冒険者ギルドで食事をしよう
◆ ランフィルド 冒険者ギルド ◆
低価格で提供される冒険者ギルドの食堂は、私にとって欠かせない存在だ。むしろこっちがメインだと思ってる。依頼がどうとかはおまけ。出前もいいけどお金は確実に減っていくから、これで少しでもコストを浮かせいる。冒険者になってからは前みたいに考えなく散財しなくなったから、こんな私でも成長してるのかな。自分のお金となると惜しくなっただけか。
「戦闘Lv60超えのブラッドナイトの特性は……」
「スキルの向上に必要なのは……」
「後で模擬戦やろうぜ」
「おう、こっちも試したいスキルがあるからな」
なんということでしょう。皆のマスコットが顔を出したというのに、誰も気づかない。ブロンズの称号を引っさげて凱旋したというのに、この勤勉な空気は何。フレッドさんとシーラさんもなんか激しく討論っぽいことしてる。というか、口論に近い。
「いや、魔法は大人しく後衛に控えるべきだ」
「それは常識すぎて、敵も裏をかいてくるわ。それを逆手に取る方法も考えるべきよ」
「セオリーから外れるのはリスクが高すぎるだろう」
「リスクを恐れていたら、何も得られないでしょ」
これはもしかして自己啓発、スキルアップ、どれをとっても私には縁がない単語が似合う場か。カンカン兄弟も顔に似合わず、本を読み漁っている。どれどれ、拳帝に至る道だって。あの2人も、自己鍛錬に余念がないのか。どうしてこうなったんだろう。
「マスター、どうも全員の戦闘Lvが上がっているようデス」
「本当に? 戦闘の快楽に目覚めたのかな。アスセーナちゃんじゃあるまいし……」
「本人がいたら、面倒なことになる発言ですネ」
「おっ! モノネじゃないか!」
フレッドさんが甲高い声を上げて私の名前を呼びやかったから、全員に気づかれた。
「おおぉぉ! 帰ったのか! 弟よ、これは嬉しいな!」
「あぁ、兄よ! ブロンズの称号持ちが増えたんだからな!」
「同じブロンズとはいっても、実力差はかなり離れちまったかもな」
「フレッドさん、この異様な空気の原因は私?」
「お前がブロンズの称号を授与されたもんだから、他の連中も奮起してな。
ギンビラ盗賊団に始まって、どうも自分達の無力さを感じてる奴らが多かったようだ」
そういうことか。わけのわからない本を読んだり戦いの話をしたり模擬戦をやってみたり、努力家が多い。それ自体は悪いどころかいい事だ。私の存在がいい意味で作用したなら、こんなに嬉しいことはない。
「ギンビラ盗賊団クラスの奴らが来ても対処できる連中がポツポツと出てきたよ」
「それはめでたいね。じゃあ私の役目は終わりだから隠居する」
「いやいや! モノネよ! お前が帰ってくるのを皆、心待ちにしていたのだ! もちろん俺達もな!」
兄よ、何を不穏な発言をしてらっしゃる。もう本当に嫌な予感しかしないから逃げよう。布団君、高速で入口へ。
「待ってくれよ! 皆、強くなりたいんだ! 協力してくれ!」
「そうだ! ブロンズの称号を得るほどなのだから、何か教えられることはあるだろう!」
あまりに必死に懇願してくるな。さすがにこれを無視して帰るのはちょっとかわいそうか。だけど私に教えられることなんて本当に何もないぞ。むしろ人生について教わるべき立場だ。どうしようか。
「兄よ、聞くけどさ。なんで強くなりたいの?」
「強い冒険者になりたいからだ」
「兄よ、強い冒険者になって何がどうなるの?」
「そりゃ金がたっぷり貰えるし、人気があれば誇れるだろう」
「お金を得るだけなら、他にいくらでも手段はあるよ。人気も同じだよ」
「そ、そうだが。俺は冒険者で……」
兄が頭を抱え始めてる。ちょっと意地悪しすぎたかな。向上心を持つのはいいけど、なんで必死になってるのかわからないから聞いた。
そんなものとは無縁な私からしたら、こういう人達って何を考えて努力してるんだろうって気になったから。
「強くなろうとするのはいいけど、それが本当にやらなきゃならない事なの?。特に冒険者なんて死と隣り合わせでしょ。命をかけてまで、何を得たいのか。一度、立ち止まって考えてみよう」
「う、うむ。その通りだな。我欲が強すぎた。そんな事ではうまくいくはずもないな」
「それさえ見つけられたら、おのずと強さになるはずだよ。闇雲に訓練をするよりも、結果的に近道になると思う」
「そうか……そうだな。さすがに実績を積んでいるだけはある……引き留めてすまなかった」
いいぞ、フレッドさんもシーラさんも黙り込んでいる。皆も我に返ったように静まり返った。即興で考えたにしては上出来だ。これで心置きなく食事が出来る。
「はー、なんだかいい香りがするなぁ。いつもと違う」
「それは私が厨房に立っているからだ」
「そうか、私か」
いや、私って誰だ。そうかじゃない。私というのは、そこにいるコックフードをかぶった金色のモミアゲが目立つ男だ。ランフィルド食祭で辛酸を舐めさせたストルフがなんでこんなところに。
「うっわ……」
「露骨な反応をするな。相変わらず憎たらしいガキだ」
「アルバイトですか」
「口の減らんガキだな本当に……」
つい軽口を叩いちゃったけど、この人にケンカを売っても得はない。別に今は悪いことをしてるわけじゃないから放っておこう。
「ここの料理があまりにひどすぎたのでな。少し調整をしてやっていたところだ。それより先程の話だが、もっともらしい事を言ったな」
「どういたしまして」
「だが私ならそんな精神論を用いずとも、あいつらの実力を底上げしてやれるだろう」
「そうですか。だったら底上げしてあげて下さい」
「フフフ、いいのか? だったら遠慮なくやらせてもらおう。おい、お前達!」
なんだ、いきなりやる気を出してカウンターから跳躍して向こうにいったぞ。嫌な笑いをしたな。
「勉強も結構だが一番効果的なのは実戦だ! これから私がみっちりと付き合ってやる!」
「本当か! あんたなら大歓迎だ! なぁ、弟よ!」
「あぁ、兄よ! この人もブロンズの称号を持っていたんだったな!」
カンカン兄弟を初めとして、わらわらとストルフに群がり始める。雲行きが怪しくなってきた。あのモミアゲコック、何を企んでるのか。
「どこぞのウサギファイターなんぞ当てにならん。これからは私を頼っていい」
「どういう風の吹き回しだ? あんた、確かランフィルド食祭で……」
「ミスターフレッドが懐疑的になるのも無理はない。だが私とて元々は冒険者。同士を応援するのは当たり前だ」
「そうか、それだったらぜひとも頼みたいな。俺もあんたとは一度、手合わせしたいと思っていた」
「君とは同じブロンズの称号を持つ者同士。このランフィルドを代表する称号冒険者は我々だと、知らしめようではないか」
これを利用して知名度を上げたいだけか。結局、本質は何も変わってない。それでも皆が喜んでいるなら止める必要もないか。邪魔するのも野暮だ。
「ブロンズ向けの依頼は我々で解決しよう。信用がないウサギなんぞには何もまわってこないだろうな」
「まぁ……3人もブロンズ持ちがいたら、それ向けの仕事の取り合いになるのはしょうがないか」
「え、ちょっとおたくら何言ってんの」
「今頃慌てても遅い。称号持ちとて、相応の依頼がなければ収入は一般の冒険者とさほど変わらん。
それどころか、さぼってばかりで評判が落ちればいずれ忘れ去られるのは当たり前だろう」
「そ、そんなわけ、ないよ」
果てしなくムカつくけど、言ってることは正しい。ささやかな復讐も兼ねているわけだ。実際すでにあいつ一色のムードだし、これが普通の人達にも影響すれば私の収入源はなくなる。
日頃の行いって大切だね。うまい事言って煙に巻いて逃げようとした奴には報いがあった。この場をどうしてくれようか。また即興で何とかしよう。
「では諸君。ひとまず決闘場を訓練の場として使いたいので、ギルド長に許可を貰うとする」
「ちょっとお待ち。何を勝手に話を進めてるのかな」
「何かな?」
「おじさんさ、私に負けたよね」
「そ、それがどうした」
「そんな人に訓練をしてもらっても、私以上には強くなれないわけだ」
「……死ぬか?」
殺気を漲らせ始めた。手がピクリと動いて包丁を取ろうとした瞬間が怖い。別にこの人とケンカをしたいわけじゃないけど、絡んでくる時点でどうしようもない。
「強くなりたいなら、私が何とかしてあげるんだけどなー。ストルフさんのほうがいいのかな」
「お、やる気になってくれたか。シーラ、どうする?」
「うーん……」
「俺達はモノネに鍛えてもらうぞ! なぁ弟よ!」
どよどよと場が混乱している。これにはストルフも舌打ちをするしかない。そしていよいよ分かれ始めた。この街のマスコットの強さは皆が知ってるし、こんなの悩むまでもないよね。
「ストルフさん、ぜひ頼む」
「あんたが来てから、ここのメシがうまくなった。今度は実力も肌で感じてみたい」
「食祭の事は忘れて、互いにうまくやろうぜ」
「あのー? 皆さん?」
なんか過半数がストルフ支持となった。ウッソでしょ。まさか私がいない間にちゃっかり皆の好感度を上げていたとか。やけに親しげだし、あり得る。
「モノネよ! 俺達兄弟はお前の実力を信じている!」
「なんかかわいそうだからな……」
「よく考えたら魔術師の私がモノネさんから何か教わることがあるのかしら……」
内訳として同情票が2票あるけど、4人もこっちに来てくれたんだ。嬉しすぎて涙が出そう。
「これは面白いことになったな。どうだ、ここは一つ勝負しないか?」
「嫌です」
「一週間で彼らをそちらの4人に勝てるようにしてみせよう。なーに、負けたところで損はない。
ただし噂というものは案外広まるものでな。結果がどう影響するかはわからんがな」
「多勢に無勢って知ってます?」
「ブロンズの称号持ちに優秀な魔術師、それにあのカンカン兄弟だろう。むしろこちらがハンデを背負ってるくらいだ」
「まぁー、優秀だなんてっ」
シーラさん、あなたほどの方が乗せられないで。死ぬほど面倒なことになった。帰りたい。全力で寝たい。
◆ ティカ 記録 ◆
マスターは ただ純粋に 食事に来たというのに
なぜ このような 珍事が起きるのカ
ストルフ あれほどの醜態を 晒しておきながら
よくも この街に 居座れたものダ
この期に及んで マスターを貶めようとは 恥知らずメ
戦闘で勝てないから このような 手段に 及んだのカ
マスターを裏切り 離反した者達は 直に思い知るだろウ
自分達が どれほどの 存在にたてついたカ
この僕も 奴らの罪を
ひがいもうそうが つよすぎるぞよ
ものねに じんぼうがないのは もみあげのせいでは ないぞよ
このじょうきょうを りようした すとるふが かしこいだけぞよ
さかうらみは よくないぞよ
黙れ ストルフが どれほどひどい男か わかってないから
そんな 発言が 出来るのダ
引き続き 記録を 継続
「ふむふむ、この本によると大昔には魔族という怖い種族がいたと。」
「自らを分体する魔族、空間を自在に移動できる魔族、特殊な生物を生み出す魔族……恐ろしい存在ですね」
「アスセーナちゃんでも勝てないかもしれない?」
「断言はできませんね。特に最強と言われたアボロという魔族は拳で地表を消し飛ばしたらしいですから」
「そんなもんが存在していて、なんで人類は無事だったのか」
「今でも世界のどこかで生きているという説を唱える人もいますね」
「夢がありそうでない」




