取り調べに付き合おう
◆ 警備隊 取り調べ室 ◆
すっごく寝た。しこたま寝た。まだ眠い。布団の上でお座りしてると、眠気が襲ってくる。そんな中でタクオの取り調べに付き合わないといけない。なんで私がと抗議したけど、元凶相手に手は抜けないと言われた。だからこの場にはアスセーナちゃんもいる。事が事だけに辺境伯も。
「で、お前は自分の小説が評価されないのは今の人間が悪いせいだと思ったわけか」
「は、はい……」
「どうにかできないかと図書館なんかで調べ物をするうちに、死者復活の儀式について書かれた本を見つけたと?」
「はい……」
「そこで昔の人間を復活させて何とかしてもらおうって発想がイカレてる」
「お前は黙っててくれないか……」
喋ってないと寝てしまいそう。黙っててほしかったら呼ぶんじゃない。ちゃんと仕事しないとおばあちゃんに報告するからそのつもりでがんばりなさい、ボボロル。
「その本はどこにある?」
「な、失くした……」
「なにぃ?」
「ど、どっかいった」
「貴様、図書館の本だぞ? ふざけてるのか?」
「ご、ごごご、ごめんなさい」
「ごめんで済むわけねぇだろッ!」
ボボロルが机を蹴り上げて威嚇し始めた。気性の荒さは相変わらず、と。マイナス一点。
「これからてめぇの家にいって、隅々まで探してもいいんだぞッ!」
「ないんです! ないんですぅ! 僕が失くしましたぁ! ごめんなさい!」
「あーもう。ボボロルさん、落ち着いて。おばあちゃんが来るってさ」
「ウソッ!?」
「タクオさん、その儀式ってやつは簡単なの? 一人でやったの?」
「お墓とか……外にいかないと出来ない部分もあるから……冒険者に護衛してもらって……」
――タクオはウソをついている。彼は小説の資料として調べものをしているから、そういったものには確かに詳しい。
――しかし大掛かりな儀式なのでタクオ一人では無理だ。
――だから協力者がいた。
タクオの服とかベルトが語ってくれた。ウソをついてる理由は、その協力者が関わってる可能性が大だ。この恐ろしいボボロル相手にシラを切らないといけないほどの相手なのか。
「てめぇ……いや、あなた。いつどこで失くしたのか思い出せ……して下さい」
「すみません、どうしても思い出せないんです」
「てめぇッ!」
「もうグダグダだから、ここら辺で締めようか」
――タクオは魔晶板で魔術協会に打診していた。
この人、魔晶板持ってるんだ。意外と裕福なのかな。もうボボロルは帰っていい。私がタクオの私物から情報を聞けばいいだけだからね。眠いからとっとと終わらせて帰りたい。
「あのアンデッドどもと、やけに仲がよかったじゃないか」
「あの人達が気に入りそうな言葉を、え、選んでたから……。男は腕っぷし一本とか、適当に……」
――魔術協会から派遣された魔術師は目の色を変えていた。
――儀式に協力する代わりに、あの本を譲ってくれと申し出ていた。
――さすがのタクオもそこは渋った。本は図書館のもの、紛失すれば大事だからと。
あの二人組のせいで、私の中ですっかりイメージダウンした魔術協会か。これはなんか黒い気配が漂う。というか大体、読めてきた。
「それでアンデッドと仲良くなれただぁ?」
「で、でも小説はダメだった……破られた……」
――魔術師はその日は出直した。そして後日、新しい人物を連れてきた。
――白いヒゲを生やした老人の魔術師だ。その人物がタクオに大金を握らせたのだ。
――本を紛失したことにして、この金で弁償できると。余った金は自由にしていいと。
「タクオさん。ちょっといい?」
根深い。ひどすぎる。悪いのはタクオだけど、もっと性質が悪いのは隙間があったらすぐに入り込んでくる魔術協会だ。白いヒゲの老人というと、あのホッホおじさんかな。違う人かもしれない。
「な、なんだよ?」
「単刀直入にいうけど、魔術協会と接触したでしょ。ごまかしても無駄だよ、魔晶板に履歴が残ってるからね」
「うぶふぅっ?!」
「めんどくさいのは嫌だから、全部ばらすよ。本も魔術協会に売ったんだよね」
「あ、あう、あひ……」
あまりのショックにカクンカクンと動いて、我を忘れている。いきなり核心をつかれたら無理もないか。ましてやタクオだ。
「タクオ君、それは本当かね?」
「へ、辺境伯。あ、いや……その」
「モノネが言った事が事実ならば、情状酌量の余地はないね。刑は軽くないよ」
「け、刑?!」
「待って下さいー!」
慌ただしく入ってきたのはテニーさんだ。どうやってここに入ったんだろう。まだタクオの小説のことを気に病んでいるのかな。
「やぁ、こんにちは」
「辺境伯、こんにちは……。許可をいただいてどうもですー」
「タクオ君と顔を合わせるのも、今日で最後になるだろうからね。今のうちに話しておきなさい」
「今日で……最後?」
今更、事の重大さを知ったか。テニーさんの乱入だというのに、タクオは放心状態で上の空だ。そもそも仮にアンデッドの支配が確立したところで、あいつの小説が評価されるなんてあり得ない。どうしてそんな事もわからないの。
「辺境伯、タクオさんの量刑を軽くする方法はありませんか? 私、何でもしますから!」
「と言われてもねぇ。さすがにこの事態は看過できないよ」
「確かにタクオさんはひどい事をしましたし、罰は受けるべきだと思いますー……でも誰一人として怪我もしてません」
「誰かのゴブリン人形事件に比べたら、被害は小さいかもね」
「え?」
ここで蒸し返すか。思いっきり私のほうを見てるし、完全にバレたでしょう。被害が小さくても規模は大きい。それにイルシャちゃんのお店で好き放題もされた。皆が迷惑した。本も売った。これは厳しいはず。
「何故そうまでして彼をかばうのだね?」
「それは……タクオさんが素敵な小説を書かれるからですー……」
「す、素敵?!」
「息を吹き返したか」
うなだれてたタクオが跳ねるように顔を上げた。お世辞を言ってまでタクオを助けたいのか。いや、テニーさんが小説でウソをつくはずがない。単身でアンデッドのボスに直談判したくらいだ。あの時の熱意にウソはないはず。
「私、反省したんですー……。反省点や悪いところばかりを見すぎていて、良いところを見落としていたなと」
「ほう、なるほどね」
「悪いところを指摘すれば、それを元に成長してくれる……。そう思ってましたけど、思い上がりだったんです。誰だって悪いことばかり言われたら、落ち込みますー。それなのに作家さんにばかり負担をかけていましたー」
「ふむ、そういう見方もありだね」
「ですから、考え直したんですー。タクオさんは素晴らしい作品を書かれます。世に広まれば、より人を楽しませられるかもしれませんー」
「テ、テニー……さん」
タクオの頬がすごい濡れてる。涙がこぼれまくってる。私もちょっと感心した。テニーさんは今でもすごい仕事をしていると思っていたのに、更に自分で反省点を見いだしたわけで。どれだけ仕事一筋ならこの境地に至れるのか。もはや私とは別の生き物だ。
「編集と作家でー、二人三脚で走ろうと決めたんですー。片方が転んだら、優しく起き上がらせるんですー」
「素晴らしいね。君はいい編集者になれるよ」
「だからタクオさんの小説のいいところを、すごく頑張って見つけましたー。本当にすごくがんばってー」
「そうか。それはご苦労だったね」
「いいところ、ありましたー。ここを磨けば更に光ると確信しましたー。だから……お願いです」
テニーさんが床に手をついて、いよいよ謝る姿勢に入った。そこまでするか。冷静に考えて小説のために、ましてやタクオのために。
「刑を軽くして下さいー! お金が必要なら出しますー! ですからどうかぁ……どうかぁ」
「ふぅ……これは困ったね」
辺境伯が立ち上がって、壁にもたれかかった。ポリポリと頬をかいて、心底悩んでいる様子。この街では犯罪者の刑は全部、辺境伯が決めるんだっけ。領主というのはそれだけ絶大な立場だって、パパが言ってたな。
「もし彼が後に素晴らしい小説を書けば、街にとっても収益になるね」
「そ、そうですー!」
「だけど罪は罪だ。規模を考えれば、軽くは出来ないな」
「そんなぁー……」
さすがは辺境伯。のらりくらりとしているように見えるけど、領主としては徹底している。あくまで街を中心に考えた上での発言だ。
「私はね、未だに重刑を課したことはないんだ。ありがたいことに、この街では治安が安定しているという理由もあるがね」
「殺人事件ありましたけど」
「もちろん彼にはカロッシ鉱山に行ってもらったよ。無期限でね」
「重刑じゃないですか」
「殺されないだけマシだろう?」
いつかの切り裂き魔は今も鉱山で労働に勤しんでいるわけか。この人、やる時はやる。
「重刑というのは……いや、やめておこう。刺激が強すぎる」
「はい、やめてほしいですね」
「切り裂き魔の彼には更生の余地がないと判断した。しかしタクオ君はどうだろう? これはよく考える必要があるね。さっきも言ったけど私としては極力、どんな人間だろうと更生して街に税金を納めてくれたほうが得なのだよ」
「ですね」
引きこもりには耳が痛い話になってきた。辺境伯は強く目をつぶってすごく考え込んでいる。この人にとってはタクオも小説もどうでもいいんだろうな。それが街のためになるか、その一点のみだ。
この街ではこの人の一存ですべてが決まる。つまり裏を返せば、この人が判断を誤った時点で破綻するわけだ。それでも今までランフィルドは栄えてきた。それが辺境伯という人の実力なんだと思う。
「テニー君。私はあまり小説を読まないので、君の理屈の正当性はわからない。だけど、判断材料にはさせてもらうよ」
「そ、それでタクオさんはどうなるんですー?」
「当分は牢屋にいてもらうよ。かなり長い期間になるかもしれない。今は保留とさせてもらう」
「あ、あへ、あへ……」
もうタクオの何かが尽きかけている。そんなタクオには目もくれない辺境伯。
「最低限のものなら支給を許そう。例えば紙とペンとかね」
「へ、辺境伯ぅー!?」
「僕は……助かった?」
タクオの顔に涙の滝が流れていた。鼻水とのコラボレーションでひどい事になってる。そんな顔でテニーさんに近づくものだから、少しだけ引かれるのも当然だった。
「僕、その……あなたのこと……恨んで……すみまぜん」
「大切なのはこれからのことなんでー、今は罪を償ってくださいねー」
「はい……!」
返事を皮切りに、タクオが泣き崩れた。ワンワン泣いてる姿がなんとも憐れみを誘うというか。収まるところに収まったみたいで良しとしよう。
「辺境伯、どうかタクオさんの件は穏便にお願いしますー」
「被害についてはこちらで検討するよ。だけど大目に見ても鉱山送りは避けられないかもね」
「ひぎぁっ!」
安堵したのも束の間、鉱山と聞いてタクオが気絶してしまった。そんなタクオを辺境伯は、やれやれとでも言いたげに少しだけ視線を向けただけだった。
「被害については今のところ、目立つのは図書館から持ち出された本かな。そちらは……まぁ当てはあるね」
「なんか私のほうを見ました?」
「ボボロル、彼を牢屋へ」
「ハッ!」
なんで無視するのさ。私に振ろうったってそうはいかないからね。私は冒険者、依頼があっても気に入らなければ動かない。マイペースウサギファイターなんだ。大体、そういうのなら適任がここにいるはず。そういえば、その適任者がさっきから静かだな。
「ねぇ、アスセーナちゃ……」
「スー……スー……」
「モノネさんー! 一緒にランチしましょうー!」
いつの間にか布団に上がり込んで寝てやがった。こっちは眠気をこらえて真相を暴いたというのに、このシルバー子め。これで大きな貸しが出来たな。どう有効利用してやろうか。
◆ ティカ 記録 ◆
マスターの力で 真相がわかったが 面倒事が増えたようで
安心は 出来なイ
魔術協会 やはり 油断できない連中ダ
問題は そいつらが どの派閥の連中か それが問題
推進派 か 過激派か
奴らの 魔術に関する嗅覚は 侮れなイ
それはそうと タクオ
報いは しっかりと 受けるべきダ
テニーさんの想いは 理解しているつもりだが
やはり ここで 簡単に 許すべきではなイ
一歩間違えれば 死者だって 出ていた事態ダ
辺境伯には 慎重に 事を 検討してもらいたイ
引き続き 記録を 継続
「モノネさんって風邪をひいたことある?」
「そりゃあるよ。イルシャちゃんこそ、健康的だから風邪もひかなそうに見える」
「私だってひくわよ。でも高熱だろうとお客さんを待たせられないわ」
「私ならちょっと熱っぽいなって思い込んで休むね」
「それただの仮病でしょ……」




