偵察しよう
◆ ランフィルド 冒険者ギルド ◆
「モノネ! モノネじゃないか!」
「来てくれたのか!」
「これで形勢逆転じゃないのか?!」
すごい歓迎されまくってる。そこまで評価されてるなんて知らなかった。でも同じブロンズのバトルシェフも当然、このくらい歓迎されているはず。
「今更、ノコノコと……」
「ゲールとかいうスケルトンに負けたからって僻むなよ、ストルフさん」
「人骨をダシに見立てるのは無理があっただけだ」
すでに完敗済みだった。そのゲールに勝ちましたって自慢しようと思ったけど、余計な争いで疲れたくない。アイアンタートルスープはおいしかったから、あの味に免じて今回は黙ってましょう。
「街の警備隊は? 被害は? 知りたいことが多すぎる」
「警備隊の中には負傷者が多数出たものの、死者はいないそうだ。なんだかんだで負けてないよ」
「けど戦況的には押されていて、今は膠着状態だな。そのせいで街はアンデッドであふれている」
「ふーん……皆は戦ったの?」
「聞くなよ」
その答えがすべてっぽい。どうにかなってたら、こんなウサギを歓迎しないもの。フレッドさんやストルフさんという実力者がいるのに、なんだかんだでこんな状況だ。ナンチ開拓隊、さすがは未踏破地帯の踏破者達だけあって現代ッ子なんてもやし扱いってわけか。帰って寝たくなってきた。
「この辺りってさ、開拓される前はナンチって呼ばれてたんだね」
「王都から少しずつ開拓されて、その南に当たるからここはナンチって呼ばれてたようだな」
「案外、安直だった」
「詳しくは知らないが、開拓時代は壮絶だったらしいな……。そんな時代の連中が蘇ってるんだから、俺達が敵うわけないよ」
士気がよろしくない。よし、ここは一つ。
「私、隊長をやってるゲールやグーバンに勝ったよ。だから元気出して」
「……すげぇな」
「いつもなら吹かしと思うが、お前なら信じるわ」
「貴様……この私に対する当てつけか?」
はい、約一名の反感を買って終わりました。やっぱり黙っておけばよかった。よく考えたら、士気なんて私が気にする必要もない。あろうがなかろうが、今の状況は何も変わらないんだ。
「ひとまずここにいる人達は戦う気あるよね? あるならアンデッドのボスに集中攻撃を浴びせようと思う」
「……あいつか」
「フレッドさんすら瀕死の重傷らしいじゃないか。勝てるわけねぇよ……」
「何この人達、めんどくさい」
とはいえ、私も勝てるなんて思ってない。なんでこんなに必死になってるんだろうな。やっぱり自分の寝床だから?
ランフィルド食祭は楽しかったし、病院の人達もいい人達ばかりだ。そんな場所だから見過ごせないのかもしれない。シャンナ様の言う通り、自分って思ったより熱いのかな。
「あ、そうそう。船長とアスセーナちゃんは?」
「アスセーナさんは少し前から見てないな」
「船長は……」
やだ、何その沈黙。まさか、まさかのまさかな事態ですか。続きを聞きたくない。
「船長はボスを倒しにいっている」
「へ? じゃあ、死んでないんだ」
「死んでるわけないだろ! でも音沙汰がないよな……」
「辺境伯邸が死闘の場になってるの?」
「辺境伯邸?!」
なんか情報が錯綜してる。ここは私の説明でバシッと決めないでティカにやってもらおう。ボスが辺境伯邸にいるという情報は、ゲールから得たものだから当然だった。
「……というわけで、一刻も早く辺境伯を救出しなければいけませン」
「こんなところで籠城してる場合じゃないぞ!」
「すぐに支度しよう!」
「籠城のつもりだったのか」
とはいっても武器は手元に置いてあるから、やる気がないわけでもなかったのか。何にしても、進軍の準備は整った。出来れば警備隊にも協力してほしいけど、戦力を集めすぎるのもよくない。あの人達には街をしっかりと守ってもらう。というわけで冒険者軍団、反撃開始の時だ。
◆ 辺境伯邸の前 ◆
「暇だぁ」
「せめて女でも抱けりゃな」
「こんな体じゃ無理だろ」
「そもそも欲がない」
退廃的なムードを漂わせてるアンデッド軍団が、辺境伯邸の前を陣取ってる。多分、ナンチ開拓隊だ。武装したスケルトンとゾンビがたくさんたむろしているし、まずはあれを突破しないと。
私が先行して偵察してよかった。空からサインを出して、待ったをかけてるから冒険者達はまだ動かない。そしてもう少し先を偵察するのも予定の一つだ。それは辺境伯の安否の確認。
「体や欲があっても、そういう店がねぇだろ」
「マジか。つまらん街になっちまったもんだ」
「そんな街に育てた覚えはねぇな」
いろんな意味で救いようがない連中をスルーして、辺境伯邸の窓に忍び寄る。そして辺境伯の部屋の様子が見て取れた。血まみれになった辺境伯、縛られて痛めつけられた辺境伯、室内には凄惨な光景が――
「チェックメイト」
「待てぇ!」
「これで34回目だよ。もう待てないね」
「うおぉぉ! また負けたッ!」
なんと、スケルトンナイトみたいなのと楽しそうにチェスをやっている辺境伯がいるではありませんか。バニーイヤーのおかげで室内の音も拾えてよかった。二人とも、柔らかそうなソファーでくつろぎながらゲームに興じてる。何やってんの、こいつら。
◆ 辺境伯邸 辺境伯の部屋の窓の外 ◆
「貴様ァ……やるではないか!」
「あなたこそ、さすがはナンチ開拓隊を指揮していただけはある」
「フフフ……この街も、いい領主に恵まれたものよ」
親睦が深まりすぎてるし、もう解散でいいかな。あれがナンチの隊長だとして、ボスはどこにいるんだろう。ところであの隊長、腕が4本もあるように見えるんだけど気のせいかな。人間って腕が4本もあったっけ。まぁ腕が4本あろうと、あの雰囲気なら心配ないかな。
「戻ったぞ」
そいつが現れた瞬間、窓の外であるここの空気まで張りつめた気がした。バニーイヤーで、近づいてくるその足音すらも拾えなかったのか。思わず目を逸らしたくなったのは、あいつが段違いに"死"の空気を纏っているからだ。
深淵よりも深く黒い鎧、頭があるはずの場所は穴になっている。その奥には闇の空間が広がってそうだ。あいつがデュラ・ハーン。フレッドさんを痛めつけた奴。
「ボス、その片手に持っているのはまさか」
「残念なことに、こいつはオレ達にこの街から手を引けと命令した」
「……グーバン」
「あ、あぅ、あぁ……」
頭だけのグーバンが、ボスの片手にある。アンデッドでも再生できないのか、苦しそうだ。そんなグーバンをボールくらいにしか思ってないんじゃないの。デュラ・ハーンは目もくれてない。あの様子だと説得に失敗したんだな。それにあいつ、ひょろなが男。ティカが言ってた通りだ。
「へ、辺境伯! こ、こっ、心変わりはしたのか!」
「そうは言ってもねぇ。私としては今の方針を変えるつもりはないのだよ」
「悠長なことを言ってるな! ボスの言う通りにすればいいんだ!」
「辺境伯、ご無事ですか」
次に現れたのは船長だ。なんで普通に入室してきてるの。何がどうなってるの。説明して。
「この通り、ピンピンしてるよ。それよりまた戦ったのかい?」
「えぇ、ですが私では彼の未練を断つのは難しそうです」
「そいつは強い。だがそれだけだ」
首がないのに流暢に喋るボス。今のやり取りからして、船長はボスと戦ってたのか。でもあいつは不死だから倒せなかったと。でも未練がどうとか言ってるな。
「困ったものだね。君は何を求めているのか……と聞いても、覚えてないのだったね」
「まずは街の改革だ。痩せて不健康そうな男、女は肌を露出して売女のような風体……この街は腐っている」
「そうだ! だから頭の悪い奴らばかりになる! ボスはそれをわかってるんだ!」
「それで君は彼らをアンデッドとして蘇らせたんだってね。自分が何をやったのか、まだ理解できてないようだ」
「うるさい! これ以上、グダグダ抜かしてると本当に殺しちまうぞ!」
ひょろなが、不敬どころじゃない。しかも強気だ。ガキ大将の横で粋がってるみたいでみっともない。そもそもあいつは何がしたいんだろう。
まさかあいつらに街を変えてもらえば、自分の小説が評価されるなんて考えてるのかな。いや、さすがにそれは見下しすぎか。ていうかひょろながさん、キャラ変わってません?
「待て、タクオ。この男に半端な脅しは通用しない。我々を前にして、大した胆力だよ」
「けど、アイゼフさん! これじゃいつまで経っても変わらないぞ!」
「お前の熱意はわかるが落ち着け。俺の部下達は優秀だ。この街など、すぐに制圧できる」
「そ、そうかな。それならいいんだけどな」
その優秀な部下達は飲食店で飲んだくれてたり病院に押しかけるので忙しかったけど、やる気あるのかな。
ひょろながことタクオは、随分と総隊長アイゼフに認められている様子。そろそろ偵察はいいかな。部屋にまとまっているのがわかったし、後は外の連中をどうにかするだけだ。とか考えていたら、アンデッドが慌ただしく部屋に来た。
「ボス! 総隊長! 変な女が訪ねてきてます! タクオさんと話がしたいとか言ってますが?」
「僕と話したい女なんているわけないだろ! いや、待てよ……そいつの名前は?」
「ブックスターのテニーとか名乗ってます」
「あ、あの女ァ! まさか今頃になって謝る気じゃないだろうな! フン! いいだろう、通せ!」
「へい!」
アンデッドを顎で使うタクオさん、すごすぎる。アンデッドもなんであんな奴にヘコヘコしてるんだろう。いや、それよりもテニーさんがここに来た事実のほうがビックリだ。これはもう少しだけ静観する必要があるかも。いざとなったら、テニーさんを守らないといけない。
◆ ティカ 記録 ◆
冒険者ギルドの 冒険者達が 結集したが
あのボスを 見た後では 彼らも 霞んでしまウ
僕でも わかるほどの 異質さダ
あれは 一体 誰なのカ
そんな中 テニーさんの訪問
彼女が タクオに 何を申すのカ
まさか タクオの作品を 受賞させる 代わりに
アンデッドを 退かせろとでも いうつもりカ
そうだとすれば 絶対に やっては ならなイ
彼女の 小説に対する 熱意を ここで捨ててしまう事になル
どうか それだけは
引き続き 記録を 継続
「モノネさん、アビリティ持ちはたまに妬まれる事もあるらしいんですよ」
「どうしたの急に」
「どんなに鍛錬しても身につかないのがアビリティですし、それ一つで戦ってる人なんかは特に……」
「まさかアスセーナちゃんまで出番がないから拗ねたの?」
「そうなんですよ」
「認めるんじゃない。ていうか嫌なら早く登場しなさい」




