デュラ・ハーンを討伐しよう
◆ 辺境伯邸 ◆
デュラ・ハーンことヴァハールの体が、心なしか大きくなってる気がする。鎧や小手ごと膨張して、なんだかムキムキだ。アンデッドだからそういうのも自由ですか。さて、死にたくない。
「ウ、サギィ!」
「逃げっ!」
ウサギィは跳ぶという選択をしてくれた。その直後に足元が爆心地になって瓦礫が散乱したんだもの。もはや何をされたのかもわからない。剣を大きく突き出してるから、遠距離攻撃的なアレかな。
「相変わらず、速いなァ!」
「どうやらスピードはこっちのほうが上みたいだね」
「無敵の英雄ヴァハールは地属性の攻撃を得意とします!」
アスセーナちゃんの説明によると、それじゃ今のは遠距離攻撃ですらない可能性がある。つまり着地点に合わせて――
「はぁぁっ!」
「空走ぃ!」
爆破を起こされるのを見越して、達人剣の空走の反動で空中ジャンプ。ひとまず布団に逃げた。ここまでやられたら私でもわかる。地属性が得意なら実質、足場はあってないようなものだ。地上戦をやるなら、バニーの速さと直観であのスキルをかわさなきゃいけない。布団君がいてよかった。
「ちょこざいな! そんなものに乗らねば俺に勝てんと認めたようなものだナァ!」
「そうだね。別にプライドとかないんでどうでもいいです」
「ヴァハールが対戦した後の闘技場の修理費は、彼の優勝賞金によってまかなわれるそうです! それでも余りあるほどの金額なのですよ!」
その情報はどうなの、アスセーナちゃん。必要なの。要するにそれだけやばい相手ってことね。ここら一帯をめちゃくちゃに出来るくらいのって、それ本当にやばい。
「ムハハハハァ! 空に逃げた敵との戦いは初めてではナァい! 地壊剣ッ!」
ヴァハールが地面に剣を突き立てた時、そこを中心として地割れが走る。瓦礫になった地面が爆破と共に空中に巻き上がった。布団君でもこれはまずい。
「ファイアバルカンッ!」
「ティカ!」
「マスターの周囲は僕が守りマス!」
「獲ったぁッ!」
いつの間にか目の前まで来ていた。どうやら飛んだ瓦礫を次々と足場にして、ここまで来たらしい。達人剣君とイヤーギロチン、ファイト!
「ぬぅ! 受けるかッ!」
「んぎぎぎ……押されてるしー」
「そのふざけた耳ごと削いでくれる……グハァッ!」
「マスターに触れるナ。亡者」
脇腹にファイアバルカンを当てられて、ヴァハールはあえなく地上まで落下した。それと同時に瓦礫も元の位置に戻る。
「くっ……なんだ、そいつハぁ……あぁ? そうかぁ、お前……そうか、そうか」
「ティカを知ってるの?」
「ウサギィ、そいつを手放したほうがイイぞぉ……ここで俺に殺されるガナァ!」
「会話が続かない!」
またヴァハールが跳んで布団君まで迫る。逃げる暇がない、イヤーギロチンでひとまず防御だ。
「イヤーギロチン!」
「ちょこざいと言っているッ!」
イヤーギロチンを大剣で弾かれた瞬間、ティカが危険を察知してファイアバルカンを浴びせる。でも今度は耐えられた。空中で自由が利かないはずなのにウソでしょ。
「二度は食らわんともナぁ!」
――これほどの相手ならば、全力を出す他はない
「……紫電ッ!」
頭の中に沸いたワードをそのまま口にしてしまう。だけどその紫電、を言い終える頃には完了していた。
一瞬という速度すら生ぬるい。布団君から気がついたらヴァハールの背後にいたんだから。
「んぎやぁぁ!」
直後にまるで電撃でも浴びたかのようにヴァハールが体を痙攣させて落下。今の私は剣を振りかぶった後のポーズを地上でとっている。つまり斬ったのは間違いない。空中にある布団君を呼び寄せて急いで飛び乗り、更に空走の追撃を放つ。
「あ、まいィッ! 地壁!」
「おしいっ!」
隆起した地面が空走を防ぐ。瓦礫をまき散らして地壁はほぼ壊れたものの、あれなら死角外の攻撃にも対応できると。なるほど、こりゃ無敵だ。
「い、今の生身なら終わってたでしょ!」
「確かに危なかっただろうがなぁ……今の俺はアンデッドだッ!」
「プライドは?」
「時は今だ! 今こそが勝負!」
アイゼフと違って、そこは割り切ってた。再生が追いつかないのか、体がボロボロにはなってる。だけど不死身だから、人間にとっての致命傷を与えても意味がない。誰だ、こんなもんを討伐してやるとか言ったのは。達人剣君、またまた頼んだ。
――まだ殺されたりないぴょん?
「なんて?」
私が跳ねたと当時に体が縦に回転する。なになに、今度は何。
「次から次へとぉ! 地壁……ぐぉっ!」
今、回転する刃になっている。イヤーギロチンがぶんぶん回ってまるでこれはアイアンタートルのアレだ。あの亀に出来てギロチンバニーに出来ないわけがないか。止まらない刃の車輪が地壁を越えてヴァハールの肩を斬った。
「おのれぇぇぇぇ! ウサギ! だが二度は食わんと何度も……」
「腕、落ちたよ」
大剣を持っていた腕がごとりと落ちる。だけどすぐにくっついて再生されてしまうはずだ。それどころかアイゼフがやってたみたいに、腕が独立して動くのは間違いない。
だけどそんな事にはならずに、腕は静かにヴァハールにくっつくだけだった。やっぱりこういうところでも、アイゼフと違う。
「ウサ、ギ! ウサギめぇぇぇ!」
「ギロチンスピン。攻防を兼ね揃えてる、今一番勢いがあるスキルだよ」
「黙れぇ!」
また大剣で応戦してくる。今度は達人剣君も本気だ。本気で斬り合いが始まってしまった。一進一退、あのヴァハールが完全に攻めきれないほどの剣さばき。あの足元を爆破するスキルを使えばいいものを、ヴァハールはすっかり斬り合いに夢中になってた。
「す、すげぇ……」
「あの英雄と……こんな戦いが見られるなんて」
「頑張れ……!」
ギャラリーに熱が入り始める。さながら観衆のごとく、私達の戦いに熱中する人が出てきた。この人は闘技大会7連覇、無敵の英雄。本気を出せば、それと互角に打ち合える達人剣。この二人の戦いは私だって気になる。そう――
「どっちが強いのか、決めてみる?」
「望むところだ! 観衆の声援は俺のものだがな!」
「よし、頼んだよ」
「なに?」
達人剣君に言ったつもりだから、聞き返されるのは当然だ。私自身は何もしないけど、腹に力を入れて精いっぱい応援する。達人剣君、ファイト!
「小娘がこの英雄と互角だと!」
――強い。攻めきれん
「そこをなんとか」
「何をブツブツとぉ!」
大剣の一撃の威力が重いらしく、受けて流してはの繰り返し。元々武器のサイズ差もあって、続けば不利なのはこっちだ。
――あれほどの大剣を軽々と振り回す巨躯、惚れ惚れする
「惚れないで」
「実力は認めるが、あと15年先だな!」
「何がさ」
この人のストライクゾーンを聞いたわけじゃない。意外と年上が好きなんだな。私が16歳に見えない線はあえて捨てておきたい。
「二人とも、互角か!」
「ウサギー! 踏み込めぇ!」
「……ヴァハールの戦いが生で見られるなんてな。俺はあっちを応援する!」
「ヴァハール! 無敵だと教えてやれー!」
「ちょ、敵を応援するとかどういう神経してんの!」
すっかり観衆と化した人々が、手に汗を握らんばかりだ。ある人は私を応援して、ある人はヴァハールの戦いに魅せられたのかな。皆には何かが見えているのかもしれない。
「フフ……滾るなぁ」
「そんな嬉しそうに」
「だが、まだだ。お前はすべてを出し切っていない」
「えぇ? めちゃくちゃ本気ですよ?」
「とぼけても無駄だ。ウサギを……いや。ウサギと名もなき男、二人の力をぶつけてこい!」
「ここにきてバレるとかもうダメだ」
アスセーナちゃんといい、やっぱりこのレベルの人には私の力がばれる。そりゃ戦いの最中によそ見してればね。ご期待に添えるようがんばります。
「行くよ、ヴァハールさん」
「来い! こちらも最高の技で迎え撃つッ!」
「うおぉぉ! やれぇぇぇ!」
観衆の熱狂が高まる中、ヴァハールは大剣を両手で持って半身を逸らし、剣先をこっちに向ける。なんかすごいかっこいい。対する私は構えとかなし、最高の技とかもない。
「このヴァハールを無敵の英雄たらしめた奥義……受けてみよ」
「ウサギスピン」
回転を最高速度にまで高める。ヴァハールの剣先が動いた時、こっちも突撃を開始。
「地神の槍ッ!」
剣の性質が変化したかのように、それが大きな岩の槍みたいになった。さらにあっちも岩の槍が回転してからの突き! まともに激突したらこっちが死ねる!
――いけ
――ぶっはねるぴょん
その言葉を信じてギロチンスピンで回転する槍の先端に直撃する。耳をつんざくような音が鳴り響き、どっちも進まず。回転するウサギと岩の槍、この光景は皆からどう見えているのか。
「す、すげぇ迫力……!」
「また互角か……! 決着つくのか?!」
「いや、どちらかが回転の軸をずらせば終わりだ」
「フ、フレッドさん!」
フレッドさんが怪我をおして、この場に来てるらしい。無理をしてでも見たかったものがここにある。見えてないけどきっと傍らにはシーラさんがいるはずだ。忘れかけてたけど元々はこの二人の結婚式をやる予定だったんだ。無敵さんには悪いけど、ここでさくっと退場してもらおう。
「押っせぇぇぇぇい!」
「ぬぉっ! こ、この無敵の英雄が……!」
岩槍の先端が削れていくのがわかる。ここでダメ押し。達人剣君、何かやってほしい。と願ったら、達人剣を持つ片手もぐるぐると回り始めた。もうわけがわからない。
――今、ここで新技を試す他はない。さぁ、こう叫べ……!
「風車ッ!」
ギロチンスピンの加速を手助けするかのような、片手の早回し。地面を削りながらも、いよいよ岩槍を押し潰しきる。
「グッ……この、私がな」
今までにはない穏やかな口調で最後に呟き、岩槍が爆砕。スピンの勢いを止められるはずもなく、ヴァハールの体に斬り込んだ。
鎧ごと引き裂き、ついには体が真っ二つに割れる。2、3回ほどバウンドしてからようやく回転を止められた。
「……ウサギが勝った?」
「勝者はウサギだ!」
「うおぉぉぉぉぉ! すごい勝負だったぞ!」
「どっちも強かった!」
盛り上がってるところ悪いけど、アンデッドだからまだ終わってない。あの体が再生する前に止めを刺さないと。
振り返るとそこには体はかろうじてくっついているものの、倒れたままのデュラ・ハーンがいた。大の字になって夜空を見つめている。
「あの、デュラ……ヴァハールさん。私の勝ちだよね?」
「あぁ、お前達の勝ちだ」
「なんかさっきと違いますね」
「私は今まで……何をしていたんだろうな」
口調と一人称まで変わったヴァハールが自分の両手を見る。変わってしまった自分を今になって再認識したのかもしれない。
「私の名はヴァハール……かつて無敵の英雄とまで言われた……そう、私は……」
何度もそう呟く、ブラウンのオールバックが決まった壮年のおじさん。そこにはないはずの頭があった。
◆ ティカ 記録 ◆
デュラ・ハーン いや ヴァハール
かつて 英雄と謳われただけは あっタ
その実力をもってすれば マスターにも 迫ル
もし 彼が 冷静な人間の時であったならば 勝負は
また わからなかったかもしれなイ
それほどの男ダ
何故 彼が この時代に 蘇ったのかは わからないが
これほどの名勝負を 生み出したのだから 今は よしとしよウ
引き続き 記録を 継続
「朝、決まった時間に起きて仕事に行ってさ。夜遅くに帰ってきて自分の時間は残りわずか」
「ハイ。マスターはそこを踏まえて冒険者をやっていまス」
「少ない休日もすぐに終わるだろうしさ。労働してる人の精神力どうなってるんだろう」
「その過酷さを見越した上でマスターは日々の暮らしを考えているのデス」
「この幸せそうな環境が憎らしく思えてきたわ……」
「ごめん。今度イルシャちゃんのお店でボア骨メン大盛サービス頼むから許して」




