おうということか」

「はい。これ以上の争いは血が流れるだけです。それに互いの国益になる具体案が」

「おい。この者の首を刎ねよ」

「えっ……!?」


 弁解の余地もなく、使者の首がその場で斬られた。片付けも手慣れたものだ。こんな事は一度や二度ではない。国王にわずかにでも意見した者のほとんどが、この末路に行きつく。そんな惨状に国王は目もくれず、親書をつまらなそうに眺めていた。


「フン、弱小国が泣きを入れたところで無駄だ。自分だけ助かろうなど、おこがましいとは思わんか」

「お言葉の通りです」

「よくもまぁ長々と書き綴ったものだ」


 こんなやり取りも何度目だろう。兵士としてそれなりに出世した私にとっては、珍しいものでもない。国王の絶対の信頼を勝ち取った者だけがこの王の間にて、護衛を任される。そして名誉も富も確実に約束されるのだから、私にとっては国王の人柄など関係ない。無関係な他国の人間が殺されようと、私は私の生活にしか興味がないのだ。


「敵国は未だに人力で田畑を耕しているような惨状です。焦るのも無理はないでしょう」

「魔道具で発展した我が国に、わずかにでも揺さぶりをかけられるとでも思ったのだろう。馬鹿々しい」


 国王は機嫌がよければ私のような者とも会話をする。私はそれに付き合うだけだ。逆らわずにひたすら従っていればよいのだから、これほど楽な仕事はない。

 それに私が兵士になった利点はもう一つある。魔道具、それがこの国を発展させてきた。魔石や魔法を用いて作成された魔道具は、我々の日常生活から戦争まで幅広く普及している。片手で遠距離攻撃を行える魔導銃、これがあれば矢や魔法を撃たずとも人間など簡単に殺せるのだ。

 恐らくは多数の人間を葬ったであろう歴戦の敵兵が、これ一つであっけなく死ぬ。この快感もまた忘れられない。今では出撃の機会がないか、楽しみにしているほどになった。


「ゴーレムの開発も一通り終了した。今の愚かな使者を送ってきた国には、ゴーレムの実験台となってもらおう。そろそろこの玉座に座っているのも飽いたな。そうだな……こうしよう」


 かくして国王は、敵国を陥落させるべく出撃した軍隊の指揮を直接とる事となった。敵国の戦力は我が国と比べるべくもない。ろくな装備も支給されておらず、戦の経験などほとんどないそうだ。そんな国が、常勝を続けている我が国に目をつけられたのだから必死になるのも無理はない。


「あの愚か者の首を、愚王に送り返してやれ。ついでにそいつが持ち込んだ薄汚い品物もな」

「ハッ!」


 首だけになった使者を見た王がどんな反応をするか。そこには絶望しかないだろうが、私には関係ない。


◆ 敵国との国境付近 ◆


 我が国のゴーレム部隊と狙撃部隊が敵国の眼前に展開した。国王の護衛という任務は変わらないが、私もその一員だ。この部隊を空から眺められたならば、さぞかし壮観だろう。対して敵はどうか。旧世代の鎧と武器を身に着けただけの兵隊が、申し訳程度に国境を守っている。


「見ろ、あの貧相な様相を。まともな武具も支給されていないのだろう。あれでは戦いにすらならん」

「奴らの貧困事情の深刻さが見て取れます」

「こちらはゴーレムを本格稼働させるまでに至った。これは技術の差ではない、意欲の差だ。知恵も振り絞らず、向上を怠った者の末路があそこにある。今回の戦は兵達にとってもいい勉強になるだろう」

「良い教師もいたものですな」

「反面、な」


 心底面白おかしそうに笑う国王。これ以上にない上機嫌で何よりだ。後はこの射撃の腕を活かして、あの貧弱な敵兵を撃ち殺すだけで任務は終わる。

 魔導銃はまさに文明の賜物だ。国王の言う通り、知恵の差だろう。よって我々は悪くない。弱者のままでいるのは勝手だが、それならば食い殺されても仕方がないというだけの話だ。


「どれどれ、奴らの慌てふためく様を……おや? なんだあれは?」

「あれは……女に見えます」

「うむ……」


 てっきり敵の隊長らしき人物が泣きを入れてくるかと思ったが、それより前に出たのは妙齢の女だ。白いフードのせいで顔はよく見えない。一見、魔術師のような印象だ。そんな女が恐れる素振りもなく、こちらに向かって歩いてくる。撃ち殺そうかと考えたが、勝手な真似は出来ない。そして歩を止めた女が口を開く。


「先日、そちらの国に行った使者が変わり果てた姿で戻ってきました。遺留品によれば彼は国王の命により、兵士に首を斬られたそうです」


「なんだあいつ……」

「女じゃないか」

「殺してもいいのか?」


 さすがの兵隊も動揺している。話の内容以前に、その存在がこの場に似つかわしくないからだ。命令されなければ撃てない。顔をしかめている国王が一言、撃てと命ずるだけでいいのだが。


「なぜ彼が、このようなむごい仕打ちを受ける必要があるのでしょうか。国王、あなたも人の子でしょう。

大切な人を失う気持ちもわかるはずです」

「先程から、何やら囀りが聴こえるな。あの国も、策に欠いて情に訴えかけてきたか。哀れな……。皆の物! これがあの国の現状だ! いい機会だ、たまには腹の底から笑ったらどうだ!」

「ハハハハハハハ!」

「陛下の仰る通りだ!」

「ヒヒヒヒヒ! ヒャハハハハハ!」


 女の言葉など届くはずもない。だが散々笑われ、罵声を浴びせられても女は眉一つ動かさなかった。


「ほれ、名を名乗れ」

「あなたに名乗る名などありません」

「ほう……?」


 死にに来たのか。だがこの軍勢を前にして、なんという胆力だ。


「この国の方々は素性も知らない私を受け入れてくれました。食料を分け与えてくださり、とても感謝しています」

「そうか。その恩返しというわけか」

「自分達の食い扶持さえままならない中、彼らはとても優しくしてくれました。あなたに同じ事が出来ますか」

「出来たから何だというのだ。誰様に向かってほざいておる」

「これ以上、あなたを動かす言葉が見つかりません。最後の警告です、軍を引きなさい」

「撃てッ!」


 前線の部隊の魔導銃が女に向けられる。あんな華奢な体など一溜りもない。


「どうした? 撃て!」

「そ、それが発射できません!」

「何を言っている!」

「こちらもです!」

「整備は万全のはず!」


 魔導銃を構えたままの兵隊が、ましてや王の前で冗談を口にするはずもない。何度も撃とうと試みている者達を見れば、冗談ではないとわかる。


「その魔導銃はあなた達に従いたくないと言ってます。新型を開発すれば自分達が忘れ去られるから、と。

あなた達がそう繰り返してきたからでしょう」

「なんだ、あの女は何を言ってる?」

「そちらのゴーレムも同じです。中には人を殺すために開発された事を嘆いているモノもいます。よってそちらも同様に従わないでしょう」


「ゴ、ゴーレムが停止しました!」


 いつも聴こえているはずの稼働音が消えている。やがて騒ぎは伝染し、陣形さえ乱れる自体に陥った。俺が持っている魔導銃もまったく動かない。あの女、何をした。


「もうそちらに戦う手段はありません。王よ、軍を引きなさい」

「何者だ……貴様はぁ!」

「私は物霊使い。物の意思を感じ取る力を持ち、彼らは意のままに動いてくれます」

「物霊使いだと……」

「無益な争いはやめましょう」


「ク、ククッ……そうか。そのような力の持ち主がいたとはな」


 王が口角を吊り上げて笑う。にわかには信じがたい力だが、王は受け入れたようだ。


「弱小国が、その特異なる力を手に入れたわけか! 面白い! ならばそれを取り上げてくれようぞ! その狭い領地と共にな! 皆の物、進軍だッ!」


「……やはり無駄な問答でしたね」


 武器は魔導銃だけではない。帯刀した得物だけでも十分戦える。雄叫びを上げて全軍が、あの女を押しつぶさんと進撃を開始した。


「では皆さん、今こそ思い知らせてやりなさい」

「あなたを信じますぞ! いけぇぇぇ!」


 棒立ちしている女の後ろから、弱小国の兵隊が押し寄せてきた。ろくな装備もなく、よくやる。魔道具がなくとも、こちらの得物はすべて純度の高い鉱石で叩き上げられているものだ。あんなクズ鉄の得物など――


「ぎゃっ! け、剣が!」

「折られた!」


 何が起こった。衝突した先から、我が軍が悲鳴をあげているではないか。早くも押されて始めている。この短時間で前線が突破されてなるものか。


「遊んでいるのかッ!」

「や、奴らの武器が!」


「ウィンド……スラァァッシュッ!」


 あちらの雑兵の一人が刃を振い、風と共にわが軍の兵士がまとめて斬られた。おかしい、何がどうなっている。奴らのスキルなら合点がいく。だが違う、おかしいのはあの武器と鎧だ。先程までクズ鉄のような様相だったが今は白銀のごとく輝いている。

 それも一人ずつ色合いが違う。ある者は燃えるような赤に、ある者は大海原のような青に。それぞれが特異な力で、わが軍を蹴散らしているのだ。


「何だ、なんだこれはぁ! おい、隊長! 何とかせんか!」

「し、しかしゴーレムも起動しないとなれば……」


「ゴーレム達よ。己の意思に従え」


 この乱戦の中、女の声が聴こえた。それもそのはず、すでにゴーレムの一つがあの女を乗せて飛んでいるからだ。翼を広げて飛行を可能にしたゴーレムで、空からの奇襲の役割があった。あったはずだ。

 王や我々を見下ろす形で、女が無機質な灰色の瞳を覗かせた。そこに何の感情があるだろうか。我々への軽蔑か、いずれにしても遅い。王も本心で悟っただろう。もうこの場において、何一つ我らにアドバンテージはないと。


「本当に愚かな者達への鉄槌を」


「ゴーレムが、ゴーレムが勝手に!」

「く、来るなぁ!」

「逃げろぉぉ!」


それぞれのゴーレムが搭載されている武装で、我が軍を薙ぎ払う。火炎放射で火の海となり、放たれた雷が瞬く間に兵隊の命を消す。前線も突破されたのか、すぐそこに弱小国の連中が迫っていた。


「彼らは貧困故、容易に物を生み出す事が出来ませんでした。しかし彼らはその分、各々の持ち物を大切にしたのです。ご覧なさい。長年、肌身離さず持ち歩いてもらった武器達がようやく産声をあげたようです」

「ひ、ひっ……助けて、助けてくれ! いくらほしい! 領地もやる! 望みを叶えてやる!」

「それは彼らの王が決める事です。私が望むのは……」


「きょ、共存だ! 共存しよう! そうだ、それがいい! 戦争など下らん! そうだろう! フハ、フハハ! ハハハハハ!」


 自我を失った王と壊滅へ向かう我が軍。指揮も完全に乱れ、各々が気ままに逃げまどう。これが常勝国の最期だった。この戦争で両足が使い物にならなくなった私は、ベッドの上で手記をつけている。

 手が震える、思い出すのだ。あの悪夢のような光景を。代々に渡って研究を重ねてきた魔道具やゴーレムの反乱。あの物霊使いと名乗る女。齢を重ねた今でも尚、これが昨日の出来事にしか思えない。

 若かりし日の後悔と懺悔の意味もこめて、私は命果てるまで手記に記そう。後の代までどうか届いてほしい。


物霊使いには気をつけろ。絶対に逆らうな。


◆ モノネの部屋 ◆


「……マスター! マスター!」

「ハッ!」


 本を両手で持った私が部屋にいる。そうだ、ここは私の部屋だ。ティカに揺さぶられているこの状況、まさか寝てしまったのか。


「マスター、よかっタ……急に何も喋らなくなり、瞬きもせず……」

「そうだ。本を読み始めたところまでは覚えてる。あれ、寝てたわけじゃないか」


 今のは夢じゃないのか何なのか。あの王様や女の人、ハッキリと覚えてる。この手記を手にとった時から意識がなくなったのかもしれない。ティカに心配されてるあたり、私はずっとあの光景を見ていたんだ。やっぱりただの手記じゃなかったか。でもこんなの初めてだ。


「この手記に書かれてる内容がそっくり見えた。物霊使いの女の人に滅ぼされた軍……なるほど」

「マスター以外にも力を持つ者がいたト?」

「うん。でも私よりすごいよ。何せ触らなくても全部の物が勝手に動いてたし、声も聴けていたもん」

「なんと……では、マスターもいずれそれほどの力を持つという事ですカ」

「そう考えておきたい」


 残りの部分も読んでみたけど、とりとめのない日常しか書かれてなかった。そのうちボケたのか、同じ内容が何度も繰り返されてる。最後のほうなんかもう。


物霊使いには気をつけろ。絶対に逆らうな。物霊使いには気をつけろ。絶対に逆らうな。物霊使いには気をつけろ。絶対に逆らうな。物霊使いには気をつけろ。絶対に逆らうな。物霊使いには気をつけろ。絶対に逆らうな。


「お腹すいた。魔晶板(マナタブ)で何か頼もうかな」


 考えすぎないのが私だ。むしろ自分の力の伸びしろに自信が持てた。ありがとう、名もなき元兵士さん。ありがとう、物霊使いの女の人。


◆ ティカ 記録 ◆


何の変哲もない手記にしか 思えなイ

だとすれば マスターが見た光景は 一体

僕が推測するに これはきっと マスターのアビリティに よるものダ

あの謎の男は 何を思って マスターに この手記を託したのカ

何かを伝えたいのカ 成し遂げてほしいのカ

いずれにせよ マスターの意思は そんなもので 左右されなイ

自由を謳歌するのが マスター

そんな マスターに 願うだけ無駄ダ

今も 何か食べようと言った矢先に すやすやと 寝息を たて始めタ

これが マスター


引き続き 記録を 継続

「モノネさん、虫は平気ですか?」

「虫? キブリはちょっと嫌かな。アスセーナちゃんは平気でしょ?」

「えぇ。しかし見た瞬間、悲鳴をあげる人もいますよ。ちょっと嫌なだけですか?」

「うん。むしろなんで悲鳴あげるくらい怖いのさ」

「モノネさんは怖いものないんですか? 現実以外で」

「そこに釘を刺されたら、この話は終了だね」

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