アビリティについて調べよう
◆ ランフィルド図書館 ◆
「モノネさんが勉強……してる?」
「当然のように人の居場所を嗅ぎつけてきたか」
アスセーナちゃんが隣の席に座ってきて驚愕してきた。本当は布団君に乗って優雅に本を読みたかったけど、この子がすぐ寝るから今は丸めて縦にして置いてる。額に手を当ててきて地味にしつこい。熱とかないから。
「悪いところがあったら病院に行ったほうがいいですよ。あとはレリィちゃんに薬を頼みましょう」
「アスセーナちゃんもきちんと冒険者のお仕事をしないと、私みたいに変な噂を立てられるよ」
「変な噂ですか?」
「さっぱり仕事しないからギルドに金を提供して称号を得たんじゃないかとか、かわいさをアピールしたんじゃないかとかさ」
「根も葉もありませんね! この前のアンデッド戦の活躍を見てないんでしょうかね!」
「さぁ? 興味ない」
私の冒険者としての評判なんてどうでもいい。そうやって吹聴して少しでも肩の荷が下りるなら、私の役目も果たしてると言える。
「でも、他の街から来た冒険者達ならあり得ますね」
「それはあるかもね」
「強い冒険者がいるとなれば、腕自慢の方々が聞きつけてやってくるケースもありますよ」
「大変だね、アスセーナちゃん」
「モノネさんみたいな新人の冒険者は特に要注意ですよ。早い話が新人潰しを生業としてる方もいるようですから」
「自分を磨くよりも、人を潰すことに時間をかけてしまう性質が悲しいね」
私が言えたクチじゃないけど、今回は別だ。何せフレッドさんの結婚式であんな現象を目の当たりにすれば、嫌でも調べたくなる。
とはいえ、自分のアビリティが書かれてる本があるとは思えない。だからまずはアビリティについて調べる事にした。そもそもアビリティってなんぞやみたいなところから始めてるけど、早くも気が遠くなってきて眠い。
「なになに……アビリティとは生まれつき備わっている異能のことである、と。知ってるし」
「モノネさんのアビリティはかなり特異ですよ。普通、アビリティ一つで何から何まで出来ません」
「フレッドさんの剣とシーラさんの杖みたいに、私の物達も覚醒してくれないかな」
「それが目的でしたか。精進を忘れないその心……素敵です」
「ティカみたいなこと言わないで」
二人に剣と杖の使用感や変化を聞いてみたいけど、新婚生活で忙しそうだから遠慮したい。大体、なんであの二人の持ち物なの。覚醒するならまず私の物でしょ。こういうところに日頃の行いが出てしまったのか。
「他の人達のアビリティはどんな感じなんだろ」
「アビリティ持ちといえば、ネオヴァンダール帝国の"七魔天"ですね」
「なにそれ」
「ネオヴァンダール帝国の最高戦力と言われる7人です。全員がアビリティ持ちということで、武力の目安も最近はそれを重視してるとか」
「どんなアビリティなの?」
「そこまではわかりません。あの国に関しては、あまり情報が入ってこないんですよね……」
パパとママが少し心配になる。そろそろ手紙の返事が来るといいけど。
「そういえば、アスセーナちゃんもアビリティがあるって言ってたよね?」
「えぇ、そうです」
「どんなアビリティなの?」
「それは……あ、あそこにいるのはジェシリカさんでは?」
「お、本当だ」
あのくるくるヘアーは間違いない。何かを熱心に読みふけってる。すっかりこの街に馴染んでくれてるようで何よりだ。気づかれないように布団に乗り、背後から近づいてみよう。
「マーベル……そこは積極的に声をかけるべきではありませんこと? アンソニも何故気づきませんの……。
こんなにも熱いマーベルの視線ですのよ……」
「でもマーベルからしたら、アンソニに振られたらと思うと強く出られないんじゃない?」
「そんなことを言ってたら何も始まりませんわ。だからこそ……ひゃぁぁぁん!」
「おっと、つい突っ込んでしまった」
「あ、あなた! またそういうふしだらな!」
「前科はないはず」
図書館で大声を出してはいけない。司書と周囲の視線が大変なことになってるもの。ましてや椅子を転がしてる場合じゃない。
「ジェシリカちゃんが本を読みながら独り言を言うとはね。それに恋愛小説に興味があったなんてね」
「あぁもう! こんなところであなたに会うなら、もう来られませんわ!」
「ここ私の地元だから」
「言い訳は無用ですわ!」
「いや、事実だから」
スカートを手で叩きながら、椅子を立ててすごい睨んでくる。見れば見るほど奇抜な恰好だ。私が言えたもんじゃないけど貧乏な割には、これは相当目立つ。
「結婚式では着付けを担当してくれたみたいで、ありがとね」
「あなたに礼を言われる筋合いはありませんわ」
「ジェシリカちゃんってそういうの器用なんだね。何かやってたの?」
「読書の邪魔ですわ」
「ごもっともすぎた」
「ジェシリカさん、こんにちは」
「あなたもいらしたのね」
負けず嫌いにとっては、アスセーナちゃんの存在も面白くない。それにしても刺々しすぎるけど。今度、服に触れて聴いてみようかな。
「それは『太陽の王子』、マーベルの淡い恋心の描写が秀逸な名作じゃないですか」
「知ってらしたのね」
「えぇ、面白いので一瞬で読み切っちゃいました」
「そんなテニーさんみたいな」
「そうでしょう? このマーベルとアンソニの距離感がたまりませんこと」
なんだか急にやんわりしてきたな。これはアスセーナちゃんがうまく操縦してるっぽい。相手の趣味を褒めつつ、共有の話題を作る。私には出来ない芸当だ。何せ恋愛小説だもの。
「ジェシリカさんは恋愛をされた経験は?」
「いきなり突っ込んだな」
「ありませんわ。わたくし、現実の男には興味ありませんの」
「あら、それはもったいないですね」
「ジェシリカちゃんのスキルなら、どんな男でも虜に出来そうだね」
「し、失礼ですわね! あれは、そんなふしだらで汚れたアビリティではありませんの!」
「誰もそこまで言ってない」
顔を赤くして必死だ。恋に恋する乙女ってところか。強がっていても恋の相手は空想の白馬の王子様、と。
「でもあんなすごいアビリティなら、子どもの頃から敵なしだったんじゃない?」
「そのせいで……いえ、そんなことありませんわ。アビリティ一つでどうにかなるほど甘い世の中ではありませんの」
「昔から、今みたいに強いアビリティだったの?」
「多少の効果は上がってるものの、目立った変化はありませんわ」
なるほど、少なくともジェシリカちゃんのアビリティに私ほどの変化はなさそう。だとすれば、アビリティによって違いがあるわけだけど。
「アビリティについては謎が多いですわ。そもそも誰がどういう条件で、どんなアビリティを持って生まれてくるかもわかってませんの」
「効果を上げるために何か特別なことをやった?」
「毎日の訓練以外に思い当たりませんわね」
「なるほどー」
訓練が鍵じゃなくて心底よかった。昔からそんなものとは無縁だったのに、段々と出来ることが増えてきてるのが私のアビリティだ。所有者の気質や空気を読んでくれてるに違いない。ジェシリカちゃんの話だけで確実な判断は出来ないけど、アビリティによるというのが結論だ。つまり何もわからない。
「もういいですこと? そろそろ読書を再開したいのだけど」
「ごめんごめん。心行くまでどうぞ」
「マーベル、ダメですわ……やだっ、いきなりそんな! もう……ビックリしましたわ」
太陽の王子を読み始めたジェシリカちゃんが、またブツブツと言い始めた。こっちは恋愛よりも大切なものがある。あの覚醒条件は当初の予想通り、物と所有者の絆が大切としか思えない。
「うーん、これ以上は収穫がなさそう。もう帰ろう」
「モノネさん、こちらの本がお勧めらしいですよ」
「どれどれ、タイトルは……物霊使い? 変なの。しかもずいぶんと古い」
「年季が入ってますよね。この図書館も広いですから、いろんな本があるんでしょう」
表紙にはタイトルしか書かれてない。小説にしては無機質すぎる。
「こんなのどこにあったの?」
「あの方がお勧めしてくれましたよ」
「どこ? 誰もいないよ」
「あらら、いませんね。もう帰られたのでしょうか」
「ねぇ、その人ってさ。両手があった?」
「ありませんね……」
「またか」
「生体反応、ありませン……」
またやられた。ティカどころかアスセーナちゃんまでハメられるとは。この本、借りちゃっていいんだろうか。気のせいか、わずかに冷える。
あまりにブツブツ言ってるせいで、ついに司書から注意されたジェシリカちゃんが狼狽する姿だけが癒やしだ。
◆ ティカ 記録 ◆
このティカ マスターのために 自らの力の解析を試みル
だが わからなイ
そもそも 自分が 何者なのカ
ヴァハールさんは 僕をゴーレムと 言っていたが
生体感知といい この多機能は 何を意味するのカ
ゴーレムとしての 役割だろうカ
僕は マスターを 慕っていル
しかし フレッドさんとシーラさんの 武器のような
変化は 今のところなイ
何が違うのカ
僕の マスターに対する 想いが足りてなイ?
だとすれば まだまだ 絆を 深める必要ガ?
ワ ワカラ ナイ
引き続き 記録を 継続
「恋愛小説の面白さがわからない」
「人気の一つに共感性の高さというのがありますねー。モノネさんは共感できないから楽しめないのでは?」
「女の子が恋する視点というやつね。それじゃ私には楽しめないわけだ」
「モノネさんにもいい人がいれば、きっと楽しめるかとー」
「そういうテニーさんは恋愛経験あるの?」
「私は男性よりも今の仕事のほうに魅力を感じますねー」
「私も男よりも引きこもってるほうに魅力を感じる」




