移住してもらおう
今回でちょうど100話目です。
◆ 王都 ジェシリカの家 ◆
「というわけで、素晴らしい移住先を紹介したい気分なのだよ」
「そう。帰りなさい」
狭い部屋で、後ろの正面だれみたいな遊びをしている一家に優しく声をかけたというのにこれよ。外でやればいいのに。上下スウェットとか、私のリスペクトか。
「あのね、大真面目な話なんだよ。家賃もいらないし、何も要求してない。ちょっと見てくれるだけでもいいんだよ」
「哀れな貧乏一家を救おうとでも? あなたに施しを受けるほど、落ちぶれてませんわ」
「来てください、お願いします」
結局、こっちが頭を下げるハメになった。すぐに食いついてくると思った私が甘かったんだ。ジェシリカちゃんのプライドの高さを計れてなかった。ナタリーちゃんも含めて、クートとリサはおおはしゃぎだ。ジェシリカちゃんも、おおはしゃぎしていいんだよ。
◆ ツクモの街 ◆
ツクモポリス、略してツクモの街。ツクモちゃんがいるから、すぐに魔導列車を呼び出してここに来られるから便利だ。この広々とした街の住人、第一号達はさすがに驚きを隠せないようで。
「なによ、ここ……こんな街なんてあったかしら」
「だから、別世界なんだって」
「あなた、得体が知れないとは思っていたけどついに来るところまできましたわね……」
「ジェシリカちゃんにそんな風に見られていたなんて!」
「一度、鏡でご覧になられて?」
相変わらずツンツントゲトゲしやがってからに。そんな態度とは裏腹に、好奇が止まらないのは見てわかる。チラチラと街を観察しているし、まんざらでもない。子ども達はすでに駆け出して、遠くに行きすぎていた。
「お姉ちゃん! ここ、空気もおいしいし気に入った! 住もう!」
「定住するぞー!」
「住処にする!」
「ちょ、ちょっと! さすがに早計ですわ!」
「ツクモの街へようこそ」
「きゃうっ!」
背後から町長に声をかけられて、ジェシリカちゃんが飛び跳ねてる。意外とかわいく驚いたな。揉み手で出迎えた町長に対して戦闘的な態勢だ。そりゃ気配もなく、突然現れるもんだからしょうがない。
「これはこれはモノネさん。早速、街へ観光にいらした方々が?」
「観光どころか、住もうどうか迷ってるってさ」
「勝手に話を進めないでくれませんこと?!」
「そうですか! それはめでたい! 住宅のほうを案内させていただきます!」
「だからぁ!」
多少なりとも、強引に話を進めないとジェシリカちゃんみたいなツンツン子ちゃんはいつまで経っても決断しない。
私見極まりないけど、不衛生なボロ部屋に住むよりはこっちのほうがいいと思う。さっきも視界に5匹くらい入ったし、もうキブリと同居してるようなものだ。あいつら湿気が大好きだから、寝ている時に口の中から入っていくことがある。しかもどういうルートか、頭蓋骨にまで入り込んで手術で摘出してもらった人がいるという話もあるくらい。キブリを舐めてはいけない。だからこれは子ども達の為でもあるんだ。
「ではまずは一軒目ですね」
「複数紹介するつもりなの?」
「物件はいくらでもありますが、お客様のご要望に可能な限りお答えします」
「お客様? お客様っていいましたの?」
「あちらになります」
「ねぇ」
ジェシリカちゃんすらペースをかき乱すのがこの街だ。紹介された一軒目は、二階建てでベランダつきの解放感溢れる建物だ。菜園付きだけど、私ならこれはいらないな。食物は作るものじゃなくて食べるものです。
「あなた、わたくしをからかってまして?」
「はい?」
「こんなに大きな建物に、たった4人は広すぎますわ。ざっと20人は住める広さですもの」
「……いえ、こちらの住宅にはそれぞれ個室が4つありまして」
「それ見なさい。その個室だけで4世帯ですわ」
「いえ、個人のお部屋ですが」
「ですから、その部屋に一世帯が住むのではなくて?」
「えぇっと……」
あの饒舌な物霊が沈黙しちゃったよ。何を言ってるのか理解できてないみたいで、何度も首をひねってる。ついこの前まで、得体が知れない怖さを演出していた物霊とは思えない。世の中、上には上がいた。このままじゃ日が暮れるから、ここは私がざっくりと説明しよう。
「……というわけでね。これは立派な一軒家なの」
「つまり、わたくし達だけでこの巨大な建物を独占する運びですこと?」
「そういう運びだね」
「そんな夢のような話がありますこと?!」
「だから、そう説明してますことよ」
「っしぁあぁーー!」
ほら、夢に向かって子ども達が奇声をあげて突撃した。ドアを開けて中に入ると、広々とした玄関だ。もうこの時点で、あのボロ部屋と同じくらいの広さ。
「この長い通路はなんですの!?」
「廊下だよ」
「何に使用しますの!」
「もう説明するのも疲れたから、一通り黙って見て回ろう」
トイレとお風呂が分かれていること、キッチンが大きすぎてどんな料理をすれば必要になるかなど。威嚇するように見て回っては驚き、浴槽にすっぽりはまってみては驚き。
「これが家だなんて信じられませんわ!」
「うん」
総評を述べたところで、そろそろ決着してもらおうか。というかこれだけショックを受ける意味がわからない。この子、どれだけ他の家に入ったことないのか。でもその辺は、察してはいけない気がした。ジェシリカちゃんは忙しいから、しょうがない。しょうがない。
「それで町長さん。気になる家賃は?」
「や、家賃ですか?」
「なんで驚いてるの」
「住んでいただけるだけでも嬉しいのにその上、家賃までいただくなど……」
「ということは、無料で住んでいいの?」
「私といたしましては、この街へ移住を考えていただけたのが報酬ですよ」
ホロリと涙をこぼしながら、町長はまだ驚き続けているジェシリカ一家を見守っている。そうか、そうだよね。この物霊達は、それをどれだけ待ち続けたか。
「私の家の主が亡くなられて久しいですが、その魂は受け継いだつもりです。こうして願いが叶うなんてね……」
「うーん、私が汚れすぎていた」
「というと?」
「いやいや、なんでもない」
幻の街だなんてキャッチフレーズでお金儲けをほんのり考えていた。物霊達の気持ちを踏みにじらないためにも、ささやかに住人を増やしてあげたほうがいいのかな。
「それにここは物霊の街、すべてをまかなうのにお金は必要ありません。食べ物も資材も、思いのままです」
「ぞよね!」
「ぞよちゃん、いたんだ」
「この街はわらわぞよ」
「なんですの、その子」
驚き疲れたのか、突然現れた子どもには案外冷静だ。カップが勝手に動いて、沸かされたティーがそそがれる。ツクモちゃんがやってるんだろうな。気が利く。
「わらわがこの街の意思にして絶対たる存在……」
「ツクモちゃんです。皆、仲良くしてあげて」
「まだ自己紹介の途中ぞよ」
「わらわー!」
「わらわか!」
ほら、2秒でなつかれた。ナタリーちゃんに頭まで撫でられてるし、威厳も何もないな。両手を取られてブンブンされてる。
「こ、このわらわを甘く見るでない! ぞよっ!」
「カップが動いて来た!」
「見たか、これがわらわの力……」
「モノネおねーちゃんみたい!」
「なっ! おのれっ!」
「いや、逆恨みだからね」
そうやってムキになるところが子どもだと突っ込んでやりたい。これ以上、神経を逆撫でしても面倒だからティーでもすすってやりましょう。
「この紅茶、おいしいね」
「そうやって機嫌を取ろうとしても無駄ぞよ!」
「いや本当においしいって。これも街の名物になるかもしれないよ」
「そうやって、そうやって……」
「いけますわね。毎日でも飲みたいほどですわ」
「ふふっ、ふふふっ。わらわの力をようやく理解したか」
勝ったみたいな顔してるけど、コロッと機嫌をよくしてくれた。おまけに子ども達に寄り掛かられて、威厳なんかまったくない。同世代の子ども達みたいになってる。
「それでジェシリカちゃん。この街へ移住してくれる?」
「……まぁ、かわいそうなこの街ですもの。わたくし達が住んであげるのもいいかもしれませんわね」
「だそうです、町長」
「そうですか! よかったよかった! ではこの家はご自由にお使い下さい! 後で街を案内させていただきますので!」
大急ぎで町長が家から出て行った。案内するとか言いながら、どこへ行ったんだろう。ツクモちゃんは寝入った子ども達に寄りかかられて身動き取れてないし、私もひと眠りしようかな。
「あなた、やっぱりただの冒険者ではありませんわね」
「やっぱりとか言われた」
「はぐらかさないで。あなたのその力といい、普通ではありませんわ」
「ただの冒険者ですらないよ。何の信念もなくダラダラと生きてるだけだもん。それに上の冒険者にも、化け物みたいな人はいるんでしょ?」
「そ、それはそれですわ」
「はいー、ジェシリカちゃんの負けー」
「なんですの! 誰がいつ負けましたのぉ!」
こういうところがアスセーナちゃんに似ているな。アスセーナちゃんといえば、一つ気になることがあったっけ。ちょっと気になりすぎてるから、腰を据えてお話したい。
「この家、気に入ってくれた?」
「少し広くて落ち着きませんわね」
「じゃあ、町長にそう伝えてあげ……」
「慣れの問題ですわ! あの部屋より、衛生的で解放感があって利便性も高くて素敵ですの!」
「よし、紹介した甲斐があったとさ」
「ちょ、調子に乗りまくりですわね!」
「ジェシリカさん! お待たせしました!」
町長が戻ってきた。何をしてきたんだろう、と聞くまでもない。窓から見ると、家の外に街の人達が大集合してる。これは嫌な予感しかしない。その予感が的中したかのように、わいわいと何人かが入ってくる。
「こちらが新しい住人のジェシリカさん達だ!」
「本当に移住者が来るとは! 素晴らしい!」
「早速、当レストランの品を味わっていただきたい!」
「いやいや、まずは散髪でしょう」
「夜は宿に一泊してもらおうかしら」
「まぁまぁ、順番にご案内いたしますので!」
「な、なんですの。この方々……」
なるほど、これからジェシリカちゃん達に街の施設を一つずつ体感させる気か。拒否権を一切与えず、強引に事を運ぶ様は前と変わらないな。これもどうにかしないといけない課題だけど、今日のところは帰りますか。
「じゃあ、ジェシリカちゃん。楽しんでね」
「待ちなさい! どう見ても逃げる気ですわね!」
「さぁさぁ、お若い移住者達よ! ツクモの街の魅力をたっぷりとお伝えしましょうか!」
「おねーちゃん! たっぷりお伝えしてもらおうぜ!」
「たのしみー!」
バイタリティ溢れる子ども達もいることだし、ここは楽しんでほしい。決して見捨てるわけじゃない。今は英気を養う時だと判断した。そろそろランフィルドにも顔を出さないといけないもの。辺境伯にガムブルアの件を伝えて安心してもらおう。
◆ ティカ 記録 ◆
いじゅうしゃたちめ わらわのみりょくを しるがいいぞよ
ほねのずいまで しったところで わらわのいだいさを
かみしめることになる
ふざけるナ ここは僕の記録ダ
ジェシリカさん達の 街への移住 マスターの お優しい心に
僕は 感動していル
それだけではない これは貧困層の 救済へと 繋がるかもしれなイ
これから どうするかは マスター次第だが
どんどん いじゅうして かまわないぞよ
つくものまちは やがて ぜんせかいに しれわたり
そのあかつきには せかいが つくもと なるぞよ
やはり こいつは 危険な存在
マスターに 対処の 相談をするべきカ
引き続き 記録を 継続
「マスターは容姿も端麗なので、たまにはスウェット以外のファッションをたしなんでみては?」
「脱いだら死ぬ時だし、服装を変えて何がどうなるのかな」
「マスターの魅力をより発信できるのデス。僕がしっかりお守りするのでご安心ヲ!」
「誰にどう思われようと、どうでもいいかな。大切なのは自分がどう思うかだよ」
「さ、さすがマスター……僕の思慮がまったく及ばない深きお考えデス……」
「まぁね」
(皮肉にしか聴こえませんわ……)




