手紙を書こう
◆ ランフィルド 辺境伯邸 ◆
「あぁ、ガムブルア元伯爵の件ならアスセーナから聞いたよ」
「あ、はい」
報告連絡相談を徹底しようとしたら、これよ。先に帰って報告するくらい言ってほしかった。いや、ここはありがたく思うべきだな。うん。
「君の活躍は聞いている。密かな悩みの種を取り除いてくれて、ありがとう」
「まぁ、結果的にどうにかなったってだけで率先して動いたわけじゃないんで」
「関係ないさ。この街への脅威が去ったんだ。これは謝礼をはずむべきだね」
「それはいただきます」
これでおこづかいが増えるなという、久しぶりのささやかな喜びを味わえる。ギルドの報酬とはまた違う、この重み。そう、手渡された袋がずっしりと重い。これはちょっとやそっとの額じゃないな。袋君、いくらかな。
「辺境伯、こんなにいただいていいんですか」
「これからガムブルア元伯爵によって受けると想定した被害が取り除かれたんだ。それを英雄に還元にしたまでだよ」
「英雄、ですか」
「広く知られることはないが、君はもうこの街の英雄だよ。堂々と歩けるだろう」
「そんなまるで今まで堂々と歩いてなかったみたいな言い方」
「家にずっと籠りっぱなしでは、後ろめたさもあるかと思ったけどね」
やっぱりバレてやがった。過去は過去、大切なのは今なんだ。さすが、辺境伯。わかっている。
「君の両親も驚くだろうな。今はどのあたりにいるのか……」
「パパとママが、どこに行ったかわかりますか?」
「家に手紙が届いてないか?」
配達物の存在があったか。昨日は懐かしの我が家でそのまま寝ちゃったから忘れてた。今更だけど、無事かどうかくらいは気になるな。私が心配できたクチじゃないけど、どこまで行ったんだか。そして辺境伯がすごい舐め回すように見てくる。
「世間にほとんど触れてなかったはずの君が、窮地の場面からの逆転。盗賊退治にも果敢に挑み、成功させた。思えば、最初から大成が約束されていたのかもしれないね」
「な、なんですか。褒めて何かさせようとしてるんですか」
「君がこれから何を成すのかが楽しみになってきたよ。やろうと思えば、何でも出来そうな気質さえ感じられるからね」
「持ち上げられすぎて落ちそう」
アスセーナちゃんからもここまでベタ褒めされなかったから、なんかむずかゆい。言われてみれば、あのボボロルに脅されていた時は必死だった。それが炎魔化とかいってるのと戦ったんだからすごいもんだ。これ以上、グレードアップした相手と戦わないことを祈りたい。
「私は自分勝手に生きます。それは引きこもりの分際の時と変わってません」
「そうだね。それが一番いい。ただそれでも、君ならまた何かやってくれそうな予感がするよ」
「そういう予感は当たらないでほしい」
私は本の中に出てくる英雄みたいにはなれないし、なるつもりもない。今でさえブロンズの称号だなんて分不相応だとすら思ってる。お金もたっぷり貰えるし、ここら辺でそろそろ楽したい。唯一、あのツクモの街の件だけは見過ごせないかな。よくわからないけど、柄に合わず使命感みたいなのを感じる。
「では失礼します。謝礼含めてありがとうございました」
「この街から、君のような若者が出て誇らしく思うよ。これからもよろしく」
面倒なのはよろしくされたくない。でもこのお金の重さには惹かれるな。冒険者ギルドにも顔を出しておいたほうがいいかな。その前に家に戻って手紙があるか確認しよう。
◆ モノネの家 ◆
「あった! 手紙が来ていた!」
「さすがはマスターのご両親デス」
さすがも何も、いくらなんでも音沙汰なしはない。でもあり得るのが私の両親だ。どれどれ。
モノネへ。元気で家にいるか? ティアナさんと仲良くやってるか?
こっちは今、ネオヴァンダール帝国で大切な仕事をしている最中だ。簡単に言えば、多くの人達を救う仕事だな。
大雑把すぎて伝わらないか。いや、別にいいんだけどな。何度か危ない目にはあったが、ママのおかげで助かっている。
ママは本当に強いな。冒険者のゴールドクラスとすら張り合うんじゃないか?なんでパパなんかと結婚したんだろうな?
まぁパパが33回くらいプロポーズしたんだけどな。最後には根負けしたみたいでな、ハハハッ!
そんな甘い経験、お前にも出来るといいな。それには、まず部屋から出ないとな!
ところで今更過ぎて怒られるかもしれないが、お金のほうが少し心配だな。
だから送金しておいたよ。この手紙と同時か少し遅れて届けられると思う。
それならお前が好きなものを買ったとしても、下手したら1年くらいは生きられるだろう。
商売仲間からは甘やかしだの働かせろだの散々言われるが、パパとしては強制しない方針なんだ。
小さい頃から何も教えずとも読み書きが出来た上に、その不思議な力があれば何でも出来るだろう。
あとはきっかけさえあればいい。そのきっかけは、パパ達が作るものじゃないと思ってる。
出来ればお前自身が何かに気づいて、動いてほしい。
それが結果的にお前の為になるとパパは信じてる。
ママも信じてると思いたいが、さすがに最近は目に余るとご立腹だったな。というわけで、ママが怒り出す前に何か見つけたほうがいいぞ。
ネオヴァンダール帝国内より、パパより。
手紙にハハハッとか書くんじゃない。そして商売仲間にすら、引きこもりの事実がバレてる下りが強烈すぎて他が頭に入ってこない。次にママが引きこもりの惨状を疎ましがってる件についてだ。リミットは刻々と迫っていたんだ。ゴールドクラスを怒らせたらどうなるんだろう。最低でも空連斬はあるかもしれない。
「素晴らしイ!」
「はい、どうも。多くの人を救う仕事ってなんだろう。危ない目にあってるみたいだし……」
「強い母様ですネ。冒険者なのですカ?」
「うん。でも称号とか持ってたのかなー。冒険者に興味なかったから覚えてないや」
「この上ない完璧なご両親デス。これならばマスターのような神の申し子と見間違うほどの人物が生まれるのも納得ですネ」
「最近、持ち上げ方が雑になってない?」
ネオヴァンダール帝国ってところも気になるな。人を救わないといけない場所だなんて、ろくなものじゃない。かといって、私がどうにかできる問題でもない。
「マスターも、ご両親に手紙を書いてみてハ?」
「こっちからあっちに届くのかな」
「ハルピュイア運送に頼んでみてはいかがでしょウ」
「はーたんなら届けてくれるかな」
なんで今までその発想に至らなかったんだろう。至っても実行に移すだけの行動力がなさそうなのも問題か。そうと決まったら、せめて脱引きこもりの報告も兼ねて手紙を書こう。部屋に移動して、机に向かおう。そして小説の執筆を、じゃなくて。
「手紙なんて書いたことない。どうやって書き出せばいいの。小説でも、この書き出しが難しいんだよね」
「ご両親を真似てみてハ?」
「そうだね。別にかしこまらないといけない相手でもないし、雑でいいか」
「雑はどうかと思いますガ……」
パパとママへ。モノネです。
今、脱引きこもりをして冒険者をやってる。紆余曲折を経てブロンズの称号を貰ったし、収入はあるからママ怒らないでね。友達はアスセーナちゃんとイルシャちゃんとレリィちゃん。この前、王都にいってきて悪い貴族をやっつけたよ。
アスセーナちゃんはシルバーの称号を持ってる冒険者で天然で、変な子です。
イルシャちゃんは炎龍って店の娘で料理がうまい。
具体的には王都のスイートクイーンのシェフや支配人すら唸らせるくらい。
レリィちゃんは灰死病の特効薬を開発しかけるほどの薬の調合がすごい。
どの子もちょっとどころじゃない癖があるけど、皆いい子だよ。
ついでに家の地下室に入ったよ。そこに放置されてた人形が動き出してね、ティカって名付けたよ。
パパが仕入れたものかな? 私を気持ち悪いくらい持ち上げてくれるいい子だよ。
「気持ち悪イ?! このティカが……」
「ごめんごめん。悪気はなかったから書き直すね。私を心地よく持ち上げてくれるいい子だよ、と」
ネオヴァンダール帝国ってどんな場所? 危ないことはやめて帰ってきてほしい。
そろそろ脱引きこもりした娘を拝む時期に差し掛かってるんじゃない?
早い帰り待ってます。
◆ ハルピュイア運送 ランフィルド支部 ◆
「モノネさん、久しぶり! ブロンズの称号を貰ったんだって?」
「これで私もブロンズビギナーだね」
ヒヨクちゃんとしょうもない挨拶をかわしつつ、手紙を差し出す。翼で受け取れるのかなと思ったけど、器用に取ってくれた。受け付け周辺で暇を持て余してるくらいだし、戦闘課は本当に暇なんだな。
「ネオヴァンダール帝国ね……随分と遠くまで行ってるのね」
「届けられる?」
「複数の支部を経由するけど可能よ。ハルピュイア運送に届けられない物や場所なんてないの」
「頼もしすぎる」
早速、手続きをしてから手紙を預かってもらえた。かなり遠い国らしくて、届くのに少し時間がかかるみたい。日付を見た限りではそんなに前じゃないから、そこは安心したけど。
「手紙ね。これを機会に両親と定期的にやり取りすればいいんじゃない?」
「それもいいかもね。無事は知りたいからね」
今まで気にしてなかったけど、両親の無事を今頃になって心配し始めた自分の変化がある。引きこもっていた頃と比べて視野が広がったかもしれない。そういう意味では外に出てよかったかな。あくまで、そういう意味では。
◆ ティカ 記録 ◆
マスターが ご両親に手紙を書くという 偉業を成されタ
ご両親も マスターと遜色ない 器量の持ち主と判断
このティカ うろ覚えながら ご両親の手で持たれた時の事を
少し 思い出したかもしれなイ
だけど ほんの少しすぎて うまく 言葉が 出てこなイ
このわらわが てつだってやるぞよ
引っ込んでロ それより ジェシリカさん達が あの街から 出る際は
きちんと サポートを しているのカ
れっしゃで でいり できるように しているぞよ
かえりも あんしんぞよ
ひきつづき きろくを けいぞく ぞよ
あぁっ この こいツ
「マスター、小説のほうは順調ですカ?」
「順調すぎて怖い。これ確実に大ヒットして大儲けの予感しかしない」
「おぉ、やはり才は裏切りませんネ!」
「……と、書いてる最中は陥りがち。実際に世に出て、現実に気づかされるケースがほとんどなんですよー」
「久しぶりに登場したと思ったら容赦ないね、テニーさん」




