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異常事態を把握しよう

◆ モノネの部屋 ◆


 寝起きは本当に頭が回らない。何せ今が朝なのか夜なのかもわからない。昼寝をしたという事実すら忘れてる。何日、家から出てないんだっけ。久しぶりに引きこもり生活を満喫したのはいいけど、大切なことを忘れてる気がした。


「おそようございまス」

「おそよう。今、夜だね。何も予定は……あぁ! フレッド夫妻!」

「そろそろ帰ってきてるかもしれませン」

「結婚式の約束をしてたんだっけ!」


 着替えて身支度を整える必要はない。布団にくるまったまま、冒険者ギルドへ直で行ける。すっかり夜景と化したランフィルドを見下ろすと、見慣れない人がいた。暗くてよく見えないけどふらふらと歩いてる。酔っ払いかな。


◆ モノネの家の前 ◆


「……はて」

「マスター、異常事態デス」


 ふらふらと歩いていたそいつは目玉が落ちそうで頭髪もほとんど抜けている。どう見ても体は腐ってた。よろめきながら歩くそいつは私を見つけると、歯抜けの口を見せて笑いかけてくる。


「やぁ、今日はいい夜ですねぇ」

「そうですね。ところであなたは人間じゃないですよね?」

「えぇ、いわゆるゾンビってやつですかねぇ」


 待て、いろいろ待て。なんか普通に会話しちゃったけど、なんで街の中にゾンビがいる。腐敗臭とかどうでもよくなるほど、状況が呑み込めない。


「魔物扱いでいいんですよね?」

「あ、討伐ですかぁ? やめたほうがいいですよぉ? あの人が怒りますからぁ」

「あの人?」

「そうですよぉ、この街はあの人によってこれから生まれ変わるんですよぉ。でわぁ」


 ふらふらと歩いて、ゾンビはどこかへ行ってしまった。なんで私は普通に見送ってるんだろう。敵意はなさそうだけどあいつのボスがいて、この街をどうにかしようとしてる。わかったのはその程度だ。この分だと街の警備も役に立ってない。もしかしたら死傷者までいるかもしれない。


「冒険者ギルドもいいけど、知り合いの無事を確認しよう」

「イルシャさんとレリィさんですネ」


 一番近いのはレリィちゃんの家だ。布団に乗っていれば、あのゾンビと出くわさずに済む。あれは襲ってこなかったけど、油断は出来ない。だから、どうしてこうなってる。


◆ レリィの家 ◆


「レリィちゃんは無事みたいだね」

「外にアンデッドがいるよ。ここには近寄ってこないみたい」


 パパとママは家に籠城してレリィちゃんを守ってる。今のところ、積極的に襲ったりはしてないのかな。そもそもどれだけの数がいるのかもわからない。


「ディドさん、何がどうなってるかわかる?」

「さっぱりだ。気がついたら、そこら辺にアンデッドどもが闊歩していた」

「一応、警戒はしてるけど襲ってくる気配はないわね」

「二人の実力なら滅多なことはないだろうけど、他の冒険者達や警備兵は何をやってるのかな」

「わからん……俺達はここを離れるわけにはいかんからな」


 レリィちゃんの無事は確認できたし、ここにいればきっと安全なはず。だけど心配だ。


「レリィちゃん、一度ツクモの街に逃げて」

「大丈夫」

「大丈夫なの?」

「なんとなくだけど、アンデッドはここにこない」


 この子の勘を信じてやるべきか。何かあったら大事だ。だけど両親よりも一番落ち着いてるのがレリィちゃんだ。


「モノネさん、私達は平気よ」

「……信じるよ」


 これ以上はお節介だ。この一家の意思を尊重しよう。次はイルシャちゃんか。アスセーナちゃんは絶対大丈夫どころか、すでにボスを倒してるまであるからいいかな。


◆ 定食屋 "炎龍" ◆


 すごい繁盛してる。全席が埋まっていて、イルシャちゃん達がかなり忙しそうだ。儲かるのはいいことだけど、唯一の問題点は客がアンデッドなところか。ゾンビどころか骸骨までいる。そして厄介なことに武器を持っている個体までいた。


「骨身に染みるこのうまさ……もう一杯!」

「骨しかないじゃん」

「いやー、いい料理屋があったもんだ! 生き返った気分だ!」

「死んでますけどね」


 などと突っ込んだところで、聴こえてない。イルシャちゃんがこっちに気づいて、手招きしてくる。アンデッドどもは盛り上がりすぎて、私とティカの存在に気づいてない。


「モノネさん。お客さんが来てくれるのはいいんだけど、この人達って死人よね……?」

「それをわかっていて料理を振る舞うこの店が好きだよ」

「お酒を飲んでも、そのままこぼしちゃってるのよ。骨だけだからしょうがないんだけど……」

「あえてそこは突っ込まない」


「おぉい! もう一杯持ってこぉい! ついでにこっちにきてつげぇ!」


 床とテーブルをびしょびしょにしたスケルトンが、ジョッキを掲げて注文してる。そろそろ冷静に対処したほうがいいか。


「皆さん、死んでるところ悪いけどマナーは守りましょう」

「あぁん? なんだ、このガキは?」

「子どものくせに大人に意見してんじゃねぇッ!」

「オイ! 主人よ! このガキ、つまみ出せ!」


「あ、あぁ。はぁ……」


 さすがのイルシャパパも曖昧に返事するしかない。生きてるはずの他の店員の顔色が悪すぎる。こんな状態で仕事してる時点で相当なメンタルだと思う。

 討伐してやりたいけど、イルシャちゃん達はこいつらを客として扱ってる。だったら滅多な真似は出来ない。お友達の意思を尊重しないと。


「大体、なんだその恰好は? 親はどこにいる?」

「大人に対する口の利き方がまるでなってねぇな?」

「親の教育がよくないんだろう。俺が親だったら、引っぱたいて床下にでも閉じ込めて反省させてやってるところだ」

「まさかアンデッドに説教される日が来るとは思わなかった」


「マスター……当然ですが、彼らは死んでいるので生体感知にも引っかかりませン……」


 これは痛い。見つけ次第、片っ端から討伐できない。そしてこいつらのボスも多分アンデッドだから見つからない。ひとまずここの安全だけでも確保したいから、イルシャちゃんの許可がほしいかな。


「イルシャちゃん、こいつらを歓迎してる?」

「相手が死んでいようと、お店に来て料理を注文したのならお客様よ。粗末には扱えないわ」


 なるほど、どこまでも熱心だ。だとしたら私の出番はない。だけどイルシャちゃんは一つだけ見落としている。こいつらがお金を持ってるかどうかだ。


「ったくよぉ、最近の生きてるもんはこんなうまいもんを食ってるのか!」

「俺達の時代じゃ、明日の食い物さえも想像できなかったもんだ」

「これじゃ軟弱な連中が出来上がって当然だな! ボスもお怒りなわけだ!」

「そのボスも含めてさ、あんた達はどこから湧いたのさ」

「このガキ、まぁだ口の利き方をわかってねぇ! もう我慢ならねぇなッ!」


 怒ったスケルトンがついに剣を持ち始める。錆だらけで斬れるのって聞きたいけど、武器は武器だ。改めて見ると異様だな。骸骨が動いて喋って剣まで持つ。これがアンデッドか。


「オイオイ、ゲールよ! ガキ相手にムキになるなよ!」

「躾がなってねぇからな。ガキがこんなんだってのに親はどこで何をやってんだ……」

「正論っちゃ正論」


「黙れやぁッ!」


 スケルトンが剣を振りかぶってきた。意外と速いな。あくまで意外と、だけど。


「な、なに! 受けられただと!」

「攻撃されたからには正当防衛だよね」

「うぎゃっ!」


 ひとまず貧弱そうなあばら骨あたりを蹴っ飛ばす。予想通り、各骨がバラバラになって倒れた。だけど頭が、手が、足が動いて。少しずつ組み上がって元の形に戻る。


「ひぇっ……さすがアンデッド」

「こんのガキャ……しかも女のくせにやたら強いな!」

「ところであんた達、お金はあるの?」

「んなもんツケに決まってんだろうがぁ!」

「支払予定日は?」

「未定だ!」


「だってさ、イルシャちゃん。もうやっちゃっていいよね?」


 無言で頷いてくれた。心置きなく討伐できるけど、店内で暴れるわけにはいかない。ここは一つ、煽って出てもらう。


「全員、表に出てよ。私が一匹ずつ退治してやるから」

「抜かしやがったな!」


 見事に全員がいきり立ってくれる。店の外に出て夜の空気を吸いながら、こいつらの退治方法を考えよう。


◆ 定食屋 "炎龍" 外 ◆


「ファイアバルカン」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」


 ティカのファイアバルカンに撃たれまくってゾンビが蒸発した。いくら再生しても、元がなくなったら無意味だ。つまりこいつらを倒すには徹底して潰さないといけない。


「こ、殺しやがった!」

「死んでるから殺したとはいわない」

「モンスター名はゾンビ、スケルトンソルジャー。戦闘Lvは死者ゆえに計測不能ですが、生前の強さ次第と予想しまス」

「タフだけど個々の強さはどうかなー?」


「舐めてんじゃねぇぞ!」


 一斉に襲いかかってきたところで達人剣に任せる。スケルトンの体の各場所に何発かの打撃を打ち込み、骨ごと粉砕する。ゾンビは野菜みたいに千切りにしてから、ティカのファイアバルカンで焼き払う。動きも大したことないな。ほとんどが生前、一般人だったのかもしれない。


「ガ、ガキのくせに強すぎる!」

「こいつ、人間じゃないのか!」

「残りもわずかだね。ここで降参して洗いざらい吐いてくれる?」

「だ、旦那! こいつは俺達じゃ手に負えねぇ!」

「だろうなぁ……」


 なんか大物ぶったスケルトンが、もったいつけて剣を目線の高さに掲げる。さっき私が蹴っ飛ばした奴だ。仕切りに酒をつげとか言ってたっけ。楽勝、楽勝。このままサクッと――


「よっとぉ!」

「うわぁっとぉ! け、剣が流れた!」


 斬りかかったものの、あいつの剣に受けられてそのまま滑るようにしてこっちの剣が落ちる。すぐに間合いをとって離れたからよかった。その直後に切り返しの一撃が来てたもの。


「速いなぁ。身のこなしは一級品かぁ」

「あんた、さっきと違うじゃん」

「お前みたいなガキがここまでやるとは思わなかったからなぁ。久しぶりの現世で油断してたんだよ」

「生前、強かったんだね」

「今も、だよ。何せ俺ぁ……」


 くるりと剣を一回転させてからの構え。恰好つけてるけど骸骨じゃ恰好がついてない。でも本人は決まったと言わんばかりにポーズをとっている。


「ナンチ開拓隊の斬り込み隊長だった男だからなぁ。ここも様変わりしちまったもんだぁ」

「どういうこと?」

「俺に勝ったら教えてやるよ。おっと、その前に……」


 またくるりと一回転、あれ気に入ってるっぽい。とっとと喋れ。


「ナンチ開拓隊斬り込み隊長"流し"のゲール……推して参るぜ。俺が勝ったら、酒つげよ?」

「もったいつけてそれか」


 いきなり面倒な相手すぎる。さすがのイルシャちゃん一家も固唾を飲んで見守ってるな。大丈夫だよと言ってあげたいけど私はアスセーナちゃんみたいな戦闘狂じゃない。だから、その保証もしてやれない。でも聞きたいことがてんこ盛りだから、やるしかないぞ。


◆ ティカ 記録 ◆


異常事態ダ このアンデッドども どこから湧いタ

観測範囲では 街の方々に 犠牲は 出ていなイ

それに 開拓隊と いったカ

戦闘Lvを 計測できないのが 痛手ダ

他の 方々の無事は どうカ

ダメだ 混乱して 記録が まとまらなイ


引き続き 記録を 継続

「はい、私の勝ちですね」

「もーやーめたー。ボードゲームでもアスセーナちゃんに勝てるわけない」

「じゃあ、4駒落ちにしますから!」

「それでも無理」

「ろ、6駒で……うっ」

「本当、アスセーナちゃんって私以外に遊ぶ相手がいないんだね……」

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