腕試しをしてお風呂に入ろう
◆ モノネの部屋 ◆
「アスセーナちゃん、狭くない?」
「広いです!」
ウソついてまで気をつかわなくていいのに。せっかくのお泊りなのに床に布団を敷いて寝かせるのもどうかなと思って、私の布団で寝てもらってる。大きいサイズなんだけど、さすがにこの年頃の女の子二人だとちょっと窮屈。吐息がかかるくらい。
「これ、浮いたり動いたりするんですよね」
「私がそう思えばね」
「やっぱりすごいアビリティです。底が知れないというか……」
「買いかぶりすぎだよ」
などと謙遜したものの、自分でもまだ底を見てない。剣やイルシャパパの調理器具といい、物に宿っている声が聴こえるところに本質があると思ってる。
こんなすごい力を16年間も気づかずに腐らせてたなんて、引きこもりも良い事ばかりじゃない。
「アスセーナちゃんってさ、この街で一人暮らししているの?」
「そうですよ。適当な住居を借りて住んでます」
「お金もたっぷりあるだろうね」
「王都で暮らしている両親には、遊んで暮らせるくらいのお金をあげてますね」
遊んで暮らせるくらいのお金をもらってる私との格差がここにも。だからといって、別にコンプレックスは感じない。ただすごいなと思う。
「明日、お手合わせをお願いしてるけどさ。アスセーナちゃんの戦闘Lvっていくつ?」
「秘密です」
「えー、それがわからないと参考にならない」
「大丈夫ですよ。私に勝てたなら、実績を積めばシルバーの称号は確実でしょう」
「最低でもシルバークラスの実力があるってこと?」
「あくまで勝てたらの話ですけどね」
アスセーナちゃんが小悪魔みたいな笑みを浮かべる。こういう顔もできるんだな。
「戦闘Lvを教えないのはですね。数値ばかりにとらわれてほしくないからなんです。例えば討伐戦闘Lv5の魔物を倒せば、その人の戦闘Lvは5です」
「そうだね。戦闘Lv5の魔物までは心配ないわけね」
「ところがですよ。その魔物が陰で待ち伏せしていたら? 複数体だったら? 強い個体だったら? 誰かを守らなきゃいけない状況だったら?」
「殺されちゃうかもね」
「そう。実際、数値を妄信しすぎて見誤る人が多いんです。基準を明確にするという事はこういう弊害もあるんですよね」
「なるほどー、さすがだなーアスセーナちゃん」
「疲弊しきった状態で戦うと、自分よりも低い戦闘Lvの魔物にだって殺されかねません」
ベッドの中って普通、好きな人の話とかで盛り上がるんじゃないかな。まさか冒険者講義を始める女の子と寝る事になるとは。といっても恋の話なんか、面白くないから別にいい。恋愛なんかしたことないし、する気もなし。
「モノネさんの戦闘Lvは10でしたね。数値だけなら、この街周辺では怖いものなしですよ」
「そういえば情報を開示してたっけ。あ、あれならアスセーナさんの戦闘Lvもわかるかも?」
「ダメですね。称号を貰うと任意で情報を隠せるのでそうしています」
「その制度はどういう利点の元に存在してるの」
称号があるから表示する必要がないのかな。でも戦闘Lvが低くても称号を貰えるらしいし、よくわからない。何なの、この制度。
「フレッドさんはともかくとして、ゴボウはあの場にいた方々には荷が重い相手でしたね」
「商隊を蹴散らしたとか、何人も殺してるっぽいからね。相当強かったんじゃないかな」
「フフッ、自分で倒したのに本当に他人事ですね。まぁあの盗賊団は恐らく……」
「うん?」
「寝ましょう。スー……スー……」
寝るの早い。この切り替えは野営してる時にも活かされそう。私はというと、こんな早い時間に寝た事があまりない。
アスセーナちゃんの寝息がかかるほど近いので、なるべく離れ――
「んむ……」
「ちょ、離れ、ない」
寝ぼけてるのか、抱きつかれてしかも完全に拘束された。鍛え抜かれた力で抑えこまれては、ただの引きこもりでしかない私に逃れる術はない。
バニースウェットの力を使えば抜け出せるだろうけど、ひとまず寝る努力をしよう。ギロチンバニーが一匹、ギロチンバニーが二匹――
◆ モノネの家 庭 ◆
無駄に広い庭で私とアスセーナちゃんが二人。考えてみたらバカな提案をしたな。いくらこの古びた剣の実力が知りたいといっても、相手は百戦錬磨の冒険者。向かい合ってるだけで、アスセーナちゃんの綺麗な瞳に射抜かれそうになる感覚に陥った。
「さ、いつでもいいですよ」
アスセーナちゃんを中心に草がなびいた気がした。朝早いとはいえ、異様に辺りが静まっている。小鳥の鳴き声すら聴こえない。
細長い剣を私に突きつけ、半身を逸らして構えたアスセーナちゃん。怖い怖い、ゴボウやバーストボアの時ですらこんなにも緊張しなかった。待っていても仕方ない。とにかく仕掛けてみますか。
「とおりゃっ!」
間合いを詰めて一振―――
「ていやぁぁっ!」
のけぞって回避、危な――
「ちぇいっ!」
「わわっ!」
多分、連撃的なアレだと思う。もはや速すぎて何が起こってるのかわからない。だけど私もしっかりと回避している。
時々、剣で払ってはまた追撃を払い。また避けて、距離を取ってアスセーナちゃんが突進してきて。
私が認識できるこの動作以外にもいろいろ起こってる。剣と剣がぶつかり合う金属音が、早朝の静かな庭に響き渡っていた。
「はぁっ!」
下から斬り上げた一撃がかわされた。やばい、殺され――
「……負けました」
「えぇぇ?」
「刃が私の首に迫ってます。止めてもらえなかったら、そのまま斬り飛ばされてました」
かわされたと思ったら、私が寸止めしていたんだ。確かにこのまま剣をスライドさせたら、アスセーナちゃんの首に入る。
言われるまでわからなかったけど、剣先がギリギリ届いていた。お互い、剣を降ろして深呼吸。私が寸止めとはね。
「はぁ……うまく剣が止まってくれてよかったよ」
「モノネさんが私を殺そうとしてなかったのでしょう」
「そうだね。結構、そういうところは融通が利くよ」
ジャンを蹴り飛ばした時も、ひとまず目先の危機を回避したい一心だった。あの時、私があいつに殺意を抱いていれば殺していたかもしれない。
「完敗したのはいつ以来でしょう……その剣の持ち主が気になりますね」
「アスセーナちゃんからみて、この子はどのくらい強い?」
「私が知る限り、それほどの使い手は何人といません。何せその子も、本気を出してないようでしたから」
お上品に額の汗をハンカチで拭うアスセーナちゃんが私にウインクをする。負けたのに結構余裕があるな。すごい悔しがるかと思ってたのに。
「最後の一撃は逃げられなかったんでしょ?」
「いえいえ、あくまでスキルやアビリティを使わなければの話です。私もまだまだ本気じゃありませんよ」
「アスセーナちゃん、自分の力を隠していると認めちゃダメだよ。相手が油断してくれたほうが勝ちに近づけるでしょ?」
「そうでしたね。モノネさん、やはりあなたは冒険者に向いてますよ」
アスセーナちゃんがペロリと舌を出して、はにかむ。
あまり活動したくはないといった手前なのに冒険者に向いてる、ね。してやられたのはこっちだったか。シルバーの称号持ちの冒険者と互角以上に戦えて安堵、とはならず。
「久しぶりにいい汗をかきました。シャワーを借りてもいいですか?」
「どうぞ」
「モノネさんも一緒にどうです?」
「めんどくさいからいい」
「ダメですよ。お風呂は入れるうちに入っておかないと。さ、浴びましょう」
背中を押されて自分の家の中に押し込まれる。両親以外の誰かと一緒に風呂に入るなんて生まれて初めてだ。
◆ モノネの家 バスルーム ◆
「背中、流しますね」
「なんで普通に洗ってもらう流れになってるの」
「ハッ?! こ、これはもしや洗いっこ!」
「はいはい、私もアスセーナちゃんの背中を流せばいいわけね」
誰に見せるわけでもなし。そう楽観していたけど、まさか見せつけられるとは思わなかった。これが胸囲の格差か。
「モノネさんはこうしてしまうと、ただの女の子なんですよねぇ」
「スウェットもあの剣もなかったらただのザコですよ、私は」
「少しはトレーニングでもしてみては?」
「体を鍛えようと思い立って何年も経過しました。明日からやればいい」
「それなのにあれだけ動いてピンピンしていられるのはすごいです」
確かに疲れもほとんど感じないし、筋肉痛になりそうなものなのに。剣やスウェットが完全に私の味方をしてくれてるという事かな。
「お背中を流しましょうカ?」
「あ、よろしくどうもです」
ティカがアスセーナちゃんの背中をごしごしやり始める。小さいからあまり捗らない。
「アスセーナちゃん、ティカが実は男の子だとしたらどうするってストォォップ!」
「はい、ストップしました。男の子じゃないんですか?」
アスセーナちゃんがティカを鷲掴みにする寸前で止められてよかった。背後を取られていても、一瞬で対応できるんだね。
さすがと言いたいけど冗談一つでティカがガラクタになるなんて、冗談じゃない。
「人間じゃないから性別も何もないと思うけど、直観で女の子かなーって」
「それならよかったです」
「アスセーナ、生体登録完了」
再発を防止するために、今になって登録しやがった。でもこれでアスセーナちゃんが昨日みたいに勝手に入ってこようとしても、事前に察知できるわけだ。ただ接近戦だと成す術がないぞ、ティカ。
「僕自身も男なのか女なのかわかりませン」
「僕といっているから、やはり男では……?」
「もうこれ以上は勘弁してあげて」
なんか指をならし始めてる。こっちまで怖くなるからやめて。
「では私はお仕事があるので先に失礼しますね」
「あ、いってらっしゃい」
「モノネさんも、出来れば積極的に活動してほしいです。その力を腐らせるには惜しいですよ」
「まー、自分の力についてはいろいろ考えてみる」
「そうですね……」
バスルームの引き戸に手をかけたアスセーナちゃんが一度、止まる。
「モノネさんの剣、私ですら本気を出すに値しないとさえ思ってそうです。今はまだ戦える喜びに浸っているような気さえします」
「それはさすがに自虐しすぎじゃ」
「わかりませんけどね。いずれにせよ、私もまだまだ精進が必要という事ですね。では……近いうちに会いたいです」
初対面では固そうな子だなと思ったし、同年代の子と自分がここまでうまく付き合えるとは思わなかった。会ってもいいかなくらいには思ってる。一緒に料理を作って寝て腕試しまでしてもらってシャワーまで浴びて。
「あれ、こういうのって友達っていうんじゃ?」
引き戸のすりガラス越しにアスセーナちゃんのシルエットを眺めながら、シャワーを延々と浴び続けた。
◆ ティカ 記録 ◆
危ういところでしタ
マスターの 軽率な発言が まさかスクラップに繋がりかねなかったとは
アスセーナさん マスターと出会った事によって 引き締まった心が ほどけたようにも 見えまス
強すぎる 責任感から 解放された 彼女こそが 本当の 彼女自身かも しれませン
笑ってはいましたが 彼女は マスターの剣に 負けた事を 気にしているようにも 見えまス
まだまだ精進が必要とは 謙遜でもなく 本気の想いかも しれませン
何にせよ マスターとは よい関係で いてもらいたいものデス
引き続き 記録を 継続
「アスセーナちゃん。冒険者の称号ってどのくらい頑張ればもらえるの?」
「高い精度で仕事をたくさんこなせばブロンズの称号は貰えますよ。ただアイアン以上となると、それだけではダメですね」
「というと?」
「何か新しい発見をしたり、誰も手に負えない事件を解決したとか。ゴールドとなると国の危機を回避したり、発展に大きく貢献した方々ばかりですね」
「アスセーナちゃんもすごいのに人外魔境だねぇ」
「そう! まさに人並み外れた方々ばかりなんですよ! そもそも魔石技術がここまで発展したり、生活水準が上がったのは――」
「んー、長くなりそうだから終わったら起こしてね」




