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アンデッドのボスの正体を探ろう

◆ 辺境伯邸 ◆


「ひとぉつ! 男子たるもの! 不断の努力を怠るなッ!」


 大剣の一振りだけでボスことデュラ・ハーンが、船長を押している。両刀サーベルをクロスして何とか受けているものの、力負けして後退の繰り返しだ。


「ふたぁつ! 弱音を吐くな!」

「ぐっ……!」

「みぃっつ! 絶対に強くあれっ!」

「ちぃっ!」


 さすがに船長だけに任せてられない。私とアスセーナちゃんで斬り込む。容赦ない左右からの強襲だ。左から情け無用の空走、右からアスセーナちゃん。


「よぉっつ! 男子たるものぉ……」

「うぎゃっ!」


「栄光を掴めぃッ!」


 船長を振り払った勢いで、空走を大剣で受けられてしまった。つまり渾身のスキルが片手間で防がれたという事。そしてアスセーナちゃんに至っては小手で剣を止められている。セイントセイバーですら、あのデュラ・ハーンには大したダメージを与えられてない。つまり私、船長、アスセーナちゃんを一度の動作でさばきやがった。よし、帰ろう。


「ちょっと! モノネさん、帰らないで下さい!」

「ごめん。心折れそうになった」

「3人で戦えば勝てない相手じゃないですよ!」


「女だてらにこの状況で鼓舞するか。実力差をもっとも思い知ったのは貴様だろうに」


 アスセーナちゃんが少しだけ苦い顔をした。いつも優雅に立ち振る舞ってるあの子にあんな顔をさせるなんて。これはいつものおちゃらけもなしだ。船長も連日、そして今も戦い続けてさすがに息が上がってる。この街最強の二人がこんな有様だなんて悪夢でしょ。デュラ・ハーン、こいつ本当に何者なの。


「なんだよ、あいつ……。アスセーナさんでも勝てないのか?」

「船長だって苦戦してるぞ。この街、やばいんじゃ……」


「情けないッ!」


 冒険者達や大衆の弱音もデュラ・ハーンの一喝で静まる。風でなびく赤いマントが、くっきりと夜の闇に浮かぶ。


「己で戦わず! 他者を頼り! 弱音! 弱音! 弱音! それでも男子かぁ!」

「女の子もいます」

「黙れぃっ!」


 つい突っ込んでしまった。でも間違った事は言ってない。この時代錯誤も甚だしい言動の中に、あいつの未練のヒントがあるのかな。アイゼフといい、ここまで統一された思想が蔓延する時代ってすごい。


「男子たるもの、一度は夢を見ぬか? 誰も掴んだことがない栄光……富! 名声! 男をあげれば、それだけいい女を抱ける! 打ち震えんはずがない! 何せ男なのだからな!」

「……それがお前の未練か?」

「俺は栄光を手にした男だ! だからこそわかる! この大衆の心はすでに俺が掴んでいるのだ! こいつらは全員、俺を見ている! 俺への期待しかないのだぁッ!」

「自意識すごいですね」


 デュラ・ハーンが完全に私をロックオンした気がした。せっかく船長が流れを作ろうとしてたのに、モノネさんは家で寝ていたほうがいい。


「わからんのか? この街の奴らは貴様らに何も期待していない。すでにわかっているのだ。俺という栄光に身を委ねたほうが楽だとな」

「フッ……モノネの言う通りだ。そうまで誇示しなければ、己に自信を持てんというわけだな」

「そこで私の発言を肯定しないで」


 デュラ・ハーンが一瞬だけ止まった気がした。頭がないから表情もわからないし読めないけど、船長の一言が刺さったのはなんとなくわかる。

 栄光がどうとか言ってるし、生前は何かすごい実績を上げたのかな。だとしたら何が心残りなのか。船長の言葉を信じて、その辺を突っついてみるか。


「栄光を掴んだというからには、すごい事をやったんだよね?」

「当然だ! 俺は頂点なのだからな!」

「どこで頂点になったの?」

「己こそが一番と信じた者達は俺の前に倒れ伏した!」

「だから、どこなの」

「頂点だと言っている! 俺は……オ、レは?」


 くらりと体を揺らして、眩暈でも起こったみたいだ。自分の正体もわからず、どこにいたのかもわからない。そして自分はすごいはずだけど、自信がない。つまり頂点じゃなかったってことかな。

 あいつの鎧に触れたらいろいろわかるかもしれない。でもさすがに接近させてくれるほど甘くないし、アンデッドの鎧の声とか聴けるのかもわからない。だから、出来るだけあいつ自身に吐いてほしい。


「あんたがそんなにすごいなら、人間だろうが魔物だろうが絶対に負けないよね?」

「当然だ……!」

「本当かなぁ?」

「俺が負けたことなど生涯一度たりとも……ない! 誰も成し得なかった前人未到の栄光、そして……未踏……?」

「負けたことがないのに死んだの? 病気? それじゃ病気に負けたんじゃ?」

「病魔など恐れるはずがなぁいッ!」


「ひゃっ!」


 突然、大剣ごと回転した。一文字のごとき一閃の威力を防ぎ切れたのは船長のみ。アスセーナちゃんは皆を守る為に受け切り、私だけが跳んでかわしてしまった。


「ア、アスセーナちゃん!?」

「へ、平気ですよ……」

「だって血が……」

「こんな怪我なら、未踏破地帯に行けばしょっちゅうです……」


 かろうじて立っているけど、一文字の斬り口がアスセーナちゃんの上半身に刻まれてしまった。それでも微笑みを絶やさないのは、私達を不安にさせないためかな。

 私は何をやってるんだ。いくらやる気がなかろうと、冒険者としてここにいる。友達を傷つけられる事態になるまで、私は何をしていた。


「アスセーナちゃん。レリィちゃんに傷を治してもらって。後は任せてね」

「モノネさん……わかりました」

「即答されるとは思わなかった」

「いえ……あの人、デュラ・ハーンは……モノネさんの見立て通りだと思います……」

「というと?」

「何かを恐れている……つまり、それが彼の死因に繋がっているかと……」


 本人は否定してたけど、病気かな。でも今一つ、確信的な反応じゃなかったな。船長の発言の時は、図星を突かれたら固まってたもの。何か、何か他に判断材料はないかな。例えばあいつの今までの動作、初めて見た時から逆算して思い出し――


「あいつ、なんで急に苦しみ出したんだろう?」

「マスター、一つ進言がありまス」

「何かわかったの?」

「はい。僕の予想ですが、恐らく彼はマスターの姿を恐れたのだと思いまス」

「首がない知り合いなんていないよ。いや、タクオさんに痛ガキとまで言われた私を恐れるとか……あ、あれ? まさか……」

「では、彼にこう叫んで下さイ――」


 ティカがくれたその言葉ですべてが繋がった。なんで今まで気づかなかったんだろう。いや、気づくほうがどうかしてる。まさかこんなところで出会うなんて普通は思わない。では言ってみよう。


「闘技大会7連覇の"無敵の英雄"!」


「……ッッ!」


 また固まったか。大剣を持つ手がかすかに震え出した。これは図星かな。


「あんたは獣魔の森の探索中、とある魔物に殺されたんだよ。よく知ってるよね?」

「オ、オレ、がァ……殺さレタ?」

「あぁ、この名前が決まったのはあんたが死んだ後だっけ。今はギロチンバニーって呼ばれてる」

「ギロ、チン……バ、ニー……」


 全員が固唾を飲んで見守る中、私だけが頑張らなきゃいけない。何せこの事実をこの場で知ってるのは私とティカだけだ。

あの両手がない人が渡してきた手記は、予想だけど大して知れ渡ってない。それどころか、獣魔の森は無敵の英雄によって踏破されたとまで前に聞いた。国にとっちゃ、無敵の英雄がわけのわからんウサギに殺されたなんて知られて面白いわけない。必死に隠蔽して、異なる事実を広めたという筋書きかな。


「ウ、ウサ、ギィ……! ウサギィィィィ! オレハ、お前などに負けてナイイイ!」

「見苦しいね。散々他人に弱音を吐くなだの言っておきながら、自分の落ち度は認めないの?」

「油断だぁぁ! あれは油断故ダァ!」

「男子たるもの、不断の努力を怠ったらダメでしょ」


「モ、モノネさん?」


 アスセーナちゃんに心配されるほど、今の私は私らしくないんだな。自分でもここまで怒れるなんて新発見だ。さっきまで逃げたくてしょうがなかったのに今は違う。


「闘技大会7連覇の無敵の英雄? ウソだろ……? あの魔物はヴァハールなのか?」

「なんだ? 有名な奴なのか?」

「知らないのかよ! アバンガルド共和連合の加盟国主催の闘技大会、優勝した者には領地さえ与えられるとまで言われてる大会だぞ!」

「100年近く経った今でも、7連覇は未だ破られてない記録なんだよ……」

「次点で2連覇だが大会の数日後、優勝者が自宅であっさりと暗殺されたって聞いたな」

「そう。命さえも狙われるんだよ……あの大会の優勝者はな」


 皆さん、お詳しい。なんでそんなに知ってるんですか。そんな恐ろしいパーソナル情報を聞いても、私の怒りは収まらない。


「ウサギ! ウサギィ!」

「つまりあんたの未練はギロチンバニーを殺すこと。私があんたに殺されたら、すべては円満解決ってわけだね」

「モノネさん! まさかバカなことを……」

「考えるわけないじゃん」


 自由が大好きな私がこんな亡者のために死ぬなんて冗談でしょう。むしろ死んでる奴が死ぬべき。それにしても威嚇してくるけどなかなか襲ってこない。もしかしたら、ギロチンバニーに対する恐怖心みたいなのがあるのかもしれない。


「ガァァァ……ウガァァァッ! ウサ、ギィッ!」

「やっと魔物らしくなってきたね。デュラ・ハーン、あんたは私が討伐してやる。何より……」


 友達を傷つけられて黙っていられない。そしてこの街を散々荒らした報いも受けてもらう。ギロチンバニー、今度こそこいつを冥界の底に沈めよう。


◆ ティカ 記録 ◆


やはり 思った通りだっタ

強者であれば アビリティに 気づかないまでも

マスター自身を 恐れる事はなイ

つまり 一風変わった格好を 恐れていると 考えるのが妥当

何に 恐れているのカ?

それは ウサギの姿ダ この世で 恐れられるようなウサギなど

ギロチンバニー以外に いなイ

このティカ 自惚れても 問題ないほどの 名推理

マスターの 傍らにいていいのは このティカのみ

ツクモよ 今後は 立場を 弁えヨ


すんごいぞよ


フン わかればいイ


引き続き 記録を 継続

「大人はおいしそうにビールを飲むけどさ。あれって何がおいしいの?」

「苦味と炭酸を楽しむそうよ。私もお酒はよくわからないわ」

「あんな苦いものが飲み物としてまかり通ってるのが不思議だよ。人間ってすごいよね」

「まさかモノネさん、ビールを飲んだことあるの?」

「いや、匂いでそういうの読み取れるから」

「そう。それじゃ今度はその鼻に頼ろうかしら」

「ごめん。なんか鼻が詰まって久しい」

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