アスセーナちゃんとお話しよう
◆ ランフィルド アスセーナの部屋の外 ◆
何気にアスセーナちゃんがランフィルドのどこに部屋を借りてるのか知らなかった。あっちがこっちの住所を突き止めやがったから、こっちも意地で突き止めることに成功。物霊君にかかれば、わからないことなんてない。
結果、この築年数が結構経ってそうな集合住宅に辿り着いた。ジェシリカちゃん達が住んでいたところよりは遥かにマシだけど、あのアスセーナちゃんには似つかわしくない。そんな微妙な建物だ。
「マスター、入口から尋ねないんですカ?」
「窓から奇襲されたお礼をしないとね。在宅中なのは裏を取ってるから、後はやるだけ」
「はぁ……あのアスセーナさん相手にうまくいきますかネ」
ティカの不安はもっともだ。確か一定範囲に近づくと気配を読まれるんだっけ。だから一度、建物から離れて布団君に乗って俯瞰する。
アスセーナちゃんの部屋の位置をしっかりと確認してから、一気に近づく。前よりもだいぶスピードが出るようになったな。
「いた! こっちに気づいてないし、一気に距離を詰めて窓に」
「ハァッ!」
瞬時に開かれた窓からアスセーナちゃんが身を乗り出しきた。そしてバニースウェットが何をかわしたかというと、多分アスセーナちゃんの斬撃だ。それも飛ぶやつ。ストルフも似たようなスキルを使ってたけど、精度が段違い。空を切って空の彼方までなんか飛んでいった。
「モノネさんじゃないですか! そんなところで何を?」
「い、いや。元気かなーって」
「元気ですよ! モノネさんから尋ねてきてくれて、更に倍増です!」
「それは何より」
冷や汗が止まらない中、アスセーナちゃんがきゃっきゃと小躍りしてる。さっきまで殺しかけてきた相手とは思えない。
「ごめんなさい。てっきり刺客か何かだと思いましたよ。今度からはきちんとドアをノックして下さいね」
「徹底して心掛ける」
「私、モノネさんを殺すところだったんですよ。そんなことになったら私……」
「ごめんごめん」
しょんぼりしながらも剣を鞘に納めて、ティーカップを用意し始めてる。刺客が襲ってくるような環境に身を置いていたのかな。何にしても、命をかけてまで悪戯したくない。
◆ アスセーナの部屋 ◆
「もっと豪華なところに住んでるかと思った。ここって家賃もそんなに高くないよね」
「安いですよ。雨風を凌げて寝られるなら、高いお金を払う必要もありません」
なるほど、それなりに節約してるんだな。シルバーなら私よりも遥かにお金持ちだろうに、計画性という言葉を知ってそう。私なんか早速、新刊を30冊ほど買っちゃったというのに。
「この部屋、キブリ出る?」
「見たことありませんね。他の方の部屋にはたまに出るらしいんですけどねぇ」
「キブリも相手を選んだか」
私でさえ瞬殺されかかったんだから、虫ケラなんて一溜りもないだろうな。そりゃ近寄るわけない。アスセーナちゃんが一家に一人いれば、キブリにも悩まされずにすみそう。
「それで何をして遊びます?」
「いや、遊びにきたというよりは聞きたいことがあってね」
「あ、遊びにきたわけじゃないって……そんな、そんな……」
「ごめん、話が終わったら遊ぼうと思ってた」
「ですよねー!」
こうもケロッと態度を変えられるとややイラっとくるものがある。遊ぶといってもこの部屋、本棚に並んでいるのは目も背けたくなるような難しい本ばかり。後はベッドに小さなテーブル、キッチン。遊びを感じさせる要素がない。
「それじゃ、ホットケーキでも焼きます?」
「ぜひ焼いてほしい」
「一緒に作りましょう!」
「そういう流れなら遠慮しておく」
「わ、私と作りたくないと……」
「いつからそんなめんどくさい子になったの! 最初からか! いいよ、作る!」
イルシャパパ製の調理器具を持ってしても、さすがにホットケーキは無理だ。仕方ないからアスセーナちゃんに手取り足取りで教えてもらいながら、作り始める。料理とは、何気なく食べてるものがいかにめんどうな工程を経て作られてるのかを教えてくれるもの。料理の道を目指したイルシャちゃんは偉い。
「あのさ、アスセーナちゃん」
「そこ、もっと早くかきまぜて下さい」
「あ、はい。それでアスセーナちゃんさ……」
「もっと早く!」
「話をさせて。アスセーナちゃんさ、アンガス戦の時に手加減してたよね?」
そっちのペースに乗せられてたまるか。まだるっこしいのは嫌だから、とっとと本題に切り込む。その途端、アスセーナちゃんがピタリと止まった。そして目を閉じて、顎に手を当てて考えてそうなポーズをとる。
「そんなこと」
「隠さなくていいよ。別にそれに対して怒ってるわけじゃないから。私が知りたいのは、なんで手加減してたのかってこと」
「全力でしたよ」
「ホントに? 憶測だけど別に戦いを楽しみたいとか、個人的な理由でも怒らないよ?」
「私が戦いを好む人と!」
「憶測っていったじゃん」
やっぱりはぐらかすな。戦闘Lvの件といい、どうも戦闘関連になるとわけのわからないノリで逃げる。自分の実力を隠すのはいいけど、私にすら悟られたくない理由はなんとなく想像がつく。
「私に気を使ってたりしないよね?」
「し、しししし、しにゃいですよ!」
「動揺しすぎてボロが出たと」
「しないです」
「冷静になったところで、私達ってさ。友達だよね?」
「と、友達ッ……」
急に顔がボッと赤くなる。両手の指をつき合わせてモジモジし始めた。読めない。この子は本当に読めない。
「私もアスセーナちゃんと仲良くしたいと思ってる。それも生半可な気持ちじゃなくてね」
「そ、それは、つまり、どういう」
「なんでそんなに動揺してるのか知らないけど、だからこそ一度くらいは腹を割って話したい。私は受け入れるよ」
「何を、ですか?」
「アスセーナちゃんのいいところとか悪いところとか全部。私を友達だと思ってくれるなら、教えてほしい」
「……悪いところを知ったら嫌いになっちゃうかもしれませんよ?」
「ならない。これだけは絶対に言える」
手を握って、真剣さをアピール。また顔が紅潮してるし、熱でもあるのかな。目を逸らしつつも、唇を震わせてる。そしてゆっくりと口を開いた。
「……モノネさん、私が人を殺すところを見たいですか?」
「あえて見たくはない」
「そうでしょう。見たらきっと、私を見る目が変わっちゃいます」
「あえてって言ったじゃん。あの時、私もあのエクソシストを殺そうと思ったくらいだもん」
「モノネさんが?」
遠くを見るような、信じがたいといった顔。初めてアスセーナちゃんが真剣に驚いた顔を見た気がする。驚いてくれたならよかった。悲願は叶ったわけだ。
「殺さないと皆に被害が及ぶなら、そうするしかなくない?」
「人を殺すことに抵抗はないんですか?」
「あるけど、あの場はやろうと思えばやってた」
「本当ですか?」
「そんなに不思議?」
「普通は誰だって抵抗はありますよ。経験はあっても、慣れてない方もいらっしゃいます。なるほど。モノネさんはどこまでいってもモノネさんなんですね」
「なにそれ」
なんかよっぽど意外すぎて受け入れられないのか、ツインテールの先を指で執拗にいじってる。そりゃ、その辺にいる人を殺せと言われたら無理だ。でも私からしたら害をまき散らすなら、人間も魔物も変わらない。この感覚はどうやら意外らしい。
「本当にストレスとは無縁の方なのですね。改めて恐れ入りました」
「私に嫌われたくないから殺さず手加減していたと」
「本気になったら、怖がられちゃうかなと思いまして……。こう見えても私、すごく強いんですよ」
「知ってる」
「だから、怖がらせないように頑張って相手をしていたんですよ! 本当に難しいんですから!」
「あのイフリートにそこまでやれる強さって」
本音を言えば怖いけど、アスセーナちゃんにはのびのびと戦ってほしい。あの時もイフリートの攻撃がイルシャちゃん達に向かったし、私に遠慮したせいで被害が出ましたじゃ済まされない。
「私を友達と思ってくれてるなら、すべてをさらけ出していいよ」
「すべて……すべて、ですかぁ!」
「私と一緒にいるせいで窮屈な思いをするなら、その時点で友達じゃないよね」
「そんなことないです!」
「だから友達なら、もっとこうオープンでいいんじゃないかな。それでも、どうしても言いたくない事はあるだろうけどさ」
アスセーナちゃんが押し黙る。別に責めてるつもりはないけど、流れでそんな空気になってしまった。
「何より私が嫌なんだよね。気を使うってことはストレスを感じるってことでしょ。そんな間柄の友達なんて嫌だもの」
「わかりました。モノネさんのお気持ちはよーくわかりました」
「それはよかった」
「そうですよね。モノネさんもかなり強いですし、どうせなら一緒に肩を並べて戦いたいですよね」
「うんうん。うん?」
「何なら未踏破地帯にだって行ってみたいですよね」
「いや、それは」
「私も! モノネさんと! 全力で一緒に戦いたいんです!」
手に持っていた卵を握りつぶすほどの意気込みだ。これはもしや、アスセーナちゃんの願望をフルに引き出してしまったかもしれない。
「それとも私とそういうことするのが窮屈ですか……?」
「いや、もっとこう。段階を踏んでね。いきなり未踏破地帯っていうのはね」
「フフフッ、わかりました。ではこれからも経験を積んで頑張ってほしいです」
「友達ってそういう血生臭いことをする関係でもないよね」
「私も遠慮しないでハッキリ言います! モノネさんの力はもっと多くの人達の役に立ちます! 引きこもるなんてもったいないです! 面倒くさがらずにもっと積極的になって下さい!」
「……これは乗せられたかな」
さっきまで私のペースだったのに、あっという間に流れを持ってかれた。しかもいつか私と危険地帯にいく約束までこぎつけやがったし、さすがは歴戦のシルバー子め。こうなると、さらけ出しすぎるのも考え物だ。
「というわけで、まずはホットケーキを作りましょう!」
「何がというわけなの」
「私とこういうことするの窮屈ですか……?」
「ダメだ、事態は悪化した」
「そうそう、カフェラテもいいですねぇ! あぁ忙しいです!」
鼻歌を歌いながら、ガチャガチャと用意している姿がなんだかさっきまでと違う。踊るような動き、そしてピンク色のエプロン。気づかなかったけどあのエプロンに刺繍されているのってギロチンバニーじゃ。ベッドの片隅に置いてあるぬいぐるみもギロチンバニー。
「ねぇ、アスセーナちゃん。あのぬいぐるみってどこに売ってるの?」
「あのバニーぬいぐるみは自分で作ったんですよ。寝る時に抱いてますね」
言葉が出なかった。タンスにもバニーが描かれてるし、さっきまで殺風景だと思っていた部屋が違って見える。このバニー押し。アスセーナちゃんが、そんなにギロチンバニー好きだなんて知らなかった。
「あ、忘れてました。モノネさん、ちょっと身長とか胴回りを計らせて下さい」
「ホットケーキ作りを放置してまでやることなの?」
「新しいぬいぐるみを作るのに参考にしておきたいんですよ」
バニー推しに続いて、私の大きさを計って作るぬいぐるみ。深く考える問題じゃないと判断した。
「モノネさん……。私、ずっと友達でいたいです。さっきは本当にうれしかったです。これからも……よろしくお願いしますね」
問題はなんでこの子がいちいち顔を赤くするのかだ。いや、これも深く考える問題じゃない。クルティラちゃんもそうだったし、女の子にはよくあること。ついに私のスケッチまで始めたし、ホットケーキまだですか。
◆ ティカ 記録 ◆
アスセーナさん やはり 手加減をしていたカ
彼女は ある意味 緊張していたのかもしれなイ
マスターに嫌われたくない一心で 生死にかかわる戦闘ですら 気を使っていタ
マスターは 自分のせいで そうさせているのは 忍びないと
判断したと思うが アスセーナさん 何やら 様子が おかしイ
頬が 紅潮したということは 体温が 上昇したという事
まだ マスターに 何か 隠しているのカ
マスターにすら 言えない 重い病気を
そうなら できれば 彼女の口から それを伝えてほしイ
それこそ マスターが 望むところのはズ
引き続き 記録を 継続
「テニーさん、新作どう?」
「んー、この戦闘がわかりにくいですね。何がどうなってるのか把握できません」
「それが難しいんだよね。モノネの攻撃! 魔物はひらりと身をかわした! くらいわかりやすいほうがいいかな」
「キイイン! 魔物の爪を剣で受けた! とか、わかりやすいですよ」
「テニーさんが、それを推奨しちゃうの?」
「表現の幅は一つじゃないですからねー。もしかしたら、それが大ヒットするかもしれません」
「なるほど、固定概念に捉われちゃダメだね」




