反撃開始しよう
◆ 辺境伯邸 辺境伯の部屋の窓の外 ◆
辺境伯邸の部屋に通されたテニーさんが、アンデッドどもに囲まれてる。ボスのデュラ・ハーン、ナンチ開拓隊総隊長アイゼフ、その他数体。こんな状況でテニーさんは物怖じしないどころか、タクオだけを見据えてる。船長、いざという時は頼みましたよ。
「お、お前! 今更、僕の作品を一次通過させようってわけじゃないだろうな!」
「いえいえ、それはありませんー。あなたの作品を落選させたのは私ですからー」
「おッ! おまッ! お、お前ェ!」
「前にも言いましたが、あなたの作品には足りない部分が多すぎるのですよ。ですが」
「僕をコケにするために、こんなところまで来たのかッ!」
顔を紅潮させたタクオが、テニーさんをこれでもかってくらい睨む。あそこまで怒ってると、殴りかかりそうなものだ。だけどそこまでの度胸がないのは見て取れる。拳を握ったままだもの。今はアンデッドを味方につけてるから気が大きくなってるだけで、根は小心者なんだと思う。
「ですが……」
「お前は本当に見る目がないな!」
「ですがッ!」
「う……」
「もしかしたら私に落ち度があるのかもしれませんー。今日はそれを徹底的に確かめようと思ったのです」
「は、はい?」
ビックリだ。テニーさんが大声をあげるところを初めて見た。いつも間延びした喋り方をして飄々としたあのテニーさんが、だ。粋がってた小物タクオなんて思わず「はい?」だもの。
「私達は誠心誠意、全力で作品と向き合ってます。ですが編集者とて完璧ではありません。もし出版していたら、すごく読まれた作品を落選させてる可能性もあります」
「そ、そうだ。よくわかってるじゃないか……」
「そこで今日は私達二人であなたの作品を見直そうと思ってきましたー。私も未熟なので、何か落ち度があるのかもしれませんしー」
「……本当にそれだけのためにここまで来たのか?」
「はいー。そうですけど?」
何を言ってるのみたいな顔をしている。テニーさんにとってはアンデッド騒動よりも小説のほうが大切なのか。どこまで仕事人間なんだ。それとも小説愛が高まると、命すら惜しくなくなるのかな。
「さぁタクオさん! 原稿を出すのですー!」
「お前……今の状況がわかってるのか? そんな場合じゃないだろ……」
「面白い小説を書けばゾンビさんも納得してくれるはずです!」
「バカなのか……?」
「さぁ!」
手を差しだすテニーさんの瞳が、子どもよりも純粋に輝いている。そんなテニーさんに飲まれたのか、粋がってたタクオが静かになりつつある。気まずそうに顔を逸らして、何かを考えてるようにも見えた。
「原稿はある」
「さぁっ!」
「いや、待てよ。ボス達にも読んでもらおう」
「それはいいですねぇー!」
「タクオよ、さっきから何のやり取りだ?」
多分、この二人のやり取りについていけなかったんだと思う。ボスが名指しされて、ようやく口を開いた。アイゼフ総隊長は棒立ちで、船長は何か悟ったように目を閉じてる。あの人には何が見えてるのか。
「ボス、僕は小説を書いてるんですよ」
「小説だと?」
「はい、読んで下さい!」
「小説、だと……」
ボスの声色が変わった気がする。わずかに難色を示したような。でもボスはタクオが渡した原稿の束を受け取った。そして中身を読み始める。頭がないのにすごい。
「どうですか?」
「……貴様。大の男がこんなものを書きふけってるのか」
「え? どういう」
「男子ならば、肉体を使って勤しめ! 小説など女々しい! 女の腐ったような奴が書くものだッ!」
「ボ、ボス?!」
「ボスに同意だ。タクオ、見損なったぞ」
ボスに続いてアイゼフ総隊長まで怒り始めた。これは危ない流れだ。昔の人達だけに、ああいう娯楽に対する偏見がものすごい。
「待ってくださいー。読まずに批判するのはマナー違反ですよー」
「誰がこんなものを読むかぁッ!」
ボスがタクオの原稿を両手で破りちぎった。もう一度、そして三度の時点で完全な紙屑になる。それどころか、床に散らばった原稿だったものを踏みつけた。
「おい、女。貴様は見たところ結婚適齢期だろう。そんな大切な時期に何をしている」
「に……」
「なんだ? もっと声を張り上げろ」
「何するんですかッッ!」
テニーさんがボスに駆け寄り、鎧を平手で叩く。叩く。手が赤く腫れても、涙をにじませながらも叩く。嗚咽まで漏らして、本当に悔しそうだ。あんな奴の作品だろうと、あの人にとっては本当に大切だったんだ。こんなところまで来ただけあって当たり前か。
「あの作品は……タクオさんが長い時間をかけて書いた、この世に一つしかない作品だったんですよッ!」
「それがどうした?」
「あなたはそれを破り捨てたんです! 小説が女々しい? よく知らないのに、偏見で馬鹿にするほうが女々しくてみっともないッ!」
「女、見苦しいぞ」
「テニーさん!」
見てられない。窓から布団ごと乗り込んで、テニーさんの腕を取って強引に布団に引き入れた。紙一重だったと思う。ボスの拳が空を切って背後を通り過ぎたのは。その風圧で布団がめくれて、飛ばされかねない威力だ。やばい。今のは私に当てるつもりじゃなかったはずだ。もし当てるつもりだったら。
「なんだ?! 窓から入ってきたのか!」
「辺境伯も乗って!」
「はいはい、はいっと」
「待て! 貴様、何者……」
「ウサギファイターです」
狼狽したアイゼフ総隊長が攻撃モードに入る前に退散だ。ボスは拳を突き出したままの姿勢で何故か固まっている。まずは皆と合流してから反撃開始といきましょうか。
「得体の知れない奴め! ボス! 早くあいつを……ボス?」
「う、うぅ……」
「ボス! どうした!」
「んぐ……なんでも、ない」
急に頭を抱え始めたボス。これは攻撃のチャンスかもしれない。でも焦るな、ボスに加えてアイゼフと他数体を相手取るのはリスキーすぎる。そしてニヤリとしている船長にイラつく。
「船長! 見てないで助けて下さいよ!」
「こうなるとわかっていたからな」
「あ、はい」
そうだね。この人にはわかっていたんだね。だったらその調子でボス共々、何とかしてほしい。というわけであの人は放置しても問題ない。さようなら。
◆ 辺境伯邸前 ◆
「うし! 皆! 中には船長もいたし、反撃開始!」
私の合図と共に、冒険者達が辺境伯邸前を陣取っているアンデッド軍団に突撃する。こうなったら総力戦だ。テニーさんと辺境伯を降ろして、私も参加しよう。
「いやはや、どうなるかと思ったよ」
「チェスをやるほどの仲だったじゃないですか」
「悪い連中ではなさそうなんだよ。ただ、何故か今の彼らは危ない」
「アンデッドだからでしょ?」
「そうなんだろうけどね」
アンデッドとしてよみがえったと同時に、心まで魔物化しているみたいな? 私が考えてもわかるわけない。いい加減、泣きはらしてるテニーさんのフォローをしよう。
「あのさ、テニーさん。あの破られた紙はどうにかなるはずだよ」
「……本当ですか?」
「それにしてもタクオがあんなことになってるのに、お人好しを通り越して怖いよ」
「私のせいかもしれませんからー……」
「それは絶対ないから気負わないでね。じゃあ、あいつらを片付けてくる」
私にはテニーさんみたいに、何かに熱くなれるような情熱もない。小説だってあわよくばの精神で書いたものだ。下手な慰めすら、失礼かもしれない。だからせめてその情熱は守ってあげよう。
「ウサギファイター、推して参る!」
「なんだぁ、こいつ! この36番隊隊長であるタオサレイに挑むとは馬鹿の極みだな!」
「そんなに部隊あったんだ」
「おっと! 122番隊隊長ハイボックなくしてナンチ開拓隊は語れんぜ!」
「もっと多かった」
なんでここにきて一気に隊長がいるの。槍と斧を構えた緑色のゾンビが、私を迎え撃つ。隊長格といえばゲールと同格か。これは油断できないな。
「タオサレイ槍術を前にして、貫かれなかったものはいねぇぎゃぁん!」
「未開の地の大木をこの斧で引き裂いげふっ!」
「あら、強いと聞いてましたのに呆気ないですわ」
私に襲いかかってきた隊長どもをジェシリカちゃんが鞭の一振りでまとめてやっつけてしまった。ゾンビ達の体が千切れ飛んでる。声をかけておいて正解だった。
「来てくれたんだね」
「あなたがあまりにも哀れに懇願するんですもの」
「哀れすぎて助かった」
「……相変わらず調子が狂いますわね」
あいにく私はここでムキになるようなキャラじゃない。つまりこの子とうまくやっていけるのは私だけだ。私に傷つけられて困るプライドなんてない。
「ひどい事態ですわね。ランフィルドといえば国境付近の重要拠点でもありますわ。早いところ何とかしないと、付け入る輩が出てくる事ではなくて?」
「ごもっともすぎて感動で打ち震えてる」
「やってくれたなぁ……!」
さっきの隊長達が再生してきた。やっぱり生半可な攻撃じゃ倒せない。さすがのジェシリカちゃんも、眉を動かしてアンデッドどもを見据えている。
「おぞましいですこと。死して醜態を晒しますのね」
「気の強い女だな。オレ好みだぜ」
「かわいそう。永遠に手にすることが出来ないものを好んでしまったなんて……」
「こいつ、泣き喚かせてやるぜ! それにアイゼフ総隊長がもうじき、街中の部下達を呼び寄せる!」
「全隊! 集結せよッ!」
単にジェシリカちゃんの煽りにキレただけじゃない。多分、あいつは本当のことを言ってる。その証拠に、辺境伯邸から出てきたアイゼフが雄叫びを上げた。
そんなので集まってくるわけない、と一瞬でも思ってしまう。だけど、あいつはアンデッドだ。死んだ人間がああやって存在してる時点で、こっちの常識なんて通じない。
「アイゼフ総隊長のアビリティ"招集"は、開拓隊全員に声を届かせるんだ! つまりここに戦力が一気に揃う!」
「限定的なアビリティだね」
「バカ! クッソ強い上にアビリティ持ちなんだぞ! もう存在自体が反則だからな!」
「なるほど、昔は強くてアビリティ持ちはレアだったのかな。ところでいつになったら部下は集まってくるの?」
「もうじき来るはず……いや、遅くね?」
「残念だが私達があらかた片付けたよ」
ゾロゾロと登場したのはランフィルド病院の一同、そして街の人達だ。その手にはスプレーがある。大量にあるせいか、ツンと鼻をつく消毒液の匂いは私でもちょっときついほどだ。
「ひいいぃぃ!」
「体が焼けるうぅ!」
「なんだあれ、なんだあれぇぇえ!」
「効果抜群すぎでしょ」
「いくら連中が強くても、これの前じゃろくに動けなかった。街はもう安全だよ」
「ぶいっ!」
レリィちゃんのぶいっ!が心強すぎる。勝利のVサイン、これはまったく大袈裟じゃない。つまり残りのアンデッドはここにいる奴らだけな上に、隊長格含めて消毒液と薬の敵じゃない。実質、残ったのはアイゼフとボスだけだ。
「ふぅ、ようやくここまで来たか」
「船長、戦ってくれますか」
「あぁ。ただし、あのボスだけは私でも倒せん」
「船長でも勝てないとか、絶望じゃないですか」
「実力の問題はさておいて、強い未練を残しているアンデッドは従来の方法では討伐できんのだ」
「つまり倒すには、あいつの未練を突き止めろってことですか」
「その通りだ」
「んがぁ……う、うおおぉぉ……!」
いつの間にか理性を失くしていたボスがアイゼフの傍らに現れた。どうしちゃったんだろう。完全に意味不明だ。さりげなく置かれてしまった実力の問題も無視できない。達人剣君、勝てるよね?
――これほどのプレッシャーはかつてない
かつてないプレッシャーが私を襲った。
◆ ティカ 記録 ◆
テニーさんの小説愛 なんとしてでも 守り通したイ
人は 何かを熱く愛せる 心があル
体どころか 心も 失ってしまった アンデッドにはない 大切な ものダ
タクオには 響いただろうカ
突然の デュラ・ハーンの苦しみ 何か 引っかかル
苦しみ始めたのは マスターがテニーさん達を 助けた辺りダ
これは まさか いや 憶測で マスターを戸惑わせるわけには いかなイ
もう少し 確信に近づけよウ
これが 正しければ ボスを倒す方法は 一つしかなイ
引き続き 記録を 継続
「マスター、遥か遠方の島国では年の終わりにソバと言う麺類を食べる風習があるそうデス」
「年の終わりねぇ。単に時間が進むだけなのにねぇ」
「じゃあモノネさんはソバ食べないのね」
「年の終わりを実感する風習を大切にしたいよ、イルシャちゃん」
「わかりやすい……」
「来年もよろしくお願いしまス……」




