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特訓しよう

◆ ツクモの街 ◆


 勝負は二週間後、内容は戦闘Lv36のアイアンタートルの討伐。鋼鉄の甲羅に身を包んでいて、生半可な攻撃じゃビクともしない亀さんらしい。どちらのチームが先にそいつを討伐できるかを競う。

 こちとらアイアンゴーレムと戦ってると言いたいけど、戦うのは私じゃない。しかも倒してなかった。あちらから提示した勝負方法の時点で、不利極まりない。どうせあっちは攻略法も知ってる。あとはそれに合わせて特訓していくだけだもの。やってられない。


「しかし不思議な場所があるものだな、弟よ」

「兄よ、ここなら心置きなく特訓できるぞ」

「俺は気に入ったぞ。実に開放的で心が落ち着く。モノネ、たまにここに来てもいいか?」

「願ってもない申し出すぎる」


 特訓するくらいだから、迷惑がかからない場所を選ぶ必要がある。ここなら何か壊れてもすぐに元通りだから安心だ。といっても私に指導なんて出来るわけがない。どうしようかな。


「これはこれはお客様ですか! ようこそいらっしゃいました!」

「町長、後で宿にでも案内してもらうから待ってて」

「かしこまりました。今は何をしてるので?」

「アイアンタートルって魔物を討伐しなきゃいけなくてね。その特訓をしようかと思ってる」

「アイアンタートルでございますか。あれは厄介な魔物ですね」

「知ってるの?!」


 意外や意外。伊達に100年も物霊をやってないか。それとも町長の生前の記憶を引き継いでるのかも。


「怒らせると甲羅に籠り、そのまま車輪のように回転して辺りを蹂躙するんです。鉄の硬度を持つので、一度そうなると手がつけられませんな」

「詳しいね」

「ツクモポリス開拓の際、そういった要注意な魔物の情報はすべて仕入れております。もちろん対策もバッチリですよ」

「教えて!」

「街の周囲に深い溝を掘るのです。突進してきた亀はそこにはまって横転します。ひっくり返ると起き上がるまで時間がかかるので、その間に埋めてしまうのですよ。あまり賢くない魔物なので、これでほぼ対策できます」

「思ったより容赦なかった」


 なるほど、罠か。だけどそれは向かってくる場所がわかっているからこそ出来る方法だ。こちらから出向いて倒すとなると、怒らせてから罠まで誘わないといけない。

 しかも物量だとあっちのチームが有利だから、そんな悠長な方法だと先を越される可能性すらある。もうなんか面倒になってきたから帰って寝たい。


「気になるのはストルフですネ。奴の事ですから対策も兼ねて特訓をしているでしょウ」

「ホントにね。私をヘコませたいだけの勝負だから、もう何でもありなんでしょ」


「モノネよ! 俺達としてはこの本に沿って特訓をするべきだと思うのだがどうか!」


 カンカン兄が自慢げに見せつけてくるその本のタイトルは拳帝へ至る道だ。勝手に至ってくれて構わないけど、興味だけは示しておくか。


「拳帝ってどんな人なの?」

「ゴールドクラスの冒険者でもある拳帝は拳のみで突風や竜巻を起こせる!」

「完全に人外だね」

「厳しい修業を経て体得したのだろう。これは我々のバイブル……著者は拳帝の一番弟子の弟の親友だ」

「本人著じゃないんかい!」

「そんな暇はないだろう……何せ今も己の拳を昇華させるために、修業に明け暮れているそうだからな」

「よし、それじゃ二人はこのバイブルを信じて修業しようか」

「「おう!」」


 この兄弟のバイブルなら、深く突っ込むのはやめよう。一番弟子の弟の親友の教えに従って、己を昇華させてほしい。よって私の出る幕はない。次。


「アイアンタートルか。俺も戦った事ないな。その町長が言ったように、罠でも張るか?」

「フレッドさんのスキルでも、鉄の甲羅は厳しい?」

「仮に斬れたとしても、致命傷を与えなければほとんど意味はないな。かえって怒らせるだけだ」

「私の炎魔法も、鉄はさすがに溶かせないわ」

「うーん……だったら怒らせて籠る前に決着をつけるしかないか」

「だとしたら、ストルフさんのチームよりも先にアイアンタートルを見つける必要があるな」

「ティカの生体感知でそこは何とかなる」


 ストルフはティカの生体感知を知らない。卑怯かもしれないけど、あんな奴に遠慮する必要なんてない。こんなクソみたいな勝負、真面目にやるほうがどうかしてる。カンカン兄弟が掛け声と共に延々と拳の突きを始めたところで、こっちもなんか始めよう。


「奇襲だね。奇襲しかない。一撃で首を落とそう」

「難しいな。甲羅以外も硬い」

「何それ、強すぎじゃん」

「そりゃ戦闘Lvもそれなりだからな。この際だから言うが、俺とシーラが立ち向かっていい相手じゃない」

「あのクソコックめ」


 もう負けたところで別に落ちる評判なんかないかなと思い始めてる。引きこもりたくなってきた。甲羅じゃないけど。ん 甲羅に籠るってなんか引きこもりみたいだな。甲羅の中は快適なんだろうか。甲羅、引きこもり、快適。ん、なんか思いついたぞ。やるとしたらこれしかない。


「フレッドさん、どのくらい持続して連続で敵に攻撃できる?」

「相手にもよるがせいぜい数秒ってところだろうな。俺のアビリティの性質もあって、持続は苦手かもしれん」

「もっと伸ばそうか。具体的には数分単位で」

「す、数分?! 無茶いうなよ」

「無茶をやるには無茶しかない。今から私が言うことをよく聞いてね。これさえやれば、アイアンタートルが甲羅に籠っても何とかなるかもしれないからね」


 やっぱり特訓は基礎体力の向上だ。私を相手にフレッドさんが剣を打ち込む。作戦は簡単だ。アイアンタートルが甲羅にこもったら、甲羅をひたすら攻撃し続ける。いくら攻撃が効かなくても、うるさく攻撃されまくったら亀さんだってたまらないはずだ。引きこもりがやられて一番腹立つのは騒音である。これは経験に基づいてるから間違いない。


「……えぇ?」


 などと自信たっぷりに説明をしたら、空気が抜けたような顔をされた。だけど私を信用してついてきてくれたなら、従ってもらいたい。気を取り直して早速特訓開始だ。フレッドさん対ウサギファイター、開戦。


「クッ! い、一撃も入らねぇ!」

「途切れさせちゃダメ」

「わかってる!」


 一心不乱で私に攻撃し続けるフレッドさんを見ていると、罪悪感が沸かないこともない。何せこっちはろくなノウハウもないくせに、アビリティ一つで指導とかしてるんだから。

 達人剣で受けるフレッドさんの攻撃には鬼気迫るものがある。あまり感情には出さないけど、この人も悔しいんだろうな。こんなに真面目な人が、私みたいなのに先を越されて何も思わないわけがない。そりゃもうこの人、私を殺す気ですかみたいな攻め方。


「ハァァッ!」

「ひゃっ! い、今、アクセラレイトしたぁ!」

「これもかわすのか……クソッッ!」


 いや、当たってたら私が死んでましたけど。顔をかすめたフレッドさんの剣が怖すぎた。よく考えたら真剣でこんなことをやり合うバカはいない。次からは木刀みたいなのに変えよう。さすがに体力がつきたのか、大の字になってフレッドさんが倒れた。


「ハァ……ハァ……お前、何者なんだよ……その歳でどれだけの経験を積めばそうなるんだ」

「休憩して水分とか補給したらまた再開ね」

「これでも、子どもの頃から頑張ってたんだけどなぁ……」

「いや、さっきの一撃は危なかったし」

「お前やアスセーナさんを見てると、素質の壁は超えられないって思ってしまうよ」


 やばい。なんか辛気臭い雰囲気になってきた。半ばインチキで戦ってるから余計につらい。これはもうアビリティのネタばらしをするべきなのか。いやいや、早まるな。素質の壁ですらないことをばらしたら、どんな反応をされるかわかったもんじゃない。


「ふぅ! いい汗をかいた! モノネよ! そちらはどうだ?」

「いいタイミングだ、兄よ」

「何がだ?」

「あんた達さ、これからフレッドさんと日が暮れるまで延々と模擬戦をしてあげて。常に攻撃を絶やさないことを念頭においてね」

「いいぞ! 俺達のコンビネーションがこの男に通用するか、試そう!」


 相手は何も私だけじゃない。せっかくこの兄弟というもってこいの相手がいるんだ。フレッドさんにとっても不足はないはず。二人が戦い始めたのを横目に、ふと置いてあった本を手に取る。拳帝へと至る道、あの2人のバイブルだ。一生かかってもタイトルすら読まない本だな。どれどれ。


始めに

強くなる方法をよく聞く人がいる。訓練の方法だとか有効な戦術など様々だ。質問する人の多くは出来るだけ効率よく楽に強くなりたいと願っているのだろう。そうでなければ人にそんな方法を聞いたりしない。

 ここで断言しよう。楽に強くなれる方法などない。やるべきことは一つ、地道な鍛錬のみだ。拳の突きを一日100回以上、腕立て伏せ100回以上、腹筋100回以上。これらを一日も欠かすことなく行う。そんな方法でと思う人もいるかもしれない。

 だが、強さとは積み重ねである。地道でつらい鍛錬を投げ出すものにどうして勝利が訪れようか。断言しよう。勝利とは――


 二回も断言せんでよろしい。拳帝本人でもないくせに、この上から目線と自信。私は多分2回もできないけど、100回ずつってのが素人の発想っぽくてしょぼい。

 こんなものをバイブルにしているあの2人に思うことがあるにはあるけど、水を差すのも野暮でしょう。フレッドさん相手に、2人で戦ってやっとのカンカン兄弟を微笑ましく見守った。


◆ ティカ 記録 ◆


マスターの鍛錬 なんだかんだで 様になっていル

アイアンタートル相手に うまくいくかは わかりませんが

このティカ 成功を 願っていまス

これで マスターの評価が上がれば 僕も こんなに嬉しいことはなイ

フレッドさんや カンカン兄弟の戦闘Lvは 確実に上がっていル

しかし なんだろウ

何かが 足りなイ マスターの作戦に 穴があるとは 思いたくなイ

しかし もう一つ あと一押し ううむ


ここに あいあんたーとるを ひきずりこむぞよ?


引っ込んでロ


引き続き 記録を 継続

「テニーさん、一次選考通過作品は決まった?」

「はい! バッチリですよー! 魔晶板(マナタブ)にも記載しますのでお楽しみにー!」

「あぁー、ドキドキするなぁ」

「……落ちても早まらないで下さいね。特にあの何年以上も持ち込んでる方、年数が経つごとに目つきが虚ろになってますから……怖いんですよねー」

「まさか早まったことしないでしょ?」

「しないと願いたいんですけどねー……」

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