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ブックスター大賞に応募しよう

◆ モノネの部屋 ◆


 ここ一週間、昼と夜を逆転させつつも私はやり遂げた。食事は魔晶板(マナタブ)で取り寄せ、ひたすら執筆だ。テニーさんからもらったアドバイスを活かしつつ、誰にでも楽しめるライトな物語が完成した。ハッキリ言ってこれは最高傑作かもしれない。気づけば深夜を過ぎ、あと少しで夜が明ける。


「マスター、おめでとうございまス」

「やったね……今は充実感でいっぱいだよ」

「では早速、ブックスターに持ち込みましょウ」

「いや、さすがに寝るよ」


 とはいえ、この興奮を抑えて寝るのも苦労しそうだ。何せ最高傑作の完成度が過去最高だから。ひょっとしたら、これが売れまくって一生遊んで暮らせるかもしれない。そうなったらさようなら、冒険者。ブロンズの称号を持ち逃げした冒険者。


◆ 書籍出版屋 ブックスター前 ◆


「はぁ……」

「マスター、どうされたのですカ? まさか緊張を……」

「いや、昨日のテンションが異常だった。これ面白いのかな」


 寝る前の興奮は何だったのか。読み返すと、そこまで面白くない。それどころか、イルシャという少女キャラに対して主人公が言うセリフ。そこにいるっしゃ!じゃないよ。夜中には自分でこれ読んでゲラゲラ笑ってた。やばい。

 こんなものを持ち込むなんてありえない。ていうかイルシャちゃんの名前を勝手に使ってるんじゃない。イモイルシャで何も学ばなかったのか。


「これはまずい。テニーさんも見限るかもしれない」

「マスターらしくありませン。カラッと忘れて堂々と持ち込みましょウ」

「そうだね。悩むとか時間の無駄だよね」


 唯一の長所、それは悩まないこと。こればっかりは人に自慢できると思うけど、多分イルシャちゃん辺りには呆れられる。


◆ 書籍出版屋 ブックスター ◆


 相変わらず、ここは黙々とした雰囲気だ。口数の少ない者達が、労働に勤しんでおられる。テニーさんも例外じゃなく、自分の仕事に集中していた。


「テニーさん、こんにちは」

「モノネさん、新作が書き上がったんですか? だったらこれに出しましょうよ」

「ブックスター大賞だね」


 私が話しかけると、パッと切り替えてくれる。テニーさんがコレと言って指したのは、ブックスター大賞の広告だ。

 そう、この書籍出版屋が主催しているブックスター大賞に応募しなきゃいけないんだ。この街の物書きどもが腕を振るって応募してくるらしいし、ライバルは多い。


「今日も応募作品が続々と届いていましてねー。一次審査員を任されちゃいましてねー」

「それじゃ、私は有利なのかな?」

「あ、それはないですよー。審査は公正に行いますし、何より私一人の一存じゃ決まりませんから」

「なるほど。現時点での応募数は?」

「600作品ほどですかねー」

「この街にそんなに物書きがいるの?!」


 600人の作家志望がいるなんて知らなかった。一次は確か50作品程度に絞られるんだっけ。ダメだ、深夜のテンションが恥ずかしい。


「まぁピンからキリですけどねぇ。私も必死に目を通してるんですけど、多すぎて投げ出したくなりそうですー」

「投げ出しちゃダメなの?」

「きちんと最後まで読んで、総評を書いてあげないといけないんです。それで次に活かして、いい作品を書いてくれるかもしれませんからね」

「600作品全部にね……」

「もうほとんど寝てないんですよぉ……ふぁぁぁ……」


 好きな時に寝て好きな時に起きててごめんなさい。メガネをとって目をこするテニーさんの仕草が突き刺さる。こんなに熱心な人達が働いているなんて、知らなかった。やっぱり労働者は敬わないといけない。


「チッ……どれもこれも、駄作ばっかりじゃないか。総評『主人公が何をしたいのかわからん』と。こっちは『文章の練習からやり直せ』、あーもう! 『主人公が誰なのかハッキリしろ』……あ? 群像劇? 筆力がない奴に限って、こういうのをやりたがるんだよな……ブツブツ」


「というわけで、ファットさんも限界みたいですねー」


 私と因縁があるファットさんも、敬わないといけないのか。それにしてもひどい総評だ。そんなことばかり書いてたら、作者が怒鳴り込んできそう。そこまで考えてるの、ファットさん。これはちょっと見過ごせない。


「私の作品にたった一言だけ、そんなこと書かれたら怒るよ」

「誰だ……ひっ! き、来てらっしゃったんですか? いやだなぁ、そうなら言って下さいよぉ」

「なんてひどい媚びだ。眠いならきちんと寝てからお仕事してね。作品を書いてる人だって、同じように苦労してるんだからさ」

「それはもっとも! 編集長! モノネ様がこうおっしゃってるんですが?!」


「ダメだ。一次発表までに何としてでも間に合わせろ」


 鉄の一言だ。他の人達も意気消沈した気がしたし、私がこの空間にいてはいけない気すらしてくる。労働の空気を直に浴びてしまった。


「モノネさんの作品も預かりますよ?」

「あ、これ以上作品が増えたら悪いから私はこれで……」

「遠慮しないで下さい。みすみす原石を逃すわけにはいきませんからねー」

「原石?」

「いえいえ、こっちの話ですー」


「僕の原稿はちゃんと届いてるんだろうな?!」


 入ってくるなり、ずかずかと寄ってきたひょろなが無精ひげの男。それに続く2人。ひょろなが男が血走った目で、ぎょろりと編集者達を物色するように見ている。


「あなた達は?」

「僕は『カオスグロティングス戦記』の作者だ! 原稿、読んだだろ?」

「あたしは『あの先生はわたしにドキキュンめろりん』の作者よ! 一次選考の結果をさっさと教えてちょうだい!」

「聞くまでもないけど、俺の『地平線の向こうにいる君』は当然ながら通過しているだろう?」


 なるほど、この人達も応募者か。それならライバルだけど、今は一次選考真っただ中だ。さすがに気が早すぎる。言っちゃ何だけど、どの人も癖が強そう。


「発表は来週になりますので、それまでお待ちくださいー」

「カオスグロティングス戦記は僕の魂なんだ! もし落選なんかさせてみろ……それはつまり僕の魂を冒涜したに等しい。わかるか? そうなれば、君達の魂が冥府に落ちることになる」

「あたしの作品は高度な恋愛の駆け引きを描いた小説なのよ。そこら辺の凡作とは比較にならないとわかるわよね?」

「略して『ちむきみ』は切ないヒューマンドラマだ。読めばわかる、大賞はこれ以外にないとな」

「ですから、結果発表は来週ですのでー」

「仕事が遅すぎなんじゃないかな! そ、それとも、ぼ、僕の作品が取るに足らなくて落選させたなんてことはないかな?」


 この人達、話が通じない。いきなり乗り込んできては自分の都合ばかり押し付ける。選考がどれだけ大変かは、少し観察すればわかることなのに。しょうがない、ここは収集をつけますか。


「君達、応募者みたいだけどね。何か気づくことはない?」

「な、なんだお前は。痛い恰好しやがって……」

「痛いは初めて貰った感想だね。それより、あんた達は自分の作品を仕上げるのに相当苦労したでしょ?」

「当然だ! 寝食を削って執筆に励んだ! もう8年も応募し続けてる! 僕は人生をかけてるんだ!」

「それじゃ、そんな大切な作品を早い時間でいい加減に読まれて選考されたくないよね?」

「当たり前だろ!」

「この人達をもう一度、よく見て」


 ブツクサと文句を言いながらも、3人は編集部を見渡す。眠そうに目をこすり、充血させて。明らかに睡眠不足としか思えない様相だ。この騒ぎだというのに、船をこいでる人もいる。さすがに気づいたのか、何か言いたそうながらもひょろなが男は視線を泳がせ始めた。


「今、600作品も力作が来ているの。それらを全部きちんと読んであげてるの。それもしっかりとした総評まで添えてね。あんた達の魂を捧げて書いた作品に対して、この人達がそれに応えてるんだよ。時間がかからないわけないよね」

「じゃ、じゃあ無理じゃないかな。そんなに読んでたら絶対に間に合わない」


「去年よりも応募数が増えてますからねー。それでも私達はやらなきゃならないんですー」


 私もこれだと期日には厳しいと思う。仕事に対する信念もいいけど、一番大切にしなきゃいけないのは自分なはず。私には合理的な解決策なんて思いつかない。だからたった一つだけ提案できる。


「ねぇ、一次選考の結果を遅らせてもいいよね?」

「そ、それは! いや……まぁ、無理にとは言わないからね」

「この様子じゃ、まともな選考も出来そうにないわね。あたしの大作が寝ぼけて落とされても困るもの」

「少しくらい寝ないと、俺のヒューマンドラマは頭に入ってこないだろう」


「というわけで編集長さん。本当にいい作品を選びたいなら、少しくらい融通を利かせてもいいと思います」


 一連のやり取りを静観していた編集長が腕を組んで頭をひねる。この惨状で続けても、ろくなことにならない。いい判断をしてくれないかな。


「一週間だけ伸ばす。今日は帰宅していい」

「やったぁぁぁあぁああ!」

「寝られる……寝られるんだ!」

「風呂に入れる!」

「ただし、これ以上はない! 絶対に選考を終わらせるんだ!」


 ブックスター一同が歓喜してる。いそいそと帰宅の準備を始めてから一人、また一人と出て行った。作品に魂を込める人もいれば、労働にすべてを捧げる人もいる。世の中の広さと自らの幸福さを噛みしめずにはいられない。ただ私が気になるのはテニーさんだ。


「ふぁぁ~……よし! あとはモノネさんの作品だけですねー! お預かりしますー!」

「あの、テニーさん。もしかして全部読み終わった?」

「ついでだから、モノネさんの作品も読んでしまいましょうかー。さっさっさっと。んー! いいですねー!」

「早すぎない?」

「中盤の主人公の覚醒シーンがたまりませんねー! 積み上げてきたものがあるからこそ、燃える展開ですー!」

「よ、読んだんだ」


「テニーはな……超速読のアビリティ持ちなんだ。10万文字程度なら数秒で読み終わる」


 編集長が誇らしげに説明してくれた。そうか、すっかり忘れてたアビリティ持ちがここにもいたんだ。いや、私もそうなんだけどさ。


「お仕事が終わりましたー! 編集長! あがりますー!」

「あぁ、次に出社したら遅れてる奴のも頼む」

「了解ですー! モノネさん、どこかでランチしませんかー?」


 あまりの展開にさっきの3人が完全に取り残されている。そしてランチのお誘いを引き受けた私とテニーさんが出ていき、本当の意味で取り残された。わかるよ、私も冒険者をやってなかったらきっとそうなってた。やっぱり何事も経験だね。これも小説に役立つはず。


◆ ティカ 記録 ◆


マスターの小説は 魔法使いの 女の子が 活躍する お話ダ

落ちこぼれで 見放された魔法使いの女の子が 実はすごい力を 持っていて

周囲を 見返すという 新世界としか思えない ストーリー

これ以外に 大賞など ありえなイ

もし 大賞でなければ あの者達に 先見の目が なかったということダ

そんな 愚かなことは まさか しないとは思うが

一抹の不安が あるといえば あル


おもしろいぞよ わくわくするぞよ


おぉ 少しは 見る目が あったカ

マスターの小説が 大賞をとれば ツクモの街の繁栄にも

繋がるはズ 吉報を 期待すル


引き続き 記録を 継続

「作家ってさ、変な人が多いよね」

「そうですねー。でも普通の人には普通の作品しか書けないと思うので、変な人くらいがちょうどいいかとー」

「でも作家になった後も苦労しそうな人達だったな」

「大丈夫ですよー。面白い作品さえ書ければいいんですから、モノネさんも心配なさらずー」

「そうかな……え、ちょっと。どういう意味」

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