結婚式に出席しよう
◆ ツクモポリス 結婚式会場 ◆
「イルシャちゃんは当然のように結婚式の料理のシェフ?」
「そうみたいですね。ストルフさんも負けじと張り切ってるみたいですよ」
ケンカしてないといいけど、私が心配するところじゃないか。私としてはこれが一番の楽しみだ。二人の門出を祝福してあげたいけど、私には結婚の偉大さもわからない。だから、その気持ちが100%あるかといえばない。ここにいる人達にはそれがあるのかな。
「あのフレッドがなぁ」
「駆け出しの頃から見てきたから、感慨深いよ」
「そうそう! あの二人、最初はゴブリン一匹にすら泣かされてたからなぁ!」
「それが今じゃブロンズの称号で結婚かぁ」
「オレ達はようやく戦闘Lv9だもんな……」
「いいお嫁さんほしい」
楽しそうに話してるように見えたけど、悲壮感がほんのりと漂ってた。ここには冒険者達も大勢いる。いかにも結婚式に向けて新調しましたみたいな正装をしてる人が目立つ。
ネクタイ曲がってるし、上下の色が違う人もいた。こんな風に結婚式に出たことなさそうな人達がちらほらいるし、これなら私がいても問題ないな。
「モノネさんはいつでもウサギスウェットなんですね」
「これが私の正装だからね」
「お布団の持ち込みまでして……本当に素晴らしく自由です」
「アスセーナちゃんも段々ティカに似てきたね」
冒険者の方々にはお馴染みだけど、見慣れない偉い人達みたいなのからは訝しがられてる。一応は警備も兼ねてますと説明したから問題はないはず。
「フレッドさんってこんなに知り合いがいたんだね」
「ブロンズの称号ともなれば、依頼主や冒険者以外の方々とも交流しますからね。それでなくても彼の場合は人望に厚さもあります」
「あぁ、そっか。お世話になった依頼主もいるんだっけ」
「だから、こういう時に寂しい結果にならないように普段から交流を深めたほうがいいですよ」
「結婚しないから平気」
「もーう!」
だからこの前から何なの。そんなに私に結婚してほしいのか。そうこうしてるうちにようやく始まるみたいだ。そもそも結婚式って何するのか全然わからない。はーたん達に歌を頼んだはいいけどまったく知らない。そして会場内が暗くなり、いよいよ始まるみたいだ。
「それでは新郎、新婦の入場です」
仲人を務めているのは、保育園の先生ニーナさんと結婚したベルドナさんだ。すごいきっちりした正装で、冒険者には見えない。
扉が開き、新郎と新婦とやらにまたも驚愕。整ったツヤのある髪型をしたフレッドさんに、純白のドレスを着たシーラさん。あれがウェディングドレスというやつか。歩きにくそう。
「ひゅーひゅー!」
「結婚おめでとう!」
「新居祝いをするなら呼んでくれよ!」
「まだまだ早すぎなんじゃないかー?!」
盛大な拍手や野次みたいなのが入り混じり、二人がすごい祝福されてる。そして檀上に上がって専用のテーブル席に着く。聞いたところによると、二人には両親がいないらしい。だからあそこには二人だけだ。
「本日はお忙しい中、フレッドとシーラの挙式にご出席いただき誠にありがとうございます。ご挨拶が遅れました。私が仲人を務めてさせていただいております、ベルドナと言います。二人の出会いから語るとなれば、少々長くなりますが……」
本当に長くなりそう。まだ自分が冒険者登録をした時から語り始めたものだから、さすがの会場内もざわつき始める。
「落ち込んでいた二人を励ました時が昨日のことのように思えます。まだケツの青いガキだ、いっちょ指導してやるかなんて思い上がってましたね」
そうですね。と誰も突っ込めないのが歯がゆい。さすがに痺れを切らしたのか、ニーナさんがジェスチャーするとベルドナさんが咳払いをする。
「おっと、長くなりましたね。それでは新郎の挨拶です」
「えっ?!」
「いや、打ち合わせしてただろ……」
「そ、そうだけど、こういうのは慣れなくてな」
この結婚式、大丈夫なのかな。フレッドさんがいそいそと紙を取り出して立ち上がる。すごい固まってるし、やめたほうがいいと思う。
「ほ、本日は、晴天でありまして。いや違う、あー、どうも」
「目の前にいるのが全員、依頼主だと思えばいいのよ」
「そうか! よし! 本日はお集りいただきありがとうございます!」
シーラさんが小声でアドバイスしたっぽい。バニーイヤーで全部聴こえてる。こっちも長くなるのかな。と思ったら、フレッドさんが手持ちの紙をテーブルに置いた。
「……やっぱり形式にこだわった挨拶はなしです。今のオレの気持ちとしては、ありがとう以外に言えません。シーラとも長い付き合いですが、オレ達がここまで来れたのも皆がいてくれたからです」
「頑張れよ」
ベルドナさんが小さくそう言ったのが聴こえる。さっきまでの緊張が吹き飛んだかのように、フレッドさんは続けた。
「本当にここまでこれるとは思いませんでした。両親がいない俺達が出会った時からも、生きる方法として冒険者しかないと思った時からも。ハッキリ言って今でも信じられません。何度も死にかけましたし、届かないほどすごい人達を見て愕然とした事もありました。自分なんかたかが知れてる……何度そう思ったか」
バニースウェットで調子こいててすみません。前の特訓の時も思ったけど、根はかなり真面目な人だ。私には想像もできないような苦労や努力もしてきたはず。だからせめてこの場で喋るだけ喋ってほしい。
「そんなオレを一番に支えてくれたのもシーラです。彼女がいなかったらオレなんかとっくに野たれ死んでます。それと同時にこの光景を見て思います。依頼をしてくれた人達、パーティを組んでくれた人達、そして冒険者ギルドの人達……。オレ達はこんなにもたくさんの人達に支えらえてきたんだなと実感します」
人間、一人じゃ生きられない。両親がいなかったら、私なんかとっくに野たれ死んでる。フレッドさんの交流から考えれば、その輪が広がるのも当然か。私としても感謝すべきものにはしないと。
「だから感謝の気持ちはこれからも忘れません。精一杯幸せになって、そんな姿を皆さんにお見せしたいです。オレから言えるのは以上です……本当にありがとう!」
「どういたしましてぇぇぇ!」
「あまり見せつけられても困るけどな!」
フレッドさんが大きく頭を下げる。より大きな拍手の後、ベルドナさんがまた一歩前へ出てきた。また長い話かな。
「ありがとうございました。それでは新郎新婦、誓いのキスを」
「きゃっ!」
アスセーナちゃんがはしゃいでる。こういうの好きなんだな。唇同士をくっつけるのがそんなにいいとは。二人が向き合い、目をつぶってから軽くキスをする。
「いいですねぇ、これぞ愛ですよ! 愛のゴール! モノネさん、見てました?」
「バッチリ見てたよ」
「なんとも思いません?」
「うん」
「じゃあ、ストルフさんとキスしてって言ったらします?」
「するわけないじゃん」
「そこですよ。キスというのは誰とでもすべきではありません」
「そういうことじゃなくて、もっとこう根本的なところで嫌」
なんかズレた会話をしている間にも、次のイベントが始まる。いよいよはーたん達のお披露目だ。パタパタと羽ばたきながら登場したハルピュイア運送ランフィルド支部の方々。
「はーぴぃにゅーいやぁー♪ おどってさそって いちやあければ とりこ♪ とりのこできあがり♪」
あの歌か。翼を上下に動かし、体を大きく左右に傾けながら踊りも交えてる。心地よい歌声に会場内が支配されて、誰もが聞き入っていた。
「苦楽をともに♪ かわりばんこでとりのこ見守り♪ みらいへつなぎ♪」
「あらたな はーぴぃはっぴぃにゅーいやぁっ♪」
「ふたりの みらいに はーぴぃにゅういやぁ♪」
ハーピィ達が二人を優しく翼で包み、テーブルの前へ立たせる。ようやく演出開始かな。ここから二人が、とある品を交換する。私が提案したやつだ。
「新郎、指輪を」
「シーラ、これが俺の気持ちだ」
「ふふっ、ありがと」
「それとな、もう一つ渡したいものがある」
「私もよ」
ハーピィ達が後ろで踊る中、フレッドさんがピンク色のスカーフを取り出した。そしてそれをシーラさん、じゃなくて彼女が持ってる杖にくくる。
「オレが感謝すべきはお前だけやここにいる皆だけじゃない。オレが愛したシーラを支えてくれたその杖もだ」
「私も、あなたを守ってきた剣に感謝するわ」
――おぉ
――これは
武器どもが驚いてくれてる。二人が互いの武器を掲げ、交差させた。
「皆! オレ達はこれからも冒険者を続ける! 苦しかったりつらい思いをするかもしれない! だけど、それでも! これを生きがいと感じられるまで、歩いてきたんだ!」
「私達、そう……この杖と共に!」
「剣と共にな!」
その宣言のあと、かつてない拍手が巻き起こる。どうやら成功したっぽい。心なしか武器達も輝いて見えた。
――フレッド、ありがとう
――忘れないでくれてありがとう
「モノネさん、やるじゃないですか! 二つの武器が光ってますよ!」
「そんな大袈裟な」
「本当ですよ! ほら!」
「へ?」
見間違いじゃない。確かに剣と杖がほんのりと光ってる。そして一瞬だけ強く光ったあと、剣が形状を変えていた。
――この刃、フレッドと共にあり
――シーラ、あなたの魔力を活かす
「お、おい。なんだこれ……」
剣の柄が金色になり、刃の両サイドがややくびれて先端がより鋭くなってる。杖も同じく金色になって、はめ込まれていた玉が燃えるような赤色に。私、知らない。これは想定外だ。さっきまで盛り上がっていた会場もさすがにこれじゃ。
「……なんかすげぇな!」
「こんな演出、初めて見たぞ!」
「最高の結婚式じゃないか!」
「お変わりですかぁ。素晴らしい二人に支えられた結果ですなぁ」
ツクモポリスの町長が意味ありげに呟いてる内容からして、どうも物霊が関わっているな。それと同時に私のアビリティが関わっているとしたら、朗報極まりない。
「あの変化……どうやら僕に起こったものと似ていまス」
「というと?」
「僕が喋られるようになり、魔導銃とファイアバルカンを放てるようになった経緯と同じかもしれませン」
「何かの条件が重なれば、ああいうことも起こるってことね」
「いいぞぉ! 二人の仲人が出来て幸せだぁぁ!」
なぜかベルドナさんが号泣して、フレッドさん達がまだ困惑している。周囲のほうが受け入れてるという異様な光景だった。何にせよ、結果オーライかな。今は深く考えない。
◆ ティカ 記録 ◆
神聖なる儀式も どうやら大成功を収めたようデス
長い道のりも 自分だけで 歩いてきたわけではなイ
何かに頼り 頼られることで 開かれる道もあル
人生とは 単純なようで 複雑ダ
そんな2人と共にしていた あの剣と杖
だからこその 変化かも しれなイ
あれの鍵は きっと そこにあル
僕が強くなってるように マスターの力には まだ底があル
引き続き 記録を 継続
「アスセーナちゃんは散髪どうしてるの?」
「私は自分でやりますよ。自分の髪を他人にいじらせたくないんですよね」
「器用だね。時間かかって面倒じゃない?」
「数分で終わりますよ」
「美容師としてもやっていける。これが天才か」
「モノネさんの散髪は私がやりますね」
「ありがたいけど、頼んでない」




